DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第29章

 

セミコロン様

 

今日はまた別の会議に出席したよ。ちょっと眠ろうと思って、神様にぼくの魂をお守りくださいと祈っていたら、イランがアメリカの制裁措置に注目するのと同じくらいの激しさで発言者に注目していた同僚が、ぼくの方に身を乗り出して「ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら、ぺら」と何か言いはじめた。ぼくは赤ずきんのことについて、サンタクロースは肥満体なのになぜデブだと誰も言わないのか、ということをまた考えていた。

 

会議には50人の人がいて、終わるのに50時間もかかった。それはどの人も外せなかったからだ。でも高校時代の歴史の授業同様、ぼくは何も聞いてなかったし、何も学ばなかった。

 

そのときある気づきがぼくにやってきた。エスティローダーとナディノラは、顔の醜さやニキビを隠すことで、フリーダおばさんを救ったかもしれないが、おばさんがあの家で夜、あいつといっしょにいて感じてる苦痛を隠してくれるものはない、と確信したんだ。

 

同様にぼくは、世界銀行が何を言おうと、バングラデシュでバイクに積まれた4人目の男(肩にヤギを背負っている客)は、まず金持ちにはなれない、とわかった。これはぼくのみぞおちにグッときた。

*バングラデシュやインドネシアでは1台のバイクに3人、4人と相乗りしていることがよくある。

 

またこうも思った。もしきみがバルバドスのような国に3日間いたとして、その3日が過ぎて、きみが目にした一番の美人といえばマネキン人形なのだ。だから、きみは素敵な妻を見つけられはしない。なぜならロバがお日様を浴びて草を食べているのを4日間見ていて、5日目にまた見てみれば、ロバは同じことをしているからだ。

 

さらには陽気な観光案内がきみに、モルドバのキシナウはきれいですよと言ったとしても、それが彼女のただ一つの仕事だからだ、ということもわかった。

 

そして最後に、ぼくは厳しく、堪えがたい結論に行きついた。自分が手にするもののために、いつだってぼくは働かなければならないということ。

 

ゆっくりおやすみ、セミコロン。

 

2011年6月、ケニー

 

 

 マイラブ、ぼくはたくさんの本をこれまでに読んできた。その中で一番のものといえば、ヴィクトール・フランクルが書いた本だ。それは『夜と霧(英題:Man’s Search for Meaning)』。ぼくはこれについて自分の短編の中で触れている。それは自分が語った出来事とぼくらの結びつきが、そこによく表れているからだ。

 きみも知ってることだけど、ぼくは黒人で、ジャマイカ人だ。そのうえぼくは、短くて薄汚い人生しかもてないクソ忌々しい場所で育った。そして悲惨なゴキブリ暮らしの中に、意味を見い出そうとしてきた当時のことを覚えている。誰も口にはしなかったけれど、自明のことがあった。それはラム酒のバーで人々が過ごす時間の中に、競馬や闘鶏や闘犬、ヤドカリレースに使った金の中に、男たちが妊娠させようとする女たちの中に、配偶者や子どもに男が与える虐待の中に、女たちが持とうとした子どもたちの中に(そうすれば自分を愛してくれる者をそばに置ける。しかしこのような環境では、彼らが愛してくれる期間は短い。ゆえに新たな愛の元をまた生み出さねばならない)、そういったものの中にあった。それから、ぼくらがテレビの中で見るような白人たち(中東やヨーロッパ人の名前をもつ、ぼくらの国の金持ち層)をからかうやり方の中にもあるだろう。ビジネスマンや政治家たち。なにやかやの所有者や経営者。黒をのぞいたすべてだ。かれらは「ジャマイカ人」ではあるが、ぼくら正真正銘のジャマイカ人とは違う。生きる目的と自尊心をぼくらに与えてくれるのが、自分たちは正真正銘のジャマイカ人だということ。それはぼくらの黒さであり、スラム性だ。誰一人、ぼくにこういうことを言った者はなかったけれど、ぼくは知っていた。

 

自分がこんな風だと考えたことはあるかい?

ビッグ・ジョンゆらゆら

象牙の歯きらきら

スラムの女、子をわらわら

ラム酒のバーでくらくら

ぼくみたいに黒か?

