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DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第6章

 

 1983年、ブライアンの髪を愛でた最後の年、それはあいつが16歳のときだった。手製の日記帳に記した14歳ではなかった。そしてその年、ママの死産の場面をまた見てしまったのは、あいつではなくぼくだった。窓ガラスのところに立って、ママの足の間から妹が出てくるのを目をラッパにしてじっと見ていた13歳の子どもは、あいつではなくぼくだった。妹の首のまわりをきつく締めつける和音の響き、ジャズのトロンボーン奏者がメランコリックなF音を高音でキープしてるときみたいに、からだが膨らんで紫色になってるのを見ていた。でも泣き声はなかった。血にまみれた、突っ張った手が、妹の魂が去った方向を指していた。

 1984年、ドブ処女をなくして家に帰った15歳は、ブラインじゃなくて、ウェインの妹だった。処女というのは、アイデンティティと同じで、ぼくらの村ではひとたびなくせば二度と取り戻せない。で、その子はもうママの娘じゃないと見なされた。それでまたぞろ「ママの家から追い出された娘」となったパンキー、それがウェインの妹だった。それでパンキーは即座に、ずっと年上の、家賃を払ってくれ、食べさせてくれる、虐待男を喜ばす術を学ぶことになった。

 同じ年、繁殖能力に驚かされたのは、ブライアンの両親ではなく、敷地の反対側の一番古くて壊れかけた家に住んでいる、ぼくらの親戚じゃないよその夫婦だった。そいつらには19人のクソガキがいて、見たこともないくらい落ちぶれた家に住んでいた。

 「ウェイン、あいつらの家の中に入ったぞ」

 「ウソだろが、また」

 「裁判官ウソつかない。中がどんな風か知りたくないか?」

 「教えろよ」

 「目をとじて」

 「は?」

 「いいから目をとじて。ぎゅっととじて。真っ暗闇が見えるか?」

 「まあな、、、」

 「それだよ」

 一軒の家に19人の子どもがいて、一番下の子はモンゴロイド。近所の人が言うには近親相関の結果だと。あらゆる不幸が化石化して、マンモスレベルの先祖の悲惨さまで辿っていけるくらいだ。でもそいつらの話はまた別の話で、ブライアンのじゃない。

 痛ましく朽ち果てた老いぼれが汚い半裸の人形を相手に、神に授けられたクソ臭い日々を過ごしてるというイラつく記憶は、ぼくのボケ爺いのものであって、ブライアンのじゃない。

 ブラインはパンにバターを塗るのさえビクつくようなやつで、ケチなニッガはレイプして逮捕されることなどなかった。それはガーネットのほう。

 ブライアンに何が起きたのか、最初に書いたのは日記帳の物語の中だった。面白くするために、話をかなり飾りたてた。実際に起きたのは以下のようなことだった。

 1983年の6月14日のこと。実際のところ、その日、ブライアンは手酷く殴られた。しかしながら最初に書いたものとは違って、ブライアンが壁に押しつけられ、文字どおり叩きのめされたのは、女の子をレイプしたからではなかった。ヤギのせいだった。いや、ヤギをレイプしたわけじゃない。ヤギを一匹盗もうとしたんだ。ジャマイカのど田舎での話。ちょっと考えてみてほしい、セミコロン。貧しい田舎の村だ、ということを。ど田舎の貧しい者たちは、飼っている家畜や農場で採れるもので暮らしてる、ということを。で、考えてみてほしい、ブライアンはヤギを一匹盗もうとした。飼われてるヤギの全部だ。ヤギを「一匹残らず」だ。ぜーんぶのヤギ、そこにいるヤギ根こそぎだ。

