ピアノとピアニスト
Bruce Duffie インタビューシリーズ(4)

イーヴォ・ポゴレリチ | Ivo  Pogorelich

1958年、ユーゴスラビア時代のベオグラードに生まれる。1981年、ニューヨークでデビューを果たし、その後世界中にセンセーションを巻き起こす。20代後半には若手音楽家をサポートするため、様々なイベントやコンクールを主宰。また赤十字やサラエボ再建を支援するチャリティ・コンサートを多数企画している。

ポゴレリチについては、いいこと悪いこと、いろいろ書かれてきました。このインタビューではそういったことには触れません。1999年4月に彼がシカゴにやって来たとき、このピアニストともった会話をただここに記そうと思います。どのインタビューでもそうですが、わたしはゲストに個人的なことを聞いたり、それを問題にしたりすることをしていません。25年間つづけたラジオでも、インターネットに掲載するときも、ゲストの音楽に対する考え、その様々な側面についてのみ記しています。彼らに率直に話してもらうことに主眼を置いてきました。彼らの音楽(そして考え)が示されればいいことで、わたしは何も粉飾することはありません。
以下がポゴレリチとの会話です。(2016年 ブルース・ダフィー

・易しく弾ける音楽はない
・アメリカでは音楽ファーストじゃないことがある
・今も思い出す20歳のアメリカ・ツアー
・演奏には自分のすべてを捧げる
・ピアノを弾くことは楽しいか

易しく弾ける音楽はない

1999年4月11日 シカゴにて
 

ブルース・ダフィー(以下BD):忙しいスケジュールの中、わたしのために時間をとってくださりありがとうございます。あなたは非常に多岐にわたるレパートリーをお持ちです。どの曲を弾くか、どのようにして選び、決めるのでしょうか。

 

イーヴォ・ポゴレリチ(以下IP):(笑)それはプロのピアニストとしての基準によってですね。わたしは音楽の学位をもつ音楽家で、だから作品を選ぶことができるわけです。また自分が満足できるかどうかという基準がありますね。

 

BD:あなたは自分の仕事をする際、どの部分が仕事になるのでしょう。

 

IP:わたしの仕事は聴くことです。わたしがそれをうまくできれば、聴衆もわたしの弾く音楽を聴くことができます。自分の指で生み出すものをよく聴くためには、非常に注意深い態度で、それをつづける必要があります。大変なエネルギーと時間がいります。

 

BD:何に注意して聴くのでしょう。

 

IP:わたしが演奏しているのは、多くがすでに生きていない作曲家の作品で、そういうものを扱ってるわけで、聴くべきものは精選されています。

 

BD:長い間に打ち立てられた伝統によってだけではなく?

 

IP:誰でも多かれ少なかれ一つの流れの中に、どこかの支流にいます。一般的に「学派」と言われてるもので、ピアノ学派はピアニストの一派を表します。わたしはフランツ・リスト直属の伝統からの流れの中で、訓練を受けるという恩恵に預かりました。リストはすべての時代の中で、最も革新的なピアニストで、際立った個性をもち、ピアノ作品に創造性を発揮しています。

 

BD:では作曲家としてのリストというより、ピアニストとしてのリストですね。

 

IP:ピアニストとしてのリストです、この場合。

 

BD:彼の作曲にそれは現れていますか?

 

IP:多くの部分で現れています。才能あふれるピアニストであること、そのピアニズムなしには、彼の作品は力を発揮できません。

 

BD:絶対に?

 

IP:わかりません。でも多くの部分では。

 

BD:あなたが弾いて、弾き尽くしたという作品はありますか。

 

IP:わたしはこれは妥当だと判断した作品を弾きません。多くの人は驚くかもしれませんけど。わたしがある曲を弾いたときのことを思い出します。モーツァルトのソナタで、9歳から12歳くらいの子どもが普通弾くような、と思われている曲ですが、そこから音楽を生み出すのがいかに難しいかと言った人がいます。それは本当です。簡単な音楽というのはありません。易しいように見えても、易しい音楽というのはないんです。

 

BD:それは技術的には易しくても、音楽的にはそうでない?

