シカゴのブロードキャスター、ブルース・ダフィーが聞く

This project is created by courtesy of Bruce Duffle.

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ジョン・ケージ  john cage

ジョン・ケージ | John Cage

 

アメリカの実験的音楽の作曲家、作家(1912~1992年)。父親は発明家。息子には「誰かが何かを”できない”と言ったら、それはおまえが何をすべきかを示してる」と言っていた。1940年代初頭から、マース・カニンガム(ダンサー、振付家)と仕事をするようになり、彼のダンスカンパニーの音楽アドヴァイザーを生涯にわたって務めた。カニンガムは私生活のパートナーでもあった。コロンビア大学で鈴木大拙に禅を学ぶなど、東洋思想への関心が高く、中国の易をもちいた「偶然性の音楽」を開発している。作曲家として常に独自の音楽理論を提示し、作品を通じて音楽の定義をひろげたと評価されている。代表作品に『4分33秒』がある。 つづきを読む>

(the original text of the interview in English)

ジョン・ケージの音楽は実際に聴いてみると、「前衛」というより「自然」という言葉が思い浮かんだりします。たとえば『Inlets(入り江)』は水が泡をつくる音から成っています。これを美しいと思うこともできれば、面白いと感じることもできます。音楽とは呼べないという人はいるでしょうが、音によって想像力を呼び起こすものではあります。

(葉っぱの坑夫)

ここで話された話題 [楽譜のない音楽/聴衆の耳は進歩している/環境にある音を楽しむ/不確定な音楽/偶然性と不確定性の違い/シェーンベルクからの啓示/デュシャンとの出会い ]

このインタビューはブルース・ダフィーのサイトからの翻訳です。

 

<1987年6月21日、電話によるインタビュー>

 

インタビューをサイトに掲載する際、あまり自分の話はしないことにしていました。しかし今回に限って、ジョン・ケージに関わる二つのエピソードを書かせていただきます。

 

1. 1968~1972年にわたしが学部学生だったとき、音楽教育学科の学位取得をする以外に、演奏用メインホールのレコーディング技術者(及び実際上の舞台管理責任者)を務めていました。現代音楽のシンポジウムが行なわれたとき、ジョン・ケージのチャンス・オペレーション(偶然性の音楽)の一つを、小さな集団で演奏しなければならなくなりました。わたしは自分のバスーンを取り出し、3人の友(ヴァイオリン、ホルン、クラリネットの奏者3人)に頼みこんで、一緒にこれをやることにしました。オーバーヘッドプロジェクター*のレンズ台の上には、小さな円が撒き散らかされていました。この「楽譜」を読み、我々は聴衆に驚きと楽しさをもたらそうと演奏をしました。演奏後に、わたしはこの円の一つをおみやげとしてポケットに忍ばせました。もし今後このセットを使って演奏が行なわれるとしたら、この日のものとは違った(楽譜どおりではない)演奏になるでしょう。一つ円が足りないのですから。

*オーバーヘッドプロジェクター:非常に明るい光源の箱の上面にレンズ板を設置した表示システム。透明なOHPシートをレンズの上に置き、そこにあるテキストや画像を反射鏡をとおしてスクリーンに投影させる。会議などの場で使われてきた。

 

2.  エヴァンストンの公立校で、楽器演奏の教師を2、3年ほどしたのち、1975年からシカゴのラジオ局WNIB(Classical 97)に四半世紀、在籍することになりました。1990年代に2回にわたって、ケージの『4分33秒*』を放送中に生演奏しました。このことを誰かに言うと、聞いた人はみんな、わたしが決められた時間、音声を中断しただけだろうと思いました。この受けとめ方は、完璧にこの楽曲の要点を見失っています。ケージが注意を促したのはホールの中の環境音でした。ですからわたしの演奏は、ラジオの聴衆にWNIBのコントロールルームで何が起きているかを聞かせることでした。

*4分33秒:3楽章からなる楽曲で、あらゆる楽器で演奏可能。演奏者は3楽章の間、自分の楽器を演奏しないことで、曲を演奏する。リスナーはその間、まわりの音(環境音)を聴く。1952年の作品。

 

わたしは前置きとして、この作品についてその背景を取り混ぜて説明しました。そしてマイクをオンにしたままで、音楽をかけているときいつもしている仕事をしました。映像はないので、代わりにタイマーを一つここに加えました。家のキッチンにあった、小さなねじまき式の1時間タイマーを持ってきていました。前置きを言い終えると、ぜんまいを巻き上げて、マイクの隣りに置きました。リスナーはぜんまいを巻くジリジリジリ、、、を聞き、チッチッチッ、、、という時を刻む音を聞いたはずです。そしてわたしは、曲をかけている間にいつもするように通信社からのニュースを集め、部屋の中を歩きまわり、電話をかけてきた人とおしゃべりをし、椅子の背もたれに寄りかかり(ギィーッといい具合に軋む音がします)、スタジオに住んでいる猫や犬に話しかけ、といった風でした。所定の時間が過ぎたところで、タイマーがピッと鳴り、わたしは放送の態勢に戻り、咳払いをし、終わりの言葉を告げました。この演奏はとても喜ばれ、リスナーは新奇な作品を楽しんだようでした。

 

