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Michala Petri

ミカラ・ペトリ リコーダ奏者

世界でも数少ないソロとして成功したリコーダ奏者。3歳でこの楽器を手にし、11歳のときから演奏家として活動している。バロック期の作品に加え、現代音楽から他の楽器からの編曲ものに至るまで、幅広いレパートリーを持つ。Bio →

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ブルース・ダフィー*インタビュー・シリーズ(2)

●クラシックの変わり種、マイナー楽器の奏者たち●

This project is created by courtesy of Bruce Duffle.

<1990年2月26日、シカゴにて>

 

楽器として非常によく知られていても、ソリストとしてその楽器で活躍する本格的な名演奏家があまりいないものがあります。リコーダーはそういった特別な、そして愛すべき楽器の一つです。

 

我々は(また我々の子どもたちも)、一度や二度は普及版のリコーダーを吹いたことがあり、その音を耳にしたことがあるでしょう。しかし訓練された音楽家の手にわたると、独特の素晴らしい楽器となり、聴衆はこの小さな木の管から出てくる音に新たな発見をします。

 

ミカラ・ペトリは1958年、デンマークに生まれました。そしてここまでの人生ずっと、この楽器を吹き続けてきました。世界ツアーをする初めてのソリストではなかったとしても、この楽器の音を耳にすればまず思い浮かべる人であることは確かです。ミカラ・ペトリについてのさらなる情報は、こちらでご覧になれます。(https://www.michalapetri.com/

 

彼女がシカゴにツアーにやってきた1990年、このインタビューは大きな喜びと期待をもって組まれました。シカゴに彼女が到着すると、わたしたちは彼女の滞在先のホテルで会話のときを過ごしました。かなりの完璧主義者である彼女は、番組の途中でゲストが入れるスポットアナウンス(お聞きの放送はWNIB, Classical 97です、のような)を、ひとあたり満足いくまで、繰り返し声に出して読んでいました。

 

ラジオ放送のために会話が録音され始めると、スタジオのように静かであるかどうか、とても気にしていました。

 

ミカラ・ペトリ(以下MP):(テーブルにあるカセットを指差して)これ、もっとマイクから離した方がいいんじゃないかしら?

 

ブルース・ダフィー(以下BD):カセットから音は出ませんよ、でも少し遠くにやりましょう。

 

MP:テープのまわる音が入るでしょう。

 

BD:でもあなたの方がもっと大きな声を出しますって。

 

MP:(目を輝かせて)そうね、たしかに。

 

BD:21世紀に向かおうとしている今、18世紀の楽器を演奏する喜びと悲しみを教えてください。

 

MP:うーん、ひとことで言うのは難しいわね。どんな楽器にも喜びと悲しみの両方があるけど、わたしにとってリコーダーは最高の楽器なの。最初に演奏した楽器であり、いちばん馴染みある楽器だからね。つまり何よりも自分の表現ができるわけ。他の楽器と比べてより美しいという意味じゃなくて、わたしがいちばん好きな楽器だということ。

 

BD:リコーダーを吹くのは楽しいんでしょうか?

 

MP:そう思う。リコーダーは独特の音をもっていて、自然の音みたいなね、それが多くの人々に好かれる理由だと思う。実際、わたしのコンサートに来る人たちは、ピアノやバイオリンのコンサートにはあまり行かない人たちかもしれない。普通のコンサートに来る聴衆とは、少し違う人々なわけ。

 

BD:フルートの演奏は聞きにいく人ですか。

 

MP:そうかもしれない。行くでしょうね。でもコンサートにはまったく行かない人もいるでしょうし、自分の子どもがリコーダーを吹いているとか、それでコンサートに来るといったね。

 

BD:この楽器が音楽的に素晴らしいもので、おもちゃの楽器ではないという事実をわからせるのは難しいんでしょうか。

 

MP:イエスでありノーだわね。わたしがいつも戦っていることというか。練習してるときに、とつじょオモチャの楽器みたいな音がして、恐ろしくなるの。それでもっと練習しなくちゃってね。それからまた突然、バイオリンとかクラリネットとかオーボエみたいな音楽的な音が聞こえてきて、これで大丈夫と思うわけ。だけどわたしのイメージの中でさえ、他の人のじゃなくてね、音に関しては戦う必要があるの。認めなくちゃいけないのは、本質的に、この楽器はとても簡易な構造のものだということ。木の切れ端で作られていて、八つ穴が空いてるだけだから。他の木管楽器みたいに精巧なキーとか、そういうものはないから。

 

BD:リコーダーのすべてがそうではないんでしょう?

