世界消息:そのときわたしは

地球のどこかで起きたこと、起きていることを、その場所から記者や作家、学者、写真家たちが自分の言葉で伝えます。

6. 口を閉ざしたのは誰か

テキスト:タミー・ホー・ライミン(Tammy Ho Lai-Ming)

2014年香港、雨傘革命

すべては2014年9月24日、香港中心部にある大学構内で学生たちが集結し、中国政府の管理抑圧に異を唱えることから始まった 。 Photo by Studio Incendo (cc)

2014.10.19 sun.

香港で起きた雨傘革命*で、デモ隊が取り上げてうたった歌にイギリスのミュージカル『レ・ミゼラブル』の中の『民衆の歌声が聞こえるか』がある。心かきたてる歌詞は、香港の街で、民主主義を訴える人々の熱い思いをしっかり捉え、歌は何度も何度も繰り返しうたわれた。

 

この年の初めに、インターネット上にこの歌の広東語版があらわれ、これも政府に抗議する人々によって歌われていた。香港の今の状況に合わせて翻訳されたその歌詞は、翻訳者が匿名のまま発表された。小説『レ・ミゼラブル』のコゼットを思い起こさせる小さな女の子が歌う、この歌のミュージック・ビデオがある [1]。女の子は幼い歌声ながら、しっかり断固とした口調で訴え、その無垢で純真な姿が聴く者の共感を呼び起こしている。

 

英語版の歌詞が「Do you hear the people sing?(人々の歌声が聞こえるか?)」ではじまるのに対して、広東語版は視点を変えてこう歌っている。「口を閉ざしたのは誰か、教えてほしい」(これは素晴らしい替え歌で、文脈としても言語解釈としても一つの実りである) 英語版の問いかけは、政治に目覚め一つになった一般市民を喚起するものとして、また権力の座にある者たちへの警告として、と二つの効力を見せている。それに対して広東語版は、さらに鋭く的を絞ることで、沈黙を守りつづけた、あるいはどちらにも組しない、またはそこから逃げた者たちへの指摘となっている。嘆願であり、要求であり、非難であり、エラ・ウィーラー・ウィルコックスの詩「プロテスト(抗議)」を思い起こさせるものだ。彼女はこう書いている。「抗議すべきときに、沈黙する罪を犯すことが、臆病者を生む」

 

中国版の最初の歌詞はまた、もの言う者と、口を閉ざした者の間の溝を提示する。この分離は避けられない、という事実に目を向けさせる意味で重要だ。世の中には常に反対意見をもつ人々、抗議しないことで中間にとどまる者、さらには人の主張に異を唱える者などが存在する。

 

目下、香港では、社会が重要な局面に立たされているのがわかる。それは分裂した社会だ。民主主義のために、わたしたちが約束されてきたこと、「2017年までに普通選挙権を得ること」[2]が聞き入れられるために、戦う必要があると強く感じている市民が一方にいた。その一方で、抗議者たちが唱える申し出を容認しない一部の市民がいて、この何週間かに繰り広げられた出来事に対して、狼狽し、落胆し、さらには反感を覚える者さえいた。

 

この市民の分離に、わたしは個人的に感じるものがあった。それは家族の多くがどちらともつかない、あるいは民主主義を訴える行動に批判的な見方をしていたからだ。運動の方向性、展開の速度や領域に対して。(義理の兄弟の一人が警察官であったことから、わたしの家族の場合はさらに複雑な感情があった) 警察がデモ隊に催涙ガスを初めてつかった日の翌日、そしてわたしがフェイスブックの顔写真を抗議行動のシンボルである黄色いリボン(もう一つのシンボルは雨傘だった。雨だけでなく、催涙ガスや胡椒スプレーを避けるための傘)に変えた日、9月29日の月曜日以来、家族はわたしに対して、フェイスブックでも実際の生活でも声をかけなくなった。このようなごく小さな発言(フェイスブックの写真を変えるという)でさえ、分裂を生むには十分だった。それでわたしたち市民は、口を閉ざしはじめた。家族はわたしの考えを知っており、またわたしも家族の考えを知っている。だから言い争いが起きるのを避けるため、その話題に触れないという、暗黙の了解が家族間でなされたのだ。

 

わたしは一人ぼっちではない。旺角(モンコック)であなたの隣りに立つデモ参加者の一人一人、夏慤道(ハーコートロード)でわたしのそばに座って抗議している誰か、銅鑼湾(どらわん/コースウェイベイ)であなたの横で傘をひらく人、その人たちの背後には、語るべき物語がある。わたしのした経験は、友だちとか大学の教え子とか、わたしを知る人々の間でこだまする。彼らもまた、自分の思想と家族の間でバランスをとらざるを得ない。それは重圧のかかる、心痛むことだ。このような一人一人の物語がいま、香港の歴史をおおっている。個人の問題とは政治の問題である*。政治の問題とは家族の問題である。

 

初出:The Asian American Literary Review

1.雨傘革命

1997年の香港返還以来、香港基本法に基づいて、2017年に一人一票の普通選挙の導入が実現することになっていた。ところが中国の議会は2014年8月31日、行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり、候補は2、3人に限定すると決定した。この方法は中央政府の意に沿わない立候補者を排除するものとして、9月26日に香港の高校生と大学生を中心とした「真の普通選挙」を求めるデモが起こり、3ヶ月弱で総数120万人を動員する抗議運動にまで発展した。12月15日、香港警察は銅鑼湾の大通りで占拠を続けてきたデモ隊を強制排除し、この運動は終結した。

2.個人の問題とは政治の問題である

“ The personal is  political ”は1960年代末期より、学生運動やフェミニズム運動の中でスローガンとしてつかわれてきた言葉。個人の体験と、それを取り囲む社会や政治の構造を対比し、その関連性に強く言及したものである。

 
 [1] 広東語版レ・ミゼラブル挿入歌「口を閉ざしたのは誰か、教えてほしい」  back
 
香港の街で歌われた「口を閉ざしたのは誰か」