 

IP:技術的にも易しくはないんです。技術というのは、音楽という目的のために仕えているわけなので。

 

BD:ではこういう質問をさせてください。音楽の目的とは何でしょう。

 

IP:再創造すること。楽譜として残された楽曲を扱うとき、わたしたちはそれを演奏するたびに再創造します。楽曲に命を与えるためです。それをするために、そして聴衆が音楽の意味を手にするために、わたしたちは自らを重要だと考えます。

 

BD:あなたは重要ですか?

 

IP:誰にとって? 音楽を創造するプロセスにとってでしょうか? 重要です。ピアニズムの進化のために? 重要です。わたしはそこに自分の居場所を置いています。

 

BD:音楽から何か引き出そうとするとき、あなたが探索するのは作曲家でしょうか、それとも作曲家が何を望んでいるかについてのあなたの考えでしょうか。

 

IP:作曲家個人とその作品はいつも分けて考えるべきです。ブラームスがある木曜日の午後3時に何をしていたかといった情報を知っているかどうか、じゃありません。そういうことは、彼の音楽を理解するのに役に立ちません。この二つの間の関係性は必要ないんです。作曲家のつくったものをわたしたちは扱っているわけで。それは彼の音楽であり、それは作者がどんな人間かとは全く違ったりします。あるいは伝記からたまたま知ったこととはね。

 

BD:ではあなたは、どれくらいその作品に自分を投影するんでしょう。

 

IP:プロの音楽家として、自分のすべてをです。

 

BD:作曲家はあなたをすごく求めてくるのでしょうか?

 

IP:わかりません。それはたいてい成果と関係します。人が何かに没頭したら、もちろんその作品は圧倒的で見事なものになります。体力的にも負荷がかかります。でもわたしはそれに逆らうことはないです。

 

Complete Recordings :CDボックスセット(2015/2/27)
アメリカでは音楽ファーストじゃないことがある

BD:あなたの演奏キャリアとして、ソロと共演(コンチェルトや室内楽)をどのように配分しているんでしょうか。

 

IP:そのときどきでオーケストラと共演はしていますが、わたしが主眼を置いているのはソロリサイタルです。今年(1999年当時)の9月、10月、わたしはアメリカに来てラフマニノフの『コンチェルト2番』をいくつかの街で弾く予定です。

 

BD:コンチェルトを選ぶのは、ソロ曲を選ぶより難しいのでしょうか。ソロの演奏では、完全なコントロールができるでしょう。

 

IP:いいえ、コンチェルトの曲を選ぶのは難しくはありません。難しいことは何かといえば、わたしたちの音楽業界では、オーケストラに大きな負担が、主として経済的な負担があることです。指揮者はあちこちに旅をします、それで作品に時間を割くことができません。またここアメリカにはよく知られた労働組合があって、わたしが思うに、それが演奏の意義や音楽自身と対立します。

 

アメリカで仕事の経験を積むと、音楽がまず最初にくることがないという気持ちにさせられます。リハーサル時間の総量やリハーサルの配分方法が悪いのだと思います。必要な場合にもう30分リハーサルを伸ばしても、演奏家は不当に扱われたとは思わないでしょう。ユニオンのメンバーがストップウォッチ片手に、リハーサルの途中で中断させるなんてことじゃなくね。これがわたしが良くないと思う側面です。

 

BD:否定的なことを上まわる肯定的なことはあるんでしょうか。

 

IP:才能ある音楽家たちは、いつも好ましい状況にいます。

 

BD:あなたは才能ある音楽家でしょうか?

 

IP:それは、わたしが言う問題ではありません。

 

BD:演奏しているとき、あなたの右側にいる聴衆を意識しますか。

 

IP:ええ、します。わたしはとても注意深い聴衆を歓迎します。そしてとてもそのことに幸せを感じます。不安を感じることはないです。聴衆がいることが問題になることはないです。

 

BD:聴衆がいない方がよいとか?

