シカゴのブロードキャスター、ブルース・ダフィーが聞く

This project is created by courtesy of Bruce Duffle.

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​デイヴィッド・デル・トレディチ  David Del Tredici

デイヴィッド・デル・トレディチ | David Del Tredici

カリフォルニア州出身のアメリカの作曲家、ピアニスト。1937年生まれ。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に着想を得た「アリスもの」で知られ、1980年に『少女アリス(Child Alice)』の第1部「夏の日のおもいで(In Memory of a Summer Day)」で、ピューリッツァー賞(作曲部門)を受ける。特異な楽曲のスタイルから、ロスアンゼルスタイムスに「アウトサイダーにして華々しい作曲家」と評された。小さな頃からピアノの才能を見せ、12歳の時に音楽生活をはじめる。本人いわく、もしピアニストにならなかったら花屋になっていたとのこと。

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(the original text of the interview in English)

David Del Tredici, Tonality Lives
Photo from his website

率直で明快、愉快で裏のない話ぶり、その生き生きとした口調は彼の音楽そのままのように見えます。自分の好きなもの、求めることに対してストレートに向かっていき、まっすぐな愛情をそそいで自分を熱くする、そこから発せられるエネルギーが作曲の原動力になっているような、そしてそのことを誰より自分が楽しんでいる人、愛すべき存在、それがデイヴィッド・デル・トレディチです。

(葉っぱの坑夫)

ここで話された話題 [ ソプラノ歌手フィリスとの出会い/不思議の国のアリス/教えることの楽しさ苦しさ/オペラがやりたい/わたしの喜び・聴衆の幸せ/作曲は身体的なもの ]

 

このインタビューはブルース・ダフィーのサイトからの翻訳です。

 

<1990年1月8日、シカゴのオーケストラホール階下にある楽屋にて>

 

インタビューは非常に啓発的なものでした。ゲストのトレディチは自らの作曲のプロセスを、率直にざっくばらんに語り、また音楽一般について、そして自分自身のことや仕事のやり方についても、多くのことを話してくれました。これまでのゲストの多くも、洞察力を存分に見せてくれましたが、25年間のインタビューを見返してみれば、彼はより多くの分野に光を当て、誰よりも詳細にそれを示してくれたように思えます。

 

この作曲家の紹介として、主要オーケストラや室内楽グループとの共演やたくさんの作品のレコーディングのことは、とりあえず脇に置いたとしても、トレディチがピューリッツァー賞の受賞者であることは、ぜひ覚えておいてください。

 

1990年の初めに、デル・トレディチは、室内楽のコンサートに参加するためシカゴにやって来ました。その晩のためのリハーサルが行なわれていた午後、わたしたちは、シカゴのオーケストラホールの階下にある楽屋で話をしました。その夜のコンサートで、わたしは4人の作曲家のディスカッションの司会をしました。かなり長いものになりましたが、参加者全員にとって、楽しく素晴らしいものになったと思います。
(ブルース・ダフィー)

*ブルース・ダフィーはこのインタビューで、それぞれの名前をフルネーム(欧文)で書いています。DDT(David Del Tredici)のイニシャルが、一昔前の使用禁止になった農業用殺虫剤と重なるという理由からです。ただ2019年現在、DDTを知らない人も多いと思いますし、作曲家自身のウェブサイトでもDDTが一部で使われていたことから、本サイトではこれまで通りのイニシャル表記にしました。

 

ブルース・ダフィー(以下BD):人間の声のために曲を書く「喜びと悲しみ」について、まずお尋ねします。

 

デイヴィッド・デル・トレディチ(以下DDT):あー、この質問、素敵な言いまわしだね。わたしの声との関係性っていうのは、わたしの楽曲と同じで独特なんだな。最初に声のために書いた曲というのは、『I Hear an Army』(ソプラノと弦楽四重奏のための作品/1964年)で、ひじょうに難しいものだった。わたしは歌手ではないし、歌い手のこともよく知らなくて、とんでもなく難しいものを書いてしまった。

 

それはたまたまタングルウッド音楽祭のためのもので、主催者が雇った歌手は、フィリス・ブリン=ジュルソンという名の若い女の子だった。彼女はまだどこかで歌ったことがなくて、それで主催者はわたしの曲に彼女を当てたわけ。彼女は最高だった! 彼女が楽々とやってのけたんで、わたしは「よっし、彼女のために別の歌を書こう。歌を書くのは簡単だな」と言ったね。『Night Conjure-Verse』(ソプラノとメゾソプラノあるいはカウンターテナーと室内楽団のための作品/1965年)という曲で、それはさらに難しいものだった。で、次の年に、『Syzygy』(ソプラノ、ホルン、オーケストラのための曲/1966年)という曲を書いたけど、それはもう信じがたいくらい難しいものになった。

 

でもフィリスときたら易々とそれをやってのけたんで、歌い手というのはそういうものなんだ、と思ってしまった。(両者、笑) そういうものを書いて、少し経験も積んだのちに、わたしは3頭の白い象(無用の長物)を創ってしまったんだとわかった。彼女以外にこの世界で、この3つを歌える人はいるんだろうかってね。というわけで、フィリスがわたしの歌曲のスタイルを型作ったと言えると思う。高い音、低い音、楽器のようにあちこち音が飛びまわる、そんな風に書けたからね。そういった多様な声、究極の拡張性といったものをいつも声については考えてしまうよ。

 

BD:では今も、他の歌い手たちは、こういう難しいものにチャレンジしてるんでしょうか?

 

DDT:ああ、そうだね。それができる歌手はいつだっているよ。実際、増えてるんじゃないかな。 

 

BD:その人たちはうまくやってます?

