小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

危機一髪~再会 [ 35 - 36 ]

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35

 

 ルフェーブルは危険を犯しても、思い切った一手を打つことを考えていました。ルフェーブルがモーリス・ラヴェルのエイジェントになるのを諦めて間もなく、アンジェの町を見てまわったところ、この作曲家がいることがわかりました。フランス文化大臣(ジャン・ド・ヴァリエ閣下)に、ラヴェルの身の安全と引き換えに、身代金を要求しようとしていました。また、モーリス・ラヴェルを無事戻すことと自分への保証(最初にサハラ砂漠のチャドで、それからアフリカの南東海岸にあるマダガスカル島で、残りの生涯を悠々自適に暮らせること)を要求しようとしていました。その日の午後、ラヴェルが現れたアンジェの波止場から10キロ弱上流の、エドモンド・ドレイファスが停泊しているところに、使いにやったスパイが戻ってきました。ラヴェルは仲良しのカメと、町を歩きまわっている、そして何度か店でものを買っている、そう伝えました。4時少し前には、ナント行きの定期船に乗る予定だ、と。

 

 ずる賢いルフェーブルは、これを聞いてよだれを流さんばかりでした。「よっしゃ、待ってました、これだこれだ」 ルフェーブルは欠けた前歯の間から、シューシューと言葉を放ちました。この歯のせいでものを食べにくいだろうに、不平を言ったことがありません。アイスクリームの最後の一口をさらうときにも我慢強く、トゥーロンの町で厳しい子ども時代を過ごしたせいで、黒猫の集団以上に陰険で強欲な性格の持ち主になりました。(トゥーロンで洗濯婦の母、波止場をうろついて何かくすねてくる父の間で生まれ、子ども時代はひどい貧乏でした。両親はどちらも若いうちに惨めな死に方をしました。母は衰弱死、父はマルタ島の漁師とカードをやっていて喧嘩になり、ナイフで切りつけられたせいで死にました) 

 

 「カルデロンのあとをつけて、暗くなるのを待つんだ。それから船にこっそり乗り込んで、誰にも守られてない、あの小さなプラムの実を枝からむしり取る」 ルフェーブルは仲間にそのように告げました。

 

 その夜、7時をまわったころ、川面を闇がつつみ、カルデロンの白い船体の三つのデッキに灯りがともったとき、ルフェーブルはエドモンド・ドレファスの舵をきり、カルデロンの脇につけました。その歯の間には、キラリと光る短剣、手には古式の単発ピストルが握られていました。流血騒ぎは避けたいと思っていましたが、ルフェーブルはラヴェルが船のどこにいるのかさえ、知りませんでした。探し出すために、すべての乗客を部屋から追い出す必要があるのならそうしたでしょう。ルフェーブルは時間を無駄にしたくありませんでした。この何日間というもの、あのチビの作曲家にどれほど価値があるのかは明らかになっていましたし、身代金要求によって、大金が手に入ることは明らかでした。

 

 「いまだ!」 ルフェーブルはささやき、先頭にルフェーブル、その後に(アメリカの大衆誌を真似て)水玉模様のバンダナで口をおおったスクラドゥがつづき、その後に睨みの利いた狡猾な三毛猫ムースがつづいて、船のへりを越えていきました。ムースは直前に前足の爪をやすりで丹念に研いでいました。ハンモックは後部甲板の後ろの方にあり、この悪者3人組は乗船後ものの数分のうちに、積荷デッキからそこまでやって来ました。どのハンモックも人が寝ていました。マスチフ犬のように歯をむき出したルフェーブルが現れたとき、ラヴェルはスヤスヤと眠っていました。ルフェーブルはハンモックの間を歩いていき、結わえてあるロープを切っていきました。ハンモックの中にいた人はモーリスを含め、デッキの床に転げ落ちました。

 

 モーリスはドスンと床に打ちつけられて、目を覚ましました。そしてステッキを探し、あわてて立ち上がりました。ルフェーブルはハンモックに寝ている人の顔を、灯りで照らしていきました。モーリスはその顔を見たとたん、血が凍る思いでした。

 

「ああ、親愛なる先生、またお会いできましたね」 ルフェーブルがのどを鳴らしました。

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 モーリスはステッキから短剣を抜きとり、鞘を放り投げました。そしてハンモックから離れ、デッキの後ろの方へと跳びはねていきました。貨物倉の持ち上げられたフタの方へと進み、そこに登って、敵に顔を向けました。そのときには、船の乗客が声を上げて騒ぎはじめていました。下のカジノで遊んでいた博打うちたちが、短剣やピストルを手に姿を現しました。船橋では船長がカルデロンをおおう混乱をびっくりして見ていました。船長は舵取りにスピードを緩め、船首を上流に向けるよう言いました。「いったいこれは何だ?」 船長が口にしました。「何が起きてるんだ?」

 

 「海賊ですよ、船長」 舵取りがおびえた声で返しました。

 「だけど、今は20世紀だぞ。もう海賊なんかいないだろう」と船長。

 

 一方、貨物倉のフタのまわりで跳ねまわっていたラヴェルは、小さな短剣でルフェーブルの攻撃をなんとか免れていました。ルフェーブルは、女性のようなモーリスよりずっとからだが大きく、頑丈で、パワフルで、武器の扱いに長けていました。しかしモーリスは勇敢にやり返していました。人生には譲れない一線を示すべき瞬間があり、足を震わせている内なる自分に対して、威厳をもって言わなければならないことがあります。「わかった、覚悟はできた! もし必要なら、わたしは愛する者を守り、これを受けて立って死んでいく」といった。

 