 

IP:(笑) いえいえ。聴衆がいなかったら? そうですね、それもあります。リハーサルのときは、聴衆はいません。プロの演奏家として、わたしが好んでいる部分かもしれません。リハーサルは大きなコンサートホールでたった一人でいることを想像するのにとても重要です。すべての空間と時間が自分のものになります。そしてピアノの前にすわって音を生み出します。予想外の、実験的な試みになることはよくあって、素晴らしいインスピレーションを手にしたりします。

 

BD:その発見を演奏に持ち込もうとするんでしょうか。

 

IP:はい。

 

BD:本番で演奏しているときに、そういう発見を得ることもあります?

 

IP:はい、ありますよ。いろいろな発見をします。でも準備なしにそれが成されることはないですね。それについては確かです。パブロ・ピカソの言ったことに賛成ですね。インスピレーションがやって来るのは、8時間、9時間とハードワークしたあとだって。

 

BD:作品一つ一つに8、9時間なのか、ある仕事について8、9時間なのか。

 

IP:ピカソは絵を描くことについて言っていて、わたしにとっては何を弾いているかに関わらず、ピアノの前で時間を費やして練習をすることだと思います。

 

BD:あなたは音で絵を描いていると感じますか?

 

IP:望ましい状態ですね、そのとおりです。それが達成できたら、自分の世界の主になれます。

今も思い出す20歳のアメリカ・ツアー

BD:ピアノの前にすわっているとき、あなたが楽器を演奏しているのか、それとも楽器があなたの一部になるのか。

 

IP:楽器の本質、特性を無視はできません。子どもを愛撫したり、トラと面と向かっているのと同じです。両者は別々の現実です。オーケストラの演奏を聴く、あるいはピアノの演奏を聴くなら、そこに特性があります。そして無視できない特性をどれも備えています。尊重されるべきものであり、時間を与えられるべきものです。

 

BD:あなたが出会うピアノの多くは、子どものようなのか、それともトラのようなのか。

 

IP:ピアノという楽器は、世界のコンサートの場で出会うものは、それぞれです。質も違えば、年数も違う。気候はピアノに影響を与えます。アメリカは、湿度が高いことで有名です、エアコンのせいでね。アメリカではピアノの寿命は短いかもしれません、場合によりますけど。ピアノの状態は、調律師の能力と献身にかかってます。驚くようなこともあります。わたしはピアノを動かしたり、輸送したりしないタイプです。ピアノに対する酷使になるので。

 

BD:(半ば真面目に)調律師を一緒に輸送すればいい。

 

IP:ありえますけど、人には人生があるし。調律師は結婚していて、家族がいて、仕事があり、仕事場もある。だから難しいですね。もちろん理想の世界では、聴衆は理想のコンサートホールまで旅すればいい。理想的なピアノを備え、理想的な調律師がピアノを整え、理想的なピアニストによって音楽が生み出されるホールで、できれば理想的な航空会社の飛行機で旅をする。

 

BD:あなたは理想にどれくらい近いんでしょう。

 

IP:理想に近づくためには、経験を積まなくては。1978年にわたしが学生だったとき、44回コンサートをするために、アメリカに来ました。バスで旅をし、それぞれの地域でコンサートをしました。それは唯一無二の、今もときに思い起こすことのある大事な演奏経験になりました。旅に出て、準備の時間なく演奏することを想像してみてください。もう聴衆は来て待ち構えているわけです。一度事故がありました。道が凍っていて、到着がとても遅くなったのです。わたしはウォームアップの時間さえなく、演奏しなければなりませんでした。とても貴重な体験です。もし演奏者がとても若ければ、わたしが当時そうだったように(わたしは20歳でした)、もちろんそこから学ぶことは大きいです。

 

BD:とはいえ、あなたは人生の経験からも学びつづけてますよね。

 

IP:もちろんそうです。でもあのときのように、アメリカを旅することはないと思います。すごく素敵なことだったと思うし、一つにはこの国のとてつもない美しさもあったと思います。アメリカ人は楽しみのために、パリやベニスに行きます。その人たちはサウスダコタやモンタナにどれくらい行くでしょう。こういった美しい場所のことは、よく覚えているんです。壮大な美しさを持った土地ですね。

 

BD:あなたはアメリカ旅行の広報マンになれますよ!

