Photograph by eopath (CC BY-NC-ND 2.0)

Shillong, India, December 17, 2009


 この言葉をどうやって説明したものか。
 カ・クティエン。
 言ってみて。声に出して。カ・クティエン。まずノドの奥から鋭く短く音を吐き出す。それから舌をもちあげ、舌の先と歯をうまくからませる。
 ぼくが言いたいのは、これは紙の上に固定されたものとは違う、ということ。ひとたび印刷されると、言葉は弱々しく、力を失う。あるべき姿であろうとしてもがき、インクと文字と余白のはざまで闘うことになる。話される言葉、文字になっていない、記録されない言葉。古くは、最初の火としての言葉、ここの人はそう言う。山から山へとさまよい、炉端をめぐり、雨として落ちてくる言葉。
 ぼくら、歴史をきざむ文字をもたない者は、言葉を音楽やマントラと結びつけてきた。つらなる音がついには老いて枯れ、消えてなくなるまで、繰り返されてきた。その言葉が忘れ去られ、沈黙がやってくるまで、繰り返された。
 跡を残さないものを、どうやってぼくは説明したらいい? 悪事にとっては、完璧な武器となる。松の花粉よりも軽く、跡を追えない。そしてどこからともなく醜いもの、美しいもの、恐ろしいものを魔法のように呼び出す。
 けっきょくのところ、あらゆるものと同じように、はかりしれない。それをどうやって説明したらいい?
 いちばんいいのは、多分、昔みんながやっていたように、お話をすることだろう。

 

 ぼくは言葉というものをずっと前に学んだ。まだ幼くて、十三回分の冬しか知らなかった頃のこと。その頃はとても寒くて、霜が屋根の上や畑におりて、雪のようだった。でもそれは、ビラティ*の男たちが言っていたことで、ぼくらは生涯、雪というものを見たことがなかった。ビラティの男たちは、サーヒブ・ジョーンズ(ジョーンズ様)の家の門のところで、火を焚いて集まって、海の向こうの遠い故郷のことを話していた。よく燃えるように、ぼくは薪や炭をそこに運んでいたが、話を盗み聞きもしていた。男たちにとって、ぼくのような色の黒い、みすぼらしい服にボロ布をまとった洟垂れ小僧は、関心外だった。ビラティの男たちは、聞いたこともない土地のことを話していた。そういう場所の名前は、川でつかまえようとして失敗した小さな銀色のドウスリみたいに、記憶から滑り落ちていった。ときどきぼくは、波うつ丘がつらなる土地のことを、藁葺きの小屋を、道端に咲いているティェウクラウみたいに色の白い女の人たちを想像してみた。ビラティの男たちは、ぼくらがほとんど目にしたことのない、ここの地主の土地や茶園を守るためにやって来たのだ。この男たちの存在で、ポムレングの村の暮らしはすっかり変わってしまった。

 

 それは1850年代のことで、ポムレングはその当時、どんな地図にも載っていないような、小さな染みのような存在だった。村は手のひらくらいの草地に立つ、五十の小屋からなる集落だった。深くてゆっくり流れる川に縁どられていたけれど、川の水は最後にはけわしい崖っぷちから下になだれ落ちていた。シロン(当時はラバンと呼ばれていた)の町は、森に囲まれた丘や人里離れた荒れ地を縫って、田舎道を一日じゅう馬車に乗ってガタガタと揺られ、何キロも走った先にあった。ここの人は、ごくたまに親戚を訪ねていったり、大きな市場まで出かけていく他は、あまり村の外に出ていくことがなかった。ポムレングでは特別なことは何も起きたことがない。静かな暮らしで、季節とともに種を蒔き、収穫することで時が刻まれていた。そういう暮らしをしていたから、バングラディッシュのシレットから判事がやってきて、ぼくらの村のそばに広い土地を買い、そこに茶園とすごい豪邸を建てると聞いて、みんなは興奮の渦に巻き込まれた。「天井は木の高さくらいあるそうだ」などと言われていた。「ソーラからマウを、床に敷くために運び込んだらしい」 部屋が百もあって、召使いが百人いるらしい、とか。最終的にわかったのは、豪邸は丘の上に立つ粗末な石灰壁の石の家でしかなく、小さな小屋が一つと納屋が数個、それに馬屋が斜面をおりたところにある、ということだった。それでもぼくらはがっかりなどしなかった。そこは今まで見たことのないような大きな屋敷だったから。判事は家族をつれて、モンスーンの終わり頃に休暇でやってきて、すぐに帰ってしまったけれど、あとに雇い兵の一団と馬を残していった。その敷地は、トマス・ジョーンズという名の宣教師が管理していて、噂では、ソーラの悪漢ビラティ商人から逃れてきたと言う。それは宣教師がそこの村人に、その男の売るものの値段を疑ったほうがいいと言ったため、商人からつるし上げをくわされそうになったからだ。それが本当なのかぼくらにはわからなかったけれど、サーヒブ・ジョーンズ(ジョーンズ様)は絶えず何かを恐れているように見え、その陰気な顔は大根のように青白かった。律儀に茶畑や広い庭を視察して歩き、働く男たちや馬を見まわってはいたけれど、不安そうな様子がいつも漂っていた。

