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Nigerian boys by SIM USA(CC BY-SA 2.0)

本になりたい:ぼくはどうやって作家になったか

A. イゴニ・バレット

1.

ポートハーコート(ナイジェリア南部の街)の南部にある自宅の涼しい寝室で、母はベッドでしわくちゃの上がけに寝ころがり、本を顔の上に広げて、燃えるような目でそれを見ていた。ぼくは三歳、母親にかまってほしかった。いますぐ、ぼくのことをちゃんと見て、どんなときもぼくがどれだけ大切か言ってほしかった。しばらくの間、ベッドの端に腰かけて、母がぼくに気づくのを、その表情を見ながら待っていた。母が再び笑いでからだを揺すりはじめたとき、好奇心を抑えられなくなってこう訊いた。「なんで笑ってるの、ママ」

 

答えなし。母があの紙の束の何に心を捉えられているのか、ぼくにはわからない。

 

ぼくは声を上げた。「ママ! なにわらってるかおしえて」 大声は効果があった。それで母はぼくに目を向ける。母の目は輝いていたけれど、それはぼくに向けられたものではない。

 

「向こうに行ってボマと遊びなさい」と母。そしてもごもごとこう言った。「本が読めるようになったら、どうして笑ってるかわかるわよ」

 

ボマはぼくの弟、まだ赤ん坊だ。ボマはいつも泣いている。いま、弟は居間で父に抱かれている。かまってほしくて、いつものように、声を上げているのが聞こえる。ボマが家にやって来て以来、ぼくだけのものと思っていた両親の愛情の大半が、持っていかれた。そしてこれだ。母の目を輝かせ、クスクスと笑いをもたらすこの本というもの、それが残りの愛もぼくから盗んだんだ。

 

ぼくは本になりたい。母親にいつもぼくのことを見ていてほしい。

 

本を読めるようになるんだ、そう決心する。

 

 

2.

母と父が、昨日、ぼくのことで言い争いをした。父がぼくに読み方を教えていた。ぼくが父に頼んだのだ。でも昨日、父はぼくがXの字をなかなか覚えないので、いらいらしてぼくのお尻をたたいた。ぼくが助けを求めると、母はその腕にぼくを抱きあげた。そしてこう言った。まだこの子は小さいのよ、もっと大目に見てやって、だってこの子は同い年の子よりずっと覚えるのが早いんだから。この子はじゅうぶん大きいさ、早すぎると言うなら、教えてくれなんて頼むんじゃない、父はそう言って書斎のドアをピシャリと閉めた。

 

ぼくはじゅうぶんに大きい。

 

明日はちゃんとやろう。

 

あと二、三週間で、ぼくは四歳になる。

 

 

3.

暗いワードローブの中でうずくまり、心臓をドキドキさせながら、外から聞こえる足音を聞いている。足音がそっと近づき、ワードローブの前でとまり、ぼくは耳をピンとたてる。つかまってしまう、と恐れる。

 

ぼくは六歳、友だちというものがいない。ボマはみんなに愛されている。いたずらっ子で人なつこく、ネコを恐がったりもしない。いつも声を上げて笑っている。よくとおる声で笑い、父のミニヴァージョンみたいだった。見た目も父によく似ている。みんながそう言う。みんなはぼくに、きみは誰に似ているのかな、なんでそんなにおとなしいの、どうして本の虫なんだ、と訊いてくる。プリエが訊いてきたのもそれだ。

 

「なんでそんなに本の虫なの?」

 

「ワクワクするからだよ、このアホが!」 ピシャリと言ってやった。でも悪かったと思う。女の子には優しくするのよ、と母は言っている。プリエはいつもボマと遊ぼうとやって来る。プリエはサムおじさんの娘で、おじさんは隣りの家の人、そして近所では父の一番の友だち。父とサムおじさんは書斎で笑い声を上げながら、おしゃべりしている。そしてプリエはぼくの寝室に来て、ぼくを探している。ボマはどこかに隠れいてる。ぼくらはかくれんぼをして遊んでいるのだ。プリエが家に来たとき、ぼくは「雪の女王」を読んでいた。でもボマと三人で遊ぼうと言ってきたので、ぼくは本を置いた。「雪の女王」はぼくを凍りつかせ、悲しく、寂しい気分にさせる。それにぼくを遊びに誘うこともない。

 

ぼくは今、ワードローブの中でうずくまり、自分をみつけてくれないかと願っている。そうすれば本に戻れるからだ。

 

 

4.

