ウィリアム・J・ロング著『森の学校』より 訳:だいこくかずえ

かわうそキーオネクは釣り名人(4)

なまけものの楽しみ(1)

ジェットコースター

 ある夕方のこと、湖の浜堤(波によってできた低い丘)を登っていると、葉っぱがカサカサと音をたてるのが聞こえたので、とっさに歩みをとめた。木の実のご馳走でどんな動物をびっくりさせてやろうか、と期待してここまでやって来たのだった。カサゴソカサゴソ、リスの足音とワシが羽をバサバサいわせる音がまじりあったような、妙な音がどんどんそばまで近づいてきた。わたしはすぐそばの木の陰に隠れて、耳をすませた。

 何かが丘を下ってきた。でもいったい何が? 動物が走ってくる足音ではなかった。わたしの知らない動物か。頭がおかしくなったのでもないかぎり、そんな大騒ぎをして、自分の存在を知らせようなどという動物はいない。リスが遊んでいるのでもなく、ライチョウが落ちたばかりの葉っぱを掻いているのでもなかった。カサコソと静寂の繰り返し、いったいこれは何なのか。クマが熟したブナの木を揺すって実を取ろうとしているのではなかった。そこまで大きな音ではないが、かといって食べものを探して森をコソコソうろつく動物の足音よりは大きかった。

 

 カサゴソカサゴソ、シュシュシューッ、ドスン。何かが藪木に強く当たって、木の葉が舞い落ちた。そして藪木の中から見たことのないものが姿を表した。どっしりした鼠色の、10キロはありそうなバスケットのようなものが、葉っぱにおおわれてそこにいた。いったい中に何がいるのか。誰かがやかんに糊をつけて丘を転がし、その途中で枯葉がまわりにいっぱい貼りついたような見映え。その奇妙なものは、わたしの目の前を転がっていき、カサゴソ、バサバサと音をたてながら、どんどん葉っぱをまわりにつけて膨らんでいき、丘のふもとでとまって静かになった。

 

 わたしは音をたてないようにそっとそこまで行った。突然それが動いて、からだを広げた。すると葉っぱのおおいの中から、大きなヤマアラシが出てきた。葉っぱを振りおとし、からだを伸ばし、しばらくよろよろしていた。長い距離を転がってきたのでめまいでも起こしたのだろうか。それからとげに枯葉をいっぱい付けたまま、ふもとに沿ってうろうろと歩きだした。その大きくて奇妙な姿を目にしたら、森の仲間の誰であれ、きっとギョッとすることだろう。

 ここにはちょっとした騙しの、森の仲間の中でもっとも愚鈍と思われる者の仕掛け技があった。森でヤマアラシと出会って手を出せば、とげを一斉に外に向け、とげの尻尾で顔を隠し、大きな針山のように丸くなり、静かになる。誰かが触ろうにも、怪我を覚悟でないと、どこであれ触れない、と彼はよくわかっている。たまたま出会った動物に脅されて、急斜面のところで丸くなったのでバランスを崩し、あれよあれよと長い斜面を転がってきたのか。おいしいブナの実を腹いっぱい食べて、歩くのも面倒なので、丘を転がってきたのか。それともウンクワンク(ヤマアラシのインディアン語)は、ジェットコースターのスリルとそのあとのクラクラ感覚を楽しむくらい機転のきくやつなのか。

 

 丘の上には何も見えず、ヤマアラシを追ってきた動物もいないようで、その答えはお預けになった。それでわたしは、ウンクワンクが丘のふもとをうろうろするのについていくことにした。

 前方に何かが動くものをわたしの目がとらえた。ノウサギが茶色のシダを抜けて、コソコソと身をかわしながらやって来た。ゆっくりとこちらに向かい、ピョンと跳んでは止まり、鼻で草をクンクンしながら近づいてきた。こちらの足音を聞きつけると、立ち上がって耳を澄ませた。枯葉におおわれたウンクワンクが姿をあらわし、自分の方に向かってくると、ノウサギは大きくジャンプして、静かにシダの中に身を隠した。

 

 ヤマアラシが近づいてくると、野うさぎマクタクェス(インディアンのウサギの呼び名)は充分に注意をはらいながら頭をシダから出し、その場で背を伸ばした。手を胸の前であわせると、カサカサ音をたて葉っぱをまとった奇妙な生きものに、恐怖と好奇心で目を輝かせた。

 

 ちょっとの間、好奇心にとらえられたノウサギはじっと見ていた。そしてピョンピョンと大きく飛び跳ねて、茂みの中に走りこんだ。すると半円を描くように、わたしとヤマアラシのまわりを飛びまわるノウサギの足音が聞こえてきた。

 