 

MP:あーそうね。その通り、同じリコーダーでも音に大きな違いがある。いちばん小さなリコーダーは、いちばん大きなものとはとても違う音が出るわね。(スーツケースから3種類のリコーダーを取り出して)この三つの大きさの違うリコーダーは、コンサートでよく使われるもの。いちばん大きいもの、これにはレパートリーとなる曲がたくさん書かれている。中でもバロック時代の音楽ではね。トレブルリコーダー、またはアルトリコーダーと呼ばれるもの。(2オクターブを吹いてみせる。ト長調の音階を上行し、アルペジオで下降する) それからこれ、子どもたちが最初に手にするもので、ソプラノリコーダー。少し小さいの。(2オクターブをニ長調の音階で上がっていき、アルペジオで下がってくる) そしてこれ、いちばん小さいリコーダーでソプラニーノという。(2オクターブをト長調の音階で上がっていき、アルペジオで下がってくる。2倍の速度で、スタッカートをつけて吹く。ピッコロのような音色) この三つがいちばんよく使われるサイズなの。もっと大きなリコーダーもある。テノールにバス、ダブルバス(またはグレートバス)、そしてサブグレートバス、長さが180cmもあるの。これはリコーダーの上部にパイプがついていてね。

 

BD:大きいもの、小さいものを一緒に演奏したことはあるんでしょうか。

 

MP:残念ながら、わたし自身はないわね。でもリコーダーのアンサンブルでは時々演奏される。特にルネッサンスやバロック時代のものではね。リコーダー属のすべての楽器が一緒に演奏されることもある。バスからソプラニーノまでね。とても美しい音になるけど、わたしは一人であちこち演奏してまわっているから、他のリコーダー奏者と会う機会があまりないの。でもそういう機会があれば、とても楽しいものよ。

BD:あなたはかなりのレパートリーをお持ちですけど、新しい曲の依頼や他の楽器の曲のアレンジもしてます。

 

MP:そのとおりね。この二つは違うことだけど。リコーダーのレパートリーは、人が思ってるほど限られたものではないけど、そうであっても、自分の演奏や表現を発展させようとするとき、制限がかなりある。だからそれを越えるために、いくつかのことを試みている。一つは他の楽器のために書かれた曲を、リコーダー用に書き換えること。バロックの音楽ではこれが完璧にうまくいくの。それはあの時代は、違う楽器で演奏することが普通だったからね。多くの楽曲はリコーダーでもフルートでも、オーボエでもバイオリンでも演奏できるように書かれている。こういった楽器のどれもが、伴奏楽器としてオルガンとかハープシコード、あるいはリュートでも、そういう通奏低音の楽器とともに演奏されるの。

 

BD:では作曲家は、音符が読めて演奏可能なら、誰であれ自分の持ってる楽器で演奏してほしい、といった。

 

MP:そのとおり、まったくそうなの。あの時代にはまったく普通のことだったのね。特別なことじゃなかった。バロック時代に他の楽器の曲を取り上げて演奏するのは、理にかなってたわけ。わたしはヴィヴァルディの『四季』を書き換えた。それからさらにレパートリーを広げる試みをしている。現代の作曲家にもたくさん依頼していて、それはまたとても楽しいことなの。いろいろ挑戦になるからね。とはいえバロックの楽曲はいつも豊富にあるでしょう。わたしはいつもバロック音楽のことを話してる。リコーダーにとって、バロックの時代から20世紀初頭までの間に、大きなギャップがあるからなの。その間リコーダーはあらゆる作曲家たちから、完璧に、あるいはほとんど忘れ去られていた。だからこんな大きなギャップが生まれて、バロックか現代曲かっていうことになってる。

 

BD:それであなたは古い時代の楽器を復活させたっていうわけですね。

 

MP:わたしがやったわけじゃないけど、復活したわね。多くの人たちが一緒にやったんだと思う。わたしが最初の人間ではないの。フランス・ブリュッヘンは、この楽器をコンサートホールに復活させた主な人だと思うけど。

 

BD:リコーダー奏者は充分な数、いるんでしょうか?