1987年6月のケージとのインタビューに戻ると、間もなくやって来る75歳の誕生日のために、わたしが彼の家に電話することを了承してくれました。ちょっとした含みを持たせながらも、ケージの答えはいつも単刀直入で、また優しさと誠実さに溢れていました。何回か、わたしが話についていけているか、尋ねてくれもしました。わたしが大丈夫ですと言うと、そこからさらに話を進めました。

 

以下がそのときの会話です。

(ブルース・ダフィー)

 

ブルース・ダフィー(以下BD):今日、わたしと話す機会をつくっていただいて、とても感謝しています。2、3ヶ月前にデイヴィッド・チューダー*がシカゴに来たときは、素晴らしいインタビューができました。

*デイヴィッド・チューダー:アメリカの現代音楽のピアニスト、作曲家。1926~1996年。ケージの『4分33秒』を1952年にニューヨークで初演したことで知られる。ケージの他、国内外の前衛作曲家の作品を多数初演している。

 

ジョン・ケージ(以下JC):ああ、彼は今日の昼、カニンガム・ダンスカンパニー*といっしょに日本に発ったところだよ。なんか体質に合わないものを食べて、行けるかどうかわからなかったんだけどね。

*カニンガム・ダンスカンパニー:アメリカのコンテンポラリー・ダンサーで振付家マース・カニンガムの結成した舞踊団。

 

BD:向こうに着くまでに良くなるといいですね。

 

JC:そうだね、大丈夫だろう。

 

BD:そりゃよかった。あなたとはいろんなことを話したいと思ってまして、まず最初に、とても簡単な質問です。音楽はいまどこに向かってるんでしょうか?

 

JC:音楽はあっちへこっちへと多様な方向に進んでるね。それは音楽をやるときのテクノロジーの違いや、音楽に対する態度の違いから生まれたものだと思う。たとえばデイヴィッド・チューダーの作品とか、電子機器を使わないアコースティックな楽器の音楽家の中にも、音楽を書くことをやめて、楽器を作用させることをやってる人たちがいる。

 

BD:それはいい傾向なのか、それとも単にそう動いてるだけなのか?

 

JC:重要な傾向だね。それがいま起きていることだよ。もう一つはもっとよく知られている流れで、音楽をレコードにしたり、再合成録音したりすることで、これも音楽を書くことから離れている。ずっと昔、ブゾーニが言っていたのは、音楽と音楽家の間に立ちはだかるもの、それは楽譜だってね。だから今の音楽業界では、たくさんの人が記譜をやめようとしてるわけだ。

 

BD:何人もの作曲家の人たちがわたしに、これからは紙の楽譜じゃなくてテープが楽譜代りになると訴えてますけど。 

 

JC:うん、楽譜はない。あるのは音なんだ、音が生み出されるんだ。テープに記録される場合は、音はテープから生まれる。だけど楽器の場合は、デイヴィッド・チューダーとあと二人のことが思い浮かぶね。ピアノですごいことをしているカナダのピアニスト、ゴードン・モナハンと、作曲家のアンドリュー・カルヴァーで、彼はバックミンスター・フラー*の構造原理に従って、テンセグリティーをやった。デイヴィッド・チューダーの場合、構成要素、回路が音楽になる。そして演奏されたとき、生きて出てくる。

*バックミンスター・フラー:アメリカの思想家、システム理論家、建築家、デザイナー。1895~1983年。

*テンセグリティー:バックミンスター・フラーにより提唱された概念で、Tension(張力)とIntegrity(統合)の造語。

 

BD:ということは、テープにするとき、それは楽譜というより、演奏ということでしょうか?

 

JC:演奏が音楽ということだね。

 

BD:演奏という意味で、音楽が生きる残る機会を排除しませんか?

 

JC:いや、そんなことはない。むしろ増大する。音楽は生きている、聴くたびに違うことが起きる。

 

BD:生の演奏を使うことをせずに、テープをつくることについてはどうです?

 

JC:デイヴィッド・チューダーとゴードン・モナハン、アンドリュー・カルヴァーの場合は、テープもないし、楽譜もないよ。

 

BD:1回1回の演奏が違ってる?

 

JC:そういうこと。

BD:いまある電子機器が1940年代にあったら、プレペアド・ピアノ*やその技法を使いましたか?

*プレペアド・ピアノ:グランドピアノの弦に金属やゴムなどを挟み、打楽器的な音色効果を狙ったもの。1940年にケージがあるダンス作品のために考案した。

 

JC:それに答えるのはすごく難しいよ。だってわたしが40年代初頭に手に入れたいと思った新たな技術は、手にできなかったからね。それでプレペアド・ピアノをずっと使いつづけてきたわけだ。いまハイテクと言われているものにアクセスできなかったんだよ。(両者、笑)

 

BD:ラジオ局のサウンド・エフェクト・ライブラリーを利用できなかったんでしょうか。

 

JC:最初のころはほとんど利用できなかった。『Imaginary Landscape』でコンスタント・サウンドとスライディング・サウンドをつかった。もっと最近の『Roaratorio』まではたくさんの録音物をつかうことはできなかった。

 

BD:最近のエレクトロニクスは作曲家に自由を与えてると思いますか? それを持つことは、彼らにとっていいことだと?

 

JC:われわれ作曲家は、それぞれすごく違った方向に進んでいるから、ある人にとっての自由が、他の人にとってもそうとは限らない。それぞれのやり方が必要とする器材が求められる。

 

BD:そこまで違う方向に音楽が進んでいることに、喜んでいます?