 

DDT:そうだな、まあ、何につけてもそうだけどね(笑)。できる人もいるけど、そう多くはないね。わたしがいつも面白いなと思うのは、最初の夏にタングルウッドでフィリスに会う前に、もっと普通の歌い手とも出会っていて、「こんなもの歌えない!」て言われたんだ。彼女は歌おうとして、ひどい声を出していた。もしわたしがもっと保守的な方法で歌を書いていたら、そしてやってきたような展開をしてなかったら、と考えるね。その「もし」というのはすごく興味深くて、それで気づくのは、演奏家というのは作曲家の進む方向を大きく左右するってことだね。

 

BD:これまでに、違う方向づけをするような演奏家というのは、他の楽器の人にもいましたか? 歌い手でもいいですけど。

DDT:いいや、フィリスほどの人はいなかったね。誰かがそれをやるのを聞いて、可能だと知れば、われわれ作曲家はそれをやるだけのことなんだな。コンピューターのボタンみたいなものだよ。高い方のA音をポンと押すだけ。(両者、笑) 作曲をするとき、音楽をつくることに没頭してると、小さな問題(高い方のA音がたくさんあるとか、高い音がつづくとか)は頭から消えてしまう。わたしの場合はそうなんだ。どうにでもなれ! そんなことどうでもいい、ってね。

『Final Alice(最後のアリス)』(ソプラノ[増幅された]とフォークグループ[バンジョー、アコーディオン、テルミンなど]と大きなオーケストラのための作品/1974〜1975年)をシカゴ交響楽団のために書く段になって、こう思ってた。「高い方のAは普通の音だ」とね。わたしが気づいてなかったのは、200個もの高いA音がつづけば深刻な問題になるってこと。たった一人の人間でやるにはってことだけど、でも運のいいことがまた起きて、バーバラ・ヘンドリックスがいたんだ。彼女は高いA音*が簡単に出せた。
*高いA音:通常ソプラノは(ピアノの)中央のC音-ドからオクターブ上のA音-ラまでが守備範囲とされる。

BD:声をまるで楽器みたいに扱って、後ろめたいなんてことはないのでしょうか? キーボードの鍵盤を押すみたいに、ポンとボタンを押しさえすればいいっていう

DDT:まあ、多少はね、でもわたしの好きな音楽はどれも、高いソプラノのものだけど。リヒャルト・シュトラウス*が好きだし、ああいった歌の楽曲はどれも好きなんだ。だから程度の問題になるだろうね。わたしはボタンを押すだけ、人間的なことは無視だね。こんな風に歌いたいんだ、とかなんとか。
*リヒャルト・シュトラウス:交響詩やオペラ作品で知られるドイツの作曲家。1864〜1949年。

BD:作曲家として、声の、あるいは楽器のあらゆる可能性を引き出すことに、責任を感じてるんでしょうか。

DDT:いや、そうじゃない。作曲家の責任とは、声が、あるいは楽器がもっているある側面を見つけることだと思う。作曲家として、わたしがわたし自身になることができる。そういった高くて動きまわる声のつづく作品は、わたしの個人的な資質から来ていると思う。男性の声のために作品を書いたことはない。男性の声との関係性がないんだ。合唱曲は書いているけど、それはまたちょっと違うものだね。これを悪いと認めようとは思わないけど、言葉がどのように収まるか、実際、あまり真面目に考えはしない、歌ものを書いてるときにね。

BD:ああ、では何に気を配るのでしょう。

DDT:メロディだね。メロディは正しくあるべきなんだ。多くの作曲家は、たとえそれを認めなくても、そうしてると思うよ。曲を書いているとき、そこで何が歌われるか、何が歌われないか、わたしにはわからない。補助的メロディやハーモニーとともに聞こえてくる旋律がすべてなんだ。そして詩の進行具合によって、それをどう音楽と分かち合うかがあるね。

たとえば『最後のアリス』の「アクロスティック・ソング」の場合、これは歌ものだけど、わたしは音楽としてまず曲をつくった。それが何かわかってなかった。途中まで進んで、こう思った。「おやおや、これは歌じゃないか! テキストを見つけなくちゃな」 それで『不思議の国のアリス』を見にいって、運よく「アクロスティック・ソング」がピッタリだった。終わりの部分はそれに沿って作ったけど、それはわたしが扱っているようなテキストだからできること。ストローフィ*の歌っていわれるもので、一つの詩の連がうまく収まって音楽が定型的であれば、他の場所も同じようにはまってくる。もしE・E・カミングス*やジョイスみたいな現代ものを置いた場合は、各連が独自すぎて、うまくはまらない。だから今言っているのは、わたしの書くような音楽の文脈の中では、ということだね。
*ストローフィ:詩の構造の基礎に置かれる、2つで1組の交互に現れるスタンザ(詩節、連)を指す(Wikipedia日本語版)。
*E・E・カミングス:アメリカの詩人、画家、劇作家。1894〜1962年。

BD:あなたはルイス・キャロルの生まれ変わりで、今もアリスを書きつづけているって感じていません?

DDT:あー、生まれ変わりではあるけど、それについては話さないだろうね。(両者、笑)


 

Acrostic Song by David Del Tredici/arr. Mark Spede
Hal Leonard Concert Band

「アクロスティック・ソング」トレディチの楽曲の中でも非常に愛されている1曲

BD:音楽を書いているとき、それが歌であれ器楽曲であれ、いつもペンの動きはコントロールできているのか、それともペンが実際はあなたの手を動かしているのか。

DDT:また言うけど、その聞き方、好きだな。そうなるように奮闘してるよ。ペンがわたしを導いてくれるよう、そういう空気をつくろうとしてる。高揚感といったね、意図せずして自分から出てくるもの、それをじっとすわって見ているわけだ。ストラヴィンスキーが『春の祭典』をどうやって書いたか言うときの、その描写がとても好きでね。彼はこう言った。「わたしは器だった、そこにあの曲は注がれたんだ」 

 

究極の表現じゃないかな。それがやって来たら、そこにすわって、じっと見るんだ。同時に受け身でいるだけじゃなくて、すごく活動的になっていて、心の中で起きていることのすべてに対して、とても敏感になっている。問題はいかにそれを素早く書き取るかなんだ。自分の脳を、あるいはからだを、ピアノの前にいるならそれが指を通っていって、そしてこう考える。「覚えていられるかな?」とね。熱くなって曲を書いているときは、いつもそれとわかる。そしてそういう状態にあるとき書いたものは、だいたいいいものだ。それがやって来たら、そこに現れたものをつかみ取ることだ。いつそれが起きるか、予測できないんだからね。

BD:そういう状態はたくさんあるんでしょうか。

DDT:(クスクス笑い)そうなりますよう!(こう言いながら3回テーブルを拳でたたく)

BD:あなたがその作業にかかっているとき、あえて「作業」と言ってるんですけど、どれくらいのものになるのか、わかるんですか? またひとたび楽譜になったら、演奏にどれくらいかかるか、わかるんでしょうか。

 

DDT:実際のところ、曲の長さを予測する能力は低いよ。それは自分の曲を、アイディアの連なりとして捉えているからね。一つの章が一つのアイディアでできていれば、それは短いものになる。たった一つならね。わたしはピアニストでもあるから、ピアノで弾くけど、オーケストラが演奏するよりずっと速くなるね。辛抱が足りないんだ。『最後のアリス』は40分で弾いたと思う。で、実際には55分か60分の演奏になったんだけどね。だからわたしの予測は当たらない。作曲家っていうのは、思うに、みんな時間が計れないって言われてるんじゃないかな。

 

BD:ひとたび作業に入った作品を書き終えるのにどれくらいかかるか、わかります?