 ルフェーブルはニヤリとして獲物に近づきました。この男はグサリとひと突きで勝負が決まるような、からだ中が血湧き肉躍るような瞬間が大好きでした。ムースの平べったい顔が、後部甲板の方につづくはしごの上を越えていきました。ムースを目にしたとき、モーリスの最後の望みも消滅しました。絶望的でした、それがわかりました。どうであれ、終わりです。臆病者として生きるくらいなら、男として死ぬ方がましでしょう。「フランス万歳!」 モーリスは力のかぎり大声で叫びました。「フランス万歳!」 デッキにいる騒ぎに巻き込まれた乗客たちも叫びました。撃つ宛てのない博打うちたちも、ピストルを空中に放って叫びました。

 

 ムースが耳をつんざくような金切り声をあげ、勇敢なモーリスにむかって身をひるがえして突っ込んできました。その瞬間、モーリスはルフェーブルの顔に向かって、小さな短剣を振りかざしていました。モーリスは終わった、とわかりましたが、短剣を振りまわすことをやめませんでした。

 頭の上で大きな音が聞こえました。シューーーーーーッ!!! ムースの突っ込んでくる軌道が途中でさえぎられました。カウボーイの衣装を着た怒り狂った鳥が、光るかぎ爪でぶつかってきたのです。

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 1本のかぎ爪が、驚いたムースの左耳をまともに捉えました。ムースが金切り声をあげ、カルデロンの乗客みんなが凍りつきました。その鳥はムースにずっしりとのしかかられましたが、力いっぱい羽をバタバタさせて水の上に飛びたちました。かぎ爪にはダラリとした獲物をぶらさげています。船から充分離れて、運河の中ほどの流れが速く深いところまでやってきたのを確認すると、その鳥は足を振って、死にひんしたネコをポトリと水に落としました。

 カルデロンの上では、ルフェーブルがのたうつヘビのようにシューと声をあげ、後部甲板の手すりの方へ戻っていきました。ルフェーブルは欺かれました。ひどく困惑しています。あっという間もなく、そこにあった台がひっくり返され、ルフェーブルとスクラドゥは追い詰められました。スクラドゥは階段を駆け下り、貨物デッキを走っていき、カルデロンの脇につけた荷船に飛び込みました。「ルフェーブル!」 スクラドゥが叫びました。「ルフェーブル!」

 

 後部甲板の上で、怒り心頭で短剣を振りかざすモーリスを見ていたルフェーブルが、その声を聞きました。無事に逃れたいなら、今がそのときでした。博打うちたちは銃弾を補充し、射程内に近づいていました。さらにびっくりしたのは、ネコを川に落としたさっきの鳥が、引きちぎった頭をぶら下げて、急降下しながらカルデロンの方へ最短距離で戻ってきたことでした。「クソーッ!」 欠けた歯の間から海賊ルフェーブルが叫びました。手すりを乗り越えると、砂袋を落とすようにエドモンド・ドレファスの船首に乗り移りました。

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36

 

 「アルトー!」 モーリスは大喜びで声をあげました。「わたしの大事なアルトー!」

 

 カルデロンの後部甲板に降りたったのは、やせて疲労困憊したハトのアルトーでした。がっちりとした躯体の定期船は速い流れの真ん中で静かに止まっていました。煙突からは燃える石炭の蒸気が噴出していました。エドモンド・ドレファスの姿は、かなり後方にあり、川面に小さなシミをつくっているだけです。アルトーは切られたハンモックが散らばる甲板に舞い降り、英雄として迎えられました。モーリスは大喜びでアルトーを抱きしめ、羽でおおわれたほっぺにキスをしました。「きみは死んでしまったと思った」とモーリス。「あいつらに食べられたと思ったんだ」

 

 「もうちょっとでね」 アルトーは少ししてから説明しました。船の騒ぎがおさまり、博打うちが部屋に戻り、乗務員が後部甲板のネコの後始末をしたあとのことでした。モーリスはアルトーとキャンバス地の椅子にすわり、ブランデーとキューバ葉巻を楽しみました。「あのときはほんと難儀したよ。ムースが空中で突進してきて、ぼくを真っ逆さまに撃ち落とした。ぼくは水に打ちつけられて、でも羽がびしょ濡れになる前に飛びあがった。そこから飛んでいって木の中に隠れた。あのネコはぼくをかぎ爪でひどく引っ掻いた。からだ中の毛が抜け落ちたよ。でも安全な場所に逃げて、誰にも見つからない所でじっと癒えるのを待った。それからきみのあとを追ったんだ。アンジェのはずれにいた農夫が、きみがカルデロンに乗るために町にいったんじゃないか、って教えてくれた。波止場にいたヤンニっていうカメが、きみはもう定期船に乗って出ていったと言った。ぼくは鼻がきくわけじゃないけど、なんとか下流に向かってきみを追っていった。ぼくはエドモンド・ドレファスがきみを追い詰めたとき、きみが大変なことになってるって知ったんだ。ぼくは北の土手の木のところから、ずっと見張っていた。あいつらが船に乗り込んだとき、やっつけに出たってわけさ。もう少しのところだったけどね。肩がまだ痛いんだ、ムースにやられた場所だよ。羽ばたきすると鬼みたいに痛いよ。だけどこっちは驚かせて先手を打つことができるとわかってた。だから今だっていう瞬間が来るまで、じっと待っていたのさ」

 

 「アルトー」 モーリスは飲んでいたブランデーのせいで、もぐもぐとした声をだしました。「ああ、わたしの勇敢なアルトー」

 「きみがこんな災難にあっているときに、英雄でいるのが楽しいなんてことはないよ」 アルトーが声を高めました。「ぼく、お医者に見てもらわなくちゃ」

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