DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第44章

11p.m

ぼくの最愛なるセミコロン様

 

もう遅い時間で、ぼくは寝なければならない。きみはもう眠っているね。ぼくは今晩、心が痛むんだ、セミコロン。ぼくの人生におけるマンゴー以上の、もう一つの愛について語らなくてはと感じてる。その頃のことを考え、彼女の顔を思い浮かべている。彼女がベッドで横になって、くすくす笑いをしているのを思い出す。彼女が仰向けになって手と足を上げてこう言ったのを覚えている。「あたしは猫、ここにきてお腹をさすって」 彼女はぼくを笑わせた、セミコロン、ぼくらが出会ったときにきみがしたのと同じやり方で。

 

昨夜、ぼくは彼女の夢をみたんだ、セミコロン。長い夢で、三つに分かれていた。夢は1時間半だったと見積もった。

 

最初の30分間は、メイシーズ百貨店の3階にぼくはいた。エスカレーターに乗っていて、下に降りていた。ぼくの前には彼女の昔のボーイフレンドのキスキス・ボーイがいた。彼はプエルトリコ人だったな、うん。2度目のデートで、彼女の家のソファで眠り込んだ、と彼女はぼくに言った。でも彼はキュートだった。それで彼女は彼にキスをした。彼とは寝たことがないと彼女が言ったのを覚えている。彼は彼女の対象にはならなかったのだ。ということでやつは、どんなフルーツを3日も4日も食べたつづけたとき、自分の精液が甘く、あるいは苦く、あるいは甘辛くなるか知らずに墓場に行くことになる。そうであっても、彼はぼくの夢に、現れた、セミコロン。キスキス・ボーイ、そいつだ。エスカレーターでぼくの前に立って、下っていった。以前に会ったことなどなかったけど、彼だとぼくにはわかった。それでぼくは、エスカレーターの上から彼を押したんだ。30分間。彼が起き上がるたびに、ぼくは押しつづけた。楽しかったな。

 

ぼくの夢の次の30分は、子ども時代の友だち、ミスター・コチョコチョが訪ねてきた。で、彼はぼくをコチョコチョしたんだ! 30分間も! 笑って笑って気を失いそうだった。子どもの頃は、彼をすごく恐れていたことを考える。

 

そしてついに、セミコロン、彼女とぼくは愛をかわしあった。30分間! ぼくがすごく興奮していたことから、セックスはたった2分間で終わった。でも残りの時間(28分間)、ぼくは彼女の隣りで横になっていた。彼女の左の胸、リサ。右の胸、シェリー。そして甘く湿った場所、彼女はサリーと名づけていた。全部で5人そろって、家族みたいだった。愛を感じたのはまさにその時だった。

 

彼女とは再び会った、セミコロン。両親が彼女をアメリカに送りこんだあと、美容学校に行っていたときに会った。ぼくがアメリカに移り住むと、住んでいたブルックリンに彼女が会いにやってきた。そこは車の中に一晩ものを置いておけないような地区で、それは窓ガラスを壊されて、ほぼ何であれもっていかれてしまうからだ。「ほぼ」と言ったのは、タンポンの箱と1冊の本では違いがあると知ったから。盗っ人はタンポンの方を盗んで(それ用の)市場に行ってタバコや小銭と取り替える。もしたまたま本を車のシートに置き忘れた場合、そして夜中にそのことを思い出しても、あまり心配することなくそのまま寝入ってしまって大丈夫。その辺りには、知識を売る新品市場も中古市場もないからね。こういう市場では、いろんな格好の夢を売り歩く人たちが、貧乏人用のプラダや、あらゆる種類の特注インスタントウィン(その場で当たり外れがわかる懸賞)を売っていて、貧乏人の客たちの熱気につつまれている。

 

彼女がどこにいるか教えてくれたのは、ぼくのいとこだった。アメリカのいいところは、電話帳を見て、番号を押せば済むところ。ぼくの声を聞いて、彼女はすごく喜んだ! そしてすぐにこっちに来る計画をたてた。

 

彼女が来る日、ぼくは駅で待っていた。映画や小説の中で男がするみたいに、駅で立って待っていた。彼女と最後に会ってからもう何年もたっていた。でもこの1ヵ月、彼女のことを思わない日はなかった。

 

