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ウィリアム・J・ロング著『森の秘密』より 訳:だいこくかずえ
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かわうそキーオネクは釣り名人(3)

カワウソ猟

 

 ここでわたしはちょっとした告白をする。子どものわたしは、野生動物を見て面白がるだけでなく、この岸辺に来てカワウソを観察するのには別の理由があった。父さんカワウソは大きなやつで(自分のミンクの毛皮のことを考えると、巨大なからだに見えた)、昼の光にそのりっぱな毛皮が輝くと、冬の森でかぶったり、月夜の晩にカヌーを走らせるときにピッタリな帽子のことが頭に浮かんだ。さらには子どものわたしにとって、14ドルでどんなとびきりの物が買えるだろうか、あのカワウソの毛皮を市場にもっていったなら、などと考えてしまった。

 

 父さんカワウソを見た次の土曜日、ミンク用のストレッチャーの10倍はある板を用意した。片方の端を丸く削っていって細くし、先端を分割してくさびを作り、全体を滑らかにしてしまっておいた。父さんカワウソを捉えたら、この上に大きなカワウソの毛皮を乗せるためだった。

 

 11月がやって来て、毛皮の最盛期になった。20リットル弱のバスケットに市場でもらった魚の頭や内臓を入れて運び、人里離れた川のそばの小さな水路にそれを積み上げた。水が湧き出ている端っこのところだった。そこに、スカンクやウッドチャックもしっかり捉えられる、持っている中で一番大きな罠を仕掛けた。しかし最終的に魚は腐ってしまい、他の場所に置いたバスケットも同様だった。何かに食べられたとすれば、それはカラスかミンクだ。カワウソは無視した。

 

 それでわたしはけもの道のそばのハンノキの間を流れる川の中に(臭いを消すため)罠を仕掛けた。そこは川が曲っているところで、人が来ることがなく、また以前にわたしがカワウソの足跡を見つけた場所だった。次の夜、カワウソはそこにやって来た。しかしウッドチャックならしっかり捉えるだろう罠は、カワウソの強靭さにとってはおもちゃみたいなものだった。彼は罠から足を抜き取り、キラキラ光る毛を何本か残していっただけだった。それがわたしの手にしたもののすべて。

 

 何年かたって、ノエル爺さんの罠をカワウソの通り道で見つけたとき、わたしはインディアンのシモーに、なぜ餌をつかってないのか訊ねた。

 

 「えさはンダメ」 そう彼は言う。「キーオネクはしんせんな魚しかたべない。それにたべたいもの、自分でとらえる」 確かに、それはその通り。飢餓に襲われているのでない限り、たとえ水場が凍っていても、あるいは伝染病かなにかで魚が大量に死んでも、キーオネクは餌に鼻を寄せることはない。もし折れた小枝に何か香料がつけられていたら、他の毛皮族と同じように、キーオネクは脇にまわって、この奇妙な臭いはなんだろうとまず確かめるだろう。しかし餌で釣ろうとするなら、流れの中で魚をくくりつけ、水流でピチピチと生きているように跳ねまわらせねばならない。そうでないと、キーオネクは手にする価値はないとみなす。

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Illustration by Mark Raithel,  from “Missouri’s River Otter: A Guide to Management and Damage Control” published by Missouri Department of Conservation About the quotation of the images
足捕獲用わな:川底が泥や砂地のところで使用される

氷の中の釣り場

 

 次の年になっても、岸辺にあるキーオネクの巣はそのまま残っていた。そしてまた子どもたちがそこで育った。生来の賢さとともに、近隣が町化していくにつれて、その賢さはどんどん研ぎ澄まされていき、母さんカワウソは木の根っこにある岸辺の入り口を、土や漂着した海藻類で埋めつくした。子どもたちがまた、外に顔を出すようになるまで、水中の出入り口だけつかうようにしていた。

 

