Kearsarge Lakes, photo by sheenjek(CC BY-NC 2.0)

​ポケットハンター

メアリー・ハンター・オースティン

その男と最初に会ったときのことはよく覚えている。燃える夕焼けの中、白ギリアの花々の婚礼を見ようと歩いていると、セージが燃えるときの独特の匂いを鼻腔に感じた。彼方から流れてきたその匂い、普通はインディアンの集落が近くにあることを知らせるものだけれど、平坦なメサにいて、そこからはダイアナ・セージより背の高いものは何ひとつ見えない。セージの上には夕闇が広がり、白い三日月が浮かんでいて、一筋のゆらめく煙が上がっていた。それを追っていったら、薮の下でくつろいで野営をしている「ポケットハンター」と出会ったのだ。男は炭火でコーヒーポットを温め、夕飯はフライパンの中で食べるばかりに仕上がり、おしゃべりでもしたいような面持ちで、砂地の上にあぐらをかいていた。自分の荷ロバが、与えられたセージよりもっと水気のあるものを求めて、足かせを外してうろうろしていても、気にもとめていなかった。

 

 その後、風吹く山あいの道や沙漠の丘陵地の水穴のそばで、たびたび男に出会うようになり、その暮らしぶりがみえてきた。小さな、腰のまがった男で、野生の小動物が保護色で身を守るように、顔つき、態度、話し方に目立った特徴がなかった。男はいったい何を着ていたか、覚えているのは服の至るところについた調理のときの焼けこげくらい、それから口をあけたままの可笑しな様子、近くに寄って見るまでは、頭のからっぽな人間かと思うかもしれないが、男はいつも何かしながらふんふんと鼻唄を歌っていたのだ。男は遠くまで、長いこと、旅をしてきたが、調理用具は簡素この上なかった。豆を煮る鍋、コーヒーポット、フライパン、パンこね用ブリキ缶(ロバに餌やりが必要なときもこれを使った)、これだけでこのあたりの西部一帯を半周して戻ってきた。わたしたちが知り合った最初の頃、丘陵地での食事には何が適しているか、男はこんな風に話した。ベタベタしないもの(「鍋を荒らす」から)、「汁っ気」のないもの(包みやすいように)、それと腐りにくいもの。銃は使わず、ウズラやハトを獲るために水穴の近くに罠を仕掛けた。またマスの獲れる地域には釣り糸を持っていった。男はロバを荷物の量によって一頭か二頭連れて出たが、この動物の一番の美点は、ジャガイモの皮や薪を食べてくれることだった。麓の村に馬を一頭置いていたこともあったけれど、まぐさがなくメスキートしかない沙漠に来たときに、茂みから豆をとってやっていて、その棘が好物の荷ロバを使うことを思いついたのだ。

 

 自分でなろうとしてポケットハンターになれる者はまずいないのではないか。ポケットハンターはある才能に恵まれて、そして試験管の縁をポンとひとたたきして結晶現象を起こさせるように、ある好機によって出現するものだ。わたしの友のポケットハンターは、リー地区で一千ドルの鉱脈を当てるまで、まともな仕事についたことがなかったが、それを機に金鉱追いを自分の天職とした。ポケットというは、何かと言えば、岩石の中に眠っている豊穣な小さな鉱物の塊、あるいはもっと価値の低い鉱石の中の鉱脈のこと。ほとんどの鉱物性の岩棚にはそのようなものが含まれているけれど、それを多大な労力なしに見つけられるのはよほどの幸運者である。実利的なのはいいポケットを見つけたら、自分で事業を始め山から手を引くこと。筋を通したいなら山に残って新たなポケット探しに精を出すこと。わたしのポケットハンターは二十年間、金鉱追いをしてきた。男の仕事道具はシャベル、つるはし、自分の皿よりきれいにしている砂金鍋、ルーペ。流れにくると、男は川底の砂利を「色分け」し、ルーペの下に置いて遠くから来たものか近くのものか見極める。そうやって目をこらして、金を含んだ砂利が流れの中に現れるまで働き続け、見つかると峡谷の斜面に上がって鉱脈探しを始める。小さなポケットを見つける一番の兆しは鉄のシミだと、男は言っていたと思う。でもポケット探しについてよく飲み込めていると感じられるほど、わたしには鉱夫の話の流れがつかめたためしがない。男はまた別のやり方を水のない丘陵地ではやっていた。袋小路になった溝の内外や、隆起後まだ冷え固まっていないように見える、むき出しのままの多様な地層の曲がりくねりのところで仕事をした。男の金探しの旅は、雪のシエラの東斜面(海岸沿いの丘陵とぶつかるところまで南下している)に始まり、長く厳しい寒さのため北上するのが困難なトラッキー川流域に至る斜面全域に及んだ。そして沙漠方面に向かって延びているほぼ平行して連なる丘陵地の一つ二つに降りては働き、モハベ川の川底にも降りて、河床の砂地を我を忘れて掘りに掘った。そこは神秘に満ちた土地、うら寂しく、吹きさらしの荒れ地、美しくもあり、空恐ろしくもあった。でも男はここで何ひとつ危害を被らなかった。この地が男をジリスかアナグマ程度のものとして扱ったからだ。あらゆる生息動物の中で、土地は人間を露ほども気にかけていない。