 

日付のない日記からの抜粋

 

 何がぼくらにプライドをもたせるのか、についての説明に、もちろん、反論する人たちはたくさんいる。それにぼくのアホ臭い口を閉じさせたいやつがたくさんいるのもわかってる。いいだろう。ぼくは自分のために話してるし、子ども時代に人との交流の中で得たぼくなりの理解を、マイラブ、きみにだけ伝えたい。それにここにあるのは、おしゃべりとか遊び、いとこや近所の女の子たちとのファック、マンゴーをとったり、草むらで料理したり、まわりの大人たちが同じことをやっているのを見たりという日々の現実からとりあげた、ささいなことばかりだ。

 受け入れてもらえるなら、これはぼくのきわめて個人的な考えだということ。さらに言わせてもらえるなら、ぼくの見立てでは、ぼくらの成長過程でプライドのもとになっている唯一大切なものは、ちんちんだということ。ここでまた学者連中に反論の機会を与えるために、休憩を入れよう。

 ニワトリは虫を食べる、ネコはネズミを追う、犬は電信柱におしっこをかける、というようにものごとは進む。こういうことで人は言い合いをするかもしれないが、最終的に受け入れる。それはそれが単に真実だからだ。

 オーケー、じゃあここでまた再開するよ。

 あのクソ忌々しい場所で問題になるのは、いつだって、男たちがいかに性的能力に恵まれ、何人の女とファックしたかだ。ここでまた、反論の嵐が収まるのを待とう。

 さて、いいかな、つづけるよ。

 すべてはペニスとまんこにあり、股ぐらとちんちんにあり、それに精通していることがいかに大事かということ。

 おわかりのように、あのクソ忌々しい場所にはたくさんの人間が住んでいる。これは、もちろん、ああいう場所の自然の成りゆきだ。(a) 大人たちには常に子がいる。(b) またその中には「子をもつ子」をもつ者もいる。(c) 子どもたちの中にも、「子をもつ子」がいる場合もある。だからぞろぞろと子がいることになる。そうであってもぼくら男の子は、すべての一人ずつの子が、自分がどのくらい才を授かったか知っていた。その理由は、すべての子一人一人が、集団内の年長の子たちによって査定されていたからだ。査定はインチでなされる。トミー、5.3インチ。ブライアン、6.2。トニー、6.5。ビリー、6.8。ケニー(ぼく)、本物のプライドの源。ガーネット、馬乗り。ちびのティム、天分によって簡単にハーバードに入学できる。ぼくらはみんな知ってる。ちびのティムはぼくらの中で一番年下だけれど、子ども時代の怪物ぶりを見れば、いつかこの地域でたいした名誉を手にすることだろう。この子のもっている小さな問題はなんとか解決できるとして。これについてはあとで話す。 

 だからぼくの天分はおそらく、長年の間、ぼくの唯一の人生の意味のもとになっていた。ぼくはこの辺の女たらしの一人で、そいつらは女をほんとに「感じさせる」ことができた。で、このことはぼくに自信をもたらした。さらにそのプライドは、前に(11章で)書いた、英文学のクラスでぼくが誘いをかけたあの子、くじに当たったみたいにきれいな茶肌の女の子とともに増大した。彼女はぼくを何ヶ月かのあいだ、もてあそんだ。そう、あの子はもてあそぶことができたんだ。その残酷さについて話させてほしい。

 それは1990年代の初めのころで、ある夜、彼女とぼくはキングストンで、あるパーティに行った。ぼくらがカレッジにいたころ、金曜の夜にはいつもあちこちでパーティが開かれていた。ごく単純な催しだった。音楽が鳴り響き、アルコールが開けられ、食べものが売られ、可愛い子がダンスし、可愛い子が笑い、可愛い子がくるくるまわり、可愛い子がからだを揺すり、可愛い子が泡だち、ぼくの興奮した心がやられ、興奮した肺がやられ、といった具合。ジャマイカのダンスホール・パーティに行ったことがある者なら、ぼくの言うことがすぐわかるだろう。さらにはこれはレッド・ヒル・ロードのダンスホールのパーティで、音楽はストーン・ラブ・サウンドでプレイされてたんだ! レッド・ヒル・ロードにストーン・ラブ・サウンドだよ! それに最高にホットなダンスホール・ギャルがいた。その女の子たちは、ダンスホールの壁際に、雇兵が並ぶように立っていた。ああー、この子たちのミドルネームは、冷酷&残酷、それしかない。DJが80年代のダンスホール・ミュージックを選ぶと、漫画に出てくるみたいなパッチリ目のセクシーガールズが、いっせいに腰を沈め、ゆっくり大きくくねらせ始めた。ウェストをリズミカルに、パワフルな風車のように旋回させ、キングストンの夜の街の消費電力以上のパワーで発熱させるんだ。すでにぼくは女の子たちを目にして鋭い痛みに襲われていて、その痛みにゆがむぼくの顔をテリー・アンは見て、くすくす笑いを始めた。そのとき彼女がぼくの唇にすばやいキスをした(彼女からの初めてのキス!)。そしてぼくの顔にじっと目をあてながら、ダンスフロアの方へとぼくを引き入れた。