 

 ぼくの母さんはまだ若く、ジョーンズ様の妻であるグレタ奥様の召使いとして働いていた。それでぼくも、家のことや敷地内の雑用や使い走りとして、雇われることになった。ぼくは平気だった。ぼくの家族は少しでも余分のお金が必要だったから。ぼくの父さんはある晩、酔って暴れてどこかに行ってしまい、母さんと五人の子どもを置いたまま戻らなかった。ぼくはかなり一生懸命働いた。いつの日にか、ポムレングを出てシロンに行くという野心があったからだ。できれば母さんと兄弟も連れていきたい。わずかばかりのお金を古いソックスに入れて、寝床の下に隠していた。ぼくは毎朝、よろい戸の外で夜が明けて、山々が乳白色の光に満ちる頃、寝床からはい出して、ジョーンズ様の母屋の隣りにある石造りの台所棟に向かう。そこでは母さんがすすのついた大きなやかんで、上等な紅茶の準備をしていた。ぼくはお盆にティーカップを乗せて、男たちのところに持っていく。最初に、門のところで夜番をしていた者たちに、それから他の者たちにお茶を配って歩く。少しして、その男たちのことをよく知るようになった。パットは熊のように大きな男。ロジャーは燃えるような赤い髪の男。トロッターはがっしりとした赤ら顔の男で、ここで一番の大声の持ち主。そしていちばん大事なサーヒブ・サム(サム様)。お茶の碗を渡すとき、ぼくにありがとうと言ってくれる唯一の人だ。この人たちの肌の色やガラス玉みたいな目の色、話す言葉の不思議な響きに、ぼくは目を見張った。発している匂いでさえ、ぼくが思うには、ここの人とは違っていた。なんでこの人たちは、故郷や家族を捨てて、こんな寒くてぬかるんで、たいして興味もそそられない土地を守るためにやって来たのだろう、と不思議に思う。けれどもここの村長ママ・サインはこう言っていた。銃でぼくらを統治しているのはビラティの男たちであり、それゆえここはあの人たちの領地なのだ、と。それに、と村長はつけ加えて、やつらはおそらくサーヒブ・ジョーンズのように逃亡者で、人里離れたポムレングを隠れ家としている、と言った。トロッターやパットやほかの男たちが犯罪者だったとしても、ぼくは驚かない。この男たちは乱暴で、口汚く、日を追うごとに好き勝手にもの言い、攻撃的になっている。男たちが茶園で働く人をムチで打っているところや、馬で足蹴りにしているところを見たことがある。
 「そら、歩け、このろくでなしが」と男たちは声を上げていた。「骨から肉をはぎとる前に、とっとと働け」 

 