 

IP:いやいや、わたしたちヨーロッパ人にとっては、アメリカとはニューヨークであり、ロサンゼルスやサンフランシスコとかシカゴだったりするわけです。でもわたしの知るアメリカは違います。そしてそんな風にアメリカを知るアメリカ人はあまりいないのです。そのツアーは2ヶ月以上でしたが、人々に会い、住んでいる人々と彼らの土地でともに過ごし、アメリカの小さな町の人々がどのように暮らしているかを知りました。

 

とても面白い体験だったと思いましたね。またピアニストとして、途方もなく重要な経験でした。同じ曲を44回演奏しなければならなかったんです。

 

BD:でももう一度同じ体験はしたくないでしょう?

 

IP:ないですね、人は同じことを繰り返すために経験を積むわけではないので。一回限りの経験というものがありますから。

 

BD:若いピアニストにこういった体験のためのアドバイスはありますか?

 

IP:もし運良くそういう機会に恵まれたらですね。とても大事なことの一つです。国際コンクールに参加することはいいことです。コンサートで競い、その一部になること、でも一番大事なことは、そこから学ぶことです。自分自身を見つめ、小さな劇場で演奏することは、演奏家になるために重要です。わたしはアメリカでその体験をしました。それは今日に至るまで重要な経験となっています。わたしにとって、演奏をするために、まわりの状況にいかに左右されず、それを無視できるか、そしていかに目的に向かうことができるか、こういったことの学びになりました。

 

BD:で、あなたは完璧な自立を得ていると。

 

IP:このことを苦労して学びました。

演奏には自分のすべてを捧げる

BD:あなたは録音のときと同じように、聴衆の前で演奏しますか?

 

IP:どういった意味で? 表現上のことなのか、それともレパートリーにおいてなのか。

 

BD:レパートリーは、おそらく同じか似たようなものでしょう。

 

IP:そうです。

 

BD:では聴衆があとで別の機会に聴くことを意識しますか。

 

IP:録音の場合は、サウンド・エンジニアの二つの耳が聴衆になります。聴衆の代わりですね、だから全く一人で演奏することはないです。ガラスの向こうに、マイクの向こうにいる人のために演奏するということです。

 

BD:人々が自分のリビングや車の中で、あなたが演奏したときとは違うときに聴いている、ということは励みになりますか。

 

IP:(それに反応して)そしてエレベーターの中でもね!(両者、笑) いいえ、わたしにとってあまり意味はないです。聴く人はどうであれ好きにできます。彼らの選択になります。そう望めば、キッチンでレコードを聴くこともできるし、別の人は薄暗い部屋でキャンドルの灯りで音楽を聴きたいかもしれない。また仕事に行く車の中で、CDで聴くのが好きな人もいます。

 

BD:どのように聞かれても、あなたは嬉しいと。

 

IP:(笑)それについて興味はないですよ。考えたりしないです。

 

BD:ここまでに録音したレコードには満足でしょうか。

 

IP:ええ。質に関して妥協しようとはしなかったですから。だから出したものの質については、充分な準備の時間を自分に与えたので、不満になったことはないです。

 

BD:コンサートで演奏したものは、すべてレコードになっていますか。

 

IP:はい。いくつか例外はあります。レコーディングのために演奏し、録音したことが一度あります。それは例外です。ただ準備は他のプロジェクトの場合と変わりはなかったです。

 

BD:あなたがコンサートで弾く曲は、レコーディングの準備でしょうか。

 

IP:それは仕事にかけられる時間と関係します。プロフェッショナルなやり方では、良い結果にたどり着くことが必要になります。失敗はできません。二つのやり方があります。一つは奉仕すること、もう一つはうまく操作すること。第三の立ち場はありません。だから仕える準備があるなら、自分の時間、努力、それにともなうすべてを捧げることになります。それをやる準備がなければ、もう一方の手に落ちます。

 

BD:あなたは喜んで自分を捧げるんですね。

 