 

MP:だんだん増えてると思う。リコーダーが楽器としてどんどん知られていけば演奏家ももっともっと増えるでしょうね。ヨーロッパではたくさんのリコーダー奏者が育ってる。あらゆる音楽学校で、ギターや他の楽器と同等に、一つの楽器として存在してるわね。

 

BD:リコーダーを勉強するとき、フルートも学ぶのか、それともリコーダーだけなのか。

 

MP:どちらでも可能ですよ。わたしはリコーダーを3歳ではじめて、12歳のときからフルートもはじめた。16歳になるまで両方の楽器をやってたの。それで突然気づいたんだけど、一つの楽器がうまくなるには、どちらか一方を選ばなくてはってね。そのときリコーダーを続けるっていうことに疑いはなかった。リコーダーの方がわたしにとってより親しみがあったから。こっちの方がより自分を表現できると思ったの。それに加えて、演奏することで生活の糧を得られるのはこっちだと、誰もそうは考えないだろうから。それが両親がわたしにフルートを与えた理由でもある。で、わたしはいい仕事に恵まれ、そののちにもいい仕事を得るチャンスにも恵まれたわね。でもそれが可能に思えたし、今もリコーダーでコンサートをすることで生きることは可能なの。それにたくさんの人がやっていない楽器を演奏するのは、いいことでもある。とてもいいオーケストラとの共演ができるし、それは競争する演奏家が少ないから。(クスクス笑い) それからある楽器の可能性をたくさん試してみるのは楽しいことでもあるわね。演奏法を発展させたり、新たな技術を開発したりする最初の人間にもなれるしね。

 

BD:ある音を出すために助けになる技術を見つけたことはあるんでしょうか。

 

MP:(大きく息をついて) 現代音楽で使われる技術をいくつか見つけたわね。わたしが見つけた、と言ったら間違いかもしれないけど、リコーダーの曲を書く作曲家たちに、それを取り入れるよう頼んだことがあるわね。たとえば、重音を出して演奏する方法とか。

 

BD:それは指づかいによって、生まれるものでしょうか。

 

MP:重音演奏というのは、一度に複数の音を出すことで、押さえている低い音を弱く吹いて、押さえている高い音を強く吹くの。そうするとその中間の高さがわかって、両方の音を一度に出せるわけ。(ここでリコーダーでやってみせる) たとえば、こんな風に指で押さえて(アルトリコーダーの低い音を吹く)、強く吹くとこんな音が出る。(低い音のときと同じ指づかいで強く吹いて、高い倍音のみを出す) そうするとその中間の音を見つけられる。最初は弱く吹いて、そこからだんだん強くしていくの。(低い音を再び出して、最初は弱く、それから強くしていく。吹くにつれてピッチが少し上がり、最後には音が「割れて」複雑な重音となる) あるいはこう(同じことをするが、もう1度全音で高い音で吹く。それからさらにもう1度全音で高い音で吹く。この重音をやっている間、彼女は指でトレモロをやり、重音の基音に4度で変化をつける) 手のひらで穴を塞げば、とても高い音も出せるの。そしてとても強く吹くとこうなる。(甲高い音を出す) この甲高い音を、普通の音の間に挟んで混ぜることもできる。これをやると、まるで二つの楽器を一度に吹いてるみたいな効果が出せるの。それは聞く人の耳は、高い音から低い音への変化についていけないから。だから素早く演奏すると、耳はすべての高い音を一つの音として聞きとり、低い音のすべてを別の音として聞くの、こんな風に、(中間音域で、素早くスタッカートで半音階を繰り返し、「甲高い」音を間にときどき挟みながら演奏する) それからグリッサンドと言っている技術があって、これは指を一音ずつ離すんじゃなくて、一つの音から他の音へと指を滑らせていくの。

 

BD:弦楽器やトロンボーンでやっているみたいに?

 

MP:そうそう、でもクラリネットでもやるわね。たとえば『ラプソディ・イン・ブルー』のはじめのところは長いグリッサンドがあるでしょ。これはキーが穴になってる楽器でしかできない。

 

BD:では指を穴から少しずつ離していくんでしょうか。

 

MP:そうね、すごく徐々によ。こういうのを吹く代わりに(素早くレガートで、2オクターブ近くの長音階を吹く)、こうするわけ(同じ音域をグリッサンドで、指を滑らせて吹く)、こうやってグリッサンドを演奏するの。

 

BD:バロックの作曲家たちは、こういうことをしました?