 実際のところ、彼女はいつも自分が踊れることを示唆していた。何ヶ月間のあいだ、ぼくは毎日のように、彼女にこう言っていた。「ああー、きみはなんて美しい」「うーん、きみって最高だね」 すると彼女はいつもくすくす笑いながら、「それを言うなら踊るところを見てからにして」というようなことを言っていた。

 そしてとうとう彼女が踊るのを見たんだ。神の恵みか、とうとうぼくは彼女が踊るのを見た!

 ぼくが何を思ったかって? 自然発火、、、さん然とかがやく白い光、、、ゆるやかに流れる川、、、百合の花咲く草原、、、ぼくの名を呼ぶ声がする、、、アブラハムとイサクが微笑む、、、小さな鳥がチュンチュン、、、まさに心臓の鷲掴み。

 その瞬間がどんなものだったか、正確に書き記すことは永遠に不可能。あとでノートに書きつけたことを見せたいと思うけど、ぼくの体験を表すことなど所詮無理というもの。

 

『腰くねりの狂喜と真実』

 

あのとき、完璧にして神聖な狂喜が

最低でも1回はあった、天国そのものだった

それをしっかり覚えてる

それはパーティにいたジャマイカの女の子

ぼくのハートを完全に吹き飛ばした

その子はハイネケンを押しやると

dipした(腰を落として深く沈んだ)

それからwine(腰をくねらせ)始めた

パツパツに張ったタンクトップで、彼女はジューシー

超ショートのパンツで、彼女は歓喜の中へ

そしてジューシーな歓喜がチックタックしはじめ

ぼくのハートはもう破裂寸前

 

日付のない日記

 

 彼女の腰のくねらせ方、沈ませ方ときたら、こたえられない! その歩き方、あーすごいの一言。ピチピチのジーンズにハイヒールのゴージャスな女たちがするチックタック歩きで、美しく、ひざを前へ前へと出していく。彼女の腰のひねり、それがまたすごい。もう素晴らしいとしか言いようがない! だけどそれは残酷な誘惑、もてあそび。

 それに彼女は知り合ってからの数ヶ月間、ぼくとだけいちゃついていた。そしてやっと彼女は受け入れてくれた。まさにそのパーティの夜のこと。あー、マイラブ、セミコロン、彼女は応じてくれたんだ! テリー・アンはね、マイラブ、ぼくが女の子と寝て、そのことを心から誇りに思えた最初の女の子なんだ。自分は意味ある人間だと、自分の人生には意味がある、と初めて感じられた女の子なんだ。それ以前は、前にも言ったけど、自分のペニスのサイズにしか誇りがなかった。でもそれは普通のことだよ、いとことか、他の簡単にやれる、貧しい黒人の女の子たちと寝たところで、ちっともプライドが上昇することなどなかった。この子、テリー・アンは特別。ぼくらの沈下地区では、女の子を二つのカテゴリーに分けていた。単にセックスできる子と、セックスできて食える子の二つだ。違いは、わずかな肌の色合い加減によって分けられている。わかりやすく言えば、黒みが薄いのがいいということ。誰も色の濃い肉は食べたがらない。

 で、ぼくがテリー・アンと初めて過ごした夜は、自分の人生には意味があると、初めて感じた夜になった。でもそれだけではなかった。説明させてほしい。

 彼女は17歳だった、そしてぼくは2、3歳上だった、実際のところ。だけどカレッジでは同じクラスだった。テリー・アンは裕福な家庭の子だった。そしてぼくのことを好いていた。彼女がいつもぼくにちょっかいを出すから、わかってた。女の人というのは好きな人にしかちょっかいを出さないもの。わからないのは、半年もたってから、なぜぼくと寝てもいいと思ったかだ。でもこのことは、さほど重要ではない。

