8593658302_Jimmy Baikovicius(CC BY-SA 2.

Carrasco, Uruguay | Photo by Jimmy Baikovicius(CC BY-SA 2.0) 

気持ちのいい暮らしの情景

アンドレス・レッシア・コリノ

家庭の事情

  カラスコにある家で家族の昼食会があったのは、春の日曜日のことだった。ほっそりと上品なヴィルナの母、イサベラが見守る中、給仕係がコーヒーカップを片 づけている。大きくてがっしりとしたドイツ系の父親、ブルーノが会話をさえぎって、僕のほうに向いて言う。「プジョーを運転してみたくはないかな? 少々 古いものだがね、、、」 僕はびっくりして、子どもがマジックを見せられ、その仕掛けがわからなかったときみたいに戸惑ってしまう。ヴィルナを見ると僕に 笑いかけていて、喜んでいるのか、あるいは父親の気前のいい提案に興味をそそられたのか、イエスと言いなさい、というようにこちらを見ている。少しして僕 らは庭に出て、ガレージのシャッターがゆっくりと上がっていくのを見つめる。それからそこで、ブルーノが白いランドローバー・ディスカバリーを運転して出 てくるのを待つ。ブルーノは車寄せのところにそれを止め、車から降り、僕らに笑みを送り、ガレージに戻っていく。さらにブルーノは水色のメルセデス・ベン ツC250を表に出す。それをディスカバリーの隣りに止め、ガレージに戻る際、さあ一緒に、と僕に合図する。ブルーノと僕の二人で、トレイラーに乗ったヤ マハ1800ジェットスキー、ゾディアック式のゴムボート、旧式のツェンダップの重いスクーターを外に出す。それから自転車を数台、芝刈り機、ピンポン台 を持ち出し、そして最後に、これだよ、とブルーノが言う。ウルグアイに来て、最初に買った車なんだ。さて、動くかどうかやってみよう、と言い添える。二年 くらい、動かしてないんでね。
 僕とブルーノはプジョーを外に押していく。心配はない、バッテリーが切れてるだろうが、ディスカバリーで充電できる。するとイサベラがガレージの床をき れいにするいいチャンスだと思いつき、使用人を呼んで掃除させる。一方ヴィルナの方は、ガレージの棚の中を覗きこんでいる。ホッケー用スティック、ラケッ トにボール、ティンエイジャー時代の自分の活発さやスポーツ好きを思い出させる様々なものを見つける。ねえ、今度テニスでもしない、とガレージからヴィル ナが声をかけてくる。僕はプジョーの脇に立って、エンジンを動かそうとしているブルーノの役に立ちたいと思っている。ヴィルナの方を見て、そりゃいい ねぇ、というような身振りを送るが、彼女はやっていることに夢中で、こちらに背を向けている。で、僕はその瞬間、ヴィルナのからだを、彼女の尻を念入りに 見て、それからすぐにブルーノの方に注意を戻す。ちょうどブルーノが目を上げて、僕の視線をとらえたので、間の悪さが生まれ、それで僕は「ヴィルナとの セックス」がパッと思い浮かび、同時に自分を見ているブルーノにも、その考えがわかってしまったような気がした。突然、ヴィルナの言った「テニスでもしな い」という言葉が、ブルーノとの間で鳴り響き、でもそれは「セックスしない」と言ったかのようで。ブルーノは彼女の父親であり、僕らがやってることは明 白、それだから僕はここにいるわけで、ブルーノが自分の車をつかっていいと言ってるのもそのためで、僕が娘のボーイフレンドだからであり、まだ三ヶ月の間 柄だけれど、何らかの理由で僕のことをブルーノは気に入っていて、まあそれで理由としては充分ということなのだろう。結局のところ、僕にプジョーを貸した からといって、この人たちの暮らしが実質変わることはない、それは明白だ。でも、口に出して言わなくとも、セックスのことがあからさまになるのは、居心地 がどうにも悪いもの、それで僕は、この奇妙な見つめあいがやっと終わるまで、息がうまくできないような感じだった。ほんの一秒くらいのことではあったが。 僕は息を接いだ。ブルーノはやっていることに戻り、オイルスティックに目を戻し、小さな声で、きみにキャップを開けてもらおうか。わたしはあれを取り に、、、ブルーノはガレージを指差し、指をぼろ布でぬぐいながら、そっちに向かう。ヴィルナが駆け足で僕のほうにやって来る。僕はびくともしないキャップ を開けるのに、苦労している。見てよ、ヴィルナが言う。プロ仕様のテニスラケットを抱え、車の脇で古いボールをポンポンとついている。あとでやらない?  ヴィルナは二、三メートル先にある、ガレージから続く緑の壁の方へと跳ねていって、それを壁打ちにつかい、午後の空気に気持ちのいいリズムを刻む。やっと のことでキャップが開いて、オイルを入れることができるようになる。まだブルーノは戻らない。彼が現れたとき、僕はヴィルナが玉を追って、行ったり来たり するのを見ていた。ブルーノは僕のことを見たけれど、今度は妙な視線のやりとりはなかった。ぼんやりする僕。さてと、オイルを入れて、ディスカバリーにつ なげて、動くかどうかみてみよう。ポン、トクトクッ。トクトクッ、パン。ヴィルナのテニスボールの音が、油だらけの汚れたエンジンにオイルを注ぐ音と重な る。ポン、トクトクッ。ブルーノ! イサベラがどこかで呼ぶ声。ブルーノはしっかりとした手つきで、オイルを注いでいる。ボールが壁をまた打ち、ヴィルナ の靴が地面をこする音を僕は聞く。ボールを追って全力で走る彼女を思い描き、その白いテニススカート姿を想像する。いやいかん。オイルが注がれるのに僕は 集中する。ブルーノ、あなたぁ! コツコツというヒールの音が、イサベラの到来を告げる。僕は目を上げる。イサベラは素敵な胸のふくらみを見せながら、 シースルーのシルクのドレス姿で、ブルーノの背後からやって来る。僕はヴィルナの胸のことを考える。あのね、マリア・ラウラのところにSUVを持っていく わ、とイサベラ。二人の間に衝突が起きるのではないかと思った。ブルーノは充電するのにディスカバリーがいるからだ。でもヴィルナの母は別のSUVのこと を言っているのだと、すぐにわかる。敷地内にとめてあるもっと大きくて濃い色のやつだ。ブルーノはオイルを入れ終わり、立ち上がる。キスして、とイサベ ラ、そして僕の目の前でキスを交換する、素早いキス、でも情熱がないわけじゃない。イサベラはヒールを鳴らして、服を手で払いながら、遠のいていく。ブ ルーノが僕の視線を捉える、、、おそらく彼は今、セックスのことを考えている。