 

MP:いいえ、しなかったわね。

 

BD:では新しい音楽でのみ使われる技術だと。

 

MP:新しい音楽でのみ使われる、そうその通り。あとフラッタータンギングもできる、舌の先を口の中でトゥクトゥクとね。

 

BD:(フラッタータンギングをやる)

 

MP:そうそう、それよ。楽器なしでわたしより上手にやるわね。わたしはリコーダーなしではできないけど。(両者、笑い) リコーダーではできるわよ、こんな風にね、(高い音でフラッタータンギングをやり、続けて半音階をフラッタータンギングで上がり、長調のアルペジオで下がってくる) それから、ときに演奏と歌をいっぺんにやってほしいと頼まれることだってあるのよ。これをやるときは、音が少し変わるの。紙をくしの上に置いて、そうするとあれ… (なんと言う名前か出てこない)

 

BD:ああ、カズー*でしょ!

*アフリカなどの笛。口にくわえて歌ったり話したりすると、ろう紙が振動して声がゆがんで出てくる。(Wikipedia 日本語版)

 

MP:(高い音を吹きながら、低い音でまったく違うバスのメロディをハミングで同時に出してみせる)

 

BD:バックアップでやるときは、「二重料金」を取る必要がありすますね。

 

MP:ああ、そう、ほんとね。二つのリコーダーを同時に吹くこともできるの。これはまったくの遊びだけど、アンコールでやると楽しいわね。夢の中では、二つのリコーダーを吹きながら、歌もうたってるの。でもすごく空気を吸い込まなくちゃね。(部屋にいる一同笑い)

 

BD:それにすごい集中力もね!

 

MP:そう、その通りだわね。きちんとした音程で歌わないとね、もしちょっとでも外れると、別の音が聞こえる。それはすごく不快よ。ちょっとずれて歌うと、耳が三番目の音を作り出すわけ。

 

BD:実験的なことをする作曲家なら、こう言うんじゃないでしょうか。「ニ長調で吹いて、変ホ長調で歌ってほしいんだ」とね。

 

MP:そうね、ありえそう。

 

BD:そうすると結果、嬰Q調になってしまうとか。(両者、笑) 真面目な話、厳格なバロック様式で演奏しているものを補完するために、新たな音をバランスとして必要とすることはあるんでしょうか?

 

MP:それは常にあることね。そうだと思う。

 

BD:では20世紀の新しい音は、バランスをよくする助けになる?

 

MP:それは絶対そう。確実にそうね。もしリコーダーでバロック音楽しかやる可能性がなかったなら、楽器としてこれをやり続けることはなかったかもしれない。どれだけわたしがこの楽器に親密感があって、どれほどこの楽器なら自分を表現ができると思っていたとしてもね。現代の音楽をやるのは救いになるの。

I wouldn't have stayed with the recorder as an instrument, no matter how familiar I feel to it and how well I feel I can express myself on it, if I had only had the possibility to play Baroque music.  Having the modern music is a relief.

この楽器のためにロマン派の音楽があまり書かれていないことも、現代曲ほどにね、残念だと感じてる。さっきも話したけど、リコーダーはバロックと20世紀初頭の間のところで忘れ去られてしまった。でも実際には、リコーダーのことを忘れなかった作曲家がいて、曲を書いているの。ごく最近まで知られていなかったんだけど。アントン・ヘベルレとエルンスト・クラーマーよ。わたしは自分でこの二人の作曲家の曲をたくさん見つけたの、いろいろな図書館でね、古い出版物とか古い草稿とか。彼らはオーストリアとかハンガリーに住んでいた人たちで。あまり彼らのことは知られてないけど、それぞれ20曲ずつくらいの作品を見つけたの。レパートリーに加えるのに、とてもよかった。ヘベルレはモーツァルトの時代で、クラーマーは少しあとの時代なの。二人は素敵な曲をそれぞれ書いてる。深みがあるというわけではないけど、とてもいい曲だし、アピールする作品なの。わたしはそれぞれいくつかの曲を録音してる。とても名人芸的なところと、ちょっと誇示するようなところもあって、『ヴェニスの謝肉祭*』みたいにね。そういうものはたいてい難しそうに思われるけど、彼らの曲はとても簡単なの、ダブルタンギングとかそういったもので。(名人芸的な部分を吹いて見せる。幅広い音域で同じ音を繰り返す) 聞いてるよりは吹くのはずっと易しいの。でもとても輝かしい音がするし、楽しい曲よね。

 

*ヴェニスの謝肉祭:ナポリ民謡(いとしいお母さん)をもとに、ヴァイオリニストで作曲家のニコロ・パガニーニが変奏曲(ヴァイオリンと管弦楽のための作品)を書き、世に広めた。

アントン・ヘベルレ - Recorder Concerto in G (ヴァイオリン:P.ズッカーマン)