 

JC:あー、それはその通り、イエスだよ、とてもね。

 

BD:どのあたりで、人々の理解にあまるようになったんでしょう?

 

JC:理解の問題だとは思ってないよ。経験の問題だね、そして経験というのは、より多くの人にとって、どんどんん利用できるようになっている。言うなれば、人々の耳は以前よりずっと柔軟になってる。その大きな理由は、音楽がすごく多様になったからなんだ。今世紀初頭には、二つの曲の違い、たとえば中国の音楽のね、それを聞き分けることは難しかった。でも今は、みんなあらゆる音楽を聞いて知ってるよ。

 

BD:では聴衆自身が大きな進歩をしていると。

 

JC:レコード産業などのおかげで、耳は豊かになってると思うよ。アメリカの人たちは誰もがその富にあずかってる、現在の富、過去の富にね。すごいことだと思うよ! 何年か前に、コネチカットのウェズリアン大学では、コンサートホールを一つではなくて、六つから八つもつことが検討されていた。それぞれのホールで違う種類の音楽が演奏されるようにね。それがどこまで進んだか知らないけど、あそこは東洋音楽に関して重要な大学だった。

BD:あなたはとても重要な点をあげてくれました。人々が家でレコードを聴けるようになったことです。コンサートホールで聴く聴衆と、家でレコードを聴く人々では、あなたの期待することは違いますか?

 

JC:うん、違うね。わたし自身はレコードは聞かないよ。自分の音楽の中で(楽器として)つかうことはあるけど、音楽を聴くためにはつかわない。すごく古いタイプなんだ。生演奏が好きなんだな。(笑)

 

BD:古いタイプではないでしょう、たぶん、それは正しいのでは。

 

JC:コンサートが特別なのは、音が楽器の置かれた場所からやって来ることで、そこには複数の楽器がある。それに対してレコードの場合は、いくつかのスピーカー(たいていは二つ)から出てくるわけで、家でコンサートみたいに12箇所から音が出るということはないよね。

 

BD:コンサートホールに聴衆がやって来て、一つとか二つのスピーカーから音楽を聴くのは時間の無駄?

 

JC:生演奏では、12の違う場所から出される12の違う音を聴く機会を持つ。今の人間は、空間に放たれる音と音の関係性に、より注目するようになってると思う。『The Collection of Rocks*』という曲があるんだけど、同じ楽器を持った演奏家のグループが、ある空間で、一つの音を生み出すのに成功しているんだ。同じ楽器の音を複数の人がつなぐことで音を長く保つことができる。それ以外の音は、ホールの別の箇所から聞こえてくる。そうすると音と空間の関係性がわかって、特別な感じがする。わたしはすごく面白いと思ったし、聴く人にむしろそういうものが楽しみを与えるんじゃないかってね。家で聴くという便利さの中で、常に音を耳にしてることよりもね。違う音を聞くんじゃなくて、同じ音ばかり聞き続けるってことだから。

*The Collection of Rocks:違う場所から音を出すことで「音の建築物」をつくるとケージは説明している。それぞれの場所の同種の楽器グループは二つに分けられ、息継ぎする箇所で音を受け渡す。演奏が行なわれているスペースの中を、聴衆は自由に歩きまわって鑑賞する。

 

BD:世の中にある音はすべて音楽だ、と感じてるんでしょうか?

 

JC:そうだね。わたしは環境にある音を楽しむことを主張してきた。ちょっと前にとても美しい絵葉書をもらった、イギリスの画家リチャード・ハミルトンからのもので、彼はテレビを見ていたそうだ。ケルトの神話についての番組で、その中にこんな問いがあった。「世界でもっとも美しい音楽はなにか」とね。英雄たちが次々に答えていって、最後の者が「何かが起きたときの音が、世界でもっとも美しい」と言って、それが最高の答えだとみんな思ったというわけ。

 

BD:なんと深くて素朴な答えなんでしょう。

 

JC :そのとおり、わたしが経験したことだね。わたしはパーカッションの楽器をいくつか持っているけど、ピアノはない。さっき言ったように、レコードは聞かない。環境の音を聞いてるんだ。家の中の家電の音とか、外からの車の音だとかね。

 

BD:そこから日々、新たな驚きを得てるんでしょうか?

 

JC:いつもそう、その通り。

 

BD:それは生活とは何かということなのか、そういう音を聞く機会をもつことが。

 

JC:生活というのは、起きたことに注意を向けることだと思うよ。目でそれを感じる人もいれば、耳で感じる人もいる。わたしの場合は、目と耳の両方をつかうことが楽しい。その結果、わたしの作品は演劇的な質(性格と言った方いいかな)を帯びているんだと思う。演劇というのは目と耳の両方をつかうからね。

BD:基本的にあなたは自分の作品の演奏に満足してきました?

 

JC:他の人たち以上にわたしが楽しんでいるとは思わないね。モーツァルトを例にとれば、いい演奏も悪い演奏も、わたしたちは聞き慣れている。いい演奏は、演奏家が注意を払ったときに生まれ、悪い演奏は注意を怠ったときに生まれる。

 

BD:では演奏者の能力とは関係ない?