 ジャマイカの田舎で育った子どもならみんな知ってることがある。牛は盗むのがさほど難しくない。昼であれ夜であれ、連れていこうとしても、牛たちは静かに従う。豚は麻酔でもかけない限り、手を引かざるを得ない。豚は先祖がびっくりして生き返るくらいキーキー鳴きわめく。ヤギというのはちょっとやっかいだ。ベエベエとどでかい声をあげるか、静かにしてるか、どっちとも言い難い。もしヤギを抱え上げたりすれば、ベエベエと鳴くだろう。ブライアンはやっかいなヤギを抱え上げたんだ。

 ブライアンがやったことの結末が論争になったのではない。ぼくらの多くはその現場を目にした。論争になったのはその原因だった。なんでブライアンはそんな状況に陥ったのか。その日以来、何ヶ月も何年も論争や口論がつづいた。みんなは主として五つか六つの原因をあげていた。

 みんなが合意した原因の1番目は、ブライアンの両親は貧乏と(カトリック式に)終生の結婚をしたこと。ブライアンの家は教会ネズミ*のような通常レベルの貧乏ではない、ということも周知の事実だった。何も所有したことがなく、今も、未来も何かを、尻のクソさえ所有することのない極貧タイプの貧乏人だということ。このことがブライアンを盗みに導いたかって? ぼく自身は何一つ意見をもつに至らなかった。毎日のように遊んでいた仲間が、本当はどんなやつか探ることなどできやしない。

 2番目の原因。悪魔が他の誰よりもブライアンを手助けすることに勢力をつかったというもの。しかしブライアンの魂がどんなもので、なぜほかの人間のものより価値があると見なされたのか、知る者はいなかった。それがためにブライアンは葉っぱや女、アルコールをたやすく見つけることができたし、娼婦にはまるのと同じように簡単に厄介ごとにはまっていた。またブライアンはウソをつくのが好きで、悪魔はそれを聞くのが好きだから、この二者はいつも仲がいい、というのがぼくのばあちゃんの考えだった。あの子は芯まで腐ってる、というのがみんなの言ったこと。太陽はブライアンの肌を真っ黒になるまで染めあげ、ビタミンDもたっぷり与えたが、脳には何ももたらさなかった。それでケチな間抜けは、バカなことを探してブラブラと毎日歩きまわってた。

 3番目の原因。ブライアンがぶちのめされた日、ぼくら6人の仲間はいっしょに遊びに出かけてた。ぼく、兄さんのマーティン、トミー、デカ耳のガーネット、ビリー、それからもちろん、混血ニッガのブライアン。黒人とクーリー(インド人)による混合物。ぼくらが毎日そうしてるように、みんな揃って、数キロ先の家からあまり近すぎない地域の私有地まで遠征していた。マンゴーを盗んだり、サトウキビをいただいたり、鳥を撃ち落したり、サトウキビ畑にそいつらの家の娘を呼び出したりするんで忙しかった。そこはジャマイカのど田舎にある農家で、ぼくらは他人の領地に足を踏み入れていた。この最後の点は留意すべきことがらで、重要な原因と考えられた。ぼくらは他人の「私有地」に入っていったということ。

 4番目。田舎の子どもたちが他人の家から果物を盗むのはよくあることと知られていたが、ブライアンのやり方は常識をはるかに超えていた。ブライアンはあらゆる盗みの技に長けており、その成果でも知れ渡っていた。チビのニッガに盗めないもの、盗まないものはなかった。コーヒーにミルクを入れる? ドアホ! カフェラテを飲もうとしたら、、、パンパカパーン! カルシウム抜きのブラックコーヒーを飲まされてる間に、このニッガの歯や骨はどんどん丈夫になっていく。素晴らしく豪華な車は夢の中だけのもの? パンパカパーン、やられた! 自分の12歳の娘は処女なのか? パンパカパーン、やられた! みんながこのチビのニッガはたいした腕前だと言うとき、その意味はこいつは本当にたいした才があるということ。歯に金歯を入れてるやつは、こいつの前で笑っちゃいけない。兄さんもぼくに、夜に歯が何本あるか数えとけと言っていた。朝起きて何本か盗まれていないか見るためだ。

