ウィリアム・J・ロング著『森の仲間たち』より 訳:だいこくかずえ

スズメバチに、禁酒の教え

 去年の春のこと、スズメバチ(茶色い長いからだが二つに割れていて、子どもたちから「ドロバチ」と呼ばれているもの)が、泥の巣からはい出てきてわたしのところの窓枠の上の方にとまり、陽だまりの中でブンブンいっていた。わたしが窓をあけると、それは飛びさった。おそらく彼はここの暖かさを覚えていたのだろう。あるいは仲間にここのことを話したのかもしれない。10月も終わりという天気に恵まれたある日、1匹のスズメバチがやって来て、以前と同じ窓辺で、しつようにブンブンと鳴いているので、わたしは窓をあけて中に入れてやった。

 

 そこは陽のあたる気持ちのいい部屋ではあったけれど、おんぼろの古い、神学を学ぶ学生たちに何世代もの間、学習室としてつかわれてきたものだった。その上、部屋は床が掃除されただけで、顔だけ洗って終わりの子どものように、どこもきれいだとみなされていた。つまり普通の家のように、埃をたてて平穏を乱すようなことはなかった。よって頭上の低い天井や、埃だらけのドアや窓のすき間の中に箒の手が伸びることはなく、クモの一家、ネズミ数匹、ユウレイグモ1匹、コオロギ2匹、アオバエ1匹、そしてこのスズメバチがそこに住まいをもつことが許された。

 

 スズメバチは1週間かそれ以上、かなり満足げにここにとどまり、窓ガラスの上をくまなく這いまり探検し尽くしていた。またときに、テーブルの上に散らばった紙を覗きこんだりもしていた。あるとき、わたしのペンの端っこにとまり、そこで羽を広げてバランスをとると、わたしが手紙を書き終えるのをじっと見ていた。それから指先のところまで這い降りてきたのだが、そこでインクに足が触れて濡らしてしまった。それに腹を立ててブンブンと飛び去ると、太陽のところで足を乾かそうとした。

 

 最初のうち彼は穏やかで、打ち解けた感じだったが、ある寒い夜、枕の下に潜り込んでそこで眠ろうとした。わたしが枕に頭を置くと、その重みに抵抗して、わたしをベッドから追い払おうとしてきた。またあるときは、ハンカチの中に入り込んだ。明かりのないところで、わたしがハンカチをつかおうとして取り上げたら、状況を理解しないまま、わたしの鼻を刺してきた。追い払おうとしたとき、スズメバチの足が1本折れ、羽も傷めてしまった。以来、彼はわたしにいっさい関わりをもとうとしなくなった。ただ天気のいい日には、窓辺で過ごしてはいたが。

 

 11月の嵐がやって来ると、スズメバチは窓枠の大きく割れたところ(春にそこから現れた)に行って、中に入りこむとそこで眠ろうとした。そこは心地いい場所で、太陽が出ている日の昼間には、光が明るく差し込み、つかの間の眠りから彼は目を覚ました。12月になると、スズメバチは昼間ときどきそこから出てきて、歩きまわったり、お日さまに向かって羽を広げたりしていた。そして雪嵐がやって来ると、2週間ほど姿をくらませた。

 

 ある日のこと、一人の学生が病気になり、薬の入ったグラスを窓枠の上に置き忘れていった。グラスには砂糖の塊が一つ二つと、ウィスキーとグリセリンを混ぜた液が注がれていた。砂糖は太陽の熱で少しずつ溶け出し、とろりとした液体からは強いアルコール臭が漂っていた。その匂いとお日さまが、スズメバチを呼び寄せたのだろう。わたしが部屋に戻ってみると、グラスのそばに彼は寝ころがり、泥酔していた。

 

 横向きになり、からだの下に羽を1枚折りたたみ、前足をくるりと丸めて、酔っ払ってうとうとしていた。尖った顔はアホヅラそのものだった。アルコールの作用がどんなものか、わたしは指でスズメバチを突ついてみた。スズメバチはよろよろと起き上がると、ふらふらと歩きまわり、頭をグラスに打ちつけた。バカにされたと思ったのか、羽を広げて反抗心と威厳のかけらのようなものを見せ、ブンブンと音をたてた。しかし足をよろめかせると、またひっくり返ってしまった。そしてわたしがまた突ついても、泥酔状態のままで起き上がることはなかった。

 

 その日の午後、スズメバチはずっと眠りつづけた。午後も暮れて冷え込んでくると、彼は目を覚ました。うす暗がりの中、スズメバチは自分の巣に向かった。そこに着くのに大変な努力を要した。頭を垂れ、足はよろけていた。途中で立ち止まり、窓枠の下のところでしばらく寝転がっていた。明らかに、ひどい頭痛なのだ。痛みを除こうとするかのように、前足で頭をかいていた。2段目の桟から1、2度落ちたのちに、やっと一番上まで到達して、温かな巣に転がりこみ、苦痛から逃れようと眠りについた。

 

 こんなことを体験すれば、自分のしたことがよくわかったはずだ。ところがそうではなかった。おそらくスズメバチの通り道から、彼の気を引くものをどけるべきだったのだ。スズメバチといういうものは、中でも黄色い種のものは、機会さえあれば大酒飲みになることを、わたしは知っていたのだから。カリバチは発酵したリンゴを見つければ、必ずその習性を見せつけること、彼らの巣の近くにリンゴ酒の圧搾機があったりすれば、すべての仕事(子どもの世話でさえ)投げうって集まってくるといったように。酒にはまって、混沌状態になる。それを知っていながら、新たな実験への興味から、わたしは彼らへの思いやりを忘れてしまった。グラスをその場に置いたままにしたのだ。

 

 次の日、昼ごろ、スズメバチは窓の敷居に出てきて、またグラスの液を飲んだ。3日間、お日様が出て暖かくなると姿を現し、まっすぐに運命のグラスのところに向かい飲み続けた。4日目、彼は飲み過ぎた罰をくらった。

 

 その朝はよく晴れた日で、管理人がやってきてスズメバチのいる窓を少し開けていった。昼にスズメバチは敷居のところで、いつものように酔っぱらって寝ていた。わたしは列車に乗ろうと急いでいたので、窓を閉めそこねた。夜遅くになって部屋にもどると、彼は姿を消していた。敷居の上にも、床にも、どこにもいなかった。スズメバチがよく寝ていた窓枠のところの巣は、空っぽだった。ろうそくを持って外に出て、窓の下を探してみた。雪の上に、軒のみぞれを受けて、足を丸めて凍りついている彼を見つけた。

 

 わたしは彼を部屋に運び、火で温めてみたが、すでに手遅れだった。また飲みすぎてしまったのだ。彼が死んでいるのを見て、雪の上に落ちる前に探していたであろう巣に入れてやった。わたしは本を読もうとしたが、どうにも気が乗らなかった。何度もすぐそばにいる彼を、その尖った顔を上に向けて寝ている姿を、死んでしまった彼を見に行った。最後には目につかないよう、彼を丸めて巣の中にグッと押し込んだ。

 

 その間ずっと、空になったグラスが非難でもするように、窓枠のところからこちらを見つめているように思えた。