シカゴのブロードキャスター、ブルース・ダフィーが聞く

This project is created by courtesy of Bruce Duffle.

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スティーヴ・ライヒ  * Steve Reich

Steve Reich at Holland Festival, June 1979 in Amsterdam

スティーヴ・ライヒ | Steve Reich

 

ミニマル・ミュージックの創始者の一人と言われているアメリカの作曲家。1936年10月3日、ニューヨーク市に生まれる。母親はブロードウェイの作詞家だった。14歳のとき、バロック以前と20世紀の楽曲に触れたことで、音楽を熱心に学ぶようになった。コーネル大学で哲学を学んだのち、ホール・オーバートン(作曲家、ジャズピアニスト)に作曲を学び、その後ジュリアード音楽院に入学する。最も独創的な音楽思想家(ニューヨーカー)、20世紀最大の作曲家(ニューヨークタイムス)などと評され、その音楽はクラシック音楽の要素だけでなく、非西洋音楽やアメリカのローカル音楽(中でもジャズ)の構造、ハーモニー、リズムをもつと言われている。つづきを読む >

(the original text of the interview in English)

世界中のコンサートホールで楽曲が演奏されつづけているスティーヴ・ライヒ。82歳になった今も(2018年)精力的に音楽活動を進めています。日本にも去年来日し、オペラシティなどで代表作『テヒリーム』をはじめ、初期の作品『ドラミング』などを披露し喝采を浴びました。

本人によると、かつてヨーロッパではフィリップ・グラスなどとともに、ジャズミュージシャンの仲間として尊重されていたとのこと。確かに異色の感覚の持ち主ではあるけれど、クラシック音楽の歴史の中で生まれ、その歴史の一部として存在する重要な作曲家であることも間違いないでしょう。(葉っぱの坑夫)

ここで話された話題 [ 音楽のジャンル分け/他の演奏家による自作の演奏/作曲を教えること/非西洋の音楽やジャズ/1750年以前の音楽への関心/レコーディング/アンプなどの増幅装置との親和性/オペラとMTV ]

このインタビューはブルース・ダフィーのサイトからの翻訳です。

 

<1985年10月、シカゴにて>

 

初めてスティーヴ・ライヒに会ったのは、1985年10月のことでした。わたしたちの会話は、彼の具体的な作品について、さらには歴史的な観点も含めた一般的な思想へと進みました。ここで話されたことは(ライヒのエージェントもインタビューのあとでコメントしていますが)、彼が通常ジャーナリストたちともっている会話とは明らかに違うようです。いずれにしても、彼とのおしゃべりは気持ちのいい、ユーモアにあふれたものでした。また同時に、彼が自分の作品に対して、自分の置かれている状況に対して、確固たる認識をもっていることがわかりました。(ブルース・ダフィー)

ブルース・ダフィー(以下BD):まず最初に聞かせてください。「ミニマリスト*」という言葉は、もう死語なんでしょうか?

*ミニマリスト:1960年代にアメリカで起きたアート・ムーブメントの担い手。音楽では、最小限の素材を反復する手法をミニマルミュージックと呼んでいた。

 

スティーヴ・ライヒ(以下SR):おそらく「ミニマリスト」という言葉が死語になる前に、わたしの方が墓場行きだろうね。ご想像のとおり、これについてはよく聞かれるよ。絵画でつかわれる用語と同じだね、「印象主義」と言えばドビュッシー、ラヴェル、サティ、おそらくカークランドもね。「表現主義」ならシェーンベルク、ベルク、ウェーベルン、そしてエゴン・ヴェレスも。で、「ミニマリズム」と言えば、わたし、フィル・グラス、テリー・ライリー、ラ・モンテ・ヤング、おそらくジョン・アダムスも入るかな。

 

この種の用語は、学者やジャーナーリストたちが作り出した言葉なんだよね。たとえ作曲家が逃れたいと思っても逃れられない。シェーンベルクは「汎調性(pantonal*)」と言われたかったけど、誰もそんな呼び方はしなかった。

*汎調性(pantonal)とは、一つの調性を根拠とせず、複数の調性間を行き来する作曲作法/Oxford dictionaries)

 

「催眠効果(hypnotic)」とか「トランス」とかの選択肢があれば、その方がいいね。ひとことで言えるニックネームがあると、便利なんだけどね。音楽を表すという意味で、シェーンベルクやドビュッシーを「印象主義」とか「表現主義」と言う以上に、わたしの音楽を正確に表す言葉はないんじゃないかな。