 ぼくの村の人の多くがロトで勝つ夢をみて過ごすとしたら、ブラインはロトで勝った人のものを盗むことを夢みてる。これが彼の人生における役まわりだ。

 さてと5番目にして最後の原因だ。そのとき何があったかと言えば、ブライアンは一人だったということ。ブライアンはマンゴーを食べてるぼくらに、女の子に口笛を吹いて「すぐ戻ってくるから」と言い残して去っていった。ぼくらはブライアンがどれくらい姿を消していたのか、正確にはわからなかった。時計をもってるのはぼくの兄さんだけだったから。それに加えて、その時計はプラスチックの安物で、公務員みたいな働きぶりだったから。雨が降れば役立たず、風が強ければ役立たず、てな調子。でもブライアンの「すぐ戻ってくる」がどれくらいの時間なのかは、ぼくらガキにはたいした意味がなかった。それは牧師さんの説教で、救世主は「すぐ戻られる」というのを聞き慣れていて、戻って来たことなど一度もなかったからだ。さらにはここはジャマイカで、時間などというものは、ぼくらには関係なかった。ジャマイカを「時に取り残された場所」と言う人たちがいる。ぼくらには侮辱されることに耐えられない思い上がりがあって、その激しい恨みによって、ジャマイカ自ら「時を忘れる」ことを選ぶ。そうであっても、ブライアンが長いこと何をしてたのか見に行かなかったことで、ぼくらを責める人たちがいた。さらにぼくらが一緒にいたなら、あんなことは起きなかったと言う。起きたことというのは次のようなことだった。 

 クソなし尻のくせに、芸術家なみに盗みに精通した16歳のブライアンは、静かにそっと出ていって、他人の私有地にこっそり入りこんだ。午後早い時間に、自分のうしろに(そうするしかない迷い犬みたいな)自分の影をひきずってブライアンが出ていくのをぼくは見た。あいつはマンゴーより価値のあるものを探して、見知らぬ人の私有地に入っていった。するりと狡猾に、偵察と探索を重ね、漁りまわり、あちこち嗅ぎまわり、、、ブライアンはヤギに目をつけた。ブライアンは空の豚小屋を迂回し、うるさく騒ぐ鶏小屋を無視し、水をほしがっているのに与えられていないロバのところを通り過ぎ、静かにその家の最後の財産が結わえつけられている木の方に向かった。 

 そしてここでなんとも面白いことが起きた。古家から二つの目がまっすぐに木の方向に向けられ、ブライアンがヤギに目を据えたところを見ていた。いないいないばあ、、、みぃーつけた! と、その瞬間、セレブのセックススキャンダルに狂気狂乱、殺到するメディア連中みたいにどっと姿を現した者たち。こら待てコノヤロウ! 待ちやがれこのクソガキが! 憤怒は激流のごとく、執念深さは地獄の果てまで。その走りの速いこと速いこと、雄叫びのデカイことデカイこと。一人の少年をどんだけたくさんの者が追いかけていたのか、タムシ・水虫を捉えるより簡単だと思うかもしれないが、ケチなニッガは速かった。ジョセフさんの家の裏にあるサトウキビ畑を駆けぬけ、雑種の犬が吠えつく路地を走り、教会の墓地を抜け、一匹狼スティービーが朝早く刑務所から逃れて身を隠していたという廃屋のまわりにあるヤムイモ畑を抜け、子どもたちが遊んでいるところを大人たちにののしられてビー玉が散らばった曲がり角を行き、モニークのきつきつの穴より狭いマウント・クレア学校の門を通りぬけ、校庭を走り、学校のトイレを通りすぎ、「トリシア愛してるトレバー」と深く刻まれた(こいつ2、3週間前に彼女のクーチーをサンプリングしたな)ジューンプラムの木のところを超え、警備員が住んでる小さな掘っ建て小屋を過ぎ、そして学校の塀をまさに越えようとしてた。ケチなニッガはその塀を超えて逃げようとしたが、子猫と犬の運命は同じじゃない、とみんなは言った。そしてケチなニッガは、塀を登ろうとして石を投げつけられた。この石によってブライアンのからだも運命も撃ち落とされた。天から落ちた大天使ルシファーみたいに、ドサリと倒れた。

