DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第19章

 

 若い男にとって、夢を生み出すことは難しいことではない。ソープオペラをたくさん見て、夜遅くに何か食べ、あとはなんとかなる。しかしながら富を生み出すのは、全く別のことだ。懸命に働き、懸命に夢を見、懸命に学び、それでも手に入れられる保証はない。
 ぼくの友だち、地元の子で38歳になるやつがいる。彼はこの20年間、15の商売を試みてきた(高校時代にやった詐欺は除く)。この男のことをマーロンと呼ぼう。結婚式の写真から判断すると、彼の結婚式に参加した男たちは白く頑丈な歯をもっていた。マーロンには「スパーリングP(Pはパートナー)」と言われる相棒がいた。こいつをデルロイ・タウンゼント、あるいは縮めてミスター・Tとしよう。こいつは39歳。このミスター・Tの特徴はといえば、女の兄弟しかいなかったこと。全部で6人いて、すべてニキビ持ちだった。
 さてここからの話には、この二人がいるということ。
 話の舞台:ジャマイカのキングストン、トラファルガー・ロードにあるデッキバー&レストラン、2010年12月12日のことだ。地元少年とスパーリングPは、カウンターのスツールに腰掛けている。地元少年はクールな見映えで、スツールをまわしてタバコの煙を天井にむけて吐き出す。パトロンたちでいっぱいの店内。女性を連れた者も少しいるが、そいつらが彼女たちを家に連れていくことはなさなそうだ。ダーツが壁にあり、矢が数本刺さっているけど、誰もそれで遊んではいない。カウンターの後ろの壁にはレッドストライプ・ビールのカレンダー(胸と尻の大きな女の写真で埋め尽くされている)があり、カウンターで注文する男に流し目を送っている。
 「で、最近どうなの、相棒?」とミスター・Tが訊ねる。
 バーテンダーが二人のすわってるところまでやって来て、地元少年に笑いかけ、スパーリングPに形だけちょっと目をやる。先週土曜日の仕事のあと彼女は、地元少年の三菱パジェロの後部座席で、両脚を彼の肩に乗せていた。
 「もう一杯ジントニックを頼めるかな、かわいこちゃん」と彼女に言い、つづけて「ミスター・Tもう一杯どうだい?」
 ミスター・Tには1日の終わりにどこに自分が帰るべきか、思い出すための家族写真が必要かもしれない。いつも外で働き、走りまわり、飲み、女を追いかけまわしているからだ。答えは、
 「そうだな、相棒、もう一杯もらおうか」 誰かのおごりのときはスコッチ&ジンジャーエールを好んで飲んだ。自分で払うときはラム&コークだった。ミスター・Tはグラスをとると、残りを一気に飲み干した。右手の甲に、大学時代にあったガングリオン嚢胞の跡がかすかに見える。人々はこういうものを聖書のオデキと呼んだ。それはずっと以前、昔人間たちは、神の言葉とか聖書のような分厚い本で一撃すれば、オデキはとれると思っていたから。何人かの友だちは彼を「しこり」と呼んだりもしていたが、長くはつづかなかった。
 それに反して、地元少年のほうは長年の呼び名があった。彼はあちこちで「ジレットの社長」と言われていて、女を拾うときは、どんなカミソリより鋭いとあまねく知れ渡っていた。伝説によると、休暇のとき妻と子どもたちをホテルに連れていき、部屋に彼らを落ち着かせるとすぐ階下に降りていき、約6分のうちに(車を入れるとき笑顔を送った)女警備員と二人でトイレにこもった、という噂のあとでその名前を授けられたらしい。この男は安いパムパムに鼻が利いた。話がそれてしまった。

オフィスで働く社長、トイレにて
(話を聞いた日に描いた絵)