 

JC:注意を払っているかどうかと関係してる、と思うね。能力の低い人が、注意を傾けた話はたくさんあるよね。アテネの政治家デモステネスは、口に石を入れることで、話す能力を減じた。その障害を乗り越えることで、彼は美しく語ることを学ぶことができた。

 

BD:ではあらゆる音楽家が、自分のやっていることに集中したら、、、

 

JC:(これに勢いを得て)音符を読んでばかりじゃなくてね! 多くの人が音符を読むことに夢中だね、それはリハーサルは高くつくからさ。まずやらねばならないのは、音符を集合させることであって、音楽と言われてるものには注意を向けてない。

 

BD:ちょっと前に戻って、わたしたちの周りにある音について、あなたが言ったことなんですけど。もし音楽がどこにでもあって、この世界の音のすべてが音楽であるなら、生活から切り離されたコンサートに行って聞く演奏と、それ以外の毎日の暮らしとか仕事というものの違いは何なんでしょう。

 

JC:場所が違いを生むんじゃないだろうか。つまり道に立っている代わりに、コンサートホールにいる、といった。だけどソロー*はすでに、コンサートホールでもその外でも、音を楽しむ経験を持っていたんだ。

*ヘンリー・デイヴィッド・ソロー:アメリカのエッセイスト、哲学者、ナチュラリスト。1817~1862年。自給自足の生活で知られ、代表作に『ウォールデン 森の生活』がある。

 

BD:われわれはコンサートホールをつくるべきなのか、それとも地上のすべてが巨大なコンサートホールと感じるように、見方を変えるべきなのか。

 

JC:どちらも可能だね。コンサートホールの外に音を持つこともできるし、音楽が持つすべての成果を手にすることも可能。いま作られている音楽、これから作られる音楽のすべてもね。何であれわたしたちは持てるんだ。この地球に生きているかぎり、使える経験というのは減るんじゃなくて増えていくわけだ。

 

BD:過剰になりませんか?

 

JC:人によって違ってくるだろうね。あなたが言うように、それ以上超えられないような境界線を持つ人もいるだろうし、どんな経験も歓迎する人もいるだろう。わたしに関して言えば、何であれ次に起きることを歓迎するよ。

 

BD:あなたの存在、音楽、この何年かの教えることが、世界中の人々の境界をぐっと広げたと感じていますか?

 

JC:もしそれが本当なら、すごく嬉しいね。

 

BD:本当だと思いませんか?

 

JC:ある場合にはそうだね。多くの人がわたしに、そういうことが起きたと言ってる。だけど確信はないよ、誰でも自分の経験というのは、人に伝える以上に自覚しているものだからね。だからみんなが「ありがとう」と言ってくるとき、どんな意味合いなのかは実際にはわからないよ。(笑)

 

BD:人々が何かを成し得たことはわかっても、それが何かはわからないと?

 

JC:彼らはある経験をする、その人たちは、(あなたが言うように)わたしの本や音楽などと関連づけるわけだけど、彼らがどんな風に関係をつくったかは正確にはわからない。わたしは経験のことを言っただけ。それはソローが『ウォールデン:森の生活』の最初のところで言ったことだよ。こう言ってる。「この本では<わたし>という人称代名詞をたくさんつかっていこうと思う。それは他の誰よりも、自分の経験は自分が知ってるからだ」

 

BD:あなたの音楽を聞きに来る聴衆に、何か期待しますか?

 

JC:いや、しない。

 

BD:まったく、何も???

 

JC:ないね。わたしはちょっとした贈り物をつくるわけで、言わばね。何かをつくって人がそれを利用できるようにする。それを使うかどうかはその人次第、ということだね。よく言われているように、馬を水場に連れてくることはできても、水を無理やり飲ませることはできないって。音楽を人々に届けることはできるけど、それを音楽とは思わない人もいるよね。この前、わたしのごく初期の作品について話をしていた。まだ若かったころ、音楽を書き始めたころは、先生もなく自分で書いていた。自分の書いたものの中に音楽を感じることができなかった。で、それを捨てた。今はもちろん、自分の書いたものがどうなのか、見るのは好きだけどね。そして聞くのももちろん好きだよ。

 

BD:演奏家があなたの気づかなかったことを、音楽の中に見つけたってことはあります?

 

JC:あるよ。わたしの音楽の多くは不確定なもので、デイヴィッド・チューダーの素晴らしい演奏能力のために書かれた。彼はわたしが書いたものから、わたしが想像しなかった音楽を生み出した。

 

BD:では音楽のどれくらいが創作に属し、どれくらいが演奏者との協働になるんでしょう。

 

JC:彼はわたしの書いた音楽なしには演奏をなし得なかった、という意味で割り合いを言うのは難しいね。彼がやったみたいには、誰も演奏できなかった。だから両方の力だと思う。完璧にわたしの作品と言えるし、完璧に彼の作品とも言えるんだ。

 

BD:最終の仕上がりは200%とということですか?

 

JC:最終の産物は、レコードになったとしたら、わたしが書いたものでもなく、彼が演奏したものでもない。だからマイナス200%だね。(両者、笑)

Cage Ensemble Hamburg - Cage Ensemble Hamburg
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"ear for EAR"
From "ear for EAR" 2014年、Telos Music
演奏:Cage Ensemble Hamburg
(original data: 2:48)

二つの声(ソロとコーラス)が静かに呼びかけあいエコーする、中世の聖歌のような曲。テキストはなく、EARの3文字が発語される。ケージは言う。「聖書には、歯に歯を、目に目は目を、とあるが、耳にはいっさい触れられていない」。EARマガジン10周年のための委託作品。

BD:先ほど、不確定性について言われました。偶然性と不確定性は違うんでしょうか?

