DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第3章

動くな、胡麻塩頭ども!! 降伏しろ!! 汝ここを通るなかれ!!

ビブルポップの無敵騎士のところで、止まれ!! 止まれ、とわたしは言っているんだ!!

 

K.L.による教示 2009年5月

 

 ずっと気が進まなかったんだ、セミコロン。でも送られてきた手紙をとうとう読んだよ。2010年6月16日の日付だった。ぼくが読んだのは9月になってからだ。

 その手紙にそいつは死んだと書かれていた。ボブおじさんだ。いい年のおじさんだよ。ついにね。死んでいなくなった。くそ27年もたって(誰かに聞かれたらそう言うが)、死んだんだ。そう手紙に書いてあった。

 みんなが死んで欲しいと思ってたやつが、誰より長生きするとは、奇妙な世の中じゃないか? この世に公正なことなどない、と言ったぼくのじいちゃんは正しかった。どんだけ牧師の説教があって、ウソの誓いがあったことか。どんだけぼくが教会に通ってその説教を聞いたか。「犯罪は報われない」「邪悪なことはこの地上からすぐになくなる」「救世主キリストはすぐに帰ってくる」 たいした教訓だよな。

 1988年、ぼくはキングストンでカレッジに通ってた。パパインからオーガストタウンに行くバスに乗っていた。出口のそばに座ってる女車掌に、乗客は料金を払わねばならない。若い男が乗ってきて、女車掌のそばを通った。彼女が男にこう言った。「兄さん、乗車料金を払ってちょうだい」 男は牧師の説教をもちだし、こう言った。「犯罪は報われない」 さらに「このアマが」と付け加えた。それからシャツをもちあげて、みんなに自分が何者か見せつけた。犯罪の予告だった。実際、動いてるバスから飛び降りる前に、そいつは乗客の半分から金を巻きあげて、どこかの路地に姿を消した。ぼくはすでに教会に行くのをやめていたし、20年以上戻ってない。

 ボブおじさんはこの20年以上、生き続けてきた。たいした年まで生き永らえたじいさんと言える。その上、眠っている間に死ぬという幸せ者だった。手紙には、死に顔は「ラスタマンがマリファナを吸っているとき以上に、穏やかで幸せそうだった」と書いてあった。ぼくはいったいどこの牧師がこんな至福を与えたのかと思った。ガンでもなく、銃にも撃たれず、糖尿病でもない。腎不全でもなく、暴徒に殺されたわけでもない。アルツハイマーにもならず、うじにたかられもしなかった。くそ報復の兆候もなし。穏やかで幸せそうだったって? まんまとぼくらを騙くらかして、眠りについたってわけだ。やっと一息つかせてくれたな。そういうこと。

ラスタマン:ラスタファリ運動の実践者。かつてはレゲエシンガーにラスタマンがたくさんいた。ラスタファリ運動とは、1930年代にジャマイカで起きた元エチオピア皇帝ラスタファリを神と仰ぐアフリカ回帰の宗教運動。

 

セミコロン:「;」で表される欧文の約物。ピリオドとコンマの組み合わせからなり、役割的にもこの二つの中間を担う。二つの文章をセミコロンでつなげば、一つの文章を独立させながら二つの関連性が示せる。「つまり」「その結果」「だから」などのような役割として使われる。著者は子ども時代に文章を書き始めたとき、「セミコロンの存在」を発見し、大人の気分を味わったのかもしれない。この小説の中で、セミコロンに向けて語られる文章は多い。