オオカミの生き方 | ウィリアム・J・ロング
ウィリアム・J・ロング
Photo by Per (Ontario, CC BY-SA 2.0)
ハイイロオオカミを追って
1
オオカミってどんな生きものだと思うって、誰かに聞いてみてごらん。恐ろしげで野蛮、人間や小さな生きものの敵で、荒野にいる恐ろしい動物、すごくどう猛で、野獣の中の野獣、その中でもはぐれ者で、なんて返事を聞くことになる。つまりオオカミのマルサン(インディアンのオオカミの呼び名)は悪名高い存在ってこと。わたしがこの生きものをここで選んだのは、まさにその理由からなんだ。クマとかカリブーではなくてね。野生動物を偏見なく見てほしいからだよ。
わたしの最初のオオカミの印象は、多くの人と同じで、幼稚園で『赤ずきん』とかそのほかの不道徳な昔話から得たもので、それは子どもたちを怖がらせて、いい子にさせるためのものだった。こういう昔話は、お話のうまい人の手にかかると、見慣れた町や村、草原が消え去って、深い森や雪におおわれた荒野があらわれる。そこを飢えたオオカミの群れに追われる男が逃げていき、なんとか助かったとしても、あとで思い出せば震えが止まらない、そういうものだ。子ども時代の恐怖というのは消えないもので、学校で習った決まりごとはすぐに忘れても、一度耳にしたオオカミの悪名はいつまでも心に残るものなんだ。
こういった身の毛もよだつ話(どれもあからさまな作り話だけど)から、動物園にいるオオカミに目を向けて、自分の目で確かめてみれば、そこには元気のない生きものがいて、ちょっと不安げでコソコソとしていて、長く檻に入れられていたせいでうんざりしているか、ジロジロ見られることにイラついている(これが好きな生きものはいないだろうね)。オオカミはもともと静かな風わたる草原、あるいは夕べの影に包まれた原始の森で、人里から遠く離れて生きている動物なのだ。どこか身を隠す場所がないかと虚しく探すオオカミを見ていて、わたしが最初に思ったのは「これはオオカミじゃない!」ということ。そしてこの「どう猛で危険な野獣」を、本当はどうなのか、本来の荒野で自由に暮らしているときはどんな風なのか、知ろうと決心した。
そのチャンスは、それから何年もたってからやってきた。北の地では冬の休暇シーズンに、シンリンオオカミ(1)の遠吠えを聞くことがある。わたしはインディアンの友だちから、鳴き声の見分け方を学んでいた。挑発、集合、狩りの合図、食料があるという印、月に向かって吠えるとき、オスが 連れ合いとはぐれて出す胸が張り裂けるような叫び声、といった。昼の間、何マイルも彼らを追いかけたり、月夜の晩に遠吠えをする集団の近くまでやって来ても、徹底した用心深さや深い知性をほんの一瞬感じられる以上のことはなかった。そしてある冬の朝、思いがけず、1匹のシンリンオオカミの姿を、初めて見ることになる。
(1)ハイイロオオカミとシンリンオオカミ:ハイイロオオカミはgray wolf(Canis lupus)の日本語名。亜種が多数あり、その全体を「シンリンオオカミ」と呼ぶことがある。シンリンオオカミ(timber wolf)は種名ではなく、亜種を統合して呼ぶときの通名。
2
日が昇ると、雪の森で素晴らしい1日を過ごそうと、そしてそこで暮らすシカやムースを観察できないかと、はるばる遠い野に出かけていった。前の晩に降った雪が積もり、古い雪の上にあった足跡はすっかりおおい隠されていた。目の前には真新しいまっ白なページがあるのみ。
ある尾根のふもとで、狩りをするオオカミの歩いた跡に行き当たり、注意深くそれを追っていった。尾根の反対側には凍りついた湖がある。足跡はほんの数分前のもののように見え、すぐ近くにオオカミがいることを告げていた。通り道を見てすぐに、オオカミが獲物にありつけていないことがわかった。[ 鼻を飢えたキツネのように地面につけ、前夜からこの辺りをうろつくネズミかウサギがいないか、あちこちかぎまわる。と、オオカミは突然風の来る方に鼻を向け、歩幅を狭める。その歩みは探索から忍び寄りの歩きに変わった。それから雪の中深くまで体を押し込んでうずくまり、猫のように忍び足で前に進む。] 道からはそのように読めた。
無意識に、わたしもオオカミの真似をしていた。わたしまで獲物を追っているみたいに、隠れながら、風の匂いを嗅ぎながら、音を立てないようにカンジキの足を上げ下げしていた。大きながっしりした木々の影におおわれた尾根の頂上に近づいたとき、前方から動物が飛びまわっているような音がしてきた。頂上に着いたところで、わたしは雄ジカが湖の方へと斜面を転がり落ちていくのを目にした。その後ろを大きなハイイロオオカミが追いかけ、一足ごとに肩まで雪に浸かりながら、苦労して進んでいった。このような深い雪の中を進むには、脚の長い雄ジカの方が優位であるように見えた。ところが雄ジカはエネルギーの半分を、何かを払いのけでもするように、飛び上がることに使っていた。オオカミの方は雪面をシカの2歩を3歩でいきスピードを稼いでいた。
湖に出ると、雄ジカは爆発的な走りを見せ、自分を追う者からの距離を確保した。氷の表面は荒く、ほとんど雪がなく、シカの鋭いひづめはしっかりと氷面をつかんだ。その後ろでオオカミは、力強くジャンプするたびに滑ってよろけ、いちいち立て直しが必要だった。獲物の方は完全な優位に立っており、逃げおおせる可能性が高いと言えそうだった。それでもオオカミの方に利があった。3度、4度の雄ジカのジャンプは素晴らしいものではあるが、氷の上でも倒木を飛び越えるいつもの癖がやめられないようで、無駄に力を使っていた。もし彼が走ることだけに専念し、まっすぐに進んで、無駄をすることなくベストを尽くしていれば、追っ手をやすやす退けて逃げおおせるに違いないと思った。オオカミは長い走りを好まないからだ。ところが驚いたことに、ここで雄ジカは走りのスピードを緩め、ときどき追っ手の方に目をやり、遊ぶように右へ左へとジグザグ歩行をはじめた。まるでこのチェイスの意味を理解してないかのようだった。