 野生の生きものの中でも、キーオネクの才能の豊かさは特別だ。彼のやり口はなかなか見つけ出すことができないが、非常に面白いものを提供してくれる。キーオネクの旅の一つ一つは、陸であろうと水の中であろうと、預かり知らない策略や特別なやり方に満ちている。しかし残念なことに、キーオネクが何か実行しているところを目にした者はなく、その方法は見つけられていない。湖を素早くわたっていく彼の頭を見たり、流れの中で自分のカヌーの方に向かってくるところと出会うとしよう。あななは必死で追いかける、が、水が渦巻き、姿を見失う。またキーオネクが戻って来た場合、彼はあなたのことを(あなたが彼を見つめるとき以上の熱心な)鋭い目つきで見るだろう。とはいえあなたはいくら見つめたところで、彼が臆病だということ以外、何もつかめないのだが。キーオネクを捕まえるのを商売にしている罠猟師でさえ、(その人たちと以前に話したところでは)キーオネクについて、どこに罠を仕掛けるかとか、獲物が死んだときに毛皮をどう扱うか以外、彼らも何も知らないのだ。

 

 以前に一度、荒野でキーオネクが面白いやり方で釣りをしているのを見た。それは冬のことで、ダンガーヴォン川に入っていく流れのところだった。サラサラした雪が降ったあとで、積雪は深く、森じゅうが雪帽子をかぶっていた。サラサラな雪だったので、固まることがなかった。一足ごとに、かんじきの先に、シャベル一杯分の雪を持ち上げて歩くことになる。雨の中の千鳥のようにうろつきまわるカリブーを追っていたわたしは、すっかり疲れてしまった。

 

 すぐ眼下に、二段の氷棚に囲われた深い水の口が開いていた。初冬に水位がまだ高い間、流れが速くないところでは白い氷が厚く固まる。そして水位が落ち、新たな透明な氷の棚が、最初の氷より5、60センチ下の水面の高さにできる。最初の氷棚は岸辺にくっついているものもあり、60〜90センチくらい突き出て、下の氷棚との間に暗い洞窟をつくる。どちらの氷棚も緩やかに水の口の方に向かって下っている。

 

 足元で水の口の内を、銀色の泡の連なりが走って横切り、ぼうーっとしていたわたしの目を覚まさせた。そこで再び、銀色の連なりがさざ波を起こし、泡だつ水面を走っていくと、凍る空気の中チリンチリンとベルのような音を鳴らした。それが2、3度水面を渡っていくのを驚いて見ていた。すると氷棚の下で何かが動いた。1匹のカワウソが水の中に滑って入り、またさざ波が水の上を渡っていった。水の泡が水面で砕けたので、わたしの下のあたり、数十センチと離れていない白い氷棚の下にすわったのだとわかった。

 

 3匹か4匹のカワウソの家族が、わたしの足のすぐ下で、まったくこちらに気づかずに釣りをしていた。わたしは息をのんで見守った。わたしの側から泡が放たれるたびに、キーオネクは向こう岸の氷棚のところに出てきて、氷の棚陰の中にしゃがみ、背を丸めて捕まえた魚を食べていた。それをわたしはじっと見つめた。カワウソたちが捕まえた魚はどれも小さいもので、数分後には氷の上にうつ伏せになると、氷の斜面を滑って水しぶきをあげることなくスムーズに水に入り、わたしの側にまた水の泡を送ってきた。

 

 まるまる1時間というもの、息もつかずに彼らを見つづけ、その手腕に驚かされっぱなしだった。小さな魚は追いかけて捕まえるには、非常に素早いものだ。しかしキーオネクは、斜面を滑りおりるたびにそれを手にしていた。ときに水の上全面に、さざ波がたつこともあり、カワウソに追われた魚が矢のように逃げ、水中で急展開すると、水面の泡が大きく砕けた。しかしいつも同じ結末をむかえた。キーオネクが氷棚の上に姿をあらわし、チリンチリンという波音がとだえるときには、もう背中をまるめて獲物に食いついていた。

 

 面白いことに、凍る荒野では、この鮭釣り名人たちには決まりごとがあった。一度に、同じ水場で、二つの釣竿を投げ入れないこと。他のカワウソが釣りを終えるまで、別のカワウソは氷に寝そべって、順番を待っているのだ。そして仲間のカワウソが魚を口にあがってくると、閃光のように自分が水に入っていった。しばらくの間、水場は活気にあふれていた。泡が消える間がない。そして飛び込みがだんだん間遠になり、カワウソ全員が氷の穴ぐらに消えていった。