 ぼくは男たちが恐いし、できるだけ近寄らないようにしている。ぼくは小さいし取るに足りない存在だから、気づかれずにそばを行き過ぎることは、それほど難しいことではなかった。ぼくはうまくやっていた。でもある朝のこと、お茶の盆を運んでいるときつまずいて、トロッターのひざの上に、熱いお茶をこぼしてしまった。
 「このボケが」とトロッターはすわっていたムーラから飛び上がり、ぼくを怒鳴りつけた。そしてぼくの耳をバチンと強く打ったので、ぼくは血を流して地面に倒れ込んだ。トロッターはさらにぼくを打とうとしたけれど、そのとき、泥で汚れたブーツの足が、ぼくの目の前に現れた。
 「許してやれよ、トロッター、わざとじゃないんだから」 そう言ったのはサーヒブ・サムだった。
 「オレの玉が大やけどだよ、このチビガキのせいでな」
 「そりゃよかった、トロッター。おまえには玉がないんじゃないかと、心配してたんだよ」
 笑い声が起こり、トロッターの激怒する声をかき消した。
 「ぼうや、だいじょうぶかい?」 きれいな青い目がぼくを覗き込んでいた。サーヒブ・サムはぼくの方にかがんで、肩に手をかけた。ぼくはうなずいたけれど、恐くて口がきけなくて、立ち上がるやいなや、草原で動物に追いかけられたみたいに走り出した。
 それからというもの、ぼくはサーヒブ・サムにはいちばん大きな茶碗でお茶を出し、夕飯には肉の上等なところを、デザートには市場で買ってきたいちばんおいしいプ・クレインの菓子を、そして夜番のときは太くてよく乾いた薪を差し出した。この一団の長として、きっとトロッターに警告をしたのだろう。ぼくがトロッターのそばを通るとき、口でいやなことを投げかけてくる他は、赤ら顔のブタはぼくに手出ししなかった。

 

 だいたいのときは、ぼくらとビラティの男たちは友好的に過ごした。それはビラティの男たちがぼくらに無関心だったからで、またぼくらの方も、畏怖の念と警戒心のようなものをもっていた。ビラティの男たちは茶園の中にいることが多く、馬の世話やしつけを日々こなし、ぼくらの方は村の中かその周辺にとどまり、市場に出すものの用意をしたり、アーチェリー大会に参加したり、こつこつと畑を耕して、ポムレングの固くて赤い土から、なんとか日々暮らしていこうとしていた。やっかいなことが起きはじめたのは、ビラティの雇い兵たちが村に来るようになってからのことだと思う。敷地内にいるとき、男たちが仕事やこの土地や毎日の暮らしに、あきあきしていると話しているのを聞いていた。特別やることもなく、出かけていく場所もない。ジョーンズ様は、公明正大ではあったけれど、派手なお祭り騒ぎには眉をひそめたので、男たちはシロンまで遊びにいくことをあまり許されていなかった。辛く厳しい生活を男たちが送っていたわけではない。まったくそんな風ではなかった。二、三度、飼っていた牛がトラに連れ去られたことがあったくらいで、それ以外には危険な侵入者や犯罪はなかった。退屈でおもしろくない生活だったのだ。男たちは市場に顔を出すようになり、物売りたちを値切っていじめ、ときにお金を払うことなく商品を持ち去った。サーヒブ・サムやその仲間たちはそんなことをしていないと、ぼくは知っていたけれど、男たちをよく知らない村人のあいだで、不満を言うものが出てきた。「あいつらはいつ、ここを出ていくんだ?」「わたしらからものを盗んで、いったい自分をなんだとおもっている」

 

 男たちが会ってポーカーをしたりする店は、この村ただ一つの中央通りの端にある、バー・ルメンのジャドー*を食べさせる屋台だった。お茶を出す他に、その店には地元産のキアドという米からつくった透明で強い酒も出していた。その酒をビラティの男たちは、おおいに楽しんでいた。最初、店主は「あいつらは水みたいに酒を飲む。いい商売になる」と言っていたが、それは喧嘩騒ぎが頻発し、食べものや飲みものを掛け買いしたり、困った女たち(母さんがそう呼んでいた)があたりに現われはじめるまでのことだった。女のひとたちは、ぼくから見れば、陽気でくだけていて、あけっぴろげに笑ってと、別に問題はなかった。小遣い稼ぎにぼくがジャドーの店を手伝っているとき、男たちが女の子を呼びよせて、値段を交渉し、兵舎に消えていくところを見ることがあった。
 「売春宿ならラバンにある、オレの店でやるな」と、バー・ルメンが文句を言うと、ママ・サインがこう勧める。血気盛んな若い男にとって、遠すぎて町まではもたない。娼婦たちから手数料を取ってはどうだ。こんな噂も聞いた。トロッターといっしょにいるワルたちではないかと思うけど、畑や水汲みから戻ってくる村の女たちを、馬に乗せて連れ去っていると。ぼくが会うのを楽しみにしているサーヒブ・サムはといえば、ある一人の女性に心を寄せていた。それはバー・ルメンの長女のハフィダで、滑らかな肌に輝く瞳、ひざまで届くとても長い髪の美しい女の子。ハフィダはサーヒブ・サムのところに、食べものやお茶を恥ずかしそうに運ぶ。サーヒブ・サムは覚えたてのカシ語でなんとか会話をしようとした。でもあとでわかったことだけれど、じっと見つめたり、手をふれたりすることの意味を理解するのに、言葉は必要ない。バー・ルメンが許してくれないことには、サーヒブ・サムはどうしようもなく、せいぜいママ・サインかそのあたりにいるものに不満を言いながら、タマネギをつついたり、黄色い米粒の入った鉢をかき混ぜるしかない。
 「ここに来るよそ者たちは、どう思ってるんだか。あいつはオレの娘を妊娠させて、こっちには混血児が残される。そういうことがよくあると聞いてる。あちこちで、白い肌に青い目の小さなガキが走りまわってるとな」