 「俺がなんかする必要なんてない」と社長(地元少年)はタバコをひと吹きした。
 「彼女が疑ってるって思わないのか?」
 「あいつに知れることはまずない」 あいつ、とは地元少年の妻だった。
 カウンターの端に7つのピッチャーが伏せて置いてあった。全部で7つ。バーテンダーの女は他の客の世話をしていたが、ときどき二人の方に目をやり、地元少年と手元のグラスを見ていた。この客が「常連」で、自分に会うために来ているわけじゃないことはわかっていた。しかし土曜の夜の記憶は生々しく、三菱パジェロの新車は彼女の夢を超えるものだった。
 「自分の子どもだってのは確かか? いいか、神様は試練を与えるのが仕事だ、で、僕にこう言う、おまえの子どもだってな。こっちが認める前にだ。彼女にゴムを使ったことはないのか?」
 ミスター社長はわざとらしく笑い声をもらす。「おいおい、彼女がバージンだったとでもいうのか。俺はコンドームなしなんて考えられんよ」
 「おまえは他のやつより普段から気をつけてるだろ。彼女はピル飲んでたとか?」
 地元少年はすぐに返事をしなかった。バーテンダーが話が聞こえるあたりまで来て、カンパリの瓶を手にして他の客に注いだ。ブレンダーのそばに2本の背の高いフレッシュオレンジジュースの瓶があった。全部で2本。彼女が去ると、彼はつづけた。
 「いや、彼女はピルなしだった。で、俺にコンドームをつけてくれって、、」
 「で、どうしたんだ? つけ忘れるってことはないだろ?」とミスター・Tがさえぎった。
 「ミスター・Tよ、俺に言えるのはパムパムはよかったってことだよ」
 この点では、ぼくは地元少年に完全に賛成できる。カレッジにいたとき、この二人とともに合意したのは、パムパムは神が男に与えた最上の贈りものだということ。そしてコンドームは、人間が男たちに与えた最高の贈りものだということ。これによって神が与えてくれた喜びを最大限まで楽しむことができる。ミスター・Tはこのとき、通常の列福式と奇跡の証のプロセスを経ずに直ちに神聖化されるよう、コンドーム発明者への熱のこもった意見を述べた。
 「子どものことは気にならないのか?」
 カウンターの隅に4缶のレッドブルがあった。全部で4缶。コロナを頼むのはアメリカ人しかいなかった。ところがラテン系がニュー・キングストンに侵入してきた。多くの人がテレコム市場の開拓でやってきた。さらなる人が、ノースコーストに散らばるスペインの何でも完備のホテルの建設でやってきた。噂では、ロシアやキューバ、ウクライナの女の子たちがショーをやる新型の紳士ナイトクラブのオーナーもいたらしい。おそらくそれを指令したパトロンはメキシコ人じゃないだろうか。
 ちょっと躊躇しながら「なかなかいい子なんだよ。俺は子どもの金を払っていくと思うよ。あいつは働いてはないからな」と地元少年。
 「じゃあバーバラはあっちの女に金やっても気づかないんだ」
 「バーバラは俺がいくら稼いでるか知らない。あいつには関係ない。毎月あいつには金をやってる。あいつは自分の稼ぎで暮らしてる」
 バーバラ(地元少年の妻)はキングストンの薬屋でレジ係りをやってる。
 シュウェップス・ビターレモンが2つ開けられた。全部で2缶。片方のグラスにはレモン(ライムではなく)を一絞り。かき回さず、シェイクされる。男のバーテンダーが二人の前にピーナッツを差し出す。カウンターの隅では、太った女がスパイシーな鶏の手羽を注文し、ウェイトレスがそれを出している。女はブラックベリーをチェックしてはメールを打っている。この女は仲間を探してる、と思う男あれば、赤んぼうを欲しがってる、と思う男あり。人はいろいろな見方をするものだ。
 女のバーテンダーは、あいつの子を妊娠できないものか、と男二人の方をまた見る。自分の暮らしが向上する確かな道だからだ。
 バーの左側にある高い棚のラムのボトルの上には、バドワイザーの看板がある。レッドストライプやハイネケンの看板のように、灯りがつくようになっているがそうなってない。電気がきてないのか、レッドストライプ・ビールの地では商売ができないのか。
 いまは現代だ。男のバーテンダーは鼻にリング二つ、耳にイヤリング三つ、右のまぶたにピアス、短パンをはいて、髪はポニーテール、そしてタトゥー。
 「まあとにかく、もうすべて忘れろ。ラブレイス教授、おまえは夜の男だろ。なあ、どれくらいたったか、、、何年だ、ミスター・T?」
 ぼくは自分の過去を終わらせるために地元に帰っていて、昔の仲間と会っていた。当時、彼らはぼくを「教授」と読んでいた。それはぼくがたいした勉強家になったからだ。かつて彼らは、ぼくが宗教教育の普通レベルの試験に通ったと耳にしたあと、「尊師」とつけようとしたこともあった。この何年間で変わったことはたいしてなかった。地元少年はいまもビジネスアイディアを売り歩き、どんな宗教であれ、その神が富を約束してくれれば、改宗する用意があるように見えた。ミスター・Tはいまも彼の征服欲を賛美していた。こいつは大変な話し好きで、聞く者の耳に草が生えるいとまを与えない、とぼくらは言っていた。こいつらはいまも行動をともにし、よく知る店で飲み、ポークジャーキーを食べ、女を拾っていた。
 60歳くらいまで、人がいかに変わらないかというのは驚くべきことだ(変わらないねと言うのが、当たってないだけでなく、失礼にもなることもある)。ミスター・Tは髪に白いものが少しあり、腹の上に別腹を乗せて歩きまわっていた。地元少年は見た目変わらず、話し方変わらず、記憶が正しければ同じコロン(フェンディ)をいまもつけていた。
 二人の間にすわって彼らの話を聞いてるとき、レベッカのことを考えていた。一緒に過ごした最後の夜のことを。ぼくらは240×210cmのフローレンス・マイクロ・キルト(ぬるま湯で洗濯機の弱、又は手洗い可能なダウンの掛け布団)の中で目覚めていた。彼女はいつものように布団をすっぽり被り、足の裏だけ外に出していた。太陽もぼくらと同時に目覚めていた。ぼくは正面の壁を見ていた。エアコンが下手くそに取り付けられた壁だった。壁にはひび割れが二つ、全部で二つだった。レベッカはぼくらの間にある距離を、生まれたての生きのいい健康な確信をもって見ていた。
 ホンジュラスで地元民の家に住んでいたことがあった、という夢で目覚めることがあった。でも実際に住んだことはなかったし、そのことを忘れてしまっているのだろうか、と疑ってるわけでもない。しかし、変かもしれないが、ぼくの心はそんな風に作用することがあるのだ。
 また、ぼくはジョージーがどうしてるか考える。どこにいるのか、友だちと飲んでいるのか、愛について、性欲についての話をしているのか。子どもの頃の誰かで、ぼくがいま知る必要のある人間がいるなら、それはジョージーだ。子どもがいるんだろうか? 誰かと一緒に暮らしてるんだろうか? もうすぐクリスマスだ。ジョージーがどこかで誰かにプレゼントを用意したりされたりしてたらいいな、と思う自分がいた。