 

DDT:いや、わからない。それは神のみぞ知るだね。オーケストレーションや最後の仕上げをやるのより、曲を書くほうが早いのはわかってる。オーケストレーションやすべてのことを楽譜に書き込むのは、空白のページに基本のメロディーやハーモニーを埋めていく以上に、時間がかかるのものだよ。その曲の真髄だからね。

 

BD:ある曲を書こうとして、何かアイディアが浮かんだときというのは、曲全体として現れるのか、それともフレーズごとに出てくるものなのか。

 

DDT:(ちょっと考えて)わたしは奇妙な曲を書いてるから、、、『最後のアリス』のような作品は、いろんなテキストの混合物で。『夏の日のおもいで』(ソプラノとオーケストラのための曲/1980年:『少女アリス:第一部』より)も、1時間くらいの作品だね。いいや、ないね、すでに出来上がってるものを書きつけていくことはないね。

 

『最後のアリス』は5分のアンコール曲として書きはじめた。「ダーディー、ダーダー、ダダ、、、」(と歌いはじめる) 短い詩だからね、そう思って書いていたんだけど、どうしてか終わりが見つからなかったんだ。で、これは変奏だな、と思ってやってた。そうしたら変奏曲がつぎつぎ出てきて、そうしたらまた別のものにつながっていって、という風になった。それをやってる間、ずっと何とかしなくちゃって戦っていた。「もう充分だよ! 曲を何とかまとめて、ものにしなくちゃ。わかった、5分じゃなくて、10分にしよう」 そう思ってやってた。この長い曲を書いてる間じゅう、ずっとこれをやってたね。ついにある時点で、わたしは降伏したね。ここにある伸び放題のものは、わたしが作ったんだってわかった。(両者、笑) 

 

BD:雑草みたいに伸び放題と。


DDT:そうそう。どうしてこんなことになったのか、わからないよ。作曲してるときに、ノートを取ることはよくある。出てきたアイディアをなんでも書きとめるんだ。日誌を書くときみたいに、関連あるなしにこだわりなく、何でも書いておく。そして2、3ヶ月して、このメモ書きにパターンを見はじめるようになる。別々のアイディアが一つになっていって、ある形式が提案として出てくる。こんな風にして、わたしの曲は展開していく。あらかじめ知らないのがいい。知りたいとは思わないんだ。もしあらかじめ意図されたものがあったとしたら、こんな風にはいかないとわかってる。まずいかないだろうね。

BD:ではあなたにとって作曲は、探索ですね。

DDT:そう、その通り! すごく楽しいよ。

BD:それは聴衆にとっても探索なんでしょうか?

DDT:あー、そうだね、そうなるね。彼らは何を知ってる?

BD:おそらく何度も聞いたあとでは、それがどうなるかわかって、いくらか失われるものもあるんでしょうか? 

DDT:そうだね。それが人生だよ。(両者、笑) だけど初めて聞いたときに聞き取れなかったことや、曲の細かい部分を手にできるという恩恵も受ける。あらゆる種類の見返りがあるんだ。すごく面白く感じられるよ、わたしはとても長い曲を書くのが好きだからね。スリラーのイメージがあって、それが上等なスリラーであれば、ひとたび読みはじめたら、もう本を置くことができないとわかる。そういうものだといつも思うし、長い曲を書くときのわたしの理想だね。1分たったらもう聴衆の心をつかんでいて、それは避けられないことになってるってね。すべてが終わるまで、彼らは聞くしかない。そういうものが好きだし、そんな風に進む感覚もね、それは抵抗しがたいものなんだ。作曲家がやろうとしてるのは、必然性のある創造でね。天から降ってきた幻想がほしい、もうそれしかないといったね。でもそれは幻想なんだな。

BD:では曲の終わりというのは必然で、どこで終わるかあなたには正確にわかってる?

DDT:そうだね。わたしにはロジャー・セッションズという先生がいて、わたしにこう言っていた。「曲がある場所に来ると、調整がきかなくなる。一つはクライマックス、もう一つは終わりの部分だ。それはもう避けようがないんだ」

BD:ひとたび終わりまで来て、複縦線を引いたあと、どれくらい曲をいじるんでしょう。前にもどってあれこれ直したり、調整したりするんでしょうか。

DDT:終わったなと思ってまずするのは、またピアノで通して弾いてみること。それは結構きついね、曲に対して新鮮さを失っているから。だからわたしはよく、朝起きていちばんに最初から最後まで弾いてみることをするよ。それが一番だね。そしてその気分を保つ。どの箇所で長すぎると思っただろうか? どこが足りない? たるんでるのはどこだ? そういった箇所に取りかかって、修正をする。だけどそれをやるのは1日1回だけ。もう1回ピアノで弾けば、せっかく得た気分をなくしてしまう。そしてそれに慣れてしまうだろうね。直してないままのものに。

次の日になって、直しを入れた新しいものを通して弾いてみるんだけど、なんか良くないところがあったり、直した箇所が正しくなかったりする。それでまた調整をする。それをずっとやってる。完璧ではなくとも、それ以上直せないところまでね。いつも、わたしの目からは正しいように見えない箇所がでる。それはあきらめるしかない。マラルメが言ったみたいにね。「わたしは詩を書き終えることがない。それをあきらめ、放置する」 そうなんだよね! 何か解決法があることはわかってても、それを考えることができないんだ。

BD:何年かたって楽譜を見返すことはあるんでしょうか。あるいは出版されたあとに見て、調整するということは。

DDT:もしそれがひどいもので、あとになって良くする方法がわかったら、やることもあるかな。だけどそれは最初に聴いたときだね。あとで書き直したりいじったりの場合、作ったときのリアリティとは違ってるからね。まだ曲を聴いてなかった場合、ピアノ作品じゃなくて(その場合はすべて正確にわかる)、オーケストラを流れの中で一気に聞いた場合は、わたしのイマジネーションを刺激することもある、中でもオーケストラの色彩とかオーケストレーションについてはね。どれだけオーケストラを書く経験を積んでいたとしても、わたしはたくさん書いてきたけど、1曲1曲はみんな初めてのものだから。その曲は何から何まで新しい。いつも耳で聞いたあとに、オーケストレーションを1度、2度と、一定のところまで書き直すね。
 