BD:聴衆に興奮をもたらすんですね。

 

MP:そう、そのとおり。

 

BD:それがあなたの演奏のポイントでしょうか。あなたの演奏で、聴衆に興奮をもたらす、聴衆に感じてもらうという。

 

MP:まさにそうね。興奮ではないかもしれないけど、ある感情、感覚ね。わたしはとてもコミュニケーションをとりたい演奏家なの。多分、2種類の演奏家がいると思う。舞台に座って自分のために演奏して、聴衆にそれを聞かせるタイプ。聴衆を自分の方に引き込むわけ。もう一つのタイプは、もっと出ていくタイプで、わたしみたいにね、聴衆に直接的に向けて演奏するの。わたしは自分のために吹くことはない。わたしは聴衆に向かって演奏するの。聴衆とコミュニケーションをとるのが好きなの。それがわたしのスタイルね。わたしはそういう雰囲気をつくろうと努力してる。

 

BD:どんな曲でも同じ空気をつくるのか、それとも曲ごとに違う空気をつくるのか。

 

MP:(しばし考える) 楽章から楽章へと空気は変わるし、一つの楽章の中でさえ空気は変わる。常に空気をつくり続けていると思う。舞台に出ていく前に、どんな空気をつくりたいか、少なからず、わたしにはわかってる。これは準備の一環ね。でも、とても馴染みの曲だった場合、自分が思っていたのとまったく違う雰囲気をつくることができるってわかることがある。とてもいいことよ。何か起きた場合、それを演奏の中心に据えると思う。

 

BD:何かいいこと、ですよね。

 

MP:そう、何かいいことね。

***

 

BD:リコーダーでは、弦が切れたり、リードが割れたりといった問題はないのでは、、、

 

MP:あー、でも他の問題があるわね。どんな楽器もそれぞれ問題は抱えてると思うけど。リコーダーについては、音色を変えられないという問題があるの。あと音高も変えようがないわね。音がじょじょに小さくなっていくところでディミヌエンドしようとすると、音高も下がってしまう、こんな風にね。(アルトリコーダーの高い音域で長く音を伸ばし、それから気流速度を弱めていくと、短3度くらい音が下がる)。

 

BD:燃料切れみたいですね。(クスクス笑い)

 

MP:そう、そうなの。吹くのを弱めると、ピッチが下がるわけ。これを解消するには、音を少しあげる必要がある。最初のところでグリッサンドのテクニックをやってみせたみたいにするわけ。押さえている指を少しずつ穴から外していくの。これをやりながら一定の強さで吹けば、こんな風になる。(同じ高い音を吹くが、今回は隣りの穴から指を離して、短3度あげていく) この二つを同時にやると、同じ音の高さを保ちながら、少しずつ弱めていくことができるの。(このテクニックをつかって、同じ高い音を最初は強く吹き、それからじょじょに弱めていき、また音を強めていく。この間、音高は上がりも下がりもしない) 自然な奏法とは言えないけど。クラリネットの場合だと、マウスピースを変えることで、ピッチを調整することができる。弱く吹いて、くちびるを少し強く押しつければいいわけで。

 

BD:それから息を吹き込みつづけることですね。

 

MP:そう、そのとおり。バスーンの場合はリードをさらにくちびるで押しつけるでしょ。そういう風にして調整ができるけど、リコーダーではそいうことは全くできないから。それに音色をうまく変えることも難しい。

 

BD:ピッチについて言えば、フルートの場合は、唇の上で内外に転がすことで、少し調整ができますね。

 

MP:そうね。歌口と言われている部分で変えるわけ。気流の方向を変えるの。フルートはその方法で調整ができる。ピアノの場合はとても簡単ね。鍵盤を弱く叩けばいいだけで、小さな音が得られる。(クスクス笑い) そこがリコーダーの不便な点ね。もちろん優位性もあって、指の位置がいつも同じだから、とても速く演奏することが可能なわけ。指の位置を変える必要がないから。ところが、そのことで優位性が下がりもする。補助のキーがないわけだから。とても難しい指づかいをすることになる。指を常に動かしつづけることになるの。でもどの楽器でも、一定のレベルまで達すると、難しさにおいてはどれも同じじゃないか、って思う。

 

BD:特別製のリコーダーを、穴と穴の間に4分の1音程の小さなキーがあるといった、そういうものを作ろうと思ったことは?

 

MP:四分音をリコーダーで出すことはできるけど、キーがなくても。

 

BD:あー、グリッサンドのテクニックですね!