 

『ドラミング』の1971年までは、まだ(ミニマルと)言ってもよかったかもしれない。楽器編成において、ピアノ、バイオリン、マリンバ、オルガンなどで、同一の音色を掛け合わせていた間はね。『マレット楽器、声およびオルガンのための音楽』や『18人の音楽家のための音楽』からは、『テヒリーム』しかり、そして最近の『砂漠の音楽』も、ミニマリズムはわたしの音楽を説明する用語として、まったく不適切だと思う。ただ、この用語は元々の意味で使われてるんじゃないと思ってる。ただのニックネームでしょ。ひとたび貼りつけられたら、こっちの意思がどうであれ変わることはない。(両者、笑)

Drumming (Portland Percussion Group)

BD:メディアによって型にはめられてることで頭にきてる?

 

SR:そうでもないかな。歴史的な観点から見ないなら、腹もたつかもしれないけど、いまは人々が、我々がやっていることに対処しようとしてるその途上だと思ってるんだ。まあよくあること、と言えるね。ものごとはそんな風に進むもんだよ。

 

BD:テリー・ライリーやフィル・グラス、ジョン・アダムスと一括りにされるのはどうですか? 

 

SR:当然ながら、実際にやっていることで人に知られたいですよ。ベルクはウェーベルンじゃないし、ラヴェルはドビュッシーとは違う。人々はそれをごちゃまぜにしているかもしれないけど。なんで我々がいっしょにされるのかには、理由がある。で、こういった音楽に興味をもつようになった人たちにとって、個々の違いは興味の対象となり、年月をかけて聴いていけば、その違いは膨らんでいくもんだと思う。

 

BD:音楽自身が変化していくのか。つまりグラスやライリー、アダムスはそれぞれ別々に進化していって、それでもなお同じ方向性の中にあるのか。

 

SR:年が経つにつれ、我々はまったく違う方向に進んでいくんじゃないかと思う。もし共有する場があるとしたら、ごく初期のことじゃないかな。ジョン・アダムスはここには入らないけど。彼は他の者より10歳ほど若いし、ここ数年の間に世に知られるようになったばかりで。でも過去を振り返れば、1985年の現在よりも、1969年の方がもっと類似については言われてたと思う。

 

BD:ではテリー・ライリーやフィル・グラスとあなたの音楽はどんな風に違うんでしょう。

 

SR:まず一つは、わたしはオーケストラとの仕事が多くなってるからね。ごく最近の楽曲のことをあなたは知らないかもしれないけど、自分のアンサンブル(合奏グループ)も続けてる。でも『砂漠の音楽』や『テヒリーム』、その前の『ヴァリエーションズ』は、オーケストラのために依頼されて書いたもので、オーケストラによって演奏されてるんだ。

 

グラスがやってきたような楽劇とは違うね。アダムスがオーケストラのために書いてきたような、オーケストラ曲なんですよ。ライリーはインド音楽への興味を持ちつづけているけど、率直に言って、彼にとってマイナス効果ではないかと思うんだ。生きたまま食われてる状態かな。彼の作品で素晴らしいのは『In C』だと思う。ああいった音楽を彼がまた取り上げることを、心から願ってるんだ。まだ聴く機会に恵まれてないけど、弦楽四重奏曲の近作があるんじゃないかな。

 

彼が興味を持ちつづけているテープディレイ*のようなことは、わたしは今はまったく興味がないんだ。フィル・グラスのポップ・ミュージックの使用は増えてるね。音の増幅や楽器の音量拡張が目立ってる。楽劇*や映画音楽への興味ということで言うと、いつか何かやるかもしれないけど、自分の作品としてはごく一部にとどまると思うね。こういったことがかなりの違いを生んでいるわけで、それが真実なんだ。

 

*テープディレイ:デジタル技術がなかった時代に行なわれていた、磁気テープのエフェクター(delay processor)により、原音からディレイ(遅延)させた音を効果として使う手法。

*楽劇(music drama):ワグナーによって生み出されたオペラの一形式。音楽と劇の進行を緊密にした全体芸術作品を目指したもので、アリアを中心としたオペラと区別されている。

Clapping Music(1972) - ラス・ハーテンバーガー
00:00 / 00:00

From ”Steve Reich: Works - 1965-1995”

​1997 Nonesuch Records

(Original data:4:48)

BD:あなたは新作を書きつづけてます。前に書いたものより、いい出来なんでしょうか?