 

 鉱山というのは変わりものの人間を山ほど生み出す場所で、互いに互いの変人ぶりを忌み嫌っているところがある。そんな中でポケットハンターは、最も率直で気さくなしゃべりをする男だった。他の年老いてすすけて萎んだ鉱夫たちの「カヨッテ掘り」よりずっと、生彩に富んだ思い出話を持っていた。人里離れた丘の奥深いところで、コヨーテのように穴掘りをすることを「カヨッテ掘り」とこのあたりの鉱夫たちは言っている。鉱夫のだれかが不毛そうな鉱脈の中に鉱物の兆しをみつけて(この言葉が適当かどうか。わたしがこの手の用語にうとくて当てにならないことを覚えておいて)、それを追って母岩の中心へと闇雲に進んでいって、願をかけては掘り、また願をかける、というようなことを指している。このとき男たちはだんだん我を忘れたようになり、自分たちが幸運を目前にしていることを信じて疑わない。お金を貸す以外のことなら何でも親身になってやりたくなるような、気のいい無邪気な男たちがほとんどだ。わたしは「飯たかり」たちも知っていたが、この口のうまいならず者たちは、いい岩棚が見つかりそうなどという言葉と引き換えに、わたしたちから小麦や豚肉、コーヒーをまんまとせしめていく。でもその誰一人として、ポケットハンターほど価値あるものを手にした者はいない。この男、ポケットハンターは人に何か期待したりせず、自分のやり方で人生を楽しんでいた。体さえ丈夫なら、それは素晴らしい生き方だった。ポケットハンターは、そこが戸外でありさえすればどんな天気も素晴らしく、どこも変わらず心地いい場所だ、と思うに至るところまで来ていた。いったいどれくらいの間、自然の中に身を浸していれば、こんな風に頓着せずに暮らしていけるようになるものなのか、まったくわからない。わたしはといえば嵐のときのきれいな光に胸を高鳴らせ、砂混じりの強い風の猛攻や岩の上の稲光のダンスに目を奪われてしまうし、嵐がいつまでも留まっていれば今度は疲れを感じてしまう、という具合。でも鉱夫やインディアンたちは、天気から身を守る、一生ものの殻のようなものをもっているのだ。

 

 ポケットハンターは自然の暴力、人間の暴力による破壊をたくさん見てきた。そして自分は、人を生かすも殺すもできる全知全能の何かの手の中に委ねられていると感じていた。でも病気による死については、そんなことは起こらないと信じる以外、どうしようもなかった。山の片斜面全部の地形を変えてしまうほどの嵐が何度も来た年、男はグレープ・ヴァイン峡谷にいた。一日中、嵐の大翼の下で追われるように歩き、抜け駆けできないものかと足を速めたが、夜になるまで共に旅をするはめになった。その後も雨は降りつづき、やむことなしの土砂降りだったに違いない、と男は思うのだが、ぐっすり寝込んでいたので確かなことはわからない。嵐の方はと言えば、まったく眠りにつかなかったのだが。夜半、丘の背後の空が雨で溶けた。嵐のうなり声が押し寄せ、男の夢と混じり合い、夢うつつのまま男は起き上がり、嵐の通り道から退いた。何が最後に目を覚まさせたかといえば、激しい水流に押し流された木の幹が折れた音だった。泡立ち渦巻く水流が男を打ちつけ、水の壁が行き過ぎるまで必死になってそばの薮木にしがみついていた。水流はビル・ゲリーの小屋を押し流し、ビルをさらって11kmも先のグレープ・ヴァインの河口の砂州に打ち上げた。太陽が昇り、怒濤の雨が収まったところで、ポケットハンターはビルを見つけ、土に埋めた。この男は自力で助かったとは露ほども思わず、理解を越えた天の力のおかげと信じていた。