IP:難しさを感じてます。それはあらゆる新しいプロジェクトにおいて、簡単ではなくなっているから。簡単にはいかない。いつも難しさがあります。ベートーヴェンのソナタをかなり弾いていたとしても、次は楽になるということはないです。それは音楽をやるたびに、期待も大きくなっていくから。時間の経過とともに、演奏者は重要性を増すけれど、年齢を重ねたからといってそれが助けになるわけでもない。現在より年をとっていくのは地獄ですよ。肉体の仕事でもあるでしょう? ピアノを弾くのは心や知能だけじゃない、だからそこには肉体的な限界もあるんです。

 

BD:あなたは指練習をしませんか。

 

IP:筋肉、腱、すべてやります。

 

BD:アスリートでもある?

 

IP:そうですね、はい。エクササイズをしますよ。実際のところ、とても高いレベルの専門家からコーチを受けています。肉体鍛錬の先生で、本も何冊か書いています。ある本を準備しているとき、わたしも手伝いました。それはスポーツのために書かれたもので、スポーツをすると思われていない、別の職業人のためのものでした。わたしはいつも何もするなと言われていました。何かするのは危険だと思われたからです。

 

BD:指にとって?

 

IP:そうです、でも避けなければならないスポーツはあります、スキーなどはそうです。乗馬もリスクが高いですが、他のことでできることはありますから。わたしはたくさん準備を重ね、さらには非常に専門的なコーチの指導を頼りに、またウェイト・トレーニングをやるところまで来ました。

 

BD:つまりそれは心に関することであり、肉体面のことでもあると。

 

IP:そうです、両方です、厳しいことですが。

 

BD:そして精神のことでもある?

 

IP:そう、そうです。そのとおりです。

ピアノを弾くことは楽しいか

BD:2、3年演奏を休んだあとに仕事に戻る際、新しい楽譜を手に入れて練習するのか、それとも使用してきたものを基盤にするのか。

 

IP:とても興味深く、知性ある質問ですね、これまで聞かれたことがありませんでしたけど、その点について、わたしには経験がかなりありました。人はときに新たなスコアが欲しくなります。あるスコアをジャングルのようにグチャグチャにした経験があります。結果、わずかな余白も残されていませんでした。

 

BD:ああ、鉛筆による印で?

 

IP:はい。たくさんの書き込みです。実際のところ、それが欲しいときもありますが、邪魔されたくないときもあります。どういう作品をやっているかによりますね。わたしは指使いを変えたり、フレーズを見直したり、フレーズの幹を探したりすることを好んでします。そしてときに逆説的な結論に到達することもあります。それを実際にやることもあるし、そのために新しい楽譜を手にしたりもします。

 

BD:最後の質問です。ピアノを弾くことは楽しいでしょうか?

 

IP:いいえ。

 

BD:(心から驚いて) ない???

 

IP:ないです、楽しくはありません。とても厳しい仕事です、楽しみからはほど遠いですね。音楽を生むのがさも楽しいように言うのは、イギリスの思想です。楽しくはないです。芸術の一種ですね。

 

BD:最終的にしかし、それだけの価値があるんでしょう?

 

IP:あると思いますね。それはすべて、、、でも哲学の問題になってしまうから、このインタビューには相応しくないかも。もしあなたがスポーツ選手で、メダルを獲得し、大会で優勝し、その質問を受けたら、何と答えるでしょうか。どう思います? メダルを授与され、世界記録を出した人が、それに価値はないと言うでしょうか。誰かそう言った人はいます?

 

BD:わたしが思うに、だけど、人にはそれぞれの考えがあるでしょう。わたしが聞きたいのはあなたはどうかということなんです。

 

IP:わたしたちはいま献身について話してます。それなしにこのインタビューは成立しません。それはあなたはわたしにというより、そのことに自分を捧げてきた人間に、インタビューしようとしているからです。なぜならわたしはたまたま自分の人生をそれに捧げてきた人間であり、あなたのリスナーのために、こうやってインタビューを受けているからです。

 

BD:お時間をとっていただいて感謝しています。そしてあなたの考えのあらゆる点に対して、感謝の意を表します。

 

IP:どうもありがとう。

 

日本語訳:だいこくかずえ