 僕とブルーノがプジョーをなんとか発車させ、通りに出すまでに、日は沈みかけている。そして僕らはすべてをガレージに戻す。ヴィルナはそれより前に家に 戻っていたので、僕らは部屋に入るとうまくいったという報告をする。二人とも少し疲れている。それぞれ手を(別々の洗面所で)きれいに洗ったのち、ブルー ノがお祝いにウィスキーはどうだと僕に勧め、自分はソファにからだを横たえると、ブンデスリーガ(ドイツのサッカーリーグ)のその日の大一番をバカでかい スクリーンで見始める。僕はどの程度お礼を繰り返したらいいものか、あるいはもう家族の一員として認められたとでもいうように振舞うべきなのかよくわから ず、ヴィルナが部屋のずっと向こうの端で長電話をしているのを見ながら、とりあえず黙ってすわり、テレビを見ることにする。

 


外での出来事
 

  プジョーは80年代後期の白の205カブリオレで、プンタ・デル・エステのビーチリゾートを走るには完璧な車だった。古きものがヴィンテージと呼ばれ、あ ふれる新車と高級車コレクションの中では、シンプルな美しさこそ称賛され、金持ちたちの喜びとなるのだ。その人たちの評価は僕を喜ばせ、誰かが車に目をと めれば、進んで気のおけない会話をするようにしていた。