ボマとぼくは父といっしょに、ベニン中西部の町で休暇を過ごしている。その家は大きくてがらんとしてて、ぼくはポートハーコートに戻った母が恋しかった。母もぼくがそばにいてくれたらと、思っていてほしいと願う。父はボマを連れて買いものに行っていて、ぼくは一人で留守番だ。かんしゃくを起こして泣き叫んだ罰。弟がぼくの本を取って逃げ、それを捕まえられなかったから。

 

ぼくは九歳、両親がもう互いを好きではないのではないかと心配している。

 

今、ぼくは父のベッドに腹這いになっている。「老人と海」を読んでいるところ。

 

大きくなったら、ぼくは漁師になりたい。うん、本と釣り針をもって海をさまようんだ。

 

 

5.

母はぼくにズボンを買ってくれない。母が好きなのは半ズボンで、きれいな色のもの。ピンク、ライムグリーン、パウダーブルーといった。道を歩いていると、男の子たちがぼくをからかう。いつも本をもって歩いているからだ。その子たちはぼくを女だ、と言う。それはぼくが本をすごく読むから、きれいな色の半ズボンをはいてるから、すべすべした足をしているから、そして女の子みたいに見えるから。母はぼくに、あの子たちはチビの悪ガキだと言う。でも母はあいかわらず、ズボンを買ってくれない。「ボマをいじめる子はいないでしょ」 これがぼくが文句を言ったときの母の答え。でもそれはボマが本をもって外を歩かないからなんだ。それに弟は喧嘩をいとわない。

 

でもぼくはそうは言わない。ぼくはもうすぐ十歳、弟を裏切るのは罪だ。

 

大きくなったら、ぼくは海賊になりたい。

 

 

6.

ぼくはクラスの男の子女の子たちが騒ぎまわっている教室にいる。先生はどこか行っていて、同級生たちが飛びまわっている間も、ぼくは自分の席にすわっている。「ルーツ」という小説をぼくは読んでいる。

 

ルーツのシリーズが毎晩、国営テレビで放映されている。

 

母の友だちのグロリアおばさんが、ぼくがクンタ・キンテのことをすごく心配していて、悪いやつらがいい人に勝っているのが嫌だと言うと、本を貸してくれたのだ。いい人が勝つところが待ちきれない。童話ではいつも、いい人が勝つのだから。

 

「この本を読んでごらん。この世界がどんなものか、学んでもいい年になったからね」とグロリアおばさん。

 

ぼくは十歳だった。

 

教室の開いた窓から、太陽の香りを含んだ強い風が吹き込み、本のページをパラパラと繰った。すると影がそびえ、風をさまたげたので、ぼくは見上げた。ゴゴがぼくの机の脇に立って、怖い顔をしてぼくを見下ろしている。ゴゴがいるせいでぼくはそわそわビクビクしたけれど、ゴゴがやって来たことに驚きはない。ぼくが英語のテストで最高点をとって以来、この二、三週間というもの、ゴゴはぼくに喧嘩をしかけようとしてきた。それに成功しなかったのは、ゴゴがクラスで一番強く、喧嘩をさけようとする者がいても、誰にも臆病だとは思われないからだ。いつもぼくは逃げまわっていた。でも今、ぼくは無防備な状態にある。ゴゴもそう思っているとぼくにはわかる。ぼくは目線を落とし、ゴゴがこう言うのを耳にする。「なに読んでんだ?」

 

「ルーツ」とぼく。それから急いでこうつけ加える。小さな声を震わせながら、取り入るように。「毎晩NTAでやってるよ。クンタ・キンテのドラマだよ」

 

「それ貸して」とゴゴは言い、手を伸ばす。

 

人に本を貸すのは嫌いだけれど、しかたなく渡す。ゴゴもぼくのように本が好きなのかもしれない。

 

いや、そうではない。ゴゴは本を閉じると、教室のはるか向こうに投げつけた。本は開いた窓の外に飛んでいき、外の砂地に落ちた。そしてゴゴはぼくの方にのしかかり、ハハハとぼくの顔に向って笑った。ぼくは泣きたい気持ちだった。あの本は借りたものだ。本は大切にしなさい、と母がいつも言っている。

 

ぼくがゆっくりと立ち上がると、教室が静まりかえった。顔が熱く燃え、おしっこがしたくなった。ゴゴはぼくが泣くのを待っていて、大笑いするつもりだ、そう思っているのがわかっていた。そのことがわかっていたから、ぼくは涙をこらえて、強い気持ちになった。ぼくは机から足を踏みだし、窓の方にむかう。

 

