DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第8章

 

この文章を書きはじめたとき、詩になるのか歌になるのかわからなかった。わかっていたのはカリプソバンドで歌う男についてのものだ、ということだけ。

 

この男、『エレミヤの哀歌』なしに歌をうたったりしない。いや、この男は嘘つきだ。カリプソニアン*なのだ。いま「カリプソニアン」はどこの出身かは問題じゃない。「おれはジャマイカ人だ」と言うかもしれないし、「よそ者だ」あるいは「ハイチ人だ」と言うかもしれない。カリプソを歌うもの、それがカリプソニアンなのだ。カリブ海のどこにでもそういうやつを見つけることができる。どの島にも一人はそういうやつがいる。

 

さてこの男、牛たちが家に帰るのが5時半なのか45分なのか知らない、しかし家に戻ってくることは知ってる、で、男はウソをつく。男はラジオで、道で、口笛でメロディーを鳴らし、女の子たちのために歌う。音楽は甘い、レゲエであれ、ソカであれ、カリプソであれ、「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ、音楽は甘い、うーん、なんて甘いんだ」

 

いいから聴いてくれ、おれたちの仲間カリプソニアンの歌を。そいつがトリニダード人だろうと、(ブサイクな)バルバドス人だろうとアンティグア人だろうと。いいか、おれは誓う、おまえにはわからないとな。あいつは言うだろう、音楽ってのはダークラムでほどよく酔っ払って、質のいいマリファナを手にし、寝そべって(一人じゃなく)二人のレズビアンに迫られるみたいな気分だ(若い方の娘はスカンジナビア人だ)。ハイ、ハイ、ハイ、おれを信じろ。あいつについていくんだ。すべてイエスキリストの御心だとわかる、救済よりずっと甘いものだとわかる。

 

だから、ユダヤ人は約束の地に残ればいればいいじゃないか、アラブ人はオイルと一緒に残ればいいじゃないか、アフリカ人は、、、そうだな、野心でも抱えて残ればいいじゃないかと言うわけだ。それで大使館の人に言うんだ、自分はアメリカ人になりたいなどと手を焼かせないと。なぜなら音楽はすごく甘いからだ、救済よりずっと甘いものだ。で、おれらは心を決める、先祖の土地にとどまるとな。

 

で気づくんだ、自分があの男といっしょに歌いはじめてると。それはあいつが音楽は甘い、すごく甘い、救済より甘いと言ったからだ。

 

いいか、おまえは泥にまみれている、そこを転げまわってる。さあお祭りだ、目がくらみ浮かれさわぐ祭りだ。カーニバル男だ。女の子たちは全員いいよってくる。その子たちはおまえを知らない、おまえもその子たちを知らない。でも女の子たちは喜んでスカートをめくる。これは冗談じゃないんだ、いいか。あいつはスベスベツルツル、いいか。あいつは言う、この音楽は甘い、とな。

 

1999年「ラブレイスの本」第4章から

 

 

*カリプソニアン:カリプソを歌う音楽家・即興詩人。カリプソとは20世紀前半にトリニダード・トバゴで生まれたアフロ・カリビアン音楽で、西インド諸島からベネズラまで広まった。アフリカのヨルバやアカンに音楽ルーツがあり、プランテーションで働くトリニダード・トバゴの奴隷たちに歌われていた。