 ぼくらはパーティを出た。彼女はホテル代が出せるくらい金をもっていた。ホテルの部屋はなんともない部屋だった。ベッドもなんてことのないベッドだった。ホテルの小さなベッドに、彼女は仰向けになって寝ていた。彼女は裕福な家の出だったから、恥じる必要などない充分な金があった。彼女はすっかり裸で、服も、羞恥心も、抑制も、すべて脱ぎ捨てていた。照明はすべてオン。で、彼女はゴージャスだった。

 彼女が微笑んでるのをぼくは見た。テリー・アンは笑顔だった。ぼくは彼女の胸のところに中くらいの大きさのマンゴーがあるのを見た。その先っぽの黒い乳首が、ぼくの希望の行き先を示していた。それからぼくの目が、彼女の優美なからだの線を追っていった。おへそのところでちょっと立ち止まってから、お腹の下の小山のあたりへと目を移した。そのとき思ったのは、その年のミスユニバースの顔よりはるかに美しかったということ。

 ぼくはテリー・アンの小山に生えるやわらかな毛を見て、特別な幸せを感じた。これまでに寝た女の子たちの毛は、もっと粗くて、森の中の下生えみたいに毛羽だっていた。

 彼女の足裏はベッドにつけられ、ひざは立てられていた。数学用語で言えば、横から見たところ、彼女の脚は三角形をなしていた。こんな具合に。

 あるいは、のちに学んだのだけど、もっと正確な正規分布曲線で表せば、通常はこのような見え方になる。

 ぼくは彼女の正常にカーブする脚が、からかうように揺れるのを立って見ていた。開いて、閉じて、開いて、閉じて、開いて。その卵型の中心部に、ピンクのものをみた。クッキーといたとき見た、あのピンクとまったく同じピンクだ。そしてテリー・アンの脚の間の湿り気が、ぼくの瞳を湿らせた。

ぼくの瞳は賞賛に満ちて

 ぼくはこれまでの人生で、感銘を受けたことは数えるほどだ。その一つは1970年代末に見た、当時のファッションだったピチピチのパンツ。もう一つは、2、3年前に見たもので、ゲイの男とガンマンの男がジャマイカで友情を結んだこと。また1990年代末に、ニューヨーク警察で腐敗が発見されたことは、相当な驚きだった。でもこれらのことを、あの日、脚の間にぼくが見たものは超えてしまった。彼女が裸だったこともあったけど、美しい女性がベッドで、誘うように脚を開け閉めしていることで、ぼくは意識を失いそうになった。それが差し出すものに、ぼくはうっとりとろけた。

 とにかく、ぼくはその果実をたっぷりと味わった。それはスターアップルみたいに、禁じられた果実、ぼくの手に届かなかったもの。その味わいはよく熟したパパイヤ、丸々したプラム、濃厚な果肉のバンレイシ、果汁たっぷりのメロン、まったりとした食感のカスタードアップル、そして味わい深いイーストインディアン・マンゴーだ! ぼくはめくるめくオルガスムでふらふら。熱狂の中吸ったりなめたり! その唇の味わい! 上唇に下唇に両唇。キスの嵐。すべてを吸いつくし。すべてをつかみ。ピタリとしまり。雫があふれ。甘いとろりとした果肉入りジュース! ぼくは火山みたいに爆発し、地球の軸が2.3cm傾いた。

 人間というのは、ものごとを実際よりもよかったかのように覚えている傾向があるのだろうか。年に一度のデンビ農芸展覧会での冷たいミロ、ミドルクォーターの胡椒シュリンプ、綿菓子が舌の上で溶けていくときの甘さ、ヒーローズ・サークルの茹でガニ、フェイススペンの焼いたヤムイモとタラ、アティトラン湖やダマスカスの魅惑、特別な土曜のためのぼくのママのカレー味のカニとふんわりした白いライス、フリーダおばさんのフライドポークスキン、暑い日に飲む冷たいココナッツウォーター、茂みでつかまえたハトにサッと塩をふって焼いたもの、夏の最中に冷たい川で遊ぶこと、夜毎恐いダピーの話を聞く時間、システィナ礼拝堂、そういったものすべて。ぼくはそういうものを実際より素晴らしく記憶してるのだろうか? ぼくはテリー・アンとの初めてのことを大げさに語ったのだろうか? あの初めてのときのことを、ノートに書いていた。