「とまれよ!」 ゴゴが叫び、ぼくはたじろいだけれど、立ち止まらなかった。ゴゴが後ろからやって来るのが聞こえる。ぼくを脅そうと、机をバンバンたたきながらやって来る。ぼくは窓のところに着き、振り返る。ゴゴは机五つ向こうで立っている。ゴゴの顔はものすごく怒り狂っている。

 

「おれが止まれと言ったの聞こえたか?」

 

ぼくは答えない。ゴゴの視線を受けとめる。

 

「目が悪くておれが見えないのか? おれと戦えると思ってんのか、このデベソの息子」

 

ぼくは殴られたように感じた。

 

ゴゴはぼくを汚い言葉で呼んだ、それは母を汚い言葉で呼ぶことだ。

 

ぼくも怒っていた。苦いものが口の中に広がり、手が冷たくなり、ひざが震え、胸が苦しくなったけれど、恐怖心は収まりはじめていた。ぼくはゴゴに何もしていない、それなのにぼくの本を投げとばし、ぼくの母を口汚く言った。言うべきことを、言わねば。この苦いものを吐き捨てなければ。

 

「チビの悪ガキめが」と、ぼくがゴゴに言う。でもゴゴは実際はそうじゃない、チビでもない。ぼくよりずっと背が高いし、ふくらはぎや胸や腕には立派な筋肉、腕の血管などぼくの父のみたいだ。ぼくにはそう見える。ゴゴはぼくがいつかそうなりたい姿、強者そのものだ。

 

だけど今このとき、ぼくの人生で初めて、ぼくは弟のボマ以外の者と戦う気になっている。これは本のためだ。ぼくは打ち負かされて、恥ずかしい目にあう、ぼくにはわかる、ゴゴもぼくがそう思っているのを知っている。クラスのみんなも知っている。同級生がはやしたて、ぼくに喝采を送る、ゴゴをあおる。ゴゴがカンフーの叫び声を放ち、ぼくに飛びかかる。ママ、助けて! でもぼくの本、ぼくの母のために、ぼくは逃げるわけにいかない。歯がガチガチいいはじめ、ゴゴの吐く息が顔にかかり、何とかそこでこらえていたけれど、ついにぼくの感情が爆発する。ぼくはゴゴを跳んでよけ、顔をおおうため両手をあげる。だけど何も降ってこない、一発もこない、ガラスの割れる音と子どもの泣き声が聞こえただけだ。ぼくが探すと、ゴゴが外の砂の上で痛みに身悶えしているのが見えた。ゴゴは自分で窓ガラスに飛びこんで、向こう側に落ちたのだ。背筋が寒くなり、それから安堵し、大いに満足した。

 

悪い子が負けた。

 

世界の秩序へのぼくの信頼が回復した。

 

ぼくは「ルーツ」の読書へと戻れる。

 

で、ぼくは窓をよじのぼり、本を拾い、ガラス片を払い、同級生が喝采する教室へと戻る。男の子女の子が取り囲み、ぼくの背中をたたき、称賛の眼差しでぼくを見つめる。ぼくの胸は誇りでいっぱいになる。

 

後ろでは、ゴゴが泣いている声がまだ響いている。

 

 

7.

ポートハーコートの静かな午後、七回目の「ローナ・ドゥーン」(イギリスの19世紀の作家R. D. ブラックモアの小説)を読んでいると、叫び声が聞こえた。ボマだ。ぼくは祖母の家の自分の部屋にいたけれど、外には大人たちがいるのでベッドから出なかった。読書の邪魔をされたくなかった。ボマはたいしたことないだろう。母は大学の学位を取るため、イバダンに行っている。ベニン市で父と母が言い争いをしたのを最後に、ぼくは父の顔を見てないし声も聞いていない。ぼくらの住んだあの家に父が残していったのは、ボマとぼくの本だけ。

 

ぼくは十二歳、大きくなったら航空技師になりたい。

 

とつぜん部屋のドアがパッと開いて、ボマが大きな紙袋を二つ手にもって飛び込んでくる。「オモチャだよ!」 ボマは興奮して叫ぶ。「ロボットはぼくの!」 ボマは袋をドサッと床に置き、その脇にどすんとすわると、一方の袋を逆さまにしてオモチャを吐き出させた。この広い世界で、こんなにたくさんオモチャを買う人といえば、あの父くらいしかいない。ぼくはベッドから転がり出る。

 

二つめの袋には本が入っていた。「ハーディー兄弟(The Hardy Boys)」のボックスセット、シプリアン・イクエンシの「燃える草原」、「宝島」、飛行機が表紙に描かれた子ども用百科事典、それにぼくに宛てた手紙が一通。ぼくは手を震わせてそれを開く。読みながら、涙をこらえて瞬きする。

 

父は内戦が起きているリベリアにいて、そこで新聞に記事を書いている。父はぼくを愛してて、ぼくに会いたくて、母と別れてしまったことを悪く思ってて、そしてボマとぼくに会いにもうすぐやって来ると言う。父はぼくが以前と変わらず、本をたくさん読んでいることを願っている。

 

読んでるよ、パパ。今もたくさん読んでるよ。

 

 

8.