 

SR:(笑)そういうものを書こうとしてるんですよ。

 

BD:(笑)

 

SR:そういうものを書こうとしてる、だけどわたしの記憶の中でさえ、そうではないんだ。客観的に、わたしはそれを見ることができる、と思ってる。作曲家が、自分の楽曲の良き裁定者である必要はない。でもこれに関して、わたしは裁定が正しくできる、と言いたいね。この分野における経験によってね。大きいことがいいことではない。新しければいいわけじゃない。良いものは良い、良い作品というのは音楽の質によって決まる。捉えにくいものではあるけど、明確にすることは可能。過去から適正に受け渡された価値というものがある。多様性であるとか、ある種の全体的な一貫性であるとか、こういうことは常に問われることだからね。多くの作品をわたしは外に出してない。ノートの中にとどまっている。どれも突き詰めれば、長所と短所がある。でもわたしは自分の作品に対して、正しい判断ができてると思ってる。壁に押しつけられでもすれば、どの曲がいいと思うか、列挙することができるだろうね。

 

BD:[軽くひと突きして] わたしが壁に押しつけてあげましょうか?

 

SR:ひとつ頼むよ!

 

BD:こういった自己評価について聞くことはあまりないんですけど、あなたはどの作品がよりいいと?

 

SR:過去の作品について言えば、『カム・アウト』『ドラミング』はそうだし、『18人の音楽家のための音楽』『八重奏』『テヒリーム』『砂漠の音楽』は上位に入ってくるだろうね。

 

BD:あなたは自分の作品の演奏に関わることがありますね。自作の演奏者として、あなたは理想的なんでしょうか?

 

SR:ある意味ではイエスだし、別の意味ではノー。わたしは自分の演奏集団をもっているんで、自分の曲をやる実際的な経験を積んできたと思う。自分の音楽に適した音楽家を見つける経験も、たくさん積んできている。だけどマイケル・ティルソン・トーマスのような指揮者と演奏するときに、向こうが何かこうしたいというアイディアがあった場合は、こんな冗談をよく言うんだ。「マイケル、わたしはもう死んでると思ってくれ」とね。たとえば『砂漠の音楽』の第2楽章、第4楽章で、元の楽譜にはスフォルツァンド(sfzと表記される音楽記号。ある音に強いアクセントをつけて強調する)は書かれてなかった。しかしティルソン・トーマスは「ここはちょっと区切りが欲しいな」と言うんだ。最初わたしはそれに反対した。でも彼はそうやって演奏したんだ。で、わたしはこう言ったよ。「たしかにね、マイケル、君は正しい。どうもありがとう!」

 

BD:そのアイディアというのは、彼がスコアの中に見つけたというより、スコアに付け加えたものなんでしょうか?

 

SR:彼がスコアを見て、発見したんだと思う。それを前面に押し出した。スフォルツァンドのあとに8分休符があって、わたしが意図しているのはそれだった。マイケルはそれを強調した、強く表すことで、はっきりさせたんだ。音符にスフォルツァンドを入れて、その直後に休符を入れる。普通にその音を弾いて、次に休符を入れる代わりにね。たいしたことに聞こえないかもしれないし、重大事項とは言えないかもしれないけど、意図をはっきりさせ強化したのは間違いない。作品を進化させるし、こういった解釈によるニュアンスというのは、他の人の洞察力によって引き出されることがあるんだ。

 

BD:あなたの作品を、まったく知らない演奏集団がやるのを聴いたことはあるんでしょうか? レコードになってるもの以外で。

 

SR:あー、ありますよ、初期のものにもあるね。

 

BD:楽しめますか?

