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ウィリアム・J・ロング著『クマさんの小さな弟分』より 訳:だいこくかずえ
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動物たちの外科手術(4)

ケワタガモの荒療治

 この泥のギブスの件以外にも、もう一つ、答えに窮する並外れた出来事がある。早春のある日、ナンタケット島のハモク池のあたりを、2羽のケワタガモが泳いでいるのを見た。眼力の鋭い評論家なら、ここでわたしは見間違いをしたと言うだろう。ケワタガモは塩水に住むカモで海にしかいない、繁殖のためであっても、真水に入ることはまずないだろう。わたしもこの2羽を見るまではそう思っていた。それでわたしはしばらくそこに座って、この2羽が習慣を変えた要因は何だろうと探った。

 

 この季節、この鳥はほとんどがペアでいる。ときに100メートル近い長さの群れになって、そばを飛んでいくこともある。水面近くを飛びながら、見ているあなたのすぐそばを通り過ぎていく。美しい茶色のメスが先を行き、立派な黒と白のオスがそのあとを追う。メスとオスはいつも前と後ろの順番で、長い距離を連なって飛んでいく。ところがわたしの目の前の2羽は、どちらもメスだった。それが池の上を飛びまわっている何百ものカモやオオバン、ツクシガモ、ヒロハシではなく、この2羽を見ているもう一つの理由だった。

 

 最初に気づいたのは、鳥たちは頭を水の下に突っ込んで、1分かそれ以上そのままでいるという奇妙な行為だった。またその水場が彼らがエサを採るには深すぎる場所だったことも、変だった。ケワタガモは潮が引くまで待って、岩の上に貝があらわになったところを取るのが普通だ。オオバンのように水中にあるのを捉えたりはしない。あたりを闇がおおいはじめ、鳥たちの姿を急速に隠した。ケワタガモは取り憑かれたように頭を水につけていたが、わたしはそれ以上見るのをやめて、家に帰った。

 

 2、3週間して、別のケワタガモ(大きなオス)が同じように奇妙なふるまいをしているのを同じ水場で見つけた。この鳥は頭を撃たれて、おかしくなっているのではないかと思い、乗っている古ボートで押しのけてみた。しかし彼は元気なカモがするようにそこを飛びたち、大きく羽ばたいて少し離れた場所に降りたった。そしてまた頭を水に突っ込んだ。

 

 まったくおかしなことが起きている。わたしはこっそり彼の後を追った。散々苦労したあげく、茂みの端から彼を射止めることに成功した。一つだけおかしなことがあるとすれば、大きなイガイ(塩水の岩にいるはずの貝)で、ケワタガモのオスは、その固く閉じた貝を舌に乗せていた。くちばしで砕くことも、足で踏みつけて壊すこともできないみたいだった。わたしはそのイガイを取り上げ、ポケットにしまった。そしてさらなる謎につつまれたまま家に帰った。

 

 その晩、自然について情報の宝庫といった年老いた漁師をつかまえて、真水にいる浅瀬のケワタガモを見たことがあるか聞いてみた。「一度か二度はあるな。バカみたいに頭を水につけていたよ」と答えたものの、わたしがカモの舌の上にあったイガイを見せるまで、何も説明をしてはくれなかった。それを見ると彼の顔が輝いた。「イガイは真水では生きられない」 一目見てそう言った。とそのとき、我々二人の頭に同時にある考えが浮かんだ。ケワタガモはイガイの固い口を緩めるために水につけ、舌の上でものにしようとしてたのだ。

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 これは間違いない真実であろう。真水にイガイをつけてテストしたり、カモがエサを採るところをさらに観察して得た結果なのだから。この辺の海岸では冬の間、カモが岩場をおおう小さな貝をエサにしているのはよく見られる。潮が引くと、カモたちは群れで休んでいた岸辺から泳いできて、岩場からイガイを取り、それを口の中に入れる。わたしは何度も何度も岩陰に隠れ、目の前に木製のカモのデコイを2、3羽置いて、ケワタガモがエサを食べるためにやって来るのを観察した。カモたちはすぐにデコイの方にやってきて、挨拶でもするように羽を何度も羽ばたかせるが、何の反応もないとわかると腹をたて、泳いでやって来るとこの詐欺師を乱暴につつきまわし、それからわたしの足元の岩場の方に散っていった。じっとしている限り、こちらには気づかないままだった。ケワタガモは他の野生のカモより人馴れしているため、彼らの敵が人間だとは、なかなか気づかないのだ。

 

 カモたちを観察していて、イガイを採るところをまた見れないかと期待していて、別の面白い事象に気づいた。群れが頭の上高いところを通り過ぎたとき、何の前触れもなく(銃の音、鳥の声など)、群れ全体が突然、矢のように水面に近づいた。チドリもラブラドールからやって来たばかりのときは、同じような習性を見せた。しかしカモに関しては、満足に足る説明が得られないままだった。

 

 鳥たちがエサを得ようとするとき、イガイはカモの舌の上、あるいはくちばしの間で、砕かれたり、飲み込まれたり、岩にぶつけられたりしないために、固く殻を閉じることがある。その場合、もし鳥があの秘密を知っていたなら、真水のところに飛んでいって、それを水に沈めて溺れさせ口を開かせるだろう。あらゆるカモがこの知恵を知っているのか、限られた鳥だけの知識なのか、それを知るすべは今のところない。わたし自身は、3回ほどこの「荒療治」をケワタガモがするところを見ている。また10回以上、この種の鳥が真水の川や池で、頭を何度も水につけているところを見たという話を聞いている。どちらのケースでも、二つの興味深い疑問が浮かんでくる。一つ目は生まれてから死ぬまで海で暮らす鳥が、どうやってイガイが真水で溺れて口を開くと知ったのか。二つ目は、他の種の鳥が必要に迫られたとき、どのようにしてこれを知るのか、ということ。

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