母にはボーイフレンドがいる。名前はアルバートおじさんといい、眼鏡をかけていて、最近かぐこともなくなったシェービングクリームの匂いがした。おじさんが挨拶を返してきたとき、ぼくはがっかりする。なんだかとてもいい感じの人みたい。それに見た目も申し分ない。ネクタイをしていて、目が優しかった。

 

今となっては、母がぼくのことを愛してないのははっきりした。

 

母に何がわかる? ぼくはヘンな気分になる、ヘンな夢をみるし、悪い本(セックスのことが書かれている本)を読むといい気持ちになる。だけどいつも恥ずかしくなる、誰にたいしても、特に女の子にたいして。

 

ボマは恥ずかしがりじゃない。だから今この瞬間、居間で母とアルバートおじさんと話したりできる。裏切り者のチビめが。ぼくは部屋に隠れている。ちょっと前に「チャタレー夫人の恋人」を読みはじめた。アルバートおじさんが家に来る前に読みはじめたんだけど、十七ページのところでとまってる。居間のおしゃべりに気を散らされている。

 

でもそのおしゃべりから知ったことがある。アルバートおじさんは医者で、ラゴスに住んでいて、ずっと笑うことのなかった母を笑わせることができる。母がぼくの名前を呼んで、ぼくが居間のドアのところに顔を出すと、アルバートおじさんが優しい感じのいい声でこう言った。

 

「本をたくさん読むんだってね。いいことだ。今は何を読んでるの?」

 

「チャタレー夫人の恋人」とぼくがボソボソと答える。その直後、ぼくはいったい何を言ったんだと戸惑う。母が恥ずかしがっているのがわかる。手で顔をおおってるから。アルバートおじさんもばつが悪そうにしていて、咳払いする。それから眼鏡をはずして、レンズをせっせと拭いている。ボマはテレビのマンガを見ながら、楽しそうに歌っている。

 

母がついに口を開く。「あなたは十四歳よね」 そう言うと、アルバートおじさんと視線を交わす。「もう大人だとは思うの、多分ね」 母が何を言っているのか、ぼくにはわからない。ぼくのことを陰で悪く言っていたんだと思い、ぼくは頭にくる。今日初めて会った母のボーイフレンドと、そんな風に言い合ってたんだ。

 

ぼくが出会うもの、裏切り者ばかり。

 

その夜遅く、母とアルバートおじさんが友だちみんなと出かけ、ボマが眠っている脇で「チャタレー夫人の恋人」のページを繰り、目で言葉を追っていると、心臓が止まりそうになった。ぼくにもやっとわかった。

 

そんなつもりはないのに、自分の秘密の楽しみを母に知らせようとしていたんだ。母のボーイフレンドの前で。

 

ぼくの出会うもの、裏切り者ばかり。本でさえも。

 

恥ずかしさで落ち込んだけど、読み進む。すぐに嫌な気分は消えていい気持ちになる。

 

 

9.

母がぼくに腹をたてている。ぼくは母にこう言った、ぼくよりボマのことを愛してるんだろう、ぼくを子ども扱いしてばかりだ、ぼくは大学になんかいくつもりはない、それは母がそうしてほしいと思ってるからだ、母がしてほしいことは何であれ絶対にしない。ぼくは大声で泣きながら言い放つ。ボマは母の脇に立って、肩に腕をまわし、背なかを抱いていた。ボマはぼくを訴えるような目で見ている。

 

「そんな風に言うもんじゃない!」 母が言い返す。「そんな言い方をわたしにするなんて。わたしの言うことを聞けないなら、この家を出ていきなさい」

 

次の朝早く、ボマが起きる前に、ぼくはシャツ三枚とトランクス二枚をスヌープ・ドッグのリュックに詰め、歯ブラシをジーンズのポケットに突っ込んで、一冊の本「ポートノイの不満」を手に、こっそりと寝室を出る。

 

ぼくは十八歳、一ヵ月前に高校を終えた。この二年間、イバダン市西部の町に住んでいる。そして今なお、駆け寄る友はなし。いまだぼくはさまよっている。

 

 

10.