 ある朝、海岸線に沿って港に向けて車を走らせていると、右手を走るBMW M3 スポーツコンパクトに乗った四十歳くらいの男が、車を見ているのに気づいた。僕は気づかれないようにスピードを落とし、二台の車は信号のところで並んだ。 うまく横につけて並ぶと、チラッと男の方を見て、それからティーンエイジャーがするように無関心を装った。
 「きみのかい?」 男が聞こえるように大きな声で言った。
 「なんですか?」と僕。
 「つまり、それはきみの、、、」
 「ああ、そうです、そうです」
 「すばらしいね、まったく、完璧なデザインだ」
 「いや、ほんとに。エンジンもクールですよ、クソスゴイ、、、」 ボルダ(クソスゴイ)という言葉を、日本人がポルテーニョ(ブエノスアイレス在住の人 のこと)みたいに完璧な発音で言うのを聞くことほど愉快なことはない、と知って言った。
 「20でどうだ?」
 「20って?」
 「20,000ってこと」
 「あー、だめですよ、だめ」 僕はちょっと間をおいてから答えて、よそを向いた。見え透いた駆け引き。
 「じゃ、25では?」
 それに答えようとして、男の方を見たとき、突然わかった。濃いサングラスの奥から男が見ていたのは、実は車ではなくて、僕と男の間にすわり、すでに男の 視線を感じて前を見つめているヴィルナだったのだ。男のやり口はなかなかのもの、それにさっきの値踏みより、価値があると言ってもいいくらいだった。僕は ヴィルナを見た、そして発見した、まるで初めて目にするもののように、薄いブラウスから透けて見える固くなった黒い乳首を見た。バカなことをした。運よく 信号が青に変わり、言葉も合図もなしに、男はアクセルを踏み、BMWは僕の車の数メートル先に出た。
 「あなたバカじゃない」 あとでヴィルナが言った言葉。

 


事実と向き合う
 

  受話器を置いたところで、ジミーはその日一日じゅう、自分はヴィルナか誰かからの電話を待ちつづけていたんだ、と気づいた。とはいえ、自分に電話しようと 思うものがいるとするなら、それはブルーノを置いて他にはない、とは思いつかなかった。おそらく思っている以上に、自分は混乱していたのだろう。ジミーは あたりを見まわした。岬をつらぬく細い道に、車のヘッドライトが線を描き、点々と輝きを放っていた。電飾によるミツバチの巣、そこに群がる観光客。その人 たちはいそいそと何が目的なのかやって来る。

 ジミーは家まで歩いて行くと言った。心を変えるつもりはなかった。一時間以上もかかって家に着き、ノドも渇きすごく疲れていたこともあるが、このあたり の華美な家が道路まで広大な庭を張り出しているため、玄関までの道のりを延々歩かねばならないことに腹もたてていた。そこを歩いているとき、ジミーはプー ルの方を見た。この家の主がもう修理を済ませたのか、闇がありがたくも事故の痕跡を消してくれているのか、判断しかねた。
 「入って」 ドアを開けたブルーノが言った。
 ブルーノを見て、この男の落ち着いた素振りをジミーは勘違いした。握手も挨拶の言葉もなく、背を向けて居間の方に歩いていくブルーノの姿から、最初のぬ か喜びは間違いだったと知った。
 「何を飲む?」 背を向けたまま、ブルーノが無愛想に訊いてきた。
 「さあ、ええっと、、、」
 「ウォッカ?」
 「いいですね」
 「おい、いいか。やめろよ、そんな、、、」 ブルーノは言葉を見失ったように見えた。「そんな風に振舞うのは」と続け、詫びることでもあるみたいに、 会って以来初めて、ジミーの目を見つめた。

