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小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

ハトのアルトー ~ 歌うたいモーリス [13 - 17]

13

 ハトの名前はアルトーで、シカ革のジャケットを着てはいましたが、フランスのランス出身のハトでした。シカ革のジャケットを着ていたのは、アメリカの西部劇が好きだったから。ふだんはカウボーイハットをかぶっていましたが、空を飛ぶときはすっとんでしまうので、代わりに耳あて付きの毛皮の帽子をかぶっています。その格好でも、自分はカウボーイだと思っていて、さらに言えば、拍車をつけていたので、歩くときチャリチャリと音がしました。うろこ状の脚につけられた拍車は、両足のかぎつめの後ろから突き出ていました。この拍車の一つで、ハトはイタチのミルトンの目を攻撃したのです。

 

 ハトは広げた羽で、モーリスの顔をパタパタとあおぎ、羽の先でトントンとたたきました。モーリスはやっと意識をとりもどし、まわりを見まわしました。モーリスはブナの裸木の幹にもたれかかっていました。目をあけたとき、最初に見たのはアルトーの優しい顔でした。

 

 「ずいぶんびっくりしただろうね」とハトが言いました。
 「ああ、、、そうそう」
 「もうちょっとで、あなたの心臓がとめられてしまうところでしたよ」

 

 モーリスは自分を救ってくれた、奇妙な格好の生きものを見つめました。このハトは完璧なフランス語を話しましたが、ひどいアメリカ訛りでした。成長過程でアルトーは、ランスで見ることのできるあらゆる西部劇を見ていて、また主人公たちの話し方を真似しようとしてきたのです。それに加えて、翻訳された三文小説を手に入るかぎり読んでいました。

 

 「あなたはとても顔色がわるく見えますよ」とハト。「赤ワインを1杯飲むのがいい。1、2本飲んでもいいかな」
 「温かい紅茶を」とモーリスが小さな声で言いました。「オムレツ、、、パンケーキ、、、ポテト、、、バター、、、ミルク」
 「 お腹がへってるの?」
 モーリスは弱々しくうなずきました。
 「それなら、どうしてそう言ってくれんの? じゃあ、なんかたべるものをさがしにいこう」


 

14

 ハトの背に乗るには、あるいはハトがかぎつめで運ぶには、モーリスは大きすぎたので、アルトーはつると草と木の皮、小枝をつかって背負子をつくりました。背負子にはモーリスがすわる竿があり、ひざのところにはピチッとしめられる安全ベルトがありました。

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 すべての準備が終わるまでに時間がかかり、出来上がったときには、モーリスは疲れて、乗り込むのに助けが必要でした。両足のかぎつめでしっかりと背負子の上の輪っかをつかむと、アルトーは羽をひろげて飛び立ちました。

 

 モーリスは眼下に繰り広げられる風景に無関心でした。アルトーはちがいます。そうすることがハトであることの喜びでした。山や谷、牧草地に草原、大きな川、小さな川が、長い巻き物をひろげていくように次々に現れました。ときどき小塔や尖塔のある立派な城が目の前に現れました。お金持ちの人の家であることは間違いありません。アルトーは大きな街の中心部で見られる、急勾配の切妻屋根が好きでしたが、ときに田舎の方へと進路をとりました。アルトーはトゥールにいるいとこを訪ねての帰り道に、モーリスとミルトンに出会ったのです。いとこはトゥールの中心部にある古い大聖堂の鐘楼に住んでいて、アルトーはそこで楽しく過ごしました。

 風景は素晴らしいし、1時間ごとに鐘がなります。ただ昼のあいだはとてもいいのですが、夜、寝るときにはそうではありませんでした。
 
 「もうすぐですよ!」とアルトーが声をかけました。
 モーリスはなんとか目をあけました。眼下には、リュクサンブール公園の何倍もある谷間に、村があり、大きな川がありました。
 「あれがロワール川ですよ」 アルトーが風の音にまけないよう大声でいいました。ビスケー湾まで流れているんです」

 モーリスは寒くてお腹がへっていました。それで川の名前がなんであれ、どこまで流れていようと関心がありませんでした。この高さから見た川は、ギトギトしたヌードルみたいでした。

 「しっかりつかまって!」とアルトー。モーリスとアルトーは屋根にむかって下降し、レンガの煙突から立ちのぼる煙のにおいを間近に感じました。

 


 

15

 モーリスはチーズの香り漂うフワフワの卵料理とハムのスライスをむさぼるように食べました。そして濃厚なクリームを入れたコーヒーを3杯飲み干しました。それから果物は消化にいいと知っていたので、オレンジの皮をむいて、房の中身をていねいに味わいました。最後の楽しみとして、チョコレートをひとかじりしました。

 

 葉巻が吸いたかったのですが、店主にないと言われ、タバコを1本借りました。普通のタバコは、モーリスが吸うには大きすぎます。それでタバコの中身と紙をちょっともらって、自分用に巻きました。