エナゴア南部の町のある家の玄関前の庭にぼくは立っている。父を待っているのだ。父は奥さんとぼくの二人の義理の妹たちと、まだ家の中にいる。ボマと長いこと暮らした末に、三歳の子がぼくをお兄ちゃんと呼ぶのを耳にするのは、何とも奇妙な感じだ。一歳の方は一日中泣いてばかりいる。ボマがそうだったように。そういえばあの子はボマに似ているな。

 

ぼくは片手に一冊の本を、もう一方の手に携帯電話をもっている。母と電話で話していたところ。母は元気そうだったけど、ぼくに会いたがっていた。ぼくも同じ気持ち。

 

手にしている本は、農夫になるのをあきらめるようぼくを説得した本だ。「コレラの時代の愛」。ぼくはこの本をどこへでももっていく。失敗することを恐れる気持ちに対抗するぼくのお守り。

 

ぼくは二十六歳、ぼくは作家になりたい。

 

父が玄関のところにあらわれる。「中に入って待ったらどうだ?」と言う。「今コラムを書いているんだ。書斎でちょっと待ってないか。すぐ済むから」

 

「ここで大丈夫、パパ」とぼく。「外の空気を吸っていたいんだ。急がなくていいよ」

 

父は口を開けかけたけれど、そのとき三歳の子が呼んだ。「パパ!」 それでそのまま頭を中に引っこめたので、父のいた場所で、ビーズのカーテンが揺れてジャラジャラ音をたてた。と、ぼくの電話が鳴る。画面をみる。母がかけ直してきたのかと思ったけれど、違う、登録してない番号、おそらく海外からの電話だ。出るかどうか迷うが、結局出ることにする。

 

電話の主はBBCの者だと名乗る。ぼくが短編小説の賞をとったと言っている。応募したことを忘れていたものだ。ぼくは自分の名前と作品の題名を言う。電話の主に、電話をかけた相手が本当にぼくなのかどうか、確かめた。そうよ、とその人は言う。その声のほか何も聞こえなくなる。

 

電話を切って、ぼくは父に声をかける。玄関に父があらわれる。

 

「どうした?」

 

ぼくは賞のことを話す。父が飛んできてぼくに腕をまわし、ぎゅっと抱きしめ、すごく誇らしいよと言ったとき、ぼくは父のひざの上で読むことを学んだ、あの頃のぼくが帰ってきたように感じた。

 

二ヵ月足らず前、ぼくは大学からドロップアウトしていた。

 

 

11.

ぼくは今、二冊目の本の最後の言葉を書き終えたところだ。

 

今夜、「ブリキの太鼓」を再読しようと思う。二十八歳の誕生日に、父が贈ってくれた本だ。

 

でもその前に、隣りの部屋にいって、この嬉しいニュースをボマと分かち合おう。それからボマの電話を借りて、ロンドンにいる母に電話しよう。今度こそ、ありがとうと母に言わなければ。

 

どうして母が笑っていたのか、時が流れて、ぼくは理解した。

 

ぼくは三十三歳、ラゴスに住んでいる。本を読んでいないときは、仕事として本を書いている。

 

初出:The Millions(2012年9月)

日本語訳:だいこくかずえ

 

イゴニ・バレットの短編小説「まんまる」はこちら。

http://happano.sub.jp/happano/birdsong/html/14-barrett-J.html

イゴニ・バレット

イゴニ・バレット

ナイジェリアの作家。1979年、ナイジェリアのポートハーコートで生まれる。母はナイジェリア人、父のリンゼイ・バレットはジャマイカ人で小説家、詩人として知られている。バレットはイバダン大学で農業を学ぶが、最終学年のとき作家を目指すため大学を離れる。

 

バレットの最初の本である短編小説集 "From Caves of Rotten Teeth"は、2005年に出版され、その中の一つが2005年のBBC World Service short story competitionで賞を受ける。第二作目の短編小説集"Love Is Power, Or Something Like That”がGraywolfより2013年に出版され、アメリカの雑誌「Flavorwire」とアメリカの公共方法「NPR」に2013年ベストブックに選ばれる。2014年、Africa39(40歳以下の才能あるアフリカ人作家に贈られる賞)にリストされる。

 

2015年、最初の長編小説 “Blackass”が出版される。中国語を含む複数の言語に翻訳され、PEN Open Book、the Hurston/Wright Legacyなど数多くの賞にノミネートされ、2016年には、中国外国文学協会より21世紀の外国小説最高賞を受ける。

 

ナイジェリアのラゴスに在住。

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