 

 バー・ルメンや村人たちがじょじょに腹立たしさを募らせているとき、サーヒブ・サムとハフィダは自分たちの外の世界には無関心で、午後のお茶と夜のどんちゃん騒ぎの合間を見つけては、毎日会っていた。ときどきぼくは、二人が散歩に行くのを見かけたけれど、すぐ後ろに近寄っても、二人が会話をしている声は聞こえなかった。二人はゆっくりと川辺を歩き、谷間が夕闇につつまれ、まわりの山々が黒みを帯びてくると、滝の方へ向かっていった。そこに着くと、ふたりは大きな岩の上にすわり、ハフィダの長い髪が地面に滑り落ちた。サーヒブ・サムはその髪をそっと持ちあげて集め、ハフィダのひざに置いた。あるいはそばに咲いているティェウクラウを引き抜いて、ハフィダの髪に挿した。二人は最初おずおずとキスをしていたけれど、突然嵐が起きたような性急さに変わり、まるで時間もまわりの世界もどこかにいってしまったみたいだった。近くで水浴びをしていた子どもたちは、薮の中から口笛を鳴らし、二人に向けてパチンコで石の雨を降らせた。
 「エイ、サヒブ・ビラト、クビー、ノー」 子どもたちが叫び、ハフィダが顔を赤く染めた。ハフィダは子どもたちがなんと言ったか、サーヒブ・サムに教えようとしなかったけれど、想像はついていたのだと思う。「こら、ひっぱたくぞ」と返していたから。

 

 村人と雇い兵たちの間が限界点に達したときも、この二人にはなんの影も落とさなかった。市場のあった日のこと、トロッターが金を払わずに、トウモロコシを一束もって立ち去ろうとした。それで一人の農夫がトロッターのブーツにつばを吐きかけた。
 「おまえ、いま何をした?」 赤ら顔のブタが声をあげた。
 「あんたは泥棒だ」とカシ語で農夫が言った。「玉なしのぬすっとだ」
 とういうようなことを言った。こういうときの言い方はいろいろある。どう言ったかに関係なく、トロッターは考えなしに仕返しをやったに違いない、と思う。その農夫はトロッターの馬に縛りつけられ、一日じゅう引きずりまわされた。解放されたときは、農夫のからだは血と泥でかたまり、皮膚はわらやおがくずで擦りきれていた。農夫は夜を待たずに死んだ。

 

 ママ・サインの小屋で村の集会が開かれ、炉のまわりにみんなが集まった。赤く燃える火のそばに、木のソロンが立っていて、その中にはいつも水が満たされていた。ぼくの村では、未来を予言すると信じられているものだ。水の高さが高くなれば、豊作になる、というような。でも今は、誰ひとりその水差しに目をやるものはいなかった。話し合わなければならない、悲惨なことがあったからだ。ぼくはそこで火の世話をし、踏みにじられた魂を元気づけるために、キアド酒入りのお茶をみんなに出していた。秘められた反逆の気持ちが、部屋にいる人々の間をめぐった。一人の若者は怒りをもう押さえることができなかった。「放っておくわけにはいかない」 そう激しい口調で言った。

 