 ブルーノの最初の印象は思い違いだったのだろうか、とジミーは思った。部屋に置かれた大きなソファの一つに歩み寄り、リキュール棚のところにいるブルー ノを見て立っていた。
 「すわって」 ブルーノは手に持ったボトルでソファを示し、ぶっきらぼうに言った。
 少しして、ブルーノは中くらいの大きさのグラス二つを左手に、開けたウォッカのボトルを右手に持って、ジミーの方にやって来た。立ったままで、それぞれ のグラスにたっぷり酒を注いだ。ジミーはブルーノをじっと見た。ブルーノはがっしりとした体躯の、ゲルマン的生真面目な顔つきをした青い目の男で、ボトル 一本以上開けたあとでも、均等にグラスに酒を注げるタイプに見えた。実際のところ、ブルーノが酒を注ぐ手の動きをいくら探っても、全くのしらふなのかすっ かり酔っ払っているのか、ジミーには見極めることができなかった。
 ジミーはブルーノが差し出したグラスを受け取り、乾杯と言ってくるのを待っていた。しかしこの家の主人は、ボトルをコーヒーテーブルに置くと、ごくごく と自分のウォッカを飲み、気持ちよさそうな革のアームチェアに、大きなため息とともにすわり込んだ。
 「昨日何があったか、言ったらどうだ?」 ブルーノは単刀直入にそう切り出した。
 ジミーはちょっと考えてから、ウォッカを一口すすり、部屋を見まわして口ごもり、それから口を開いた。
 「本当のことを言うと、僕らはここに来て、、、」
 「どれくらいやってたんだ?」 ブルーノが遮った。
 「それなりに」とジミーがためらいながら言う。「僕らでかけると飲みますから。他にあなたに言うべきことは、、、」
 「何をだ?」 ブルーノが強い口調でまた遮った。
 「何を、とはどういう意味です? ウィスキー、ビール、シャンペン、スピード(エネルギー飲料)、、、」
 「何を、そのどっちだ」 ブルーノの口調は変わらない。
 「どっち?」 ジミーが驚いて聞き返した。
 「そうだ、どっちだ。言ってみろ」
 当惑の中、ジミーはあきらめた。ブルーノが言う「何を」や「どっちを」はアルコール類のことを言っているのではない、その取り合わせのことを言ってるの でもない、ということが今はっきりわかったが、その了解の向こうに、ブルーノがどのドラッグのことを指しているのか、判断する術はなかった。コカイン、 LSD、ケタミン、エクスタシー、あるいはそれ以外のここ二、三日の間に、自分のまわりで手から手へと渡った薬物のどれかなのか。実際のところ、ブルーノ はどこまで知ってるのだろう、ジミーは考えた。
 「すみませんが」 ジミーは正直になろうとして言った。「あなたが何のことを指しているのか、わかりません」
 「でたらめを言うな」 ブルーノが怒ってそう言い、残りの酒をグッとあおった。
 「ちがいます、ちがいますよ」 ジミーは何とか取り繕おうとして言った。「酒のことを言ってるんじゃないことはわかりますけど、、、」
 「吸ったり嗅いだりするやつだ、コークだよ。わかったか?」
 ジミーはびっくりした。そこまで直接的に言われるとは、思ってもいなかった。それで自分のグラスを見つめた。空になっていた。それで思い出した。ズボン のポケットには、白い小さな封筒が入っているんだった。一瞬、トイレに行ってそれを処分してしまったら(たぶん吸って)いいのではないだろうか、と考え た。もしからだを調べられるようなことがあれば、ほんとに困ったことになりかねない。しかし今トイレに行くのは、まだ着いたばかりなのだから、あからさま すぎる。
 「いや、でも、、、」 ジミーはしどろもどろ。
 「もう少し飲むか?」 ひと息つきたい思いで、空のグラスを見つめているジミーに気づいて、ブルーノが勧めた。答えを待たずに、ブルーノはボトルを取り 上げ、ウォッカをゆっくり注ぎはじめた。「それとも、何か他のものがいいのかな?」