 

 それからカワウソたちがどうしたのか、わたしにはわからなかった。それに長いこと見ていてすっかり自分も凍ってしまった。流れの上の方も下の方も、はるか先まで凍りついていたが、その先にはさらなる水の口があり、釣り場があった。他の水場のところまで、氷の覆いの下を岸に沿って進んでいったのか、またお腹がすくまで寝ていたのか、わたしには全くわからない。彼らは理想の住処を手にしていて、それを手放すことはないのだろう。氷の中の水場は素晴らしい釣り場で、氷棚があらゆる敵から身を隠してくれるはずだ。

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illustrated by Charles Copeland

カワウソの泳力

 一週間後、わたしはカリブーのもとを離れ、カワウソたちを見るためにここに戻ってきた。しかしそこはすでに、見捨てられた場所となっていた。黒い水がゴウゴウと水面にくぼみをつくり、銀色の泡の連なりに妨げられることなく、静かに氷棚の下に流れ込んでいた。氷の洞窟は暗く物音ひとつしなかった。ミンクが釣り場を盗んだのだ。キーオネクの宴会場の痕跡はどこにもなかった。

 

 カワウソの泳ぎの能力は、冬の水場でよくわかる。あらゆる動物や鳥、最新型のボートでさえ、水の中を進むとき後ろに波をたてていくが、キーオネクときたら、魚以上の波はたてないのだ。一つの理由として、キーオネクがからだを半分沈めて泳ぐことがある。もう一つは強く、深く、均一なひと掻きをすることで前に進むからだ。彼の毛皮(防水性があって、どんなに長く泳いでも、常に表面が乾いている)が、他の動物ほどに脂っ気がなく、それによって波をたたせないのだろうか、と思ったりもした。キーオネクが突然水にもぐり、どこにいるか見せないように、水面に一つの波も残さないのを見たことがある。滑って水に入るときも、6メートルの土手から飛び込むときも、驚くほど音をたてたり水をかきまぜたりすることはない。 

 

 水面を泳いでいるときは、他の動物と同様、カワウソは4本の足をつかっているように見える。しかし魚を追って水面下を泳いでいるときは、前足のみをつかっている。後ろ足は背後にまっすぐ伸ばし、たっぷりした尻尾とともに舵としてつかっている。この道具によって、カワウソはターンをしたり、閃光のように進路を変えたりする。そして逃げる俊敏なマスをしっかりと追いつめ、完璧なスピードと身のこなしでそれを打ちとる。

 

 水穴で釣りをするとき、カワウソはいつも中央から外側へと狩っていき、旋回する魚の輪の中に身を置きつつ、岸辺に追い詰める。獲物の前に立ちふさがることで、最短の距離で仕留めるという絶大な効果がある。魚は岸辺に身を寄せて捕らえられるか、カワウソの脇を通って矢のようなスピードで逃げようとする。大きな魚は、水の湧き出ている場所(スプリングホール)で休んでいるときに、背後から襲われることがある。非常に素早く、また音をたてないので、魚が危険を察知する前に、捕らえられてしまう。

 

 カワウソの泳力のすごさは、彼が陸生の動物だということを思い出すとき、いっそう驚かされる。海棲哺乳類のアザラシのような天分に恵まれているわけではないのだから。このアザラシは、カワウソにとって、唯一の釣りのライバルといっていい。他のイタチ科の仲間たちが森で狩りをするのと同じように、自然はカワウソに生きるすべを与え、この才能を授けたのだ。カワウソは健脚で、陸では木登りもうまく、疲れを知らないハンターで、嗅覚の鋭さは調香師に勝るとも劣らない。ちょっとした練習をするだけで、先祖がやっていたように、狩りで生計がたてられた。リスやネズミ、ウサギは足が速すぎたとしても、ジャコウネズミならたくさん捕まえられる。子ジカやヒツジと出会っても、カワウソはとんでもなく強いので、恐れで足をとめる必要はないし、その強靭なあごが緩むことはない。 

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This page is the Japanese translation of "Keeonekh the Fisherman" written by Willam J. Long, from his book "Secrets of the Woods" (1901), that tells us a very interesting story about Keeonekh (otter in American Indian's words).

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