 

SR:いろんなエピソードはあるよ。1970年代半ばにもあった。ヴァージニアのシェナンドー大学から『6台のピアノ(Six Pianos)』のテープを受け取ったんだ。最初にそれをかけたときは、痛ましいほどの遅さに感じた。で、聴き直してみたところ、こう思ったんだ。「いや、なかなかいいぞ! 面白い演奏だ。たいした洞察力だ。南部の男性諸君が時間をたっぷりとって、あらゆる細部の表現を引き出している。せかせかしたニューヨーカーの自分が決して許さなかったやり方でね」と。

 

もっと最近のさらに面白いエピソードと言えば、1983年の夏の出来事かな。わたしはヴァーモントにいたんだけど、ティボール・センゾーというハンガリー人の音楽家から電話を受けた。彼はプタペストのワン・エイティという若手の演奏集団と一緒だった。彼が言うには、いまニューヨークにいて、これからヴァーモントに行くつもりで、わたしの『八重奏曲』の楽譜を手に入れられないものかと聞いてきた。まだブージー・アンド・ホークス(イギリスの大手楽譜出版社)から楽譜を出す前のことでね。で、こう答えたよ「ああ、いいですよ」とね。彼とはガソリンスタンドで会ったんだ、カジュアルな出会いだよね。

 

会ったときに、彼はこう言った。「実は、ちょっとした問題があるんですが。わたしたちはクラリネットもバス・クラリネットもいないんですよ」 で、わたしはこう答えた。「だけど、あの曲ではクラリネットは肝なんだけどね。音色的に重要だ。どうするつもりかい?」 すると彼はこう言った。「オーボエとバスーン、トロンボーン、フェンダー・バス(エレキベース)を使おうと思ってまして」 わたしはこう言ったよ。「あー、それはいいね、じゃまた!」(笑) 

 

わたしは彼に楽譜を渡してこう思った。「うん、かの地はここから1万キロも離れている。小さな貧しい国なんだよな。ならば、どうぞまたね、幸運を祈ってるよ」 その1年後の夏、わたしはまたヴァーモントに来ていた。そこで郵便局に行ったら、ブタペストから、あのクレージーなハンガリー人のカセットテープが届いていたんだ。で、カセットで聴いたところ、演奏が始まってすぐに、涙が出そうになったよ。非常に美しい演奏だったんだ。彼らの楽器に合わせたオーケストレーションは精緻で、ユーモアに満ち、機知に富んで、美しくまとまっていて、トロンボーンの軽いアクセントが絶妙に入っていた。連続性はフェンダー・バスによって保たれていた。

 

彼に手紙を書いたよ。「じつに卓越した演奏でした。あなたたちの演奏は素晴らしく、わたしのところのアンサンブルより優れた部分がありましたよ」 このことがあって、わたしはブタペストに行くことになって、フンガロトン(ハンガリーのレーベル)で彼らは録音をしたんですよ。 

 

BD:さらなる人々があなたの音楽を取り上げて、改変してもいい?

 

SR:基本的に、楽譜というのは外に出ていくものだよ。これは特別なケースだったけどね。通常、あらゆる改変は、演奏者の解釈によるニュアンスの表現だと思う。オーケストラであっても室内楽であっても、楽譜に解釈を持ち込む。たいていは全体として秩序だったものか、真に深い理解から来るものだ。楽曲への深いアプローチは、作曲家にとって興味を惹かれるものだね。

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“Phases”(5 CD box) by Nonesuch Records Inc. in 2006
“Steve Reich: Works 1965-95” (10 CD box) by Nonesuch Records Inc.  in 1997 

BD:作曲家というのは訓練可能なものでしょうか?

 

SR:いい質問だね。バルトークはできない、と言った。おそらく正しい。もちろん彼は、自分が作曲を教えることを拒否する意味で、そう言ったんだと思うけどね。わたしは教えることは控えてきたけど、それはわたしが自分勝手な人間だということ、また教えることにエネルギーを取られたくないからなんだ。

 

BD:邪魔されたくないと???

 

SR:面倒というのは実際、想像以上のものだよ。作曲を教えるということは、学生たちの心に、自分自身を投影させる必要がある。非常に根気のいる、難しい仕事だと思う。これをやるには、かなり広範に及ぶ完成された音楽的能力が必要で、その一つ一つを学生の利益のために使わなくちゃいけない。

 

数は少ないものの、非常に優れた教師はいるね。ヴィンセント・パーシケッティのことがすぐ思い浮かんだよ。もう一人、ホール・オーバートンもいるけど、彼はジャズ・ミュージシャンだったけど、もう彼はいない。しかし作曲家にとって、教えることが理想的な仕事なのか、わからない。わたしの経験からすると、そうじゃないと言えるし、わたしが大学系の道を歩まなかった理由でもある。厳密に言うならば、音楽を書くために必要なエネルギーは、作曲を教える過程で吸い取られてしまうだろうね。

 

BD:その答えは教師の側からの回答だと思いますけど、学生の側からはどうなんでしょう。

 