 

『初めてのあのとき』

 

さわって

さぐって

あじわって

声をあげて

だきしめて

すって

あじわって

うめいて

やさしく

ひろげて

さわって

さぐって

あじわって

あえいで

こすって

つめをたて

しずんで

<ふかく>

ゆらして

声をあげて

うめいて

あまくやさしく

爆発する

 

日付のない日記から

 

 これはぼくの人生で最も喜びに満ち、誇りに思える瞬間だった。

 その後の2、3ヶ月のあいだ、ぼくらはたくさんセックスした。

 ここにてぼくの肯定的な誇りの瞬間は幕を閉じる。

 ここより毒に染まった誇りと自尊心の時間が幕を開ける。

 その夏の終わりまで、彼女はレイプされつづけた。ぼくが言いたいのは、(具体的には)彼女のパパが、テリー・アンが何をしているか、「誰と」ファックしているのかを見つけたとき、そう思ったということ。

 テリー・アンのパパはぼくと会ったことがあった。ぼくは彼女の家まで、一度行ったことがあった。彼女は、小枝の上の毛虫を見つけて家に見せに帰るみたいにして、ぼくを連れていった。彼女はぼくのことを友だちとして、同じ文学クラスの学生として紹介した。

 彼女はパパと何か話すため、ぼくをリビングに置いて出ていった(ぼくを紹介するために家に連れてきたのではないと説明するため)。夕飯の時間だったけど、ぼくはディナーに招待されてはいなかった。アメリカン航空に乗ったけれど、食事はあるのに、お金を払わないと食べられないと聞かされたような感じ。あるいは金持ちだけど意地悪な親戚が、こっちの貧乏な親を恥じ、また経済的に頼られるのではと恐れてしまうような。ある親戚の人が(おばさんだけど)、自分の家を贅沢な感じに見せたいけれど、金は使わないという理由で、ニセモンの絵と安もんの家具で飾りたてていた。また彼女は家に食べものはたくさんあるけれど、ぼくらがちょっと寄ると「あら、ケニーにマーティン、あんたたちの母さんはお腹の減った子を送り込むようなことはしないもんね。食べてきたんでしょ。お腹いっぱいよね?」といつも言っていた。ぼくらが食べものを乞うためにやって来たように見えたら、親がどれだけ恥ずかしい思いをするか、おばさんはよく知っていた。食べものはおばさんの家にあったけど、くれることはなかった。頼られることを望まなかったのだ。子どもを養ったりしたくなかったんだ。

 で、テリー・アンの家族には食べものがあり、その場ですぐに食べはじめたが、ぼくのところでの習慣とは違い、ぼくをテーブルに招くことはなかった。ぼくがそこにいることに気づいていなかったからではない。テリー・アンのパパはぼくを見ていた。これについては確か。給仕の人もぼくを見た。レモネードのグラスをトレーに乗せて、部屋に入っていった。給仕はうっかり、白いグラニュー糖でつくったレモネードをもって来たことで怒られていた。テリー・アンのパパがブツブツ言っているのを耳にした。飲みものに入れる砂糖は、自分の肌の色と同じでなくちゃいけない、というような。彼女のパパはブラウンシュガーを入れて欲しかったのだ、ぼくが飲む場合ならもっと濃い色の砂糖になるだろうけど。

 ぼくの人生のごく初期は、ぼくらはみんな「黒」であると思っていたが、それはナンセンスだとすぐにわかった。そして徐々に、テリー・アンのパパは「茶色」だけれど、自分は黒だと理解するようになった。そして肌の色の濃さの違いだけでなく、銀行口座の額もテリー・アンのパパが茶色であることに貢献していた。また彼女のパパは自分が茶色として生きる方法を懸命に開拓してもいた。テリー・アンのパパは茶色っぽく笑う。テリー・アンのパパは仲間の背中を茶色っぽく品よく叩く。そしてこう尋ねる。「この週末、1ラウンド、ゴルフをやる者はないかな?」と、茶色っぽい発音で。また彼は茶色っぽい車を運転する。高級車だ。いまいましいほど超高級のやつだ。当時は、そしてぼくらの村の習慣に即して言えば、とてつもなく美しいもの、ほとんどぼくらの手には届かないものに対して、普通とは違う言葉のつかい方をしていた。そういう言葉として「臭い」というのがあった。「臭い」靴というのはゴージャスで高い(そしてぼくらの手に届かない)ものを指した。テリー・アンのパパが運転してたのは「臭い」車だった。それは新型のメルセデスベンツSクラスの車だった。自分で運転するような車じゃない、と兄さんはぼくに言っていた。そうじゃなくて、車が自分をどこかに運び、着きましたと言ってくるような種類のものだと。テリー・アンのパパはそこに到達していた。 