 ウンクワンクはまったく注意を向けず、鼻をクンクンやりながら、あっちへこっちへとジグザグと進んだ。これまでにわたしがあとをつけたヤマアラシ同様、何かする用事があるようには見えなかったし、この広い世界で、特に行く当てもなさそうだった。ただダラダラと歩きまわり、ブナの実を葉っぱの中から探し出して食べるのも、腹いっぱいの様子。木の皮を少し試したりもするが、すぐに吐き出していた。彼は斜面を登っていこうとしたものの、腹いっぱいの怠け者には、急斜面はきつすぎるようだった。少ししてまた登ろうとしたけれど、そこはあとで上から転がるには斜面がきつくなかった。すると突然ウンクワンクは振り向いて、少し戻ると、誰が自分のあとを追っているのか見にきた。

 

 わたしはじっとその場に佇んだ。眠そうな目でわたしを見ながら、2、3度、わたしの足元をウンクワンクが行き来した。そしてわたしの足元にあるブナの実に鼻を寄せ、もうわたしになど、ディオゲネスにとってのアレクサンダー大王ほどにも興味ないという風だった。

*アレクサンダー大王が哲学者ディオゲネスに望みを訊いたところ、日が遮られるからそこをどいてほしい、それが望みだ、と言ったという逸話から。

 わたしはこれまでにヤマアラシと友だちになったことはなかった。親しくしようにも、あまりにトゲトゲだから。しかしこの時は、小枝をひろってそれで優しく突ついてみた。トゲのよろいの下に、どこかなでると気持ちのいい場所があるのではないか、と思ってのこと。最初に触ったときは、ウンクワンクはからだを丸めてしまった。からだ中のトゲを外に突き出して、大きな栗のイガのようだった。誰であれ、このトゲに刺されることなくからだに触ることはできない。しかし徐々にわたしが小枝で優しくつつき、よろいの下のどこか感じやすい場所はないかと探っていると、彼はからだを広げ、再びわたしの足元に鼻をつけてきた。ブナの実を欲しがってのことではない。何か嗅ぎつけようとしていた。ウンクワンクはブタに似ていた。食べることを除けば、あまりすることがない。それでもどこかに出かけようとしたり、何かはじめたら、それを遂行する。そしてわたしは屈み、自分の手で彼に触った。

 

 それは間違いだった。すぐにウンクワンクはその違いに気づいた。わたしの手の塩っけを鼻に感じたようで、必要とあらば、このなまけものも、これを手にするためなら1キロでも2キロでも歩くことだろう。ウンクワンクはわたしの手を最初は前足で、次に口をつかって捉えようとした。しかしそうさせるには、その鋭い歯はあまりに恐ろしかった。代わりにわたしは、密集したトゲのすき間から、恐る恐る耳の後ろを触ってみた。トゲが簡単に抜けるかどうか、試そうとした。

 

 トゲは非常に抜けやすく、とがった先端は針のようだった。それを手荒に押しつけられれば、何であれ穴が開いてしまうだろう。抜けたトゲは、直ぐさまそれに触った手や鼻に入り込む。トゲは南洋諸島の剣のようで、全体の半分がサメの歯状になっている。ひとたびそれが中に入れば、痛みと裂傷をつくることなく抜き取るのは難しい。ウンクワンクがボール状に丸まるとき、恐れも不安もなかったとしても驚くに値しない。恐ろしい武器で、からだ全体がしっかり守られているからだ。

 

 わたしの手は慎重にウンクワンクの脇腹の方へと降りていった。ウンクワンクの鋭いひと振りにやられる近さだった。そこにはノコギリの歯のような何千ものトゲがあり、あっちに向きこっちに向きしたトゲが重なり合い、どれも外に突き出していた。ウンクワンクは塩が手に入れられないので、イライラしているようだった。わたしの手が尻尾のあたりにとどくと、稲妻のような速さでピシリと打ってきた。そのひと振りの瞬間を捉えてはいたのだが、少し遅れをとってしまった。とらばさみが獲物を捕らえたみたいな音に、わたしは手を引いた。尻尾のトゲ2本が手に、もっとたくさんのトゲがコートの袖にささった。ウンクワンクが向こうをむいたのでわたしは飛び退き、足元で尻尾を素早く2度振るのから逃れた。するとウンクワンクは再び栗のイガとなって、あざけりを送ってきた。「さわれるものなら、さわってみろ!」

 

 わたしは手に刺さった2本のトゲをグイッと引いて抜き、コートの袖についたトゲも払い、痛みに耐えながら傷口を吸い、ウンクワンクの方をまた見た。唯一トゲのない鼻のところを小枝でつつきながら、「自分のせいだな」とつぶやいていた。

 

 ウンクワンクの方は、今起きたことをすぐに忘れてしまったようだった。からだを解くと、丘のふもとをぶらぶらし、トゲを伸ばし、それを鳴らしながら歩きはじめた。この森にはいかなる敵も探索好きの人間もいなかったかのように。

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