 ママ・サインはその目に炎をたぎらせ、だまってお茶をすすっていた。そのまわりで怒りと悲嘆の声があがった。どれだけ酷いことをビラティの男たちはしたのか(ぼくは、ビラティの中の何人かは、と訂正したかった)、あいつらは罰せられるべきだ、この土地から追い出されるべきだ、村の者はあいつらと戦う、よそ者がこれまでやった悪事に対して、仕返しをするんだ。
 やっとママ・サインが口を開いた。「われわれは何で戦う?」
 あたりは沈黙につつまれ、シューシュー、パチパチいう炉の音だけが聞こえていた。ビラティの雇い兵たちは銃を使うが、ぼくらはただ刀を振りまわし、木の矢を放つことしかできない。
 「われわれにはやつらに対抗できるだけの人数がいる」と一人が叫んだ。「あいつらの銃なんてなんだ、身ひとつでも数であいつらを倒せるさ」
 そうだそうだと合唱する声が部屋に満ちた。
 ママ・サインは首を振った。「われわれはたくさんの村人を失うだろう。自分の兄弟をニワトリのように、無駄死にさせたいか?」
 ノン・クニャと呼ばれている長老が口を開くまで、議論は一時間ちかく続いた。長老は部屋の隅にすわって、黙って話の進行を見守っていた。「ランバー」と小さな声で言い、「われわれは言葉であいつらと戦うことができる」と続けた。
 ウソだろうというため息と笑いが人々からもれた。長老は顔色ひとつ変えず、黙ってすわっていた。銀色の髭が炉の火を浴びていた。その顔はしわが刻まれ年老いてはいたけれど、誇りに満ち毅然としていた。ママ・サインがうなずいて、そこにいる村人を見まわした。「われわれには一つ武器がある。頼りないように見えるかもしれないが、それはクティエンの力、言葉の力だ。われわれの最後の頼みの綱だ。なぜクティエンなのか、それは相手に自分を守る機会を与えもせずに、戦うのは恥ずべきことだからだ」
 「そういうことだ」と長老。「あいつらを襲うようなことはすまい」
 「それでどうするんだ?」と言ったのは、炉にいちばん近いところにすわっていた男だった。あの死んだ農夫の息子の弟の方だと、ぼくは気づいた。「あいつらは父ジムマンを殺した。あいつらをやっつける必要がある」
 長老が頭を振った。「あいつらを無力にする別の方法がある」

 

 その晩遅く、弟たちを寝かせてから、母さんとぼくは小さな炭火のチュラで手を暖めていた。ノン・クニャはどういう人なのか、あの人が言ったクティエンとは何なのか、母さんに訊ねた。母さんは疲れた顔をしていたが、ぼくを見て微笑んだ。「あの人はコトバを司る人。儀式をおこない、神々と会話する人。メムサーヒブ(ジョーンズ様の妻)がわたしに読むこと、書くことを教えたいって、『アルファベット』と呼んでるものだけれど、ジョーンズ様がわたしらの言葉を表わすために考案したものなんだって。メムサーヒブ(奥様)にこうお話ししたよ、わたしたちにはそういうものは必要ないってね。本とか、手紙とか、何か書いたものはね。わたしらがこの世界を知るのにいるものは、ここの言葉の音なんだ、キ・クティエンなんだってね。何かするときに力をもつものだから、、、」
 「どんな風に?」 ぼくはさえぎった。母さんがこういうことを話すのを見たことがなかった。母さんはいつもとても忙しく、一日の終わりには疲れきっていることがよくあった。「おまえのおじいちゃんみたいにね」と母さん。「マントラを唱えて人を癒すことができる。そう、覚えているのは、竹を割っているときに手を切ってしまったことがあって。するとおじいちゃんがわたしの手をもって、傷口に何か言葉をかけた。そうしたら血が止まったんだよ。村の人たちは、ノドに魚の骨がささると、やって来たよ。おじいちゃんは声をあげて祈り、ノドのところを油と灰でこすった。そうしたら骨はなくなった。おじいちゃんは言っていたよ、お腹の空いた旅人が唱える祈りがあって、それをすると目の前に動物があらわれて、それで旅人は食料を手にできる。きれいな水が流れる川や実のなる木を見つけることもできる」
 チュラの薪が消えかけていた。もう長いことここには居られないと、ぼくはわかった。
 「でも、人を傷つけるためにも、使えるの?」
 母さんがうなずいた。
 「ノン・クニャとママ・サインがビラティの男たちにやろうとしてるのは、それなのかな? 男たち全員に?」
 母さんはチュラのそばを立って離れた。「ノン・クニャがどんなマントラを知ってるかなんて、誰にもわからないし、、、」

 