 

 アルトーはひまわりの種の皿をつついていましたが、驚きの目でモーリスを見ると、こう言いました。「おチビさんなのに、すっかり平らげているね」

 

 「ちゃんとした食事をしてから、ずいぶんたってたからね」とモーリス。「まる二日間だよ。お腹がペコペコだった」
 「もしオレが毎朝こんなに腹いっぱい食べていたら、空を飛ぼうなんて思わないだろうね」

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 モーリスとアルトーは質素なカフェにすわっていました。店の壁は雑誌の切り抜きがいっぱい貼ってあり、テーブルは安物の油布でおおわれていました。そのカフェは川のほとりの高い土手の上にありました。たわんだ木の階段が、背の高いリンデンの木の間をとおって、荷船が数艘つながれた波止場へと降りていっていました。

 

 カフェの中では、荷船の乗組員たちが朝食をとっていました。彼らの食欲は、店の主人、エミル・デュトワを喜ばせるもので、受けとった金をレジにため込んでいました。

 

 モーリスはタバコの煙をひと吹きし、天井にむかって煙の輪をあげました。ずいぶん気分はよくなっていました。すでに髪にくしも入れて、歯ブラシをもってきていたらなあと思うくらいでした。フィリッペ・バザンのパーティーのあとでアネットのアパートに行ったときのことを、モーリスはどう考えていたのでしょう。アネットの口から泡が吹きだされたとき、すぐに、もう引き返す道はないと悟りました。モーリスはあまりに旅に出ることに夢中で、大事なものをいくつか持ってくるのを忘れていました。

 

 たとえばお金とか。

 

 「あれあれ」 モーリスは財布に手をやろうとしてつぶやきました。
 「どうしたんです?」 アルトーが聞きました。「わたしの財布だよ。どこかに消えた。あのイタチが襲ってきたとき、落としたに違いない」
 「お金はもってあるきませんから」とアルトー。「こまったことになりましたね」
 「すぐに解決法を見つけないと、皿洗いをするはめになりそうだな」

 


 

16

 からだは小さなモーリスでしたが、人が見ればすぐに感じる、生まれもった威厳のようなものが備わっていました。服は汚れ、みすぼらしくなっていましたが、貴族のような優美さと堂々とした感じがありました。引き締まったあごと高々とした鼻は、これは普通の人ではないな、とすぐにまわりに伝わりました。

 

 モーリスはテーブルに乗ると、エミル・デュトワを呼び寄せました。「店長さん」とモーリスが声をかけました。「残念なお知らせがあります。友人もわたしもお金をもっていません。恐ろしいイタチに襲われて、財布がどこかにいってしまったんです。あなたのところの食べものはとても美味しかったですし、もちろん、なんらかの方法でお支払いしようと思ってます。もしよければ、一日中、こちらでお皿を洗いましょうか。こんな恥ずかしいことになって、とても後悔してるんです。あなたの情けにすがらせてください」

 

 デュトワはモーリスの小さな手を見おろして、ナイフとフォークをつかむのに問題がありそうだな、と思いました。皿ももちろん無理だ。ハトの方は当然ながら、指などなく、羽しかない。さらに役たたずだ。

 

 「困ったことですな、ムッシュー」と眉を寄せるデュトワ。
 「ですけれどね」とモーリスは顔を輝かせてつづけます。「お得意さんを、わたしが喜ばせるというのはどうです」
 「喜ばせるって? どうやって?」
 「わたしが歌うんです。お客を喜ばせる歌を、うたうんです。お客の目が輝きますよ」
 「歌をうたうって、あんたがかい?」
 「そのとおり。じゃあ、やってみせましょう」

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 モーリスはテーブルの端まで歩いていって、大きな声で言いました。「ここにいらっしゃる皆々様、お許しいただければ、歌をうたってみなさんを楽しませたいんですが」
 常連の陸の客も船の客も、乗り気なさそうにモーリスの方を見ました。時刻は朝の10時半、空はどんよりしています。多くの人がまだ寝起きの状態でした。
 人々が反対する間もなく、モーリスはフランシス・プーランクの陽気な歌をうたいはじめました。ピアノの伴奏もないので、靴の先でリズムをとりました。生きのいい歌で、上がったり下がったりと忙しく、くすんで活気のないカフェを元気づけました。最後の歌詞を歌いおわると、モーリスは拍手に迎えられました。

 

 モーリスはからだの小ささにも関わらず、テノールとバリトンの中間のよく響く声をもっていました。音域も広く、声量豊かでしなやかさがありました。友人どうしのパーティなどで、ときどき歌を披露していましたが、生まれながらの恥ずかしがり屋で、プロの歌手として歌ったことはありませんでした。

 次の歌は東洋的なうねるリズムをもつ異国風の曲で(ラヴェルの自作)、これを聞いた常連客はみんな椅子にすわったままからだを揺らしました。歌の終わりには、長い拍手が起きました。