電話で話した日以来、彼女に何と言おうかと、2週間以上練習していた。言いたいことを記憶するのは簡単だった、それは本当のことだから。

 

彼女は電車から降り、背中にはナップサックをしょっていた。それは人が3人優に入れるくらいのものだった。そのバカでかいバッグを懸命に背負っている姿は、すごくキュートだった。

 

それから彼女はこちらを見て、その目に喜びの光をみせた。ぼくが笑みを送ると、こちらに走ってきて、腕を広げてぼくの首にしがみつき、ぼくのからだを引き寄せた。頭をぼくのうなじに押しつけて、まわりを気にしているとき人がするように、声を押し殺しながら最初の言葉を発した。「ああ、会いたかった!」 そしてぼくの唇にすばやくキスをしてきた。ぼくが練習してきた言葉を思い出そうとしていると、こっちの目をまっすぐに見つめてきた。ぼくはその言葉を発しようとしたけれど、出てこなかった。

 

代わりに出てきた言葉というのは、鍵を落としてしまったみたいだ、というつぶやき。彼女が探すのを手伝おうと下を向いたとき、ぼくは目を閉じて、自分を取り戻そうとしたのを覚えている。

 

「ほらあった」 彼女はかがんで鍵を拾いあげると、ぼくに渡した。ぼくが再び口を開こうとして出てきた言葉は、「もしきみがハナをたらしてたら、ぼくの手で吹いてあげるよ」

 

マイラブ、彼女は一瞬困ったような表情になり、顔から笑みが消えた。でもぼくの恥ずかしそうな目を見て、ぼくの言葉を、何が言いたいのかを理解した。そしてもう一度、ぼくに唇を当てた。今度はやさしく。そして舌をぼくの口の中に、ぼくの心にさしいれた。

 

ぼくは彼女に感じるものがあった。10年たっていても。

 

自分は彼女を愛していたと思っている、セミコロン。それ以前に誰も愛したことがなかったみたいに。もしあの頃がまだ希望をもてる日々だったとしたら、この世界にあるものすべてを手にして、彼女にあげたいと思ったことだろう。ぼくの中にいる小さな男も、これについて2人で協議したところ、彼女を愛していると言ったし、それは童話の世界をはるかに超えるものだと、賛同しあった。

 

2週間、彼女はブルックリンでぼくと過ごした。そして彼女は帰ることになった。仕事があるから帰るのかと尋ねたところ、そうではない、仕事はやめた、デトロイトを離れようと思ってると言った。ぼくが知りたい以上のことを、彼女は話し、上司ではなく美容師の仕事に愛着があると言った。彼女が上司を好きでなかったとしても、キスはしていた。ぼくが嫉妬して、彼の唇にではないのかと言うと、こう言い返した。「あたしを誰だと思ってるの? ロシア人の娼婦とでも?」 今も彼女は鋭い舌をもっていた。でもなんて可愛いんだ! 彼女は帰っていった、それが彼女だ。家をもたない者。出ていく者。

 

ぼくらはそうなる運命じゃなかったんだと思う。

 

以来、彼女とは会ってないけど、マイラブ、そうしたいと思ってる、あと一度だけ、そして夢と思い出をありがとうと言いたい。

 

このことをきみに知らせたかった、セミコロン、すべてをきみに知ってほしいから。

今から寝ようと思う、最愛のきみに、ぼくがしたいと思ってる話は、闇の中では話せないんだ。

 

ケニー、2011年4月25日

 

 マイラブ、きみと出会った日は、ぼくがきみとの恋に落ちた日だ。きみはこれまで会った他の誰とも違うとわかってた。

 きみは神様が休んでいるときに、その見習いがつくった生きものじゃない。神自身がつくったのがきみだ。神が自らの手できみを取り上げ、特別なものをきみに授けた。きみは、ヒトという着想を表わすためにつくられた存在であり、こうあってほしいと神が願った人間だ。きみは神の声明にあたる。<わたしの子どもらは皆このように。これは子どもたちにどうあって欲しいかを示している> 神はきみをつかったんだ、セミコロン、森羅万象についての神の考えを、ぼくらの存在につなげるために。