David at the Virginia Center for the Creative Arts

Photo by Karen Bell

David Del Tredici

Photo by Susan Johann, 2015

From the jacket of "March To Tonality"

Both Photos from his website

BD:あなたは作品はいつも大きな形式で書いて、それは長いものになると言いました。短い小さな作品はあるんでしょうか。『アクロスティック・ソング』はピアノとフルートのための曲ですけど、『アリス』の中の1曲ですよね。

 

DDT:そうだね。

 

BD:小さな曲はあっても、それは単独の小さな曲ではない。

 

DDT:ワーグナーの「ジークフリート牧歌」が『ニーベルングの指環』からの小曲みたいな、そういうものじゃないかな。そういうやり方ととても似ているけど、どうしてなのかはわからないよ。わたしは普通の作曲家として出発した。小さなピアノ曲を書いて、小さな歌ものを書いて、、、。

 

BD:(軽く突いて)それが普通の作曲家なんですか?

 

DDT:(クスクス笑い)そうだな、より「普通」というのであれば、協奏曲とか交響曲とか伝統的な形式で書かれたものを自然だと思えることかな。そういうものをやってればよかったね。実用的でもあるし。オーケストラ曲は求められている、四重奏も求められている、でも増幅されたソプラノとオーケストラの1時間ものなんて、誰にも求められていないからね、誰にもだよ!

 

BD:そうであっても、あなたの曲はたびたび演奏されますよね!

 

DDT:(喜んで楽しそうに)皮肉なことに、その通りだね。面白いことだよね、誰かが何か変わったものをやりたいと思ったときは、わたしの曲をやろうとするからね。音楽平原に、そうたくさんの白い象が歩きまわっているわけじゃないからだよ!

 

BD:あなたは曲が充分、演奏されていると思いますか?

 

DDT:作曲家で充分に演奏されている人なんていないよ!(両者、笑)だけど面白いもので、循環があるね。大きな楽曲は場合によるけど。わたしの大曲をやるかどうかは、楽団の予算と関係する。それかわたしが曲を書くとき、歌い手を苦労して大量に省くんだ。つまり自分で苦労をしょいこんでるわけだ。そこから逃げる手はない、でもそれがわたしがやってることなんだな!

 

BD:そこに価値がある?

 

DDT:価値があるかないか、わからないよ、でもそれがわたしがやってることなんだ。

 

BD:他にあなたがやっていることに、教えることがあります。作曲と同じくらい、教えた経験はあるのでしょうか。

 

DDT:うんうん。

 

BD:授業やレッスンの間に、充分な作曲の時間はとれてます?

 

DDT:わたしの教えることとの関係性を言えば、いつも愛憎半ばだったかな。一つは教えることはすごく時間を取られるから、そのせいで作曲の時間が取れないことが大きな脅威になる。でももっと大きなことは、エネルギーを吸い取られることだね。授業に行って、そこで3時間、4時間と教える。学生は何かを求めて来ているわけで、その場でそれを手にしていく。作曲をしたり、詩神を探したり、楽曲のアイディアを考えるっていうのは、子スズメたちが早く餌をくれと待ちかまえているところにいれば、とても実体のないことに見えてしまう。だからたくさん教えていて大変なときは、作曲を棚上げにすることがある。わたしは1学期だけ教えるという実験をしてみた。教えることのいちばんの利点は、経済的な安定だ。わたしにはそれが必要だ。依頼作品を受ければ結構なお金にはなるけど、定期的なものではない。だから教えなければならないし、それを楽しんでもいる。とはいえ、それはまた別の職業なんだな。作曲は職業だし、教えることも職業、両者を一緒にやるのは自分の責任ということになる。

 

BD:そのことで分裂症になりません?

 

DDT:うん、なるね! 確かにね、特に最初の頃はそうだった。最初の教師の仕事はハーバード大学だった。そこで教えることは、ワクワクものだったよ。とても楽しんだね、でも作曲をやめていた。夏の間だけ作曲しようとして、2、3年あとにこう思った。「ちょっと待てよ、わたしは作曲家だ!」 それで隔学期ごとに教えるというアイディアを考え、それをやることにした。だけどそれでは厳しい暮らしになる。学校というのは隔学期ごとに雇うなんてしないからね。

 

BD:それで自分のやり方を見つけなければならなくなった。

 

DDT:で、ピューリッツァー賞をとったことが助けになった。それを得たことで、教えることを自分に合わせることができるようになった。こういうものを受けることの大きな利点の一つだったね。質問にはなかったけど。

 

BD:(笑)いいえ、それについてよく質問するので歓迎します。話してもらって感謝しています。教えることに戻りますけど、作曲科の学生に才能ある人間を見つけたら、それは嬉しいでしょうか。

 

DDT:素晴らしい才能の持ち主がいたね。ハーバードでの1年目に、生徒の中にジョン・アダムス*がいたんだ。いまニューヨークのシティ・カレッジで教えているけど、驚くほどいろいろな作曲小僧がいるよ。いまの学生がどんな風か、自分が学生だった頃を思い出して比べて、面白いなあって。いまはいろんなスタイルの曲を書く学生がいるんだよね。ミニマルの作曲家、調性音楽の作曲家、セリー音楽の作曲家、とね。学生たちをちょっと羨ましいと思うくらいだよ。彼らは望むこと何でもできる、何でも許されるということ。わたしがプリンストンで学んでいた頃は、誰もが無調の作曲家にならなければいけないという強制みたいな感じがあった。そうじゃなきゃ、作曲家ではないといったね。その頃は、それに耐えていたよ。

*ジョン・アダムス:ミニマル・ミュージックで知られるアメリカの作曲家。1947年〜。

 

BD:どんな音楽が書かれるべきか、いったい誰が決めるものなんでしょう。作曲家団体なのか、聴衆なのか、それとも音楽史家なのか。

 

DDT:作曲家その人じゃないかな、聴衆にも賛同してもらえたらと願うわけだけど。作曲家団体ではないよ、実際のところ。作曲家は自分の持てるものを表すべきだね。陳腐に聞こえるかもしれないけど、自分自身の感覚をしっかり持つんだ。大学4年生のときにわたしは作曲した。それが始まりで、わたしの最初の試みだった。次の年、プリンストン大学に行ったんだけど、まだ若くて、経験がなかった。まだあまり曲を書いてなかったし、プリンストンでの最初の年は、わたしにとって手にあまったんだ。もしこのままここにいたら、作曲に関する何かが死んでしまう、とはっきりと感じたね。で、やめてしまったんだ! 