 あいつらがブライアンを捕まえるとは思ってた。暴徒というのは獲物を逃さない。それにぼくのばあちゃんが前の晩に、たくさんの人がドロポン(ロトの地元版)売りのところに縁起の悪い3と13を含む一連の番号を買いに行った、という夢を見ていた。暴徒たちがブライアンを追いかけているときの顔つきを見ていたから、予想はついていた。アメリカで学んでいるソマリアの医学部奨学生の必死さそのもので、絶対に獲物をとり逃がすことはなかった。

 そのときぼくはマンゴーの木の上にいたことで、農夫たちがブライアンを追いかけているのを見た最初の人間となり、結果、ブライアンが追い詰められた塀のところに最初に着いたのもぼくだった。そこまではっきり覚えている理由は、問題の日ぼくはまだ13歳の子どもで、どんだけ貧乏だったとしても、13歳の子どもが絶対にしたり、見たり、聞いたりしちゃいけないことがあったから。11歳のいとこを騙すのもそのうちの一つ。ママが二度目のクソ死産するところを見るのは、ここには入らない。悪ガキ集団が頭のおかしい老女の家に火を放つのを見てること、これも入らない。にもかかわらずぼくがそのとき心からそこに行かねばと思ったのは、ジャマイカのど田舎の暴徒たちに捕まったいとこの目を見るためだった。農夫たちはまさに鉈持ってこい、と叫びながらやって来た。

 農夫と鉈の間には、二つの普遍の真理があった。一つはジャマイカの本物のど田舎の農夫は、どんだけ努力したとしても、よそ者ツーリストにわかるようにしゃべることができないということ(「なめだ」って言っても「食べな」に聞こえないだろう?)。そして彼らは、スラムの女の舌より鋭い鉈を「最低でも」二つはもっていた。

 二つ目は、鉈をもつことは自尊心をもつより一般的で、自分の尊厳より大事にされていた。鉈はスイス・アーミー・ナイフで、農作業のための道具だった。刃の尖った先は、地面を掘ったり作物を植えたりするとき使われる。刃の部分は藪を切り落としたり、枝を払ったり、誰かの手足を切り落とすために使われる。刃の面は、家庭内暴力のとき妻を打つのに使われる。刃の反対側はココナッツの実(あるいは頭蓋骨)を割るときに使われる。ぼくが会ったことのある農夫はみな鉈をすごく大事にしてたし、刃を研ぐのに何時間も使っていた。もし自分の妻に鉈以上の関心を向けていれば、家族や村に多大な利益をもたらしただろうに。

 農夫たちがブライアンをとっ捕まえたところにぼくが到着し、ちょうど鉈が届いたところだった。殴るのは終わっていて、これからが本番だった。ぶった切りが始まった。ブライアンのからだは、傷跡が自然回復するような状態をとっくに超えていた。ボーイスカウトのバッジみたいに、からだ中が傷のコレクションにおおわれていた。でもその傷は普通の喧嘩でできた傷で、どれもたいして深いものではなかった。

 その日、あいつらは深い傷をおわせた。農夫たちは、「キル・ビル」1、2のような計ったような精密さでサムライの刀を使わなかった。こいつらニッガどもは、ぼくの目の前で、いとこのブライアンを死体化し、死骸化していった。