SR:あー、なるほど、それなら答えはイエスだよ! わたしはダリウス・ミヨーやルチアーノ・ベリオなど著名な作曲家たちに学んできたけど、教師というのは、学生が今置かれている状況に、自分自身を投影する才能をもってる。彼らは、ある場面で、どんな技術情報を提供すべきか、生徒を指導し、やる気を起こさせるためにどんな対応をすべきか、直観的に知ってるように見える。学生はそれによって勉強をつづけることができる。教えることの核心はそこにあると思う。作曲と教えることの両方の才能というのは、稀なものじゃないかな。よく知られた作曲家たち(生きていても死んでいても)の楽譜や演奏、録音から学ぶというのが、基本だと思う。だけど教壇に座って、情報を伝えてるだけの人に、誰もが知るような、いい作曲家はいないんじゃないかな。

 

BD:学生はベートーヴェンやワーグナー、マーラーやスティーヴ・ライヒといった人のスコアをコピーすべきなのか。

 

SR:そういう勉強法(模倣)は基本ではあるし、学生が勉強の過程でいつも通る道だと思う。ある夏のことなんだけど、ヴィットリオ・リエティのクラスで、モーツァルトのソナタを書かねばならなくなったんだ。生徒は自分一人でも、かなりのことを成し遂げられるわけだが、先生の指導の元では、さらなる可能性が開ける。こういうものを籠って書くことが一つ。誰かの監督下で楽曲を書いていると、こう言われる。「ここで君は失敗してる。この部分はとてもよくできてるね。なんでそれを考えないんだ? なんでこれを手本にしない。わたしは君がイ長調の変奏曲では、うまくやっていたことを知ってるからね。へ長調のソナタのアレグロよりね」 こういった決定(何を、いつ、どのように扱うか)は指導の核心部分で、このような提案をするには、生徒の個性をよく知る必要があるんだ。

 

BD:しかし、どのように決定をするのか、教えてくれる先生を見つけなくちゃいけませんね。どんな決定をするかではなくて。

 

SR:やる気を起こさせるような方法で、生徒の技術を高めることができる教師を見つける必要があるね。その時点で学生が必要としていると思われる技術、それを与えることだ。で、それは特別な才能であって、作曲の能力があればできるものではない。作曲とはまた別の才能なんだ。

 

BD:音楽を書いているとき、あなたは聴衆のことを考えますか? あるいはある特定の聴き手のことを。

 

SR:考えるよ、それはわたしだ!(笑) わたしは自分のために書いてる。たしかに、わたしの書いたものが見下されたり、退屈だと思われたり、誰にも興味をもたれなかったら、がっかりするだろうね。愛されたいと思うよ。面白がられるんじゃなく、情熱を込めて愛されるか、激しく嫌われるかしたいね。

 

新曲に対して言われる言葉で、もっとも残酷なのは、「あー、面白い曲ですね」(両者、笑) 両極のどちらかを求めたい。でもスタジオで曲を書いてるとき、作曲に関わっているときは、どういう聴衆に対して、というのはわからない。何もわからないね。名指しはしないけど、毎月の頒布会のために書く作曲家もいる。

 

それほど前のことじゃなくて、彼らはウェーベルンのように書いていた。その少しあとには、ジョン・ケージのように書くようになった。そしてわたしが書くようなスタイルで曲を書く人も出てきたかもしれない。それは悲しむべき状況だと思うよ。遅れをとりたくなくて、はやりを追ってるだけという。自分の中に進むべき道がないなら、やっていることの必然性が自分の内にないなら、世の中には報酬のいい仕事は、他にたくさんあるからね。

 

BD:あなたの書くようなスタイルの曲がもっとポピュラーになったら、嬉しいですか?

 

SR:そうだね、ティルソン・トーマスやエド・デ・ワールトのような、あるいはズービン・メーターのような指揮者が、わたしのやってることに興味をもってくれるのは、面白いし嬉しいことだよ。フルート奏者のランサム・ウィルソンやクラリネットのリチャード・ストルツマンが演奏してくれたり、曲を依頼してくれて、彼らのために書くことは喜びだ。それからラッセル・ハーテンバーガーやボブ・ベケットといった、わたしのアンサンブルで長くやってきた打楽器奏者たちのために、書き続けてきたことも喜ばしいことだよ。

 