 

JC:ああ違うね。「チャンス・オペレーション(偶然性の音楽)」という言葉は、曲を書いていて、中国の『易経*』から引き出された数字を活用するときに使うもので、何年もの間それをやってきた。1950年代初頭に書いた『Music of Changes』のような曲を生み出すことができる。これは確定的なものだ。固定されたもので、他の作曲家の書いたものと同じように、いつも同じように読むことができる。不確定性の曲というのは、カメラで撮るように書かれるものだ。カメラによってあなたは写真が撮れる、しかしカメラはあなたがどんな写真を撮るかはあずかり知らない。つまり不確定性の音楽というのは、カメラのようなものなんだ。人々にいろいろな写真を撮る可能性を提供する。しかしチャンス・オペレーションというのは、出来上がった写真、出来上がった音楽を生み出す。チャンス・オペレーションは、不確定的なものを作るときにも使える。だけどこの二つは違ったものなんだ。両方の共通点は何かといえば、それをやる人の側は、意図を持たないこと。多くの人は、何かやるとき、心の中に何かあってそれをやる。わたしは常に、心の中に何もない状態でやるんだ。

*易経:中国古代の書物。儒教の基本書籍である五経の筆頭にあげられる経典。

 

BD:だけど偶然性と不確定性は、互いに退け合うことはないんですね。

 

JC:ないね。二つは違うものだ。わたしはチャンス・オペレーションをたくさんの可能性の中から一つを選び出すために使ってる。たとえば、今、オルガンのための曲を書いているけど、もし音のつらなりがあり、それぞれの間に「間」があったとしたら、それがどれくらいのものになるかは、それぞれの音の長さがどれくらいか尋ねることで見つけることができる。一つ一つの音は分離しようとしているわけで、どこまで伸びるかは次の音によってきまる。しかし間(無音)が必要だからいっぱいいっぱいではない。で、どこまでかを見つける。たとえばグラフ(図形楽譜)にある音の数、あるいは分割は14個だとわかる。で、その14をもってデスクに行って、コンピューターにインプットして、六十四卦と関連づける。『易経』だよ。すると即座に回答を、7だとか、11だとか得るわけ。どんな数でもできる。PCを持つことで、ものすごく作業が早く、効果的に進む。最初にチャンス・オペレーションを始めた30年前、35年前と比べてね。

 

BD:ではコンピューターは、自分で計算するより早くできるということしかしない?

 

JC:そのとおり。

 

BD:コンピューターは創作には関わらない?

 

JC:関わらない。

 

BD:じゃあ、あなたが主人でいられると。

 

JC:そうだな、わたしがコンピューターを使う。(両者、笑) 「主人」という言葉は嫌だね、わかるだろうけど。

 

BD:それでもあなたは創作者だし、監督官ですよね。

 

JC:そうだね。だけど選択することから、問いを発することへと責任の在りどころを変えてきた。 

 

BD:あなたは心に何も持たずに曲を始めると言いました。自分が正しい路線を進んでいるか、どうやって知るんでしょうか。

 

JC:路線はたくさんあって、どれも正しい。『易経』を見てみよう。わたしはこれを勧めるね、地上で最も古い本だ。紀元前4000年くらいの昔のもので、六十四卦が含まれている。この本は知恵の宝庫だ。問いを発すれば、チャンス・オペレーションによって答えが得られる。古くは三つの硬貨を6回投げて六十四卦を得る。または筮竹(ぜいちく)を使う。わたしはこの方法ではやらなかったね、時間がかかりすぎるからだ。筮竹をさばくのに30分かかる。

 

いまはコンピューターで素早くできて、問いに対する答えが得られる。もしチャンス・オペレーションをつかって、ある特定の答えを目的に問いがなされるとしたら、問いを発し、答えを得ようとすることはバカバカしいことになる。それは不条理だ。だからチャンス・オペレーションは潜在的に、あらゆる答えはあらゆる問いに答えることと言える。非常に興味深いよね。

 

不思議なことだけど、何年も前にシェーンベルク*に学んでいたとき、それがわかったんだ。でも学んだとは気づいてなかった。彼は対位法について問題をだして、生徒全員を黒板のところに行って解かせた。和声学の授業だったんだけどね。シェーンベルクはこう言った。「問題の答えを得たら、こっちを向いてわたしにそれを見せなさい」とね。わたしは振り向いて彼を見た。すると「合ってるよ。じゃあ同じ問題に対する別の答えを見せて」と彼が言った。で、わたしがそれをした。わたしが振り返ったらこう言った。「それも合ってる、では別の答えを」と言われた。それが8回か9回続いた。そして彼がさらに別の答えをと言ったとき、わたしは困ってこう答えた。「もうありません」ってね。すると彼は「それも正しい」と言ってからさらに、「すべての問いの下にある基本的な問題は何か」と聞いてきた。

*シェーンベルク:オーストリアの作曲家。1874〜1951年。十二音技法の創始者として知られ、調性音楽の体系を画期的に変え、音楽の可能性を大きく開いた。

わたしはびっくりしたね。彼をいつも崇拝していたけど、その瞬間さらに高く登りつめた。その答えを得るのに30年くらいかかったよ。多分、彼はそれを受け入れてくれたと思う。すべての答えに潜む基本的なことは、自分の問いにあるんだ。つまり自分に発しているんだ、答えのすべては、あらゆる質問に答えることなんだ。これを理解するのは難しいし、我々は『易経』が示すところまで到達してない、それはそこはどこにもない場所だからなんだ。いま多くの人々はわたしの作品や考えはバカげていると思っていて、こんな発言に対して、バカげてると思ってる人はたくさんいる。でも、そうじゃない。