 きみはわたしの創造物の最悪なもの、きみはわたしの創造物の最良のもの。

 きみは最悪の人生を送ってきた、だからこれからは最良の人生を送るだろう。

 ここにあるのは谷だ。ここにあるのは山だ。

 ここにあるのは海だ。ここにあるのは陸だ。

 これは過去のすべて。これは未来のすべて。すべてきみによって結ばれている。これまでのぼくの人生。これからのぼくの人生。

 きみは神からぼくらへの、ぼくへの贈りものだ、セミコロン。きみはつなぐもの。神がきみを地上に送ったとき、それがきみという存在になる。

 他の人々が考え、頭をしぼり、熟考し、自分の行いの結果を秤にかけているとき。そして正しいか間違っているかに苦悶し、自分の悪行をどうやって消したらいいか、恥を相殺するために、どんな良い行いをするべきかをあれこれ考えているとき、神の意向にそってきみは行動した。きみは確信をもって、明瞭な目的によって、ぼくが他の生きもので見たことのないようなエネルギーで、行動した。自らの皮膚のもと、心晴れやかに。

 明瞭な目的をもって、宇宙に対する理解のもと、容易に、宇宙のすべての生きものと会話した。会話は形式をもたず、構造もなく、前置きもなく、始まりもなければ、終わりもない。言葉はきみの口から発せられる必要はなかった。なのに全てのものが、きみを理解した。きみとの間のある会話:

 ケニーからのテキスト・メッセージ。「ハイ、愛する人、国税庁に、きょうメールを送った」

 セミコロンからのテキスト・メッセージ。「ありがとう、トロトロくん、いい日をね」

 いい日というのは、きみの意図をはっきり、確信をもって、すべて理解するために、ぼくにとって可能なかぎりのことをする日のこと。

 きみとのもう一つの会話:

 1:43:01 a.m. ー こんな真夜中に ー ぼくはトイレをつかい(「おしっこする」とも言う)、ベッドにもどってきみの横に寝て、きみを抱きしめた。きみはこう言う。「トロトロくん、水曜日にニューオリンズにいきましょう」 これが自然な話のつづきであるかのように。実際は、今までそんなことは口に出されたことはなかったのに。でもきみが言ったとたん、それは現実になった、きみにとってだけでなく、あらゆる生物、無生物にとって。夜中の1:43:02 a.m.という時間に、そのメッセージは、ぼくらをニューオリンズに運ぶボーイング737に送られ、次のような明確な指示が出された。

 2007年5月18日、午後2時から午後6時の間に、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港を発ち、ニューオリンズのルイ・アームストロング国際空港に着陸すること。30分以内の遅れはかまわないが、どんな状況下であれ、わたしが搭乗するので、事故は起こさないこと。わたしのコードはセミコロン。

 そしてぼくらがまた眠りにもどっている間に、階下ではラップトップが自分で起動し、航空券、ホテル、レンタカーの予約を済ませている。メッセージはまた、関係する動物たちにも送られる。たとえば、鳥たちには、飛行機のエンジンから適切な距離をとるようメッセージが送られる。タクシー会社は、どの運転手を空港に送るべきか、空港でぼくらを拾ったあと、どれくらいのスピードで走ったらいいかの指示を受ける。最後に、太陽、風、雲のところに共通のメッセージが送られる。風は、きみがどんなヘアスタイルで、何時何分に飛行機のタラップを降りてくるか、何本の髪の毛が顔にかかるくらいの風の強さにするか、の情報が送られる。雲は、いっせいに道をあけて、太陽がきみの顔を照らせるよう指示される。そして太陽は、自分の番がきたら最高の輝きを放つ、そうすればきみがタラップを降りてきて、待ち受けている街に目をやり、微笑んだとき、世界はきみの生き生きとした目の輝きを捉えることができる。そしてラップトップは適正にメッセージを終了させる:

 彼女のコードはセミコロン。

 一つ確かなこと。それは2007年5月18日午後6時30分ごろ、ぼくらはニューオリンズにいるということ。

 それできみが愛を発動したときもまた、人やものがきみの明快な意図に応えようとして、宇宙をめぐるメッセージを送り、次々に行動を起こした。たとえば、愛の行為の前に、きみがぼくの方を見て笑えば、ラジオはかかっていた粗野な音楽をなんであれ止め、謝りの言葉に1分かけるかどうか、そうしない方がいいと考えて、ピーボ・ブライソンかライオネル・リッチーの歌にこっそりすり替えたりする。雨はどの地域の雨も、仕事を残している。急いでぼくらの家の屋根まで駆けつけ、きもちのいいリズムを刻み、音が単調につづいたりしないよう気を配る。同時に、階下のコーヒーメーカーは自分で電源を入れ、2杯分のジャマイカのブルーマウンテンをいれはじめる。このコーヒーなら間違いないと知ってのこと。また、きみが雨の日の香り高いコーヒーがいかに好きか、愛し合ったあとに、ぼくらの内なる魂に一息つかせ、ベッドでこれをすするのがどれほど好きかも知っている。