 

MP:そう、それよ。穴を完全にふさがずに、半分空けて吹けばいいのよ。それか違う指づかいをすればね。

 

BD:では今ない音を出すために、別の場所に別の穴を加えることに意味はないと?

 

MP:ない、ない、まったくないわね。そのことでちょっとした楽しみさえ持てる、そう思う。リコーダーに改善法があまりないところがいいの、それだけいろいろ挑戦できるわけだから。

 

BD:なるほど。(クスクス笑い) いつかその試みや挑戦が負担になることは?

 

MP:そうね、そのときは、さらに頑張りが必要になるわね。(注:アメリカの作曲家でリコーダー奏者のトゥイ・セント・ ジョージ・タッカー[1924~2004] は、四分音を出すために、予備の穴をつけたリコーダーを開発)

 

BD:あなたのために曲を書こうとしている作曲家に、どんな助言をしますか?

 

MP:たいていは作曲家の人と会って、この楽器についての話をするわね。それから何か演奏して、作曲家が楽器の感じをつかめるようにするでしょうね。大きさの違う、音域の違うものについて話して、それから低い音域で大きな音は出せない、といったことを説明するわね。リコーダーでは、大きな音で自然に吹けるのは、高い音域なの。低い音域でフォルテフォルテッシモの音を出すことはできない。それでその人が曲を書いてきて、あるいはその一部を書いてきて、わたしがそれを見て、こう言うの。「これは難しいわね」とか「これは簡単すぎるくらいよ」 作曲家たちは、難しすぎる曲を書くことを恐れているんじゃないかな、と思うことがある。曲の全部をハ長調で書いてくるみたいな。いつも作曲家の人には事前にこう言ってる。書くときに制限を設けなくていいってね。リコーダーでどんなキーでも吹けるわけだから。反対にあとで難しいところを易しくするのは、ずっと簡単にできるわけで。

I can sometimes see that the composer is afraid of writing too difficult.  He may write the whole piece in C major.  I always make sure, beforehand, that I tell him that he shouldn't try to limit himself at all, because you can play in all keys on the recorder. 

BD:あなたはたくさんの録音をしてきました。コンサートホールでやっているように、レコーディングスタジオでも演奏してるんでしょうか。ライブのとき聴衆の前でやるのと同じような熱意をもって、マイクの前でも演奏していると感じていますか。

 

MP:(しばし考えて) そうしてきたわね、でも今はレコーディングに慣れているから、録音の際にいろいろなことが試せる。以前はその反対だったの。「これは録音するんだから、完璧な演奏をしなくちゃ」ってね。で、いつも安全第一で演奏していた。でも今は録音に慣れているから、経験も積んだし、コンサートでやるよりもっと、思いついたこと何であれできるとわかる。コンサートでは、舞台の上にいることで、自分の活動によって、助けられる部分がたくさんあるわけ。それが音楽の演奏を助けてくれる。それと聴衆が舞台にいるわたしに注目し、支援してくれることでもね。だけど人がレコードを聴くときは、ずっとすわって、最初から終わりまでじっと聞いてるとは限らない。状況が少し違うわね、それにどうであれ演奏しているわたしを目の前にしてるわけじゃない。だからレコードでは、ある意味、誇張して演奏する必要がある、音楽的にね。

 

BD:こう感じたことはあるんでしょうか。聴衆が前の晩に聴いたレコードの自分の演奏と、コンサートホールで競っているというような。

 

MP:そう考えないようにしてる。神経質になってしまうもの。以前はそう思ったけど、今は舞台に行って、最高の演奏をすることだけ考えてる。聴衆がレコード化された音楽と比べるかも、と考えるんじゃなくて、ホールでの体験を楽しんでほしいと思ってるわね。

 

BD:そうであっても、レコードが出たときは、嬉しいんでしょうか?

 

MP:(直ちに)いいえ、まったくよ。

 

BD:(驚いて)まったく?

