Photo by Erik Duinkerken(CC BY-NC 2.0)

詩集『カトマンドゥの庭』より

「信用」「ビムセン・ラル」「ここはなんて静かなの」

スシュマ・ジョシ

信用

ハンディガオンの町を

母の腕に手を巻きつけて

歩くとき

母は通りをいく人たちみんなに

声をかけていく

その人たちは、母のことを

生まれたときから知っている

 

母は裏道を通って

ゴミ捨て場の前を行き

古い空き家のトンネルになった内部に

わたしを導き

(そこは骨組みだけ残された、アーチの通路

まわりはクモの巣におおわれ、木の躯体の残骸)

そしてまた、外に出る

 

母とわたしは明るい通りに出る

おじいさんがアイスクリームを売っている

一つ15ルピーのアイスを母は二つ買う

店の主人がじっと

わたしを見て、娘さんかと訊く

わたしを見たことがない、と言う

外国に長く住むと

こういうことが起きる

 

近所の人でさえ

あなたのことを知らない

 

そのあと店の主人はわたしにこう言う

自分の息子は歌手でね、今では有名なんです

息子の歌のカセットをあげましょう

またこんなことも思い出す

息子が小さかったころ、あなたのおかあさんは

本をたくさんくれたんです

それが息子の成功に役立ちました

 

男の子のグループが来て、ツケでアイスを売って

とたのむ。主人はその子たちを追い払う

ののしりを投げつける

そのあとで、母からのアイスクリーム代を

自分のおごりだと言って拒む

母はこう言って反論する。

「でもね、あなたは商売人でしょ。あたしたちは

また何か買いにここに来るの

お金を払わずに、ものを持って帰るわけに

いかないわ」 

主人の奥さんが笑っているそばで

母はお金をぽんと投げおき、きびすを返して立ち去る

母にも欠点はあると思うけれど

ご近所にかぎって言えば

いつも良好な信用を得ている

ビムセン・ラル

店の主人は母とわたしに

ビムセン・ラルのうわさ話をした

どれだけの数の工場を、ビルを

所有しているか

どれだけたくさんの人に部屋を貸しているか

あの人は百万長者なんですよ

店の主人は畏敬をこめて言う

心はビムセン・ラルに占められている

 

店を出て、歩きながら、母が

わたしのひじに手をかけて、ささやく

「ビムセン・ラルは若いときにね

うちの庭に働きにきていたのよ

ビムセン・ラルは今はお金持ち

でもうちみたいに、庭はもってないの」

 

その後で、彼の親戚が

うちの庭の緑を見て、手入れの足りない田舎の裏庭

と勘違いし、アパート建築でもしたらと提案した

母はきっぱりと言う。「うちはこうして木や庭と

暮らしてきたの、何世代もね。つましく暮らしていくの

ビルも建てず、工場もやらず、それから

庭の木を切ったりせずにね」

 

ここはなんて静かなの

隣りの人が今日
訪ねてきた。なんて静かなの
ここは、その人は言った
わたしたちは道のすぐそばにいて
通りにはクルマがたくさん

 

なんて静かなのここは
その人は繰り返した
かつてのカトマンドゥはそうだった
ということ
土地という土地が小さく区分され
それがクルマや巨大なマンションに
埋めつくされる前のこと
いまは鳥や木の生きる場さえない
モノと人間だけの世界

村について

 

ハンディガオンはカトマンドゥの谷で、いちばん古くからある居住地です。「ハンディ」は焼いた壷を、「ガオン」は村を意味します。この村は、大都市の近代的な包囲網の内に取り込まれる以前は、陶工の村でした。

 

ジャプはネワール社会の農民カーストで、ハンディガオンの昔からの住人です。ハンディガオンはジャトラ(祭り)で有名で、全部で36の祭りがあるとされています。ことわざに「カヒ ナバエコ ジャトラ ハンディガオンマ」というものがありますが、意味は「どこにもない祭りがハンディガオンにはある」というもの。今でも様々な儀式や行事のときに、楽士たちが奏でるここちよい音楽を耳にすることができます。毎年四月にはハンディガオンからガハナ・コジュネ・ポカリ(宝探しの池)まで、荷馬車が引かれます。神話では、姫がどのようにしてハスの葉をつたっていって、池の真ん中にある寺を参拝したのかが物語られています。その話ではある日、葉の一枚が傾いて、姫は池に落ちて溺れてしまいます。毎年の宝探しは、その姫の宝石を見つけるためなのです。

 

この詩集の著者スシュマは、ハンディガオンで生まれ育ちました。スシュマの一族はバラモンの占星術師の家系で、カトマンドゥ市街の中心地に住んでいましたが、百年ほど前にハンディガオンに越してきました。スシュマはそこで大きな家と大家族のもと、そしてクルミやグァヴァ、プラム、ザボンやみかんなど様々な果樹とともに育ちました。家は二十年前までは、田んぼに囲まれていました。家の前には、ハスにおおわれた二つの自然池があり、また木で造られた13個の井戸もありました。祖父がその古いネパール式の家の前に、ペルシア風のミニ庭園をつくって手入れをしていました。祖父母が亡くなったあと、四人の息子がこの土地を分割しました。今では池も、井戸も、田んぼもみんななくなり、このあたりはコンクリートの壁におおわれた郊外住宅地になっています。とはいえ、著者の母は今も、小さな庭にトウモロコシやカボチャ、トマトを育てています。庭には、一本のアヴォガド、二本のジャカランダ、一本のザボンの木が残されています。

スシュマ・ジョシ

ネパールの作家、映像作家。1973年、ネパール、カトマンドゥに生まれる。19歳のときアメリカに渡り、ブラウン大学で文学士を取得(1996年)。その後ニューヨークのニュースクール・オブ・ソシアルリサーチで人類学の修士号(2002年)を、さらにヴァーモントのミドルバリー・カレッジ、ブレッドローフ・スクール・オブ・イングリッシュで英文学の修士号(2005年)を取得。短編集「End of the World」は2009年のフラナリー・オコナー短編小説賞の候補作品となった。ジョシの短編小節やエッセイは様々な雑誌に掲載され、イタリア語、スペイン語、ベトナム語にも訳されている。