 それからぼくはきみのつま先をくすぐる。するときみは笑い、ぼくを引き寄せる。

 そして夜があけると、ぼくはベッドに横になったまま、瞑想するきみを見つめる。これは他の人にとっては、普通のヨガのポーズに過ぎないけど、きみがやると、生命への接近となった。その日をどう過ごすかの創造的な手順となった。そのメッセージは:これが今日やろうとしていること、これが今日がどんな日になるかということ。言葉の一つ一つにシャンペンの泡がたつ。

 きみは、あの場所について、ぼくの心を変えた、セミコロン。きみはぼくに戻るよう頼んだ。ぼくが生まれ、人生でもっともひどい時期を過ごした場所に。これはきみにしかできないことだから。戻ることなしにぼくが前に進めないことを、きみだけが知っていたから。戻らないことには、ぼくの残りの人生はすべて、(悪運の)木曜日になってしまうことを、きみは知っていた。そしてきみが頼んだから、ぼくは行った。自分がどこからやって来たか知るために、自分の過去と仲直りするために、ぼくは黙って、過去の馴染み深い顔のところへ、よく知る場所に帰った。これまで行こうとしなかった場所に行ったけれど、きみがぼくにどこに行ってほしいか、ちゃんとわかっていた。ぼくはいつも夢や予言と生きてきたから、こういうものの本質を知っていた。

 ぼくは住んでいた敷地に行った。きみも一緒だった。これはバケーションではなく、ぼくらは楽しんだり、リラックスしたりするために行ったんじゃない。平和を、ぼくの心の平和を見つけるためだった。そして20年以上もすわったことのないベランダに、ぼくは腰をおろした。そこに、皆が会いにきた。

 ママに会った。ぼくに笑いかけ、その目には優しさがあった。

 パパに会った。いつものように口を開かなかったけれど、ぼくに頷いた。ぼくのことを、ぼくの今の姿を誇りに思っているという合図だった。

 じいちゃんたち、ばあちゃんたちに、死産の妹たちに、生まれながらの友トミーに、事故を起こした車の4人の男の子たちに、ラフィーに、それ以外の犬にも、いとこのブライアンに、トーマスおじさんに、ほかにもいろんな人たちに会った。ミリセントにも。クリケットのボールが彼女の目に当たったこととか、いろいろ気の毒に思ってるとぼくが言うまで、片目を地面に当てていた。それから彼女がぼくを見て、ぼくは泣いた。ミリセントは本物だった、セミコロン。

 ゴキブリのトムにも会った。トムは何だったかといえば、人間だ。彼に言った、ぼくはつばを吐きかけられるに足ると、友だちと一緒に自分が彼にしたことで、さらにそれに値すると。ぼくがどのように彼を見ていたかということに対しても。トムはぼくを許してくれた。

 そして最後に、「途方もない望み」に会った。その頭蓋骨と骨を見た。骸骨のような手首が背中にまわされ、ロープで縛られているのを見た。彼はずっと前に死んでいたけれど、ぼくに求められていたのは、彼の存在のかけらに触れて、生き返らせること。彼の髪に触れた。きみがぼくにそうしてくれと頼んだから。そしてぼくは目を開き、きみを見た。いま初めて会ったかのように。すると泉のように、ぼくの心から愛が湧き出した。

 そしてぼくらは話をした。ぼくの心は穏やかだと、きみに告げた。きみはぼくに、宇宙に向かって、こう言った。

 「トロトロくん、家に帰りましょう。わたしたちはアメリカ人ではないし、これからもそうだから。生まれた土地に、出てきた場所に帰るのよ。苦難があったとしても、この土地は緑にあふれ、太陽が輝く、それは永遠なの。

 そしてこれがわたしのコード:セミコロン」

 そしてぼくはきみに言った。「セミコロン、ぼくの名前はケニー、今から家に帰る。今でも少し、墓地が恐いけど」