 

だけどこんな風にも思う。何でそう思ったんだ、とね、生きるか死ぬかなんてことを。曲をまだほんのわずかしか書いてなかったわけで。それが当たってたかどうかわからないけど、学校に行くのをやめたことで、その感覚は正しいとわかった。わたしはニューヨークに2、3年住んで、自分のやりたいことだけをやった。早々に厳しい批評を受けることなくね。それからプリンストンに戻って学位をとった。それは脅威にはならなかった。教師の立場からではなくて、学生として学校で作曲を学ぶことは、良くもあり悪くもありでね。何かを「学問化する」ことは、無秩序であるのと同じくらい、作曲にとってリスクがあると思う。

 

BD:そのリスクは誰の肩にかかってくるんでしょうか。先生の、それとも学生の?

 

DDT:自分が作曲を本格的にするようになってから、作曲を教えることで好んでやっていたのは、生徒の作曲をできるだけ制御しないことなんだ。彼らがやりたいようにやらせるようにしている。自分が作曲家であった場合も、他の人間を支配したいと思ってしまうものなんだ。どれくらい管理屋かによるけどね。でも自分が作曲家でなければ、どう関わるかが全くわからない。学生たちは間違って学ばされると思う。学校でやる楽曲分析はある種強調されたものだから。学生は作曲は分析されたことの裏返しだと考える。ベートーヴェンのソナタを配列や構造をつかって見ようとするその方法は、ベートーヴェンが作曲の際にやったこととは全く違うんだ。作曲というのはもっと混沌としたもので、自分の衝動に身をまかせなければならない。それはごく自然にやっていることで、上っ面の学問的なあれこれについてなど考えない。それは過去のものだからさ。学校教育は自意識をもたらす、そこには価値がある。

 

BD:これからの若い作曲家たちに、何かアドバイスはありますか?

 

DDT:自分の思いつきや心に描いたことをしっかりつかむこと。それがどんなものであってもね。かすかにしか聞こえないかもしれないけど、そこにこそ自分の価値があるんだから。

『少女アリス』パート1、パート2 (6 songs, 2 hours 13 minutes)

BD:あなたはたくさんの曲の依頼を受けていると思います。どれを受けて、どれを断るか、どうやって決めるんでしょうか。

 

DDT:わたしはいつも、次に書きたい曲のことがわかってるんで、それが可能な依頼を受けているね。たとえば、アリス作品は誰も依頼などしてこなかった。わたしはオーケストラ曲の依頼を得ようとする。たとえばゲオルク・ソルティがシカゴ交響楽団のために曲を依頼してきた、そしてわたしの書きたいものは、ちょうどシカゴ交響楽団にぴったりの曲だった。で、わたしはこう聞く。「ソプラノを入れてもいいかな?」 すると彼が渋々こう返してくる。「まあいいだろう」 で、わたしがさらに「サキソフォン、マンドリン、バンジョー、アコーディオンのフォークグループを入れてもいいかな?」とね。彼らはとても好意的でね、いいよと。でもそういうアンサンブルがわたしは欲しかったわけで、だから依頼を受けたわけ。

 

BD:そのリクエストにソルティはゾッとしてなかったんでしょうか。

 

DDT:いや、それはないね。彼はこう言った。(感情をこめない言い方で)「きみのやりたいものを何でもやってくれ」 でもシカゴ交響楽団はこういうものに、とても見識があるんだ。もっと伝統的な音楽の表現を考えれば(四重奏とか、交響曲とか、ブラス五重奏とか)、そういうものを書きたいって思えればなあと、たくさんのグループがわたしに頼んでくるからね。そしてそれができたらと望んでいるんだけど、今の時点では、やるよと言うのを恐れている。自分がそれをできないんじゃないかという恐れで、何を恐れてるのかわからないけど。いつもそこに恐れがあるんだと思う。自分が書きたいと思ったものを、書けなかったことがあるかといえばないんだけど。迷信にとらわれてしまっているんだ。作曲というのは学べるようなものじゃない、みたいなことじゃなくてね。あー、、、残りの人生ただこれをやるだけか、っていうね。偉大な作曲家たちを見れば、素晴らしい時期があって、ある人たちはそこからどんどん悪くなる。シューマンみたいな人を考えれば、、、彼は頭がおかしくなったよね、それがどういうものであったか別にして、落ちてしまった。フーゴ・ヴォルフの場合は、すべての歌は非常に短い期間に生まれた。ヴェルディみたいな人は例外だね。彼はすべてちゃんとやり通した。成功して、金持ちになって、愛国的で、すべての人が彼を愛した。それに80代のときに最高傑作を書いたんだよね。(両者、笑)

 

BD:フレーフレーッ、フォルスタッフ*!

*フォルスタッフ:シェークスピアの作品に登場する人物。臆病者で強欲、大酒飲みだがウィットに富み、今も昔も人々から愛されているキャラクター。

 

DDT:(クスクス笑い) そうだね、まさに。

 

BD:あなたは自分が80代に最高傑作を書くことを期待しているんでしょうか?

 

DDT:うーん、よくシューベルトとモーツァルトのことを考えるんだよね。もし70代まで彼らが生きたら、もっともっとすごいものを書いたのかって。モーツァルトが50歳を過ぎて、学者肌になっていくのを見たかったね。

 

BD:ロッシーニという例がありますよね。ある時点まで曲を書いて、そしてやめた。彼は生きつづけたけど、書くのは基本的にやめた。

 

DDT:ヴェルディもそうだ。

 

BD:でも彼は復帰しました。

 

DDT:復帰はしたけど、オペラも原因の一つだったのかもしれない。おそらくオペラだね。オペラを書くのは恐ろしいことで、あらゆる協調が求められる。うんざりするようなね。

 

BD:あなたの舞台作品やその他すべてにおいて、あなたの規範にはオペラはあるのか、それとも単にメディアの混合というだけなのか。

 

DDT:いやないね。協働的な要素があることを考えて、オペラを書くことを恐れてきたね。とはいえ改めて考えようとしているけどね。イタリアの民話に注目してるんだ。ピノッキオすら読んだけど、わからないね。オペラを書いてみたいね! 一つくらいは自分の中にもあるんじゃないかと、、、。

 

BD:ゴルドーニ*の物語をつかう人の再来みたいですね。

*カルロ・ゴルドーニ:ヴェネチア共和国の劇作家、オペラなど音楽作品の台本作家。1707〜1793年。

 

DDT:それは知らないな。イタロ・カルビーノの編纂した『イタリア民話』(1956年出版)を買ったんだ。シカゴに持ってきているけど、まだ読んでない。

 

BD:あなたはいつもアイディア持参で動いてますね。行くところどこででも、作曲にとりかかるんですか?

