DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第16章

 

ティンブクトゥの街がきみに見えれば、もうきみは遥か彼方だ。

ぼくはもう遥か彼方に行ったんだろうか?

きみはどうなのか話してくれないか?

ぼくは自分がそうだとは思わない。

 

駄文(1985年ごろ)

 

 

 マイラブ(セミコロン)。以下に書く出来事は日記には記録されなかったこと。だから記憶を寄せ集めて書くことになった。ぼくの記憶によるもので、起きたことが正確に記されているかの保証はないが、それでも実際に起きたことに基づいている。

 1985年の夏、ぼくはある魚にぞっこんになった。それが起きたとき、人間の本質にある生来的な弱さのせいで何かに屈服すること(年下の女の子への衝動のような)と、許しがたいことに屈服することの違いはわかっていた。鱒と関係を持つことは許しがたいこと、誰もが知るように、それは例外ぬきに、鱒というのはとんでもないゲイなのだ。ぼくは絶対に、繰り返す、ぼくは絶対に、鱒とは恋に落ちなかったし、あの時期、絶対にぼくと鱒の間ではなにも起きなかった。

 あの夏のことはよく覚えている。それはぼくの国には夏しかないから。それ以外の季節は、単に「残りの季節」でしかない。一年を通して、ここが「北」なのかどうかは問題じゃない。ぼくの老いたおばさんを思い出させる冬みたいではないのだ。そのおばさんは男の子を見れば「まあまあなんて大きくなったこと」と言ってなでまわし、口にキスされるのが好きなことで知られていた。おばさんはすえたラム酒の臭いとみだらな願望(どっちも薄めてないやつ)で、窒息させんばかりにこっちに抱きついてくる。そしてからだを押しつけてきてこう訊く。「もう大きくなったから、おばさんにキスするのはいやなのかい?」 おばさんを向こうに押しやろうとしてもできない。それはおばさんの力が強いのと、ママが目でそんなことするんじゃないと言ってるから。ちょうど冬みたいな感じで、こっちの抵抗する小さなからだを抱きしめ、湿ってひやりとする唇を押しつけ、その間もずっと冷たい指でからだ中をまさぐる。ぼくは性的虐待を受けたんだろうか? ここでぼくは政治家となる。ノーコメント、承認もしなければ、否定もしない。とにもかくにも、ぼくは冬がいやだ、きらいだ、心底にくんでる。いつもそう思ってきた。北の部族が季節を台無しにするだけでなく、徒党を組んで血に染まる太陽をリンチで殺すみたいな感じだ。あー、横道にそれてしまった。マイラブ。

 さっきも言ったように、それは夏のことだった。で、ぼくはある魚に恋をしてしまった。魚はキンメダイで、3キログラム弱の重さだった。彼女はすごくきれいで、優しい目をしていて、すべすべした肌をしていた。ぼくが泳ぎに行った先で彼女と出会って、ぼくらは会話をはじめた。すぐにぼくらはそれぞれ陸の話、海の話で盛り上がり、笑いあった。彼女の目は温かで優しく、彼女と話していると、ぼくの子ども時代の話しをしていると、すごく気持ちよかった

 ぼくらは次の日も会おうと話し合い、その通りになった。最初の日には気づかなかったけれど、二日目には彼女が世界をとてもよく知っていることがわかった。彼女は歴史、地質学、政治、宗教、スポーツ、その他様々な領域についての素晴らしい知識があった。彼女とならいつまでも話していられたし、退屈したりいやな思いをしたりすることがなかった。意見が合わないときでさえ、そうだった。以来ぼくらは毎日会いつづけ、話をし、そしてすぐに明らかになったのは、ぼくらは恋に落ちたということ。海に住むあらゆる魚たち、生きものたちには、何が起きたのかわかったようだ。カニとシーバスがぼくらが一緒にいるのを見て、近づいてきて次のようなことをつぶやいた。「もういい仲なんだろ?」 そして陽気に茶目っ気たっぷりにぼくらに笑いかけた。

 でもぼくらはどちらも、この関係を誓約する準備ができていなかった。どちらもこの関係について不安な気持ちをもっており、他の者たち(特に地上の人間や生きもの)からどう見られるかを心配した。また互いの家族がどのように反応するか、どちらも確証がなかった。解決されぬままこの問題は放置され、一方ぼくらは求愛をつづけ、長い長い会話をつづけ、静かに並んで泳いだ。世界中のマンゴーを所有して、金輪際マンゴーを盗む必要がなかったとしてもこれほどの幸せはなかっただろう。

 覚えているのは、ぼくらが遅い時間まで起きて、空気の中、水の中、泡を送って秘密のメッセージをやりとりしていたこと。水中の泡はぼくの伝言を彼女につたえた。空気中の泡は彼女の伝言をぼくにつたえた。そんな風にして若い恋人たちのように、夜が明けるまで、眠りに負けてしまうまで、太った女性が1、2キロの距離を走ったあとのようにフゥーフゥー荒い息をしながら、ぼくらはおしゃべりをつづけた。

 ある夜、彼女は自分の祖先の話をした。彼女はイエスが山で五つのパンをたくさんの人々に分け与えた「五つのパンと二匹の魚」(ルカ9章、10~17節)の二匹の魚の直系子孫だった。捧げものをした夜、二匹の魚は人間を良き存在にした、と知った。そしてぼくは言葉にされていない彼女のメッセージを受け取った。彼女もまた、ぼくに大きな捧げものを与えてくれたということ。

 そしてぼくは彼女がしてくれた約束を覚えている。彼女は普段は肉類を食べないのに、ぼくのからだにいる虫をたべてくれると、約束してくれた。それでその夏の終わり以降、ママはぼくに虫下しの薬を与えることはなかった。そのような約束によって、彼女はぼくの心を動かした。ぼくにとって虫下しの薬ほど嫌なものはなかったし、からだから出てきた虫が身悶えして死ぬ前に、こっちを向いて笑いかけるのにはいつもゾッとした。彼女は永遠に、そこからぼくを救ってくれた。そのお返しに、ぼくは彼女の世話をいつもすること、誰にも彼女を傷つけさせないことを約束した。漁師にも、ブラックハートマンにも、ガンマンにも、政治家にも、腹減らしのガキにも、誰にもだ! さらに彼女はいつもぼくのことを愛すると約束し、ぼくも同じことを彼女に約束した。彼女はぼくに自分の命を、心を、魂を、ひれを、最後の吐息までも捧げると言った。彼女はぼくらがいつも、ずっと一緒であることを望んだ。ぼくは彼女を信じていた。ぼくの人生すべてをかけて、魂のすべてで彼女を信じた。彼女がぼくを愛してくれたことで、彼女を信じた。彼女は誠実にぼくを愛した。もしぼくが彼女を信じることができなかったなら、いったい誰を信じられよう。