 さらには彼らの(馬みたいに歩く変な癖のある)ネコでさえ、ぼくを見てミャオと鳴いた。つまり家にいた全員がぼくを見たのだ。これは「骨が用意されていない場所に、犬は呼ばれない」といった単純な無視の仕方ではない。ぼくは招待を受けて来たのではないから、折り合いはつけられた。しかし、自分のやっていることに夢中でこっちを無視したのでもなかった。ビジネスクラスの客室乗務員が立って機内安全説明しているとき、金持ち連中が彼らを無視してウォールストリート・ジャーナルやオプラ・ブッククラブの本から目をあげない、というようなものじゃない。違うんだ。これはそれとは違った。ぼくのことを見ていながら、無視した。深く傷ついた。

 以前に知り合いが中東に行って、トルコ風呂に入ったときのことを話してくれた。そこで、異様に屈強で、驚くほどよく肥えた、見るからに行儀の悪い北アフリカからやって来た男が、すごい勢いで肌をこすっていた、まるで皮をむいているみたいだったそうだ。でもこれは皮膚一枚のことで、痛みは皮膚の厚さのところまでだ。

 同様のことが、奴隷時代のジャマイカの女性農園主の物語で語られている。農園主は魔女でもある。「ローズホールの白い魔女」の話だ。農園主は屈強な黒人奴隷を、自分の寝室に恋人として連れ込んだ。そして数週間「使用した」のち、別の奴隷を手にする前に、供養として彼を殺した。毎晩、彼女は悪魔がするように、自分の皮膚から抜け出て、村人にとりつくために飛んでいった。そして朝日が登る前、早朝に戻ってくると、皮膚の中にすべり込み、静かに満足げに、赤ん坊の無垢さで眠った。物語は進む。一人の恋人奴隷が、女主人が自分に何をしようとしているかだけでなく、夜家を出ていくとき、どこに皮膚を隠しているかに気づいた。恋人奴隷はその皮膚に、塩と胡椒を振りかけた。ジャマイカの胡椒だ。アメリカで見られる(2006年のフットボールシーズンに、ダラス・カーボーイズの黒人びっくりチアリーダーのような、いつも中央にいて火のように熱く、しかし「わたしのハートを甘くさせるのにしくじらない」)ハラペニョみたいなやつじゃない。そんなもんじゃない。ここで言っているのは本物のジャマイカ胡椒のことだ。ごっつい強力な神さんに連れてかれるようなやつ! 聖母マリアよ、この熱さ!の胡椒だ。魔女が自分の皮膚にすべり込んだとき、その叫び声で、土星の環がちりぢりになった、地獄の底にいる悪魔を驚かせた、と言われる。それがどれほど痛いものだったか想像しつつも、しかしこれも皮一枚の深さに過ぎない。

 あるいは、皮一枚の傷がどんな風か、マーティンがカジョーの足の指に、ふざけて斧を振りおろしたときのことを考えてみよう。マーティンは(いつもカジョーがするように)足をどけると思った、が、カジョーは足をどけなかった。マーティンは手をとめるだろうと思ったのだ(いつもそうするように)。カジョーはその日ふざけていなくて、 何故か斧の動きを追ってなかった。で、斧がカジョーの足の指2本に振りおろされた(すごく鋭い斧と裸足の足の場合、どんな努力も無駄になるかもしれない)。カジョーの指先をひっつけたら、曲がったままになったかもしれないが、ぼくらは今、肉と骨のことを話してるわけで、それにカジョーは大丈夫だった。

 テリー・アンのパパがリビングに入ってきて、ぼくを見て出ていったとき、違う種類の痛みを感じた。ぼくの痛みの理由は以下のものではない。

 

彼はリビングに入ってきてぼくを見て、何も言わず、そして出ていった。

 

 そうではなくて、

 

彼はリビングに入ってきてぼくを見て、何も見ず、そして出ていった。

 