 ジミーの目を捉えたブルーノの目つきは、計るような、どうとでも取れるような(バカにしているのかふっかけているのか)ところがあり、共犯を装いつつ脅 しているようにも見え、そして突然、ウォッカを注ぐ手を意味ありげに止めた。ボトルは傾いたまま、ウォッカの流れが止まった。
 落ち着くんだ、こいつは試してるんだ、ジミーはそう思った。
 「やってませんけど」
 ブルーノが大声で笑いだした。ボトルをテーブルに置くと、のけぞって笑いつづけ、その声は耳障りきわまりなかった。
 「そんなこと必要ないんだよ」 ブルーノはバカ笑いをやめ、見下すように言った。「いいか、ジミー」とブルーノは落ち着いた声で、真面目な顔つきで話は じめた。「きみの名字は田中だったな。厳しい時代を過ごしてきた労働者階級の出だということも知ってる。きみはこう思ってるんじゃないか、この家で歓待を 受けたあとで、わたしのところにやって来て、娘と一緒のときは時々ドラッグをやってますと言えば、わたしがきみを殺してやりたいと思うんじゃないか、と ね。しかしそれは違う。正直に言ってるんだ。きみがヴィルナとドラッグをやってなかったとしたら、わたしは心配になる。もしきみとやらないとすると、ヴィ ルナは他の者たちとやるからだ。わかるかな? すでに娘には鼻腔炎のボーイフレンドが何人もいた。問題はきみが何をやってるか、そのことだ、どんなクソ薬 をやって、娘があんなことをしでかしたか、それが知りたい」
 「よくわかりません」 ブルーノの熱弁を充分理解しないまま答えた。
 ブルーノは黙ってしばらくジミーを見ていた。そしてウォッカを二人のグラスに少し足し、自分の分を取り上げ、ジミーに目を据えたまま、乾杯、とグラスを 持ち上げ、ひと息でそれを飲んだ。
 「いいか」とブルーノが落ち着いた声でつづけた。「ヴィルナのこともその友だちのことも、わたしはよくわかってる。友だちの家族のことだって知ってる、 兄弟も姉妹もいとこもな。金持ちの社交場では噂話があちこちにある、狭い世界だ、やる機会はいくらでもあるんだ。何の不思議もない。で、いいかな、きみが 酒以外何もやってませんと、これ以上言うなら、その上、娘が何にはまってるか知らないと言うなら、けつの穴を蹴飛ばして追い出すぞ。おまえが、ヘラヘラと おれの目の前でウソを垂れるような、バカかクソかわかったもんじゃないからな。どうだ、わかったか?」
 「わかりました」 ジミーは観念して言った。「ときどき、僕ら、ドラッグをやってます」
 「よし。先に進めるな。じゃあ、昨日、ヴィルナは何をやったんだ? コークか? 他には?」
 「それだけです。でも、多分、トイレに行ったとき、、、」
 「わかった。じゃあ、いつもは何をやってる?」
 ジミーは言うのをためらった。
 「コカインか?」 ブルーノは当てこするような口調で探りをいれる。
 「はい」
 「上物(じょうもの)か?」
 「わかりません。僕にとってはそうです」 ジミーは床に目をやり、気弱にそう付け加えた。
 ブルーノは立ち上がり、リキュール棚のところに行くと、小さな金属の箱を取り出し、それを持って戻るとテーブルの上に置いて椅子にすわり、それから箱を 取り上げて開けようとしばらくもたついていたが、そこから卵形の鏡とピカピカした金属の短い細いストロー、小さなグレーの筒型の容器を取り出し、その容器 を慎重に開けた。
 「こういうものか?」 ブルーノがジミーにそれを突き出した。「手にとって」 ジミーがじっとしているので、さらに言った。
 容器はぶ厚い金属で出来ていた。ジミーは注意深く手にとると、小さな口から中を覗いた。そこには白い粉ではなく、小さな白い粒がたくさん入っていて、見 る角度を変えると、キラキラと結晶のような光を放った。
 「違います」 ジミーは自信をもってそう答え、ブルーノのもとに容器を返した。