 

 ポケットハンターの放浪の旅は、ホット・クリークの向こうの不思議の国にまで及ぶことがあった。そこは神秘の力が、地面の下でモグラのように何かいたずらを起こす土地。そこで起きている現象が何であれ、この地方では悪魔の仕業とされていて、時と季節を選ばず、手段や場所を変えて襲ってくる。それは丘の斜面全体をおおうようにして、熱の悪魔となってじわじわと這い上がり、気づいたときには、松林で木のてっぺんが死んでいる。そして樹木帯のかなり大きな面積を焼き焦がし、また何年か前の噴出層が積もった割れ目のところに戻って、蒸気を噴き上げる。それはときに澄んだ流れの真ん中で、熱い泡だつ青い湯を噴き上げたり、浅瀬で煮立ち人をも飲み込むような流砂となったりもする。このような現象はポケットハンターにとって、自分の近所に噂の的になるような奇妙な家族が越してきたような、恐いもの見たさの興味の種となった。わたしは、こういう話を聞いているときの方が、男が鉱夫仲間から拾ってきた話の燃えさしと迷信を混ぜ合わせたような解説話より、ずっと面白いと思っていた。山の恰好の噂好き、ポケットハンターから「兆しが見えて」や「突き止めて」や「当たりをつけて」などを追いやることができたなら、潮の満ち引きの話、ブラック・マウンテンの松の話、メスキート峡谷のオオカミの話など心躍るエピソードの数々を聞くことができた。多分男は、自分がどんなにこの山の獣たちや木々のことを我が家のように仲間のように感じているか、いつもの場所で出会うことで心満たされているかに、気づいていないと思う。春になればパイン・クリークに降りてきて、土手下の草陰からマスを掻き出すクマのこと、ローン・ツリー・スプリングのジュニパーや、パディ・ジャックスのウズラのことなどを。

 

 ホワイト・マウンテンの南にあるワバンの丘の上に、風でかしいだヒマラヤスギが低く平たくテントを張って、隠れ家のようになっている場所があって、雪の季節、野生の羊がそこで冬越しをする。それは木こりや金鉱探しの男たちが言っていた話だけれど、ポケットハンターは自らそこを体験していた。冬のはじまり頃、ここを行く人はみな突然の大嵐を警戒しているが、昼に丘を登り始めたポケットハンターは、いちばん近い道を選んで山越えをしようとしていた。徐々に寒さが増してゆき、降り始めた雪は前が見えないほどの大降りになってきて山道を消し去り、あたり一面を雪野原にした。雪の吹きだまりで目標物が隠され、足早に迫る闇が降り積もる雪を覆い始めた。ポケットハンターは自分がどこにいたかわかっていたさ、と言うけれど、どこなのか正確には言えなかった。三日前には水のほとんどないデス・ヴァレーの西丘陵で、くるぶしまで砂に埋まっていたのに、今はワバンの丘でひざまで積もる雪に足を浸けていた。どちらの場合も、男のしたことはできることをする、それだけ。つまり歩き続けることだ。いずれにしても雪嵐の中で、できることと言えばそれくらい。それは動物のもつ生存本能といってもよく、男はこれまでの人生の中でそれを養ってきたので、ヒマラヤスギの隠れ家にたどり着くことができた。そうやって男は暗くなってから四時間後にそこを見つけ、羊の群れの荒い息を耳にした。「こんな中でまともにものが考えられるものなら、嵐で足止めをくった羊飼いと哀れな羊の群れに行き会うとはと、さぞかし驚いたことだろうな」とポケットハンター。が、深く考えることもなく、ふかふかの羊毛に挟まれて暖をとり、羊に埋もれて深い眠りに落ちた。夜中に羊がもぞもぞと動けば、男も眠りの中で動いて羊にすり寄り、嵐が去るまで眠った。

 