 それからの何日間か、ぼくはそわそわと落ちつかず、気もそぞろだった。ぎらつく太陽と冷たい秋雨に交互に彩られながら、時間が奇妙な感覚で過ぎていった。ぼくは神経を高ぶらせ、何かが起きるのを待っている気分だった。ほかの村人たちも、畑に出かけていくとき、物売りを始めるとき、ぼくと同じように不安な様子だった。人々はひそひそ声で、タバコをくゆらせながら、お茶を飲みながら、その話ばかりしていたが、長老たちが何をやろうとしているのか、知る者はいなかった。ぼくはできるだけ、雇い兵から(なかでもサーヒブ・サムには)目を離さないようにしていた。目立たないように、こっそりあとをついてまわった。ある日の午後、ビラティの男たちは丘のふもとの草地で馬の調教をしていた。少ししたら、お昼になって、馬を連れて馬屋にもどるはずだ。ぼくは母さんの手伝いで、洗濯物を干していた。ぼくは男たちの方をちらちらと見ていた。いつ男たちはバタリと死ぬのか。いつ病気になって寝込むのか。何が起こるとしても、ぼくにはしなければならないことがある、そう思った。サーヒブ・サムに教えなければ。シーツを絞り終えると、できるだけ目につかないように、門から出て草地に向かい、サーヒブ・サムを探した。少しして、そこにはいないことがわかった。もう何か起こったあとなのだろうか? 胸がドクドクいっているのを感じた。ぼくは間に合わなかったにちがいない。と、あの人はこの時間は、いつもジョーンズ様に会いに行き、昼の時間まで兵舎にいることを思い出した。ぼくは丘をかけのぼり、めんどりやヒヨコたちを蹴散らしながら、石づくりの長い兵舎まで走っていった。ホッとしたことには、サーヒブ・サムはベランダにすわってタバコを吸い、本を読んでいた。ぼくは忍び寄って、こちらに気づくのを待った。
 「おや、ぼうず、どうした」 サーヒブ・サムの目は、ぼくの村の四月の空の色をしていた。
 言おうとしていたことが、急にバカバカしいことのように思えてきた。何を言ったらいいものか。
 二人の年寄りが、ここの連隊全員を殺そうと企んでいるとでも? でもいったいどうやって? マントラを唱えて? サーヒブ・サムはぼくが何を言い出すか、期待して待っていた。ここに来た理由を何か言わねば。
 「どうした、だいじょうぶかい?」
 「村の人たちが、、、バー・ジムマンのことで怒っていて」 サーヒブ・サムがぼくのカシ語を理解してくれることを願って、そう言った。サーヒブ・サムは眉をしかめたけれど、表情から理解しはじめたのがわかった。
 「何が起きたか、ぼくも聞いた。酷いことだと、、、」
 「村の人たちはあなたたちを襲おうとしてます」 ぼくは言葉をさえぎった。「お願い、気をつけて」
 そう言うと、ひざの上に本を開いたままぼくを見つめているサーヒブ・サムをおいて、そこから逃げ出した。

 

 それでもなお、これから起こることへの警告がちゃんと、サーヒブ・サムや仲間の兵士たちに届いたとは思えなかった。それは村の人々も含めたみんなの前で、不意打ちを食らうような形で起きた。ノン・クニャが約束したように、そのマントラはビラティの男たちに危害を与えるものではなかった。が、それ以上に酷いことだった。村の会合があってから二週間後のことだった。村の多くの人が、長老たちの仕返しをあきらめかけた頃のことで、村の若い衆はそれにがまんできず、兵舎に忍び込んで、眠っている男たちのノドを切り裂こうとしている、という噂がたっていた。その午後、ことはトロッターの馬が馬屋にもどることを拒んだことで始まった。トロッターはムチを使い声をあげて、馬を従わせようとした。馬屋の中では、ブラシをかけられていた馬たちが、妙にそわそわと落ちつかなくなり、尻尾を振りたて、鼻を鳴らし、耳をそばだてるようにピンと立てていた。そして仕切りの中でイライラとからだの向きを変え、干し草を踏みつけ、壁を蹴りつけた。ビラティの男たちが、馬に向かって(それから互いに対しても)「落ちつけ、ほら、落ちつくんだ」、と声をあげているのが聞こえてきた。すぐに馬は暴れて抑えられないほどになり(後ろ足で立ちあがり、いなないて)、歯をむきだし、主人を蹴りあげ、床に振りはらい踏みつけにした。激しい狂気が馬たちを襲っていた。荒々しく白目をむいて、強烈な恐怖をたたえ、男たちを引きずったまま、出口に向かってめくらめっぽう駆け出した。ぼくは馬たちが丘を駆けおりていくのを、荒れ狂った馬の一団がからだから湯気を出し、たてがみをなびかせ走っていくのを見た。人々は脇によけようとしたけれど、逃げるのが遅くて馬のひづめに押しつぶされた者もいた。その人たちは悲鳴をあげる間もなかった。馬たちはひとたび村の外に出ると、川に沿って道を走っていった。その道はサーヒブ・サムとハフィダが、夕べによく歩いた道だった。馬たちは一直線に滝に向かい、ポンと飛んで宙を舞ったと思うと、しぶきの中に消えた。滝壺は一週間、血の色に染まった。