 

BD:わたしはバカげてるとは思いませんよ。何かとてつもなく大きいことに見えますけど。

 

JC:それはよかった。グラッツェ。

ケージとカニンガム

New Music Events in Minnesota

from YouTube "John Cage - Dream (1948)"

by Malhaya Damian

BD:作品を書いているとき、音符を書くのをやめる瞬間というのが来ますよね。そこに到達したと、どうやってわかるんでしょう。

 

JC:最初に言ったように、空間と時間の間には関係性がある。わたしは普段、画家がするようにして仕事をしている。一定の紙の上に、一定の時間をつかって。

 

BD:紙か時間かどちらかを使い尽くしたら、終わりっていうことでしょうか。

 

JC:画家がキャンバスでやってることと同じだよ。

 

BD:書いた楽譜を直すことは?

 

JC:ごく初期の30代に書いた作品を、敬意をもって直したことはあるよ。

 

BD:修正はいつもより良いものになります?

 

JC:初期のころに何を書いていたか理解するための試みだね。だけど楽譜が読みづらいときと、そこで何が行なわれたか判断すべきときに限られるね。自分が何を書いたか理解していたと思っていた。でもさらに生きつづけるうちに、自分の記憶が正しくないと思った。それに手を入れてないから、過去にやったことをきれいさっぱり忘れてしまってるんだ。ジェームズ・プリチェットという若くて素晴らしい音楽学者いて、わたしの音楽についてたくさん扱ってくれてる。

 

BD:あなたの音楽の研究ですか?

 

JC:そう。

 

BD:本になるんでしょうか?

 

JC:そうなるだろうね。どんな形に収まるか、よくは知らない。たくさんの作品があるし、彼が来て、それとは別にハンガリーの音楽学者も数年前にやって来た。彼らにわたしの楽譜などすべてにアクセスできるようにした。彼らはどこで資料を得られるか、わたしの出版社についても知った。ハンガリー人の学者はアメリカの学者より印象深かったね。

 

ごく最近になって、さっきのアメリカ人が、自分の書いたテキストを送ってきた。素晴らしい書き振りだっただけじゃなく、考え方が素晴らしかった。作品について、わたしが気づいてなかったことや、忘れていることを見つけ出していたんだ。たとえば、最初に『易経』をつかったのは、『Music of Chnages」だと思ってた。1952年の作品だ。彼はそれより前の作品『プリペイド・ピアノと室内オーケストラのための協奏曲』の中にそれがあることを見つけた。3楽章もので、1~3楽章で魔方陣をつかってたんだけど、第3楽章で『易経』を入れてたんだな。彼は楽譜の山を検証していてそれを見つけたわけだけど、デイヴィッド・チューダーのところで、その楽譜を発見した。

 

楽譜はわたしが何をしたかを示してはいない。だけど彼は紙に書かれた数字を『易経』で検証したんだ。それで当てはまることを見つけた。それが音楽を説明しているとね。他に何の説明もないのにだよ。素晴らしいと思わないかい? 

 

BD:あなたは『易経』に知らないうちに近づいて、それを使っていたと。

 

JC:そうそう。いまオルガン曲を書いているんだけど、一つのやり方を続けていると思った、ペダルを加える方法だ。それは何年か前にピアノ曲でやった方法だった。そのピアノ曲の草案を全面的に見ていた。作曲のやり方をそこから取るつもりでね。で、自分のしたことを全く覚えてない箇所に出会った。書いたことの意味がわからなかった。スラッシュのついた番号のような小さなことだけど。その結果、新しい作品は過去のものと違うものになった。それは注意の払い方が今は違ってるからなんだ。それによって以前のやり方が変化した。記憶から自由になることはいいことだ、と言いたいんだ。記憶のすべてではなくて、部分的にね。それがわたしの心を、つまり、わたしの活動において、最初に思いついたことを複製することを減らすんだ。つまり麻痺することがない、サティが「経験は麻痺の一形態だ」と言ったみたいにね。(しばし間を置いて) あなたの興味からどんどん離れていくようだったら、言ってくださいね。

 

BD:すべてとても興味深いですよ。わたしはジョン・ケージの心を探索しようとしてるんですよ。表面的であったとしても。

 

JC:わしたは植物を探査する小さな道具をもってるんだ。200種を超える植物を育てているんだけど、水を普通にやる日と、いっぱいやる日を分けてる。一日置きに探査してるんだ。(笑)

 

BD:キノコには相変わらず夢中で?