 一面白銀の世界に朝日が輝き、ヒマラヤスギの屋根の下で男は目を覚ました。そして目の前に、同じ屋根の下で、神の羊、野生のオオツノヒツジの群れが、白一色の雪景色を眺めながら大きな角を振っているのを見て、心を強く揺さぶられた。群れはあたりが明るくなってくると少しだけ男のそばから離れたけれど、それ以上の関心はないようだった。やがて光はあたり一面に広がり、真っ白な雪の天蓋があちこちに腕を広げ、神々しいほどの海の青さの中を泳いでいた。雲が空に散らばり、峡谷の上で渦巻いてはちぎれ飛んでいった。群れのかしらが軽く吹きだまりを蹴って合図すると、羊たちは軽々とした長い跳躍で雪面をとらえ、飛ぶようにしてワバンの斜面を駆けおりていった。

 

 ポケットハンターのような男に、こんなことが起こるなんて! 不思議なことに、男は今まで数知れず幸運に恵まれてきたけれど、なぜか動物についての一般常識は、滑稽なほど欠けていた。男はガマガエルの毒性やヘビよけのお守りを信じていて、また、これはわたしにはどうしても認められないことだけれど、わたしの友コヨーテに対する鉱夫一般の偏見も持ち合わせていた。ぬすっと、卑屈者、ぬすっとの息子、などとこの荒れ地の小さな灰色犬をいつも呼び捨てていた。

 

 もちろん男は、探しまわったあげく、それなりに価値のあるポケットを見つけてきたわけで、それなしに今のような生き方を通すことはできなかった。とはいえ男は、小さな鉱脈を見つけたのと同じように、大きな鉱脈を見逃すという「幸運」にも見舞われた。男はトノパ地方全域をまわり、二、三年のうちにそこが大変な場所になるなどという予想のかけらもないままに、鉱石片を持ち帰った。自分が何の価値も見つけられずに石を削りとってきた場所は、まさにカリフォルニア・ランドの鉱脈だったんだよ、とわたしに勢いづいて言っていたけれど、別にがっかりした風でもなかった。

 

 あるとき、雲行きの怪しくなった険しい山道で、男が荷物を詰め替えているところに出会った。緑のキャンバス地のかばんに持ち物が詰め込まれるのをそばまで降りていって見ていたが、それはまぎれもないイギリスの小説に出てくる緑の「弁護士鞄」だった。そこは靄にかすんだただっ広い谷を見下ろす、山道から少し降りた場所、人家の一つもない西部で目にするものとして、この緑の鞄ほど不釣り合いなものはない。その鞄は、ロンドンで数年前買ったものだと言うけれど、男が外国に行ったことがあるなんて話はそのとき初めて聞いた。それは何回目かの「大きな山」を当てた後のことで、その金で大周遊をしたのだった。他に何も持ち帰ったものはないけれど、その緑の「弁護士鞄」は自分の用途に、そして功名心にも見合うと見積もった。功名心とは、金持ちに見え、ロンドンの地位あるブルジョアの中に身を置くことだった。イギリスの豊かな中産階級というものが、上には仰ぎ見るに足る上流社会、下にはいじめたり偉ぶったりできる下々の者と両方があり、とても魅力あるものに見えたのだ。もちろんこんなあからさまな言い方はしなかったけれど。

 

 それからしばらくポケットハンターのことを聞かなかったが、二、三年たって、放っておかれた払い下げ請求地に一万ドルが支払われ、渡りに船と男はそれを手にロンドンに遊びに行ったと聞いた。この土地は男のことをかつてのように心に留めることもないようだけれど、わたしはときに懐かしく思い出し、以前のようにひょっこり男と出会わないかという期待を捨てられなかった。というわけで、一、二年たったある日、夕闇にあがる煙を見つけ虫の知らせを感じて湿地まで追っていったら、コーヒーポットとフライパンで火を囲んでいる男と出くわした。ポケットハンターその人だった。でもわたしは驚かなかった。これぞ天の采配というものか。

日本語訳:だいこくかずえ 

メアリー・オースティン『雨の降らない土地』より

 

メアリー・オースティン | Mary Austin

アメリカ、イリノイ州出身の作家、ナチュラリスト(1868~1934年)。カリフォルニア州南部の沙漠地帯に長く暮らし、そこで観察したこと体験したことを小説、エッセイ、詩集、童話などの題材とし、多くの作品を生み出した。シエラ・ネヴァダの東斜面に沿って細くのびる谷間、オーウェンズ・ヴァレーの小さな町を転々とし、この土地特有の野生のありよう(動植物、地形、気候風土など)に親しみ、そこで暮らすインディアンの人々や鉱夫、羊飼いたちと深く親交することで多くのことを学んだという。主な作品に「雨の降らない土地」「籠女- 子どものための風変わりなストーリーテリング集 -」がある。