小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

マエストロ歓迎 ~ 丘の上のホテル[ 37 - 38 ]

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37

 

 カルデロンがナントの波止場に入ったのは、次の朝の10時17分ごろでした。船は警棒やピストル、マシンガンにブラスナックル(メリケン)、望遠鏡付き狙撃銃をこれ見よがしに見せる、軍帽をかぶった憲兵たちに迎えられました。博打うちたちは重装備の警官を見て、やじったり、あざ笑ったり、ヒューヒューとからかいの声を出しました。「お楽しみはもう終わった、ケイカンさんよ」 白シャツをだらしなく着て、緑のバイザーをかぶったディーラーがデッキから、木の人形のようにぎっしりと波止場に整列した警官に向かって声をあげました。「夕べはどこにいたんだい? お前らにいてほしかったよ」

 

 ナントの人口の半分が、定期船の到着を迎えに出ているかのような光景でした。波止場は着飾った服の人々で埋まっていました。ウロウロする子ども、ヨロヨロする老いた親を連れた家族連れ、元気いっぱいの女の子、男の子、ペットのプードルやテリアを高価な鎖につないで自慢気に歩かせるママやパパたちが、帽子をとって互いに挨拶をかわしています。そのそばには地元の政治家たち、下は町長から上は知事まで、この機会に町の人に取り入ろうと、握手をしたり、肩をたたいたり、頬にキスをしたりしています。有名作曲家の到着は、パリ祭の盛り上がりのような、お祭り騒ぎを引き起こしていました。下流に停泊している遠洋貨物船がけたたましく警笛や霧笛を鳴らします。吹き流しや花火が空に打ち上げられました。カルデロンが停泊している波止場では、ラヴェルのお気に入りのメロディが、ブラスバンドで演奏されていましたが、当の本人にはどの曲もこの混乱と騒動の中では聞き取れませんでした。

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 「素晴らしい日ですね、そうじゃないですか、マエストロ?」 アルモン船長が人々に手を振りながら、船首に一緒に立っているモーリスとアルトーに言いました。

 「この騒ぎには、なんともびっくりですね」とモーリスは答えました。「もう驚いたとしか言いようがありません。どうやってわたしのことがわかったんでしょう?」

 「この2週間というもの、あなたはニュースの焦点だったんですよ」と船長が説明します。「あなたがフランス南西部に向かったことは知られてました。そして誘拐して、国外に連れ去ろうという不謹慎者に追われていることもね。あなたを誘拐ですって? フランス文化の至宝を? 人々はそれに憤慨してました。そんなことを起こすとは、あり得ないことです」

 

 モーリスの胸の奥が、暖かで光輝くものに満たされました。いつだって国を愛してきましたが、このときほど自分の国を誇り思ったことはありません。よその国の人たちは、モーリスの国の人が何を食べ、どんな服を着るか、話をするときの手振り身振りがどう可笑しいか、笑ったりからかったりするかもしれませんが、フランス人であることは何より素晴らしいことなのです。モーリスの目が涙で曇りました。そして群衆に向かって投げキッスをしました。

38

 

 定期船が着いた波止場から1キロもないところにある、遊歩道のそばの丘の上のホテルに着いて、モーリスは心地いい時間を過ごしていました(アルトーは痛めた肩を、ぶつかったり押されたりしたくないので空を飛びました)。モーリスは何度も何度も、興奮して騒ぐ人々に呼び止められました。その人たちはモーリスを肩に乗せて、近くのベンチとか彫像とか噴水のところまでつれていって、その口から話を聞こうとしました。ルフェーブルの企み(名曲をつくるにもピアノの一つもない場所、熱帯の島に連れ去って、大作曲家に仕事をさせようとするのをどうやってくじいたか)を説明させようとしました。ホテルに着いたときには、モーリスはすっかり疲れ果てていました。その声はサンドペーパーのようにガサガサでした。アンジェで買ったカーキ色の上下は、人々の手で触られて、汚れてシワだらけでした。ホテルの部屋に入り、バルコニーにアルトーがいるのを見て、モーリスはほっとしました。アルトーはカラフルなつば付きカウボーイ・ハットをかぶり、赤いバンダナ、革のベスト、毛のズボン姿でした。無表情なハトの顔が、くつろいで見えました。

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 「さてと、次はなにを?」 アルトーが聞きました。

 「まずは昼寝だ」とモーリス。「それから後のことは考えよう」

 ネクタイもゆるめず、靴もぬがず、モーリスはベッドにうつ伏せになって心地よいまどろみの中へ、夢もみない深い眠りに落ちていきました。

 

 3、4時間後に目が覚めると、アルトーの姿がなく、革のカバン(船の誰かがホテルまで届けてくれたようです)のそばに、メモがありました。

モーリス

 

痛めた肩の具合を調べに、ちょっと飛んでくるよ。ぐっすり眠れるといいね。すぐに戻るから。

 

アルトー

  モーリスはもうろうとした頭でフラフラとシャワーを浴びにいき、頭の先からつま先まで石鹸で洗い流しました。今朝、通りで群衆たちが発した歓声がモチーフとなり、それが頭に張りついていたので、そのモチーフをハミングしました。それはスペイン風の音調で、タオルを細い腰に巻きつけたモーリスは、ホテルの住所と建物の絵が付された封筒の裏に、音符を素早く書き留めました。誰かが部屋のドアの下から、1枚の紙を滑りこませました。

ラヴェル様

 

自己紹介させていただきます。「パリ・ソワール」の記者、クロード・レゴニエです。独占インタビューをしようと、はるばるナントまでやって来ました。お話ししていただければ、いくらでもお支払いします。ロビーでお待ちしています。承諾していただけるまで、そこでずっと待っていますので。親愛なる先生、あなたのことを深く尊敬しています。いまわたしの時計は3時20分を指しています、グリニッジ標準時です。真心をこめて。

 

クロード・レゴニエ

 モーリスは腕時計を確認しました。5時35分でした。よし、そうだな。昼寝のせいで、気分爽やか、元気になりました。髪に手を入れ、雄鶏のとさかのように立ち上がった暴れ髪を痛みをこらえて整えました。そして充分に気を配って服を着ました。リネンのズボンに薄いブルーのシャツ、紺色のネクタイ、細身の新しいスポーツジャケット、ワニ革のベルト、スベスベしたワニ革のローファー、アーガイルのソックス。短剣付きの木のステッキを手に取り、全身が入る金縁の姿見の前で、最後のチェックをしました。鏡の中から見返す像は、顔色をのぞけば、すべての点で満足げでした。顔色はここのところの疲れからくるものです。

 

 まあ、よしとしよう。なんであれ。自分を待つ人々の前に顔を出す時間です。