 

JC:うん。

CD_Cage after Cage.png
Inlets by John Cage - Matthias Kaul
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From ”Cage: Cage After Cage” 2015年、wergo
演奏:Matthias Kaul
(Original data:8:02)

ふしぎな音楽というか音のつらなりから出来た曲。inletは入り江の意味があるので、入り江の水音をイメージしてみたが、 実際はホラ貝などの大小の貝殻の口に水を出し入れしたり、揺すったりして録った音のようだ。ホラ貝を楽器として使用して即興演奏するので、演奏者によって違う音楽が奏でられる。

BD:シカゴで過ごした時のことについてお聞きしたいんですけど。1941年にスクール・オブ・デザインに1年間いましたね。

 

JC:うん。

 

BD:そのときのことを少し話してもらえませんか。

 

JC:スクール・オブ・デザインが北の方にあったときだね。古いパン屋があったね、そういえば、そして天井までの仕切りがあった。わたしは打楽器を手にやって来たんだけど、ある日、誰かがクラスに入ってきてこう言った。「その教授法をなんとかして欲しい」とね。学校中に響きわたる騒音を発していたんだ。それで楽器を学内から持ち出して、シカゴ大学に持ち込んだ。わたしはキャサリン・マニングのダンス伴奏者として雇われてたからね。そこでリハーサルやなにやかやをやった。そしてスクール・オブ・デザインでは、理論的なことを教えた。

 

BD:分裂病的な生き方に聞こえますけど。

 

JC:若かったときはそういうことができた。今でも自分の生き方は、たくさんのことに注意を払う傾向があると思ってる。少しのことに、ではなくね。

 

BD:楽曲をつくっているとき、一つの曲に専念するのか、いくつもの曲を同時にやるのか。

 

JC:現時点ではわたしはオルガン曲をつくっていて、同時にオペラも手がけている。それはフランクフルトで11月に初演されるものだ。『ユーロペラ』というタイトルでね、ヨーロッパとオペラの合成語なんだ。『ユーロペラ1』と『ユーロペラ2』で台本はない。

 

いろんな意味でそれはコラージュ作品だ。パプリックドメインになったアリア、文学作品からの抜粋、と歌い手たちが選んだものだ。その伴奏は、ここニューヨークのメトロポリタン・オペラのコレクションから、70の違うオペラからの楽器パートをコラージュしてる。だからわずかな部分だけ耳に入る、どの楽器演奏も、16小節もつづかない。それぞれの楽器伴奏部分はソリストのようなもの。指揮者はなくて、だから歌い手はアカペラで歌う。同時に楽器も演奏される。照明も演技や演奏から独立している。だから歌い手が暗い舞台に出てきたときは、懐中電灯を手にしてる。

 

また衣装も、歌とは無関係、偶然の一致以外はね。すべてがコラージュで、他の要素と無関係に進むわけ。アクション自身はウェブスター大辞典の第二版により、チャンス・オペレーションがつかわれる。演劇的なものを連想させるものを1ページの中に見つけるんだ。すべて合わせて二つのオペラになる。最初のものは10人の歌い手、2番目は9人の歌い手。最初のものは1時間半で、2番目のものは45分かかる。

 

BD:一晩で二つ演じられるのでしょうか?

 

JC:そのとおり、間に幕あいがあってね。12種類の違うプログラムが可能だ。だから一つのプログラムで読んだ物語は、別のプログラムでは違う話になってる。それはオペラの物語がコラージュになってるからだ。

 

BD:あなたの最初の作品は、オペラと呼ばれるものですか?

 

JC:そのとおり。『シアター・ピース』という曲を書いたけど、以来オペラと呼ばれるようなものは書いたことはないね。

BD:音楽の未来を見渡して、楽観的でしょうか。

 

JC:楽観的か? そうだね、わたしは楽観主義者だよ。

 

BD:すべてに関して?

 

JC:そういう傾向があると思う。ニュースを聞いてると悲観的になるべきじゃないかと思うことはあるけど、何年か前にボストンで学生たちにそう言ったら、「いや、楽観主義者のままでいてくださいよ」って返された。で、彼らに、わたしは悲観主義者としての経験が浅くてね、と話したよ。(両者、笑)

 

BD:彼らに同意しますよ。どうぞそのまま楽観主義者でいてください。

 

JC:(笑) あー、そうだね、彼らが言うには、すべてが崩壊するまでは、希望はどこかにあるってさ。

 

BD:あなたの75歳の誕生日が近づいてますけど、この50年、60年の間に気づいたことで、一番驚かされた進歩や発展は何でしょう。音楽でも、それ以外でもいいですが。

 

JC:あー、こういった質問には数えきれないくらいの答えがあるよ。わたしは常に生き残ろうとしてきたけど、全体として見て、わたしに起きたことでいちばん驚かされ、すごいと思ったのは、マルセル・デュシャン*との出会いだね。彼は音楽に興味がない人間として知られていた。音楽は「猫の内臓をひっかく芸術」とのたまった。(両者、笑) 

 

だけど彼は死んだ、で、わたしは音楽と美術について何か書くよう頼まれた。依頼主は、シュトゥットガルトで「見ることと聞くことの関係」についての展覧会を持とうとしていた。わたしはエリック・サティと、あまり知られていないけどイタリア人のアルベルト・サヴィニオの作品の中に、音楽と美術の関係性を見つけたんだ。彼の名前を知ってる?

*マルセル・デュシャン:フランス出身のアメリカの美術家、作家、チェスプレイヤー。1887~1968年。男性用小便器の既製品をつかった作品『泉』が有名。

 

BD:いえ、知らないですね。

 

JC:彼はあの有名なジョルジョ・デ・キリコの弟なんだけど、キリコの姓をつかわなかった。アンドレア・デ・キリコとして生まれたけど、アルベルト・サヴィニオに改名した。サティとサヴィニオは両者とも絵と音楽に関係しているとわたしは見ているんだけど、そこにデュシャンを加えた。デュシャンは音楽を好きじゃなかったように見えるけど、非常に重要な音楽作品を四つ書いていたことにわたしは気づいた。音楽を新しい方向に導いていく種のようなもの、という意味でね。最初の作品は、わたしが生まれた年に制作していた。彼はチャンス・オペレーションをつかって音楽を作ろうとしていたんだ。信じられるかい?