 

DDT:いまは『Steps』をやってるよ。3月にニューヨーク・フィルハーモニックとやることになってる。飛行機の中やホテルで見ようと思って、スコアを持ってきた、、そうだね、わたしは止まることなくやるのが好きだよ、とりつかれてね。

 

BD:もってきただけなのか、それとも実際に手をつけているんでしょうか。

 

DDT:やっているのは、ダイナミックスも、スラーも、そういうものは付けないオーケストレーションで。それが終わったらコピーして、本みたいに綴じる。それから足りないものをそこに加えていく。最終草稿のようなものだね。それからもう一度修正をする。それはあちこちに小さな指示を(どうでもいい印に見えるかもしれないけど)書き入れているときに、より正確に曲が聞こえてくるからなんだ。で、それをより正確に耳にしたとき、不満が出てくる。だからもう一つの草稿みたいになるね。その状態のスコアを持ってきてるわけ。旅の途上でこういうことをするのは具合がいいんだ。

 

BD:なるほど。あなたの楽曲を演奏する際、その方法はだた一つでしょうか?

 

DDT:「一つの方法」って?

 

BD:一つの正しい演奏法です。

 

DDT:いや、それはない! これは演奏に関する素敵なことの一つだね。わたしは自分が演奏家だから、他の誰よりも素晴らしいと思われることがいかに嬉しいか、よく知ってる。それは夢だからね。恋に落ちて、結婚したい気持ちになるよ。そんなにしょっちゅうは起きないけど、それが起きたときは素晴らしいのひとこと。あるいは楽曲に対して、指揮者が(曲想を練る際)、自分では考えたことのないようなアイディアをもっているとか。一番がっかりするのは、演奏家の意思があまりなくて、曲に関与していないときかな。特に熟練した演奏家だったときにはね。何が問題か知りたいよ。なんで曲に入ってこれないのか。とても辛いね。

 

BD:「熟練した、、、」っていうのが、「物知り顔」と同じみたいに聞こえますけど。

 

DDT:ああ、そうね、スコアに書ききれないものはいっぱいあるからね。音符や強弱、フレーズを書くときに捉えようとする、動きとかエネルギーのことだけど。こういうものは曲の流れ(潮の満ち引きのような感覚)を提示するもので、それに波長を合わせない人がいたら、そして楽譜にあることをただ見て弾くだけだったら、演奏はうまくいかないよ。言葉の調子とか抑揚みたいものだよ。わたしは演奏家に、わたしの楽隊ワゴンに乗ってほしいんだ。それでわたしは演奏の助けになる合図を送りつづける。でもそれができないと、うまくはいかないね。それはウマが合うみたいなことだから、すごくもどかしい思いをするね。いっしょにやりたい人がいれば、あまりやりたくはない人がいる。わたしの音楽を喜んでやる指揮者たちがいて、そのことが他の人たちの神経にさわる。わたしの過剰なところ、曲の長さ、限界までやろうとする感覚、そして極端な妙技は、保守的な人々を不快にすると思う。つまりわたしの音楽というのは、奇異でけたたましいってことだね。 

 

BD:あなたは音楽の限界を広げようとしているんでしょうか。

 

DDT:そうね、とても長い曲を書くという意味ではね、明快にしたいからだけど。ただどんどん書き進むわけじゃない。最小限のもので、永遠に進んでいくようなものがいい。そしてどこでスイッチを入れても切っても問題ない。(きっぱりと)問題ないんだ! わたしが1時間分書いたら、1時間分聴衆をつかみたい。わたしは聴衆の豚に1時間だけ巻きつく、大蛇になりたいね。

 

BD:ちょっとちょっと、、、聴衆に対してもっと礼儀を尽くしたほうがいいのでは?

 

DDT:いや、わたしは聴衆に対して挑戦的な見方をもっている。力を行使するための作曲家のやり方だよ。聴衆を催眠術にかけて、1時間わが意図のもとに置くスヴェンガーリ*になりたいよ。

*スヴェンガーリ:ジョージ・デュ・モーリアの小説『トリルビー』(1894年)に登場する催眠術師。悪意をもって人を意のままに操る人物を表す言葉。

 

BD:あなたの音楽を聴きにくる聴衆に、何を期待するんでしょう。

 

DDT:曲とわたしを愛することかな。

 

BD:ほんとうに?

 

DDT:うんうん。それがすべてだよ。

 

BD:うまくいきます?

 

DDT:やるだけだよ!

 

BD:聴衆はどうでしょう?

 

DDT:(ちょっとの間、考えて) だいじょうぶ! どっちもうまくいく。もし聴衆がわたしを愛してくれたら、わたしは幸せ。もし聴衆が曲を楽しんだなら、彼らは楽しい経験を持ったことになる。だから彼らも幸せ。

Tredici with Aaron Copland and Vivian Perli

​作曲家 A.コープランド(中央)と

Tredici with Allen Ginsberg

​詩人アレン・ギンズバーグ(右)と

Both Photos from his website

BD:あなたはコラボレーションすることに尻込みすると言っていましたね。理由として、曲が長いことと関係してるのでしょうか。それでプログラムを誰かと組むことができないとか。すべて自分の作品だけのプログラムでしょうか。

 

DDT:だんだんためらうようになってきたね。わたしは簡潔なテキストではじめたけど、それがどんどん長くなっていった。『注釈付きのアリス』というマーティン・ガードナーによる『不思議の国のアリス』に注釈がついた本を見つけたんだ。そこにはルイス・キャロルが書いた詩をもとに書かれた追加の詩が入っているんだけど、そのマーティンがわたしに台本を書いてくれたんだ。それでこんな風に違う詩を入れ込むやり方をするようになった。