第一級の音楽家たちから得られる反響は、役に立つ音楽批評になる。リハーサルのときに、第一級の演奏家たちが楽曲に不満をもったら、真面目に受けとらなくちゃいけない。そこには学べること、学ぶべきものがあるんだ。最高の音楽の精神からの批評だからね。音楽に献身してきた人からの批評であり、わたしのしていることを好んでくれた人なのだから。前進していくためのポイントになると思う。彼らの反応は、それが直観によるものでも、技術面からのことであっても、わたしにとって非常に助けになってきたんだ。

 

BD:こんなケースはあるのか、演奏家が「この音楽は間違ってる」と言って、あなたが「いいや正しい、もっと理解しろ」みたいな。

 

SR:あー、あるね。場合によるけど。両極端が起きる。何年か前に、同時に作曲された『6台のピアノ(Six Pianos)』と別の曲『マレット楽器、声およびオルガンのための音楽』をやろうとしていた。リハーサルで、マレットの方が、ある部分でひどくゆっくりに演奏されていた。引き伸ばされていたんだ。演奏者のせいじゃなく、楽曲のその部分のせいだと気づいた。反対に『Sextet』の中で奇妙にジャンプする箇所があって、ラッセル・ハーテンバーガーが大ジャンプだと言ってきた箇所があった。「そうだ、そこはジャンプして」とわたしは言った。(笑) いつ、どこで、どんな風にジャンプするか考える必要があるけれど、こういったコメントは真面目に取らないといけない。

 

BD:わたしの中の歴史家はこう考えます。1世紀以上も前に、70回もリハーサルしたのちに、演奏不可能と言って、『トリスタン』を放棄したオーケストラがある。今では三流のオーケストラでも弾いてます。でもワーグナーは何一つ変えたわけではなかった。

 

SR:たしかによく考えてみていい問題だね。もっと近年になって、ヴァレーズの『イオニザシオン』が30回、40回のリハーサルをやっていて、それは大変な状況だった。今では、学生の打楽器アンサンブルが、1週間もかけずに仕上げてる。わたしの場合も、演奏家にとってどんどん演奏が簡単になってきたという、起こるべくして起きる問題が出ている。

 

これに関してちょっと面白い話をしよう。わたしのアンサンブルでは、打楽器の楽曲では特に、楽器の省略をすることがあるんだ。そうすれば大量の楽器とツアーをしなくて済むからね。たとえば『マレット楽器のための音楽』では、四つのマリンバが必要だけど、二つに減らしている。もう一人の演奏家を楽器の背後に立たせておけばいい。わたしはそのパートを分けて書いて、一人ずつに渡した。それぞれが状況に応じて交代で演奏するんだ。これがこの曲の演奏で、興味をそそる方法になってもいる。競技で対戦相手とやり合ってるみたいな感じなんだ。このような状況下で演奏すると、リズム溢れるエネルギーが生み出される。普通に2台の楽器で演奏するより、1台を交代で使った方が生き生きした演奏になるんだ。

 

のちにこの曲がジョン・アダムスとサンフランシスコ交響楽団で演奏されたとき、彼らがどうやるか見ていて面白いと思った。この曲はわたしのアンサンブルでたくさん演奏してきたけど、他の人がやっているのをあまり見たことがなかった。そのパートは2台の楽器のために書かれていた。でもリハーサルのときに見たら、二人の第1打楽器奏者が、1台の楽器をはさんで向かいあってたんだ! で、わたしは彼らの一人に向かってこう聞いた。「なんでまたこんな風にして演奏するんだい? 一人は反対側に立ってるじゃないか」とアホ面を見せてね。するとこう言うんだ。「あなたたちがどうやって演奏してるか知ってますよ。で、こっちの方がもっと面白いんじゃないかと。それでパートを再配分したんです」(両者、笑) で、あなたが言ってたようなことが起きる。ポリリズム的*なことが生じるわけだ。問題は、楽譜上では難しそうに見えないんだけど、実際には非常に難しいことがわかる。音楽が浸透していくことで、ゆっくりと解決していくようには見える。演奏者は何が問題かわかるようになる。

 

非西洋の音楽やジャズにだんだん親しむようになって、ある世代の人々にとっては、そういう音楽への意識はあるからね。そして驚いたことに、自分が中年にさしかかると、自分の祖父みたいに見えていたオーケストラ団員が、今や自分の子どもの世代になっていて、その彼らは多くの技術的な問題を解決してしまった。ことはこんな風にうまくいくんだな。音楽家が若いときは、音楽の新しいスタイルを認識し、それを見極めることは、非常に難しいよね。様式と関係する技術的な問題は何か、ということもね。でも彼らは音楽的訓練のごく初期の段階でそういったことと出会うから、まるで努力などいらないみたいに、たくさんの解決法が見つかるんだな。