 少し離れたところで、年老いた男が立って見ていたのを覚えている。その男は元農夫のようで、自分の仕事が継承されているのに満足しているようだった。こいつの息子がこの暴徒の中にいて、ブライアンを切り刻んでいるんじゃないかと推測した。というのも、この男は高校の体育祭で息子を応援する父親みたいに、興奮した声で暴徒を駆り立てていたからだ。

 ぼくはブライアンがちびり始めたのに気づいた。あとになってボブおじさんから聞いたことによると、ブライアンは赤ん坊のときから、おしめの中に糞をしてはママのところから逃げ出していた。おしめを代えられたくなかったからだ。尻にあったかいブツがあるのが気持ちいいという変わった趣味があったみたいだ。とは言え、この状況の中では、気持ちよくて糞をしたんじゃないと思ってる。が、究極の緊迫感にさらされたとき、人の心やからだがどうなるかは誰にもわからない。

 ブライアンの目に何があったにせよ、暴徒の群れの向こうにぼくが立っているのを見て、あいつは奇妙な言葉を投げかけてきた。

 「ステファン、ステファン、たすけてくれ、たのむ、たのむから。こいつらにおれを殺させるな!!!」 ブライアンは、ぼくが暴徒をとめる力があるかのように、真面目な声で叫んでいた。でもブライアンにはそんなこと無理だとわかってた、だろ? ブライアンはあのとき、このクソ世界の誰一人、自分を助けられる者などいないとわかってた、だろ?

 ぼくは現場についた最初の人間で、そのあと兄さんがやって来た。それからいつも遊んでる仲間たちがやって来た。ガーネットはぼくの左側に立っていた。ガーネットの首のところの茶色いシミの下で血管がドクドク脈打っているのが見えた。2、3週間前に邪悪な霊がガーネットのベッドに潜りこんで悪さをしてさわった場所だった。ガーネットは咳が止まらず、ばあさんがつくる葉っぱの汁が効くのを待っていた。こいつは誰の前であれつばを吐き散らしていた。学校で(家ではない)以前に学んだ礼儀作法のかけらもない(こいつの親はクソ役たたずとみんなが知ってる)。トミーは背が高くないから、もっとよく見えるようぼくの前に来て立った。トミーはやせっぽちの小さな尻を着古して破れたカーキの短パンから突き出し、そんなだから何年も学校の門をくぐっていなかった。パンツのうしろポケット二つが張り出すことはなく、体重が増えてない証拠だった。やせっぽちのくそニッガのガキは、ひねた興奮でひきつっていた。アカアリが2、3匹、トミーの頭の中で100メートル走をやっていた。ジョージーも残りの悪ガキたちとやって来た。

 みんなが来たときにはブライアンはもう死んでいたが、一部の農夫がぶった切りをやめなかったので、見るべきものはまだあった。これでもか、これでもか。走り去った車にいつまでも吠えたてる犬はいる。

日記から。泣き叫ぶブライアンを見る。泣き叫ぶブライアンの泣き叫び。ぶった切るやつらを見る。これでもか、これでもか、これでもか。血を流すあいつを見る。血を流すあいつの血の流れ。叩き斬るやつらを見る。これでもか、これでもか、これでもか。

 ぼくがどうやっても出来ない三つのことがある。(1)辞書を見ずにニーチェ(Nietzsche)の名をつづることが出来ない。(2)何度人がつくってるのを見ても、ジャマイカ風揚げ団子がつくれない。(3)頭からあのときの映像を追い出せない。男たちがハエの群れみたいにいとこのまわりにたかって殺し、魂まで切り刻まんばかりにぶった切りをつづけた場面だ。