 

 「まるで馬たちは悪魔にでも取り憑かれているみたいだったよ」とビラティの男たちはあとになって、傷の手当をジョーンズ様にしてもらいながら言った。ぼくはジョーンズ様のあとを、きれいな布と薬を乗せたトレーをもって歩いた。「馬たちはまったくどうにもならない状態だった」 誰もがあんなものは見たことがない、と言った。馬とずっと働き暮らしてきた兵士たちにとってさえ、なのだ。「いやな前兆だ」 ぼくはジョーンズ様がそう言うのを聞いた。

 

 その夜、キャンプでは火がいつもより明るくいつまでも焚かれていた。夜の闇を押しやろうとしているみたいだった。あたりは恐怖でぴりぴりしていた。寝る者はいなかった。兵士たちは火があっても寒いのか、不安げにかたまって腰をおろし、それで少し落ちつくと酒を飲み、海を隔てた故郷、イギリスのことを話した。ノン・クニャは正しかった。この男たちを無力にするこんな方法があったのだ。

 

 その後、隊の分裂がじょじょに始まった。この場所は呪われている、次は自分たちが狂って滝に身を投げる番だと信じ、兵舎を逃げ出す男たちがいた。何人かは、地酒のキアドを飲み過ぎて命を落とした。ジョーンズ様は、以前に兵士たちが馬を訓練していた草地の隅に男たちを埋め、墓には木の十字が立てられ名前が刻まれた。二、三ヵ月して、ソーラのヤクザな商人に雇われたならず者が、ジョーンズ様の居場所を探して、ボムレングにやってきたという噂が流れた。ジョーンズ様はある朝、逃げるようにして、夜が開ける前にグワハティに向かった。ある者はジョーンズ様は逃げおおせたといい、ある者はカルカッタに向かう蒸気機関車の中で、マラリアにかかって死んだに違いないと言った。二週間後、奥様もあとを追ったので、ぼくの母さんは召使いの仕事を失い、他の使用人も同様だった。そこを守る者はもういなかった。サーヒブ・サムはとどまる理由などなかったが、一番最後まで残っていた。馬の暴走があった日、ぼくらは修羅場となった道の真ん中で、ハフィダがいるのを見つけた。ハフィダは川から水を汲んで戻るところだったのだろう。ハフィダの顔は、誰か見分けがつかないほど踏みつけにされた。でもぼくらには、泥まみれになった長い髪からハフィダだとわかった。

 

 サーヒブ・サムは発つ前、滝まで散歩にでかけた。ぼくは悪いことが起こるのではないかと、あとを追った。サーヒブ・サムは長いことそこに立っていた。ぼくは薮の陰から、心配して見守っていた。この人の悲しみに、ぼくが立ち入る権利はあっただろうか。サーヒブ・サムが崖の縁に向かったとき、ぼくは隠れていたところから出ていった。ぼくはつとめて偶然のように装い、たまたまぼくも散歩に出たら、同じ場所に来てしまったというようにふるまった。ぼくの足音を聞いたのは確かだと思う。砂利の上で音をたてたから。でもサーヒブ・サムは振り返らなかった。ぼくは少し距離をとって、そばに立った。目の前の光景が、ぼくの心にくっきりと刻まれた。たとえ目を閉じても、すべてを思い出せるくらい。滝の水は、濡れた苔と長い羽のようなシダにおおわれた崖を、霧状になって滝壺に向かい、風に乗って森の中へと消えていった。滝壺のはるか向こうには、山の斜面一帯をおおう木々が、緑のカーペットのように広がっていた。
 「あの日、何があったんだ?」とサーヒブ・サムが訊いた。
 馬のことを訊かれているのか、ハフィダのことを訊かれているのか、ぼくにはわからなかった。それで黙っていた。
 サーヒブ・サムの目に光るものがあった。髪も口髭も、ボサボサでほったらかしのままだ、とぼくは気づいた。
 「あいつらは飛んでいった。あんな風にして、、、何故だ?」 サーヒブ・サムは笑った。「気の迷いか」
 ぼくはなんとかうまく、真実を告げようとした。あの落下のことを、次々に落ちていった馬たちのことを、、、
 「何かあったんじゃないのか、、、」 サーヒブ・サムは頭をふって、ぼくの言葉をさえぎった。「それを何ていうのか、知ってるか、ぼうず。君たちの言葉でだ」
 「何のことですか、だんな様」 サーヒブ・サムはクティエンのことを、マントラを知っていたのだろうか。
 「これだよ」 そう言って目の前をさした。「言葉にするのは難しい、、、虚空に誘われるって言うだろう、、、高いところに立って下を見おろしたとき、引きずられるように感じる。飛び込みたくなるような、、、」
 「いいえ。そうは思いません。あなたはそう思いますか?」
 サーヒブ・サムは頭をふった。「わからない、言葉にできないものの正体は」 サーヒブ・サムは、しばらくそこに立ちつくし、それからきびすを返して去っていった。