 

BD:でももし1時間ものを書いたなら、プログラムの半分があなたのものですよね。もし20分であれば、他のものと組み合わせねば。

 

DDT:あー、いやいや、わたしはそんな誇大妄想狂じゃないよ(笑)。そうじゃない。だけど『不思議の国のアリス』にはストーリーがある。普通のコンサートホール形式から聴衆を連れ出すという意味で、ある意味オペラ的だ。そういう様式をつくるのは好きだけど、表現自体を変えるのは好きじゃない。ベルリオーズの『ロメオとジュリエット』や『ファウストの劫罰(ごうばつ)』*みたいなところがちょっとある。コンサートホールのためのものだけど、オペラのようでもある。物語があって、それが進行して、そういうのが好きなんだ。どうしてかはわからないけど、いいと思えるんだ。

*ベルリオーズの….:一部に独唱や合唱が入り複数の様式が混在するが、交響曲と称した一種の標題音楽。通常はコンサートホールで、コンサート形式で演奏される。

 

BD:ベルリオーズのものはときに舞台にあがってますよね。あなたの楽曲も舞台にあげたいと思ったりしますか?

 

DDT:うん、『夏の日のおもいで』は、素晴らしいバレエ作品になったよ(『アリス』のタイトルで上演)。グレン・テトリーがカナダ国立バレエに振り付けたんだ。そんなことは想像したこともなかったけど、彼は完璧なビジュアル作品に仕立てた。わたしの音楽はとてもヴィジュアル的で、とても三次元的なんだと思う。だから誰かがオペラを依頼してくれないかなって。

 

BD:(その願いに応えて) オペラを書いてくれ!!!

 

DDT:ありがとう。(大笑い)

 

BD:複数のカンパニーを一つに集めて、コラボレーションすればいいんじゃないですか。

 

DDT:うん、やりたいね。考えるだけで大変そうだけど。。。

 

BD:アリスものの可能性をあれこれ考えてて、疲れ果てるってことはあるんですか。

 

DDT:いや、ないよ。わたしのトランクには、ほぼ書き終わっているものがあと二つあるんだ。ここ何年もの間かなりの数を書いてきたし、今も書きつづけてるし、それをトランクに詰めて、依頼がくるとそこから引っぱり出すわけ。だけどある理由から、アリスには興味がつきないんだ。アリス最初の曲はシカゴ交響楽団とだった。2番目の依頼作品はオーケストラ用で、1985年に書いた『March To Tonality(調性音楽への行進)』という曲ね。それが最初のアリスもの以外の曲だったと思う。それからそういった他のテーマの曲に興味をもつようになって書いた。それで1986年には『Tattoo』というオーケストラ曲を書いた。

 

そして今、オーケストラのための『Steps』を書いてる。この3つの曲を見ると質感がよく似ているんだけど、アリスものとはとても違った空気をもっている。特徴をあらわすのは難しいけど、なんというか暗い雰囲気、『ボレロ』みたいなとは言わないけど、楽曲全体をつらぬくのは、止めようのないリズムの繰り返しなんだ。アリスのような音楽とは、まったく違うと言えるね。またわたしは、不協和音の世界を発見しはじめていると思う。ある意味、自分の音楽において、調性音楽の歴史を通り抜けようとしているのかもしれない。わたしが『最後のアリス』のような(主和音、属和音などの和声がかなり純粋な形でつかわれている)作品で調性音楽をはじめたとするなら、こういったオーケストラ曲でじょじょに不協和音を加えていったことになる。つまり自分の作品の中で、シューマンからマーラーへと進化していったわけ。

 

BD:それでもその他の音楽は、マーラーからモーツァルトの調性と簡潔さへと戻っていったように見えますよ。

 

DDT:あー、でも今の時代、誰が音楽の方向性を言えると思う? 一般論として言ってるのかな。 

 

BD:そうです。

 

DDT:そうだね、うん、君は正しいよ。これって普通のことだと思うよ。どんなものも同じ場所に留まってはいない。わたしは調性音楽に慣れている。わたしにとって、それは完璧に自然なことなんだ。吸っている空気みたいにね。それで不協和のレベルに上げることに興味がわいているわけだ。すごく奇妙なコードを書いて、それは本物の無調になっていく。ただし、わたしは無調かそうでないかは考えたりはしない。ただわたしの欲しい音を響かせてるだけ。で、書き終わってから、それを見て、「なんてこった、このコードはなんだ!」って言うわけさ。だけど自分の体温を計ってみれば、どんどん不協和音になっていることに気づくよ。で、1996年になったら、ついに無調に行きつくってことかな。わたし以外の音楽世界がそろってモーツァルトみたいな、白いきれいな楽譜に帰っていくときにね。

 

BD:音楽はこれからもっと簡潔なものになっていく、という風に思います?

 

DDT:たしかに、ある種のものはそうだね。ミニマリズムを見てごらんよ。音楽ってものはもっと簡潔になれるって、声をあげてるよね。わたしたちは無調と複雑なリズムに関わってる間に、音楽にとって最も基本的な伝達手段の手触りをなくしてしまった。

 

BD:音楽に希望はあるんでしょうか。

 

DDT:希望はいつでもあるよ。活気ある、血をたぎらせる作曲家がいるかぎりはね。

 

BD:われわれはそういったものの周囲で踊ってきたのではと思いますけど、一つ、哲学的な大きな質問をぶつけてもいいでしょうか。音楽の目的とは何なのか。

 

DDT:目的は楽しみ、喜びだね、でもわたしはそれを作り出そうとしたわけじゃない。いつもこのエピソードを持ち出すんだけど、、、ある人がドビュッシーにこう質問した。「ドビュッシーさん、あなたのメソッドは何でしょう」 するとドビュッシーは答えた。「わたしのメソッドは楽しみと喜びだよ」 これは本当のことだね。わたしが作曲するのは、かぎりない喜びと興奮をもたらしてくれるからだ。わたしのあずかり知らないものがわたしから発せられて、そこにある。わたしはそれを捉えようとして、書きつける。そしてそれがわたしなんだ。わたしの特質のある部分が、恒久的なものになったんだ。

 

おかしな話やジョークを言ったり、誰かの顔に一瞬の輝きを見ることがある。だけどそれはすぐに消えてしまう。それに対して、わたしが自分に関する何か、心をそこに注いだものをもつことができたら、それはそこにとどまる、これに抵抗するすべはない。それは死に絶えることがないんだ。すごく心奪われることだね、そんな質問はこれまでに受けたことはないけど。ただやるのが楽しい、それだけだよ。それ以上のことってあるだろうか?