 少しして、大人たちもやって来た。ブライアンのパパ、トーマスおじさんも来た。沈黙してただ立っていた。そのときにはブライアンは「ひと月に二度のセックスがやっと」な状態になっていたが、それでもまだ、本物のジャマイカ人のように、二人の女と一緒にやりたがっていた。ブライアンのママ、ビバリーおばさん(ビーおばさん)もやって来た。聞き取れる言葉は発せられなかったが、ペンテコステ派の人が霊に捕らえられたみたいにからだが揺れて震えがとまらず、ジョセフィンおばさんとフリーダおばさんがそこから連れ出した。マーサおばさんもやって来て、金切り声をあげた。おばさんは妊娠300ヶ月で(ぼくが大きくなるまでの間で、この人が妊娠してなかった時期を知らない)、異常に高い声をあげたのでみんなはお腹の子のことを心配した。まわりを見まわしたとき、ミス・ジャッキーがやって来るのが目に入った。この人はぼくらの親戚ではなく、敷地の反対側に住んでるだけだ。ミス・ジャッキーは中古車みたいに、いつも自分の使い古しみたいな見映えだった。自分の顔にかなりの神経をつかっていて、髪にはさらに(自分の子どもより)気をつかっていた。この人が美容院でしこたま長居していたのを、ニキビを減らすため避妊用ピルを飲んでいたのを覚えている。おっと脱線した。きっとミス・ジャッキーの長く波打つカツラに気を散らされたせいだ。

 他の年寄りたちも、グランパを除いてやって来た。グランパは何かに(誰かにではない。この昔人間にとってそれはずっと昔のこと)食われてたからだ。[ つまり女の子たちが見放した場所がガンに食われてたってこと ] 二度目の心臓発作のあとは、あごからつばを垂らし、鍾乳洞みたいに家のベランダから垂れ下がっていた。使用禁止になった建て物みたいに使い道もなく見捨てられ、鳥肌をたてながら、濡れたトイレットペーパーが干されてるみたいにして座っていた。

 年寄りたちがやって来て、ここの文盲率と同じくらいまで怒りの度合いを高めたので、警察が呼ばれた。

 警官がやって来る前に、ブライアンのおじさんのボブ(ぼくにとってもボブおじさんだけど)が到着した。いつものようにぼくの脇に立ったが、ボブおじさんの草ぼうぼうオーラに耐えられるのはぼくだけみたいな感じだった。すぐにおじさんは一言だけ、この事件についてこんな言葉を吐き、みんながそれを耳にした。

 「いつだって、チビのクソッタレ盗っ人はあいつだ」

 警察は通常、熱帯のハリケーンみたいにのろのろとやって来て、しかも凶暴だ。今回はネズミの屁くらいの勢いでやって来て、ただそこに立ち状況に目をやっていた。教会から警備員もやって来た。村の人が雇った警備員の一人で、誰かを見張るのが仕事だ。誰かが眠ってるところを見張り、カードで遊ぶところを見張り、ラジオを聴いているところを見張り、女の子たちが歩いていくのを見張ってるのを見張る。警察と同じで、ただ見てるだけ。

 ぼくらが見たものを適切に語る言葉はなんだ? 「主イエスよ、やだやだやだやだー! イエス・キリストよ、いやだーーーーーーーーーっ! 父なる神よ、やだやだやだーーーーー!」 大人たちは神様の名を無駄につかい、なんとか救われようとする。ぼくら子どもだったら、起きたことを神様になんてとても言えない。

 それであの日、あの場所でぼくのいとこ、ブライアンは死んだ。生後一ヶ月の牛の糞から出るメタンガスみたいに、命のかけらがあいつから滲み出ていた。そしてぼくが立っていたその足元に、混血クーリー、ブライアンの頭皮のかけらがあった。頭皮には、ぼくが切望してやまなかったきれいにカールしたクーリーの髪の毛がついていた。

 

*教会ネズミ:一般的にはネズミの餌になるものがない教会に住む貧しいネズミを指すが、ジャマイカでは「教会ネズミよりさらに貧しい」人々(ジャマイカ人自身)について、親しみを込めて語ることがある。ブライアンの家はその「教会ネズミより貧しい普通の人々」より、さらに貧しい極貧であることをここでは言っている。

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