 

MP:ないわね。

 

BD:(なだめるように) ええっ、でもわたしたちはすごくレコードを楽しんでますけど。

 

MP:ああ、それは嬉しいことだわね。わたしが言おうとしたのは、レコードを聞くと、良くないところを見つけてしまうからよ。でも最近の録音については、最初のころのものより満足してるわね。録音スタジオでは、もっともっと演奏を磨かなくちゃと思う。録音のたびに新たな体験をしてるわね。

 

BD:そこで得た新たなアイディアを、次のコンサートで聴衆と分かち合うんでしょうか。

 

MP:それほどでもない。わたしにとって、音楽とは別に、演奏の場がすごく違いを生むから、二つを比べることはできないの。一番難しい状況は、コンサートホールでの演奏が録音されている場合ね。コンサートで演奏するのはいいの。それがライブで放送されるのは、さらなる聴衆を相手にするっていうことよね。でもコンサートで演奏するものが録音されていると知っていることは、コンサート会場で何か起こすことと、録音を完璧なものにしたいという気持ち、その両方を満足させることになる。この二つを一緒にやるのは難しいことなわけ。でも演奏をしてるときは、それが録音されていたとしても、パフォーマンスすることに力を入れている。完璧な録音よりも、ライブのパフォーマンスに力を注ぐわね。

 

BD:音楽は完璧であるほどいい?

 

MP:いいえ。完璧主義のために、音楽性を犠牲にするべきじゃない。演奏が完璧かどうかは問題じゃないの。音楽性こそが大事。

The perfectionism shouldn't be at the cost of the musicality.  It doesn't matter if it is perfect.  Musicality comes first.

BD:ではここで哲学的な質問をします。社会にとって音楽の目的とは?

 

MP:(しばし考えて) 説明はできないと思う。音楽を感じることができれば、その目的が何かはわかる。それが感じられないなら、目的について言うのは難しい。音楽はとても重要だと思ってるの。素晴らしい音楽家の演奏を聴きに行ったり、素晴らしい俳優の舞台を見に行ったりすると、劇場から出てきたときに、わたしはとても楽観的になっていて、すごく幸せで、エネルギーに満ち溢れて、自分の仕事にとりかかる気力がムクムク湧いてくるわけ。音楽の目的の一つ、とてもいい面だと思う。こういう風に言うのは簡単だけど、なぜそうなのか説明することができないところに、音楽の重要性を感じてる。自分の生活や人生を考えれば、言葉にできること以上のことがあるわけで、だから音楽はそういう意味で大切ね。他の様々なアートと同じようにね、演劇も大事、そう思う。コミュニケーションの形を取るものは、何であれ重要。コンピューターから情報を得るより、わたしたちは感覚とか感情をやりとりするべきなの。

 

BD:あなたはコンピューター化されたメカニズムの一部になることを、望んでいないと。

 

MP:(確固として)ない、ない、ないわね、ないですよ、まったく。

 

BD:コンサートは、すべての人のためにと思って演奏してますか。

 

MP:そう思うわね。来ている人は音楽愛好家や専門家ばかりだと思っていたけど、たまたまコンサートに来た人とか、席を埋めるためにすわっている人とか、オーケストラのためにとか、そういう人たちがいることもわかってきた。その人たちは何かの理由でコンサートに来ることになったわけだけど、あとになって、コンサートで音楽を聴く素晴らしさについて、やって来て話すことがある。それが素晴らしいっていうことを知らなかったの。こういうことは、とても嬉しいし、幸せな気持ちになるわね。新しい聴衆と出会えたって思えるから。で、音楽のことで面白いと思うのは、そんな風にして音楽を一度聴くと、つまりそんな風に音楽に対する耳が開かれると、それをいつも感じることになるの。その先ずっと、音楽をそれまでと違う風に聴くようになる。何かがそこで開かれたわけ、そういうことが起きるのは、本当に素晴らしいことね。だから音楽は、みんなのためにあると思う。

 

BD:もし人気のロックグループが、彼らの曲で一緒に演奏してほしいと頼んできたら、受けるんでしょうか。

 

MP:そのロックグループがいいと思えば、受けるでしょうね。あまりたくさんはロックを聞いてないけど、これまでに聞いたものでは好きなもの、嫌いなものがある。多くの曲は同じことを何度も繰り返すし、わたしにとってちょっとキツいかな。

 

BD:それとやかまし過ぎる?

 

MP:音が大き過ぎる、そうね、確かにそう。最近は少し良くなったけど。10年前はもっと大音響だったわね。

 

BD:では、望みはあると。

 

MP:大きな音で演奏すると困るのは、音が合ってるかどうか聞き取れないことがある。だから大きな音で演奏している限り、どんな音もOKになる。音量を上げさえすれば、いろんな問題から逃れられるってことかな。(笑)

夫のラース・ハンニバル(ギター)と。自身のレーベルOur Recordingsより(2009)

BD:あなたは、旅する吟遊詩人になりたいたいですか。

 