 

BD:いや、ないでしょう。(両者・笑)

 

DDT:作曲家がある種のアスリートだって、考えられないかな?

 

BD:音楽が肉体的な闘いであるとか?

 

DDT:いいや、そうじゃないけど、完璧にからだと脳に関したことだとは言える。ものすごく活動的なんだ。誰かがすごい飛び込みをしたときとか、レースで走ってるときのことを思い浮かべるよ。活気に満ち満ちているだろ。とくに最近は、作曲をあまりに精神的なことと捉えすぎてる。作曲してるとき、何が起きてるのか、誰にもよくわからない。ただ考えが出てくるんだ。懸命に考えて、目を閉じて、香をたくかもしれない。人はそれを身体的なものだとは思わないんだ。だけどわたしはピアニストだから、ピアノの前で作曲し、そこで走ったりジャンプしたりするわけ。これは完璧に肉体的なことなんだ。ガンガン波に乗ってるときに、そのときの自分をビデオに撮っておけたらと思うよ。そういうときに自分が何をしてるのか、どれくらいボディランゲージに現れているのか見てみたいからね。

 

BD:それを撮るために、スタジオにカメラを据えようと思ったことはないんでしょうか。

 

DDT:(大爆笑) ないよ! わたしの機器類の予算はすごく質素だからね。

 

BD:電子機器のことでいうと、自分の音楽がレコードになるのは嬉しいですか?

 

DDT:もちろん。わたしの長い楽曲が、『最後のアリス』とか『夏の日のおもいで』といったものも、レコードになったことは最高だね。ただおかしなことだけど、、、頭の中でレコードとして作曲するみたいなことがあって、作品がレコード化されてきたせいだと思うけど。こんな風に思う。「この部分はレコードにならないと、音がちゃんと聞こえない」 自分でバランスをとることができて、コンサートホールでは絶対得られない、理想的なバランスがレコードではとれる、といったことなんだ。わたしの作品では特に、レコードは必要不可欠と言ってもいいくらいだね。ソプラノがいて、すごく大きな活気に満ちたオーケストラがあるからね。よっぽど洗練されたホールでもないかぎり(多くのコンサートホールはそうじゃない)、かなり声を増幅させる必要があるんだけど、それによって音にひずみが出る。ホールは昔のものだし、エレクトロニクス的な洗練は新しいものだ。声がひずむことで、いつも悲惨な損失が生まれる。もし声を増幅しなかった場合、声は聞こえない。だからレコードは完璧なんだな。ちょうどいいバランスで音楽を聴くことができるし、音のひずみはない。

 

BD:では未来のライブ・パフォーマンスは、ディスクのせいで、不可能なスタンダードにさらされるんでしょうか?

 

DDT:わからないね。イエスでもありノーでもある。でもわたしが求めるのは、わたしの音楽をやりたい人たちがレコードを聴いたときに、104人のうなるマーラーのオーケストラと低いC音*のソプラノの関係がどうなってるのか、両者は同じレベルにあるのか、わからないことだね。いくつかの理由で、わたしはリアルなバランスを重視しているわけじゃないし、そこがクライマックスであれば、ソプラノに低いC音を書くだろうね。増幅ができるし、聞こえるから、わたしは大きなオーケストラをもつだろうね。それは途方もない増幅になるわけで、でもそのリスクは取るつもりだよ。

*低いC音:ピアノの中央のド。

 

BD:それがあなたの望むことで、演奏者にそれを達成させるわけですね。

 

DDT:そういうこと! そのとおり。そういうことが、イマジネーションあふれる、発想豊かな演奏家を育てると思うんだ。彼らは何かを探しもとめてる。まだ誰も登ったことのない山をもとめてる。あるいは横断されたことのない砂漠をね。わかるよね、それって楽しいことでしょ。実際のところ、わたしの音楽は、チャレンジ精神旺盛な演奏家や指揮者にアピールしてきたんだ。フィリス・ブリン=ジュルソンはこう言ってたね。「あなたの曲を歌うのがすごく好き。わたしを押し広げてくれるの。そんな風になるのは、あなたの音楽だけよ! それが何なのか、わからない。何かが飛びまわってるみたいなの」 こうも言ってたね。「誰もあんな風には書かないわ。自分のしてることを二度とはできない。あなたがやるように言ってくるまでは、できるものなのか、わたしにもわからなかったのよね!」 こういう互いの関係があるのって、すごく嬉しいことなんだ。

 

BD:あなたが作曲家でいてくれて、そしてあなたのこれまでの作品に、さらにはまだ生まれていない楽曲に対しても、ありがとうを言いたいです。

 

DDT:なんて素敵なインタビューなんだ! あなたは素晴らしいよ。すごく話しやすくしてくれたし、あなたの質問なしには口にしなかっただろうことを、取り出してくれたんだよね。ありがとう。

 

BD:(その言葉に非常に喜んで)とってもどうもありがとう。

 

デイヴィッド・デル・トレディチ | David Del Tredici (つづき)

カリフォルニア大学バークレー校でピアノを学びながら、作曲をはじめる。ピアノを学んでいたロバート・ヘルプス(作曲家、ピアニスト)から、作曲に関して大きな影響を受ける。その後プリンストン大学に行き、(無調的な書法の)ロジャー・セッションズなどから作曲を学んだ。にも関わらず、作品の多くは新ロマン主義音楽に属し、無調や十二音技法が盛んだった時代に、あえて調性音楽にこだわり続けたこの分野の草分けの一人とも言われる。ルイス・キャロルの他、ジェームズ・ジョイスなどの文学作品から着想を得ることが多く、「ジェームズ・ジョイスの詩による6つの歌」という歌曲集を作っている。オフィシャルサイトのWorksの項目には、「The Alice Works」と「Gay Works』の二つが特記され、『Gay Life』『Queer Hosannas』『Ballad in Lavender 』などのタイトルが並ぶ。アメリカ文芸アカデミー会員のメンバーに選ばれている。

オフィシャルウェブサイト:http://www.daviddeltredici.com

たくさんの楽曲が全編試聴でき、ギャラリーには楽しい写真がたくさんある。

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CD04-Child Alice-S.png
CD01-March to Tonality-S.png
CD03-Mandango_ Complete Piano works of D
 

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