 その痛みは皮膚の上にとどまらず、深いところに達した。そしてぼくは、自分が曲げられたように感じた。肉や骨がではない、ぼくの心の奥深くのどこかがだ。そしてぼくの中の小さなぼくが、向こうもそう感じていると言った。これは何年かのちに、スターバックスにいたとき、カウンターのホルヘを一人の女が見たときのことを思い出させる。ぼくは縮こまりすくんだ。そして憎しみが戻ってきた。

 そうなると自信というものは、簡単に立て直したり修復できるものではない。確かに、E-ハーモニーで相手を探しつづけ、実りのない年月を過ごして失望しているいかにもアメリカ人な女性が、ガンビアに移住したら、何百もの求婚者が寄ってきて「あなたは美しい」としょっちゅう言ってくるかもしれない。しかし彼女は何か状況が変わったわけではないことを知っている。自分についてわかってること、信じてることというのは、一夜で変わるものではない、違うかい?

 最終的にテリー・アンの両親は彼女をアメリカのカレッジに送りこんだ。彼女のパパはぼくとの間で何があったか知ったのだ。父親と王室警備および特殊部隊は彼女の処女をずっと見張っていた。どうやって裏口をすりぬけて、走って逃げたのか、わからなかった。それで父親は母親をたたき、娘を外に出した。両親が金持ちの場合、簡単にできることだった。テリー・アンがあとになって、反逆したことを書いてよこしたのを見て、ぼくは驚かなかった。カレッジを退学し、「美容学校」に入った(彼女がそれを祖母に知らせると、ひどくがっかりしたそうだ。自分の孫娘が自立して生活するなどと想像もできないので、穏やかに死ぬことがもうかなわないと嘆いたとか)。ぼくには「美容学校」に入ることが何を意味したのかわからないが、彼女が両親が望んでいた弁護士や医者になろうとしていなかったことは想像がついた。金持ちの子であれば、そうするのは普通のことだった。テリー・アンがいうには、「美容学校」で唯一問題なことは、黒い服を自分が毎日着せられることだった。テリー・アンはそのせいで気が沈むことがよくあった。ところがみんなは黒は中立的な色だ、どんなヘアスタイルにも付け毛にも似合うと言った。ある色が中立的で、エレガントで、どんなファンションにも似合い、人を選ばないというのは、ぼくは奇妙なことだと思っていた。ぼくの国では、黒と金持ちの茶色は確かに衝突がたえなかった。中でもより黒さの濃い黒との間では。

 テリー・アンはぼくに会いたくなることがある、と言っていた。もっと正確に表現するなら、ぼくの「3本目の足」に会いたくなると。これは金持ちの娘である彼女が、ジャマイカの貧乏人たちがつかうスラングに「感染した」言い方だった。ぼくらがあの当時つかっていた表現を、何年もたってから思い出し、面白いと感じることがある。誰も与えてくれなかった、自分への誇りとか尊重の気持ちを思い出させるからだ。「発電所」のことを最初に聞いたとき、すぐに思ったのは、電力会社の所有物ということ。ぼくは間違っていた。それは「ガンマンの中の最悪のワル」が持ち運んでいる、銃の一形態だった。この「発電所を見せびらかすガンマン」は、田舎の警官を震え上がらせ、おもらしさせるほど邪悪なやつだ、と言われていた。首都のキングストンからやって来た最も無情な警官くらいしか(実際にやって来た)、この男を制御できないほどの邪悪さなのだ。何ヶ月もたってから、驚くことでもないが、近所の男子たちが道で女の子たちに声をかけ、自分のペニスをさしてこう尋ねる、という話はよく聞いた。「おい、おれの原子力発電所を感じてみたくはないかい?」

 手紙の最後に、テリー・アンはにっこり笑ってる女の子の顔を描いてきた。

 彼女はラスタファリアンの顔を描こうとしたんだと思ったけど、金持ちの子がラスタファリアンを描こうとしただけで、クモそっくりに見える。

 ぼくはすべてを語っている、マイラブ、それはぼくはきみに心を開くことができる、とわかってるから。ぼくらはずっとそんな風だったよね。それに、今でもあの男がぼくのことを同じように見てることがわかるから、こんな風に話してるんだ。それから、あんな風に扱われたのは、あのクソ忌々しい場所の中でぼくだけじゃないからでもある。でも起きたことはすべて過去になって、今じゃずっと昔のことだ。

 というわけで、ガーネットの話にもどろう。