MP:(しばし考えて、それから決めかねた様子で) ええ、まあそうね。この仕事で旅をしてまわることは、大変な消耗になる、でもそれもこの仕事の一部なわけで、それに対処することを学ぶわね。とはいえ、あちこちに行って、あらゆる場所で人々と出会うのはとても好きなの。中でも行った先が、自分の家のように思えることは最高ね。もう長いことずっと旅をつづけてきた。14年間というもの、めいっぱい旅してきたの。最初の何年かはちょっと大変だった。それは行く先どこもが初めての場所で、出会う人も初めて、共演するオーケストラも初めてだったからね。でも今は行ったことのある場所に戻ることが多くて、だから気分はとてもいいの。

 

BD:ソロでの演奏と、オーケストラとの共演と、どうやって分けているんでしょう。

 

MP:わたしの演奏の半分は、ハープシコードの伴奏によるリサイタルなの。その多くは母との共演よ。あとの半分はオーケストラとの共演で、いくつかの違うオーケストラとの仕事になる。オーケストラとのツアーがあって、それはとても楽しんでるわね。それはメンバーと深く知り合えるし、多くは同じ曲を演奏してまわることになるから。アンサンブルとして、とてもよくわかりあえるようになる、ただリハーサルをやって舞台に出るというのと違ってね。そういう風に音楽を作っていくことができるの。でも多くの場合、違うオーケストラとの共演になるわね。それ以外のこと、レコードを作ったりもするし、ギターとの共演もあるわね。山下和仁さんとコンサートをしたことがあるの。彼はとてもいいギター奏者よ。それから室内楽もやることがある。

 

BD:たとえばツアーでまわっている時、15番目とか23番目のコンサートで演奏に新鮮さを保つために、どうしているんでしょう。

 

MP:それは簡単なことよ、そこには学びがいつもあるからね。いつも新しい音楽として演奏する。音楽家になるには、そうする必要があるの。自分の楽しみのために演奏してるわけじゃない。わたしが演奏するときは、聴衆とコミュニケートしようとしてる。その聴衆はいつも初めての人たちで、だからそこには新しい体験が待っているというわけ。もし同じ協奏曲を50回、同じ聴衆の前で演奏するとしたら、新鮮さを保つのは難しいと思う。ちょっと気まずい感じになるかも。でもいつだって新たな聴衆がそこにいるってわかってる。たとえば、今回のツアー(シカゴを含む)で、ヴィヴァルディの協奏曲(ハ長調)をやっているんだけど、これはリコーダー協奏曲の中で最も演奏回数が多い曲なの。わたしはこれを600回以上演奏してきたし、4回レコーディングもしているのね。(両者、笑) すごいことだと思うけど、演奏するたびに、いつも新しい協奏曲だって感じてやっている。これは演奏家にとって必要なこと、自己鍛錬でもある。でもね、この曲を演奏するたびに、違う見方で取り組むことは可能だと思う。

 

BD:あなたが40歳、50歳、60歳になっても、この曲を新鮮なものと見れることを願ってますよ。

 

MP:わたしもそう願ってる。違う見方をもち続けることができるなら、できると思う。美術館に行くとするでしょ、それからその夜、この協奏曲を吹いたとして、わたし自身に変化が起きてるから、違う風に演奏することができるわけ。

 

BD:シカゴにまた戻ってくる予定は?

 

MP:(率直さと熱意を込めて) 是非とも戻ってきたいわね。ここがとても好きよ。アメリカの中でも好きな街なの。

 

BD:我々に万歳! 今日の午後を一緒に過ごしていただいて、ありがとうございます。とても感謝してます。いろいろ学びましたし。

 

MP:どうもありがとう。

 

BD:とっても楽しかったです。それから実演も、ありがとう。

 

MP:こちらこそ、ありがとう。

夫のラース・ハンニバル(ギター)と。ラース・ハンニバル『夢』(2017.6.25)

michala bio

ミカラ・ペトリ | Michala Petri

 

デンマークに生まれる。11歳のとき、コンチェルトのソロ奏者としてデビュー。幅広いレパートリーを持ち、中でもバロックの領域でバッハ、テレマン、ヴィヴァルディ、ヘンデルなど数多くの演奏がある。それに加えて、現代の作曲家による楽曲の演奏も多く、彼女のために書かれた100を超える作品がある。フィリップスやドイツ・グラモフォンなど有力レーベルからのリリースの他、自身のレーベルOUR Recordingsからもアルバムを出している。夫はギター及びリュート奏者のラース・ハンニバルで、コンサートやレコーディングで二人揃って演奏することも多い。

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