 「そうか、じゃあ、これをやってみようじゃないか。違いがわかるはずだ」 ブルーノは静かにそう言った。
 ブルーノは小さな銀のスプーンをつかって、鏡の上に白い粒の線を引きながら言葉をつづけた。
 「問題はどこにあるのか、わかるかな? きみら若いのがつかってる、薬の質が問題なんだ。ヴィルナがやるのは構わない、何をやってるかが心配なんだ。そ れにいいかな、このことだけを言ってるんじゃない」 筒型の容器を持ち上げると、そう言った。「これはな、贅沢品だ、本物のコカインだ、使うこともできる し、使わなくてもいい。でももしやるならば、こういうものを手にしなければならない、上物をな、からだに問題のないものだ。百年前にパリの薬局で売ってい たような、コカインのことだ。そうじゃないものをやれば、終わりだ。いいか、きみにこれを提供することに何の問題もない。だから、今までやっていた、昨日 ヴィルナが見せたような反応を起こすやつを、今後つかうのはやめるんだ。わたしが言ってることが、わかるかな? きみら若いのが何をやってるかは知らん。 最初に手にしたものをずっとやってるだけだろ。やつらが売ってるものは毒だ、薬物で頭がおかしくなる。ニューロンがやられる。さらに、毒性があるだけでな く、中毒性もある。それでもっと、もっと、もっと欲しくなる。金をもっと払い、ブツがもっと欲しくなってやめられない、やるたびに、考えることからどんど ん離れていく、そのあげく、いっさいものを考えなくなる」
 ブルーノはそこで間をとった。鏡の上に最後の一筋をつくり、二人の間にそれを水平にかざして話をつづけた。
 「これはいろんなことに言える。いいか。この仕組はクソだ、破滅への連鎖なんだ。どんどん安いものを作り、どんどん消費者に食わせる。このアホったれな 仕組の流れを維持しつづける鍵は何か、わかるか? 消費されつくしてるものは本物じゃない、本物は高価だ、ゆっくりと消費される。究極の解決法はそれだ。 本物じゃないものは溢れてる。食べもの、服、音楽、本、ドラッグ、きみら若いのが消費してるものに本物はない。食べものみたいなもの、服みたいなもの、音 楽みたいなもの、すべてがそんな風だ、すぐに食いつくされるものとしてある。完璧なる仕組だ。偉大にして巨大な、超効率的な仕掛けが産み出すもの、それは 無だ、完璧に究極の無だ」
 自分の勢いに気圧されたようにそこで口をつぐみ、少しの間呆然としていたが、話している間ずっと手にしていたものをジミーに差し出した。
 「これをやってみれば、きみにもわかる。この手のものもはなくなりつつある。やがて消え去ったとき、それで終わりだ。何もなくなって、カスだけになる。 人間は腐った肉のために、互いを殺しあうことになるんだ」




初出:Granta「若手スペイン語作家特集」(2010年)

キャサリン・シルバー英訳版からの翻訳
 

 

アンドレス・レッシア・コリノ

1977 年、ウルグアイの首都モンテビデオに生まれる。1985年までつづく、軍事独裁政権下で幼少期を過ごす。生物科学の学位をもち、現在、ウルグアイの製薬研 究所で働いている。2005年、雑誌「Pimba!」で短編小説を発表し、小説家デビュー。 2008年、小説「Parir」で市の賞を受賞。「気持ちのいい暮らしの情景」は、執筆中の作品からの抜粋である。母語はスペイン語だが、英語とポルトガ ル語でも本を読む。あるインタビューで、尊敬する作家として、ジェームズ・ジョイス、トマス・ピンチョン、ポール・オースター、ペドロ・フアン・グティエ レス、ウィリアム・フォークナーをあげている。文芸誌Grantaの「若手スペイン語作家特集」(2010年)の一人に選ばれた。

*No English version on this content.

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