*ポリリズム:複数のリズムの意味で、同時に2拍子、3拍子など拍の一致しないリズムを演奏することで、独特のリズム感が生まれる。

 

BD:今は生活自体が速く動いていているから、わたしたちはもっとたくさん、もっと速く吸収しなければならないということなのか。

 

SR::もっとというのはよくないね。モーツァルトを演奏する場合にも問題になる。また違った種類の問題もある。名人芸的な演奏というね。狂気のように走る難しいパッセージをどんな風に弾いてみせるかといった。音楽における問題の一つであり、様々な状況下で作品をおおう問題でもある。もう一つの問題は「モーツァルト問題」あるいは「ハイドン問題」だ。そこでは音符の数はとても少ない、だけどなるべくしてそうなってる。そこではわずかな抑揚の失敗、ちょっとしたリズムの遅れといったものが、聴く者にあからさまにわかってしまう。わたしの音楽はこれに当てはまる。つまり音楽はどんどん複雑になっていくわけでも、演奏者はどんどん打ち上げ花火のようになるわけでもない。わたしのやっている多くのことは、初期の古典派の、あるいはバロック時代の問題に近いものなんだ。それはわたしの音楽は和声的というより対位法的にできてるからね。技術的にはモーツァルトより、バッハに近いと言える。

 

BD:音楽というのは進化しつづけるものではないんですか?

 

SR:いいや、そうではないね! そういうことはないんだよ。ナンセンス、ナンセンス。グレゴリオ聖歌(9~10世紀の単旋律聖歌)からマショー(14世紀のフランスの作曲家)に移行すると、単旋律の品のよさが失われ、グレゴリオ聖歌からペロタン(12~13世紀のフランスの作曲家)に移行すると、単旋律の美しさや洗練が消え、テノールと三層の装飾的な高音声部の巨大な塊が入ってくる。マショーを聴くと、うるさくてイライラするし、質の劣化だと感じるよ。ペロタンのもつ重量感、その巨大さは、洗練の中では力をなくす。温室的な環境というものが、14世紀後半のマニエリスム*にとっては重要だったわけだ。いくつかは成功し、いくつかは失敗だった。何かうまくいったものがあるなら、それはいいものだ。フルートのソロで演奏されようが、巨大なオーケストラとコーラスがそこに加わろうが、判断基準にはならない。より大きいものがいいわけじゃないし、新しければいいわけでもない。古いものほどいいわけでもない。いいものはいい、終わり。そうでないなら、ことはいとも簡単だ、でも実際はそうじゃない。(笑) わたしたちは出てくるものを、一つ一つを詳細に検閲する必要があるし、そこから逃れる道はないんだ。

*マニエリスム:ルネッサンス興隆期とバロックの間に栄えたイタリアを中心とする美術様式。

“Influences - Steve Reich”:ロンドンのBloc.によるライヒのトークフィルム。ガーナの打楽器のリズムパターンを学ぶため、1970年にガーナに出向いたライヒ。そのときのことを当地のフィルムをまじえて語っている。その後の1972年に『クラッピング・ミュージック』を発表。この人気の楽曲はガーナでの学びの成果だったのだ。当時アメリカは政治の季節で、作曲家もその影響を受けていたが、ライヒはまったく違う方向を向いていたと言う。動画の7’47’のところから、当時のライヒが自ら手をたたいて、『クラッピング・ミュージック』を演奏している映像を見ることができる。(9’51”)

 

スティーヴ・ライヒ | Steve Reich (つづき)

国内外での受賞歴が数多くあり、近年の大きな賞としては、2009年に『Double Sextet』でピュリッツァー作曲賞を受けている。これはシカゴの現代音楽アンサンブル、eighth blackbirdからの依頼作品で、ライブ演奏の場合、生楽器のみのヴァージョンと、生楽器と録音した音源の掛け合わせという二つの表現方式がある。タイトルの『Double Sextet』は、フルート、クラリネット、ヴィブラフォン、ピアノ、バイオリン、チェロの6種の楽器が2台ずつ使われるところからきている。

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