 

BD:1912年にですか?

 

JC:そうだ。わたしは彼にこう言ったよ。「あなたはわたしが生まれた年に、今わたしがやろうとしていることをやってましたね」 すると彼は「50年先に生まれるべきだったよ」って。彼はわたしがやったやり方でやったわけじゃないけど、チャンス・オペレーションをつかっていた。

 

デュシャンは帽子を手にとって、音符を一つ書いた紙切れをいくつも作ってその中に全部入れた。そして帽子の中の紙切れを1枚取り出しては音符を一つ書き、連なるメロディーとした。そうやって自分と妹たちが歌うための三つのメロディーに仕立てた。たった2、3週間前に、生まれて初めてこの歌を聞いたけど、美しく歌われていたよ。すごいことじゃないかな? それが一つ。

 

次はわたしの『A Collection of Rocks』という曲のことだ。これはマルセルの音楽彫刻という考えから来ている。彼はそれを「持続する音が、違うところから放たれて音楽彫刻を型づくる」と表していた。別の言葉でいえば、わたしの作品は彼の仕事の具現化であり、わたしのいる状況、空間やそこにいる人の数といったね、それによって少し変えている。マルセルは貨物列車をつくって、それぞれの車両をオクターブに見たてた。そして煙突の下にそれを通して、石炭の代わりに音符を置いた。素敵じゃないかな? それによって同じところに音が留まるのではなく、あるオクターブから別のオクターブへと移り変わり、全音域が使われる。ある人物が歴史の中のある時点で、そんなオリジナルなアイディアを持ち得たということは素晴らしいことだね。

 

そして最後は、フィラデルフィア美術館にある大作『遺作』で、デュシャンは分厚い本を書いて、それをバラバラにする方法と寄せ集める方法について記した。それをするには、もちろん音を生むことなしには実行できない。それでわたしは、作曲の本質とは、誰かが何かをするために、方向性を与え、書きとめることだと考えたんだ。

from YouTube "John Cage - Dream (1948)" by Malhaya Damian

BD:作品の演奏に満足しているか、さっきお聞きしました。ではレコードについてはいかがでしょう。

 

JC:録音されたものは聞かないんだ。

 

BD:でも、どう聞こえるか知る必要があるのでは?

 

JC:いや、ないね。

 

BD:レコードになったものを聞いたことがない???

 

JC:不充分な装置で自分の演奏を聞くと、充分な装置で再生したときよりひどく聞こえるって、気づいたんだ。(両者、笑) 面白いことに、スタジオに行って録音をすると、素晴らしい音になっている。それを別の場所にもっていって聞くと、ひどい音がすることがある。

 

BD:あなたの作品には、演奏によって、いつでも再生できることに適さないものがあるという意味ですか。

 

JC:自分自身がつかえる演奏なのか、よくはわからない。自分ではそれをつかえないと知ってる。 

 

BD:あなたは創作者としてつかえない、でも我々、聴取者はつかえるのでは。

 

JC:そうだね、確かにそうだろうね。だけどそれが音楽だとは思わないよ。録音したものが音楽だ、とは言えないと思う。

 

BD:不十分な再生品だと?

 

JC:そうだ、絵はがきみたいなものだね。CDについてあなたはどう思ってる?

 

BD:わたしが聞いたものでいうと、精度があがってLPより静かですね。

 

JC:驚いたんじゃない?

 

BD:とっても。あなたの音楽にはいいんじゃないですか、静けさという点で。

 

JC:うんうん。いいや、そりゃすごいね。驚かされることは間違いない。

 

BD:CDのための音楽を書いてはいかがでしょう、完璧な静寂を利用して。

 

JC:静寂じゃないことを除けばね、だって聞いている部屋は音がしているよ。まわりの音を取り除くことはできないだろ。

 

BD:でもあなたはそれを取り除きたくはないんでしょ?

 

JC:ないね。(笑) とんでもないことだよ!

 

BD:あなたが提供してくれた世界観のすべてに、深くお礼を言いたいです。とてつもなく新しい景色を見せてくれたし、その地平を広げてくれました。

 

JC:どうもありがとう、Mr.ダフィー。

 

ジョン・ケージ | John Cage (つづき)

一方で、家系的には米国聖公会に属しており、幼い頃には、ケージ自身も牧師になろうと思っていた。また父方の祖父はヴァイオリンを「悪魔の楽器」と言っていたという。カレッジ時代に、図書館でたくさんの学生が同じテキストを読んでいるのを見て驚き、自分はZからはじまる名前の作家をまず読むことにしたと語っている。成績は非常によかったが、大学は役に立たないとして、2年目にやめヨーロッパに滞在、そこで18ヶ月過ごした。ヨーロッパで最初の楽曲をつくったが、演奏を聴いてそれを破棄した。アメリカに戻ってから、シェーンベルクなどに師事し、プリペアド・ピアノ(グランドピアノの弦にゴム、金属、木などを挟んだり乗せたりしてを音色を打楽器的な響きに変えたもの)を考案するなど、その後につながる実験的な創作をはじめている。1952年には最初の「ハプニング」のパフォーマンスを行なった。

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