 

 今やポムレングには誰も住んでいない。一人、また一人と、荷物をまとめ、村から出ていった。人々が言うには、季節はいつもどおりやって来るのに、何かたたりでもあるのか、来る年も来る年も実りがない。炉端に置かれたソロンの水は、半分までも上がらない。バー・ルメンはハフィダのことで嘆き悲しみ、あの日家族を失った者たちとともに、一番に村を出ていった。バー・ルメンは、あんなことをした長老たちを絶対に許さない、娘を失うことより悪いことなどない、と言った。母さんとぼくも、二人のお金と持ち物をかき集めて、シロンへと旅立った。母さんはあるお屋敷で仕事を見つけ、ぼくはラバン市場のジャドーの屋台で働いた。聞いたところでは、ママ・サインはソーラの親戚の家で亡くなったとか。ノン・クニャがどうなったか、ぼくは知らない。世の中が変化し、不思議なことが減っていく中で、あの人のような存在はほとんど見なくなった。ポメロングは今では見捨てられた村となり、村の過去を映すものはほとんどない。石碑が二つ三つ荒れた丘の上に残り、野生に帰ったお茶の木が延び広がり、木づくりの兵舎と馬小屋は崩れ落ちてちりとなった。風が暴れまわり、大地も好き放題に広がり、かつての道は草地の中に埋もれた。ただ一つ残ったもの、それは止むことのない滝の響き。意味のとれない、不変の言葉。

​(日本語訳:だいこくかずえ )


注釈:
ビラティ=イギリス(元はウルドゥ語で離れた土地を意味する言葉だったが、インドの植民地時代に、Blighty と英語でなまり、イギリスの意味でつかわれた)

 

ジャドーは、米と豚肉をつかったインド北東部メガラヤ州カシ族の食べもの。風味に特徴があり、オイルをあまり使わないことで知られる。

 

屋敷を管理していた宣教師のトマス・ジョーンズ(ジョーンズ様)は、実在の人物のよう(1810年ー1949年)。ウェールズ出身の宣教師で、ローマ字によりカシ語(メガラヤ州のカシの人々の言葉)の表記を生み出した人として知られる。商人を批判して追われ、マラリアで死んだとも伝えられている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Jones_(missionary)


日本語訳:だいこくかずえ

 

*旧サイト:「とり うたう あたらしい ことば/Birds Singing in New Englishes」​からのピックアップ
(英語で書かれたストーリー / English language story 2011 - 2013)

「馬の滝」(原題:A Waterfall of Horses)は、短編集 "Boats on Land: A Collection of Short Stories" (Random House, India, 2012)に収録されています。この本は2013年度のフランク・オコナー賞の候補作品です。

 
 

Janice Pariat | ジャニス・パリアット

ジャニス・パリアットはインドのシロン出身の作家。詩や小説などの創作の他、アートや文化に関する評論が、インド国内の雑誌や新聞で広く発表されている。ジャニスはオンライン文学ジャーナル「Pyrta」の編集に関わっており、町を歩いて物語を見つける日々を送っている。短編集「Boats on Land: A Collection of Short Stories」が2012年10月、ランダムハウス・インドから出版された。この本により、2013年度のフランク・オコナー賞の候補となっている。ジャニスはイギリスとデリーの二ヵ所を拠点として活動している。

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