 

 エミル・デュトワは満足気にカフェの中を見まわして、モーリスに歌うよう頼んだのは自分だとでも言うように、こうなるのはわかっていたとでも言うように、この小さな男に歌わせるだけの趣味の良さが自分にはあると言わんばかりに、うなずいていました。

 さらに2曲が歌われたあと、客たちは立ち上がって口笛を鳴らし、喝采しました。デュトワは精一杯拍手を送りながら、「わたしにこういう芸術的な素養があるとは、知らなかったでしょう?」と言いたげに、常連客にうなずき返しました。

 

 「よくやったね、おなかま」とアルトーは羽先で口をおおってささやきました。「もっと歌えば、昼ごはんもただで食べられるかも」

 

 ところが拍手をしないお客が一人いました。みんなが椅子から立ち上がっているときも、じっと椅子にすわったままでした。陰気な雰囲気の、がっしりとした体格の男で、剥げた頭に油で汚れたベレーをかぶっていました。くちびるが厚く、こわもての感じで、鼻はオークの木のこぶのような丸い形をしていました。その指はタコができて固そうで、モーリスを見ながら、あごいっぱいに生えたモジャモジャした黒いひげをなでていました。

 


 

17

 その男の名前はジュール・ルフェーブルといい、リンデンの木にもやってある四角い頑丈な荷船の船長でした。船はカフェの階段を降りたところにありました。ルフェーブルは野心満々の男で、金もちになりたいと願っていました。それによってここまでの47年間の人生では得られなかったもの、それなりの尊敬が受けられると思ったのです。

 

 テーブルに乗って、よく響く声で歌をうたっている小さな男を見て、ルフェーブルは頭をクルクル回転させました。このような才能は、商売にして成功させる可能性が無限にありました。ルフェーブルは、小さな男がピンクのヴェルヴェットの細身のパンツをはき、光りもので飾りたてられ、ヨーロッパの大きな劇場で歌っているところを想像しました。人々は、身長60cmのライオンのような歌声をもつ男が、感傷的なオペラのアリアから選んだ、キャバレー調の歌をメドレーでうたうのを見たいといって、いくらでも金を払うだろう。女性たちは熱狂し、男性たちは葉巻をプカプカやりながら鼻で笑うだろう。ルフェーブルは、この小さなダイナモのマネージャーとして、暑い夏の盛りにダニが血で膨れていくように、自分の財布が分厚くなっていくのを見て喜ぶ自分を想像しました。

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 ルフェーブルはモーリスが最後の歌を終えて、カフェの壁を揺らす拍手にお辞儀をしたすぐあとに、お金を払ってカフェの外に出ていきました。エミル・デュトワは精一杯の感謝を見せて、この小さな男の手を握りました。その目からは涙が流れていました。震える声で、モーリスにここを去らないよう頼みました。もしここに留まり歌ってくれるのなら、いくらでも食事をただで提供すると申し出ました。さらに、寝室にある真鍮飾りの化粧ダンスの中の、妻の毛皮つきのマフラーを、寝る場所として提供しようとまで言いました。

 

 モーリスは首をふりました。「あなたの申し出には感謝していますが、わたしはスペインに行く途中でして、そこはまだ行ったことのない場所なんです。ずっと行きたいと思っていたところなんです」

 エミル・デュトワもスペインには行ったことがありませんでした。また行きたいと思ったこともありません。がっかりはしたももの、デュトワはモーリスの手と、そしてアルトーの羽の先と握手をかわしました。デュトワは二人にいつでも来たいときに戻ってきて、食事を楽しんでくれるよう招待しました。モーリスの歌にすっかり魅了された、完璧な料理を作るふくよかで陽気な妻は、モーリスの頬に熱いキスをせずにはいられませんでした。実際のところ、妻のキスは、モーリスの小さな顔全体(あごの先から頭のてっぺんまで)をおおいました。モーリスは、カフェの外に出るまで、キスで湿った頬をハンカチで拭くのをなんとかこらえました。
 
 朝も遅いこの時間の空気は、じっとりと冷たく感じられました。モーリスはツイードのジャケットの襟をたてました。左の袖はイタチのミルトンに引きちぎられていて、少しすると、冷たい風が骨までしみとおりました。間抜けなことに、モーリスはオーバーコートもスカーフもなしで、パリを出てきました。また手袋もなく、あの小粋な中折れ帽も、ミルトンが頭に飛びかかってきたときなくしました。冷たい空気に長くさらされていることは、モーリスの健康状態に影響を与えるでしょう。繁栄する一族の一員であっても、モーリスのからだはそれほど頑丈ではなく、毎年、少なくとも2回はひどい風邪に悩まされました。

 

 モーリスとアルトーは、川の土手に沿った、枯れ葉の散る濡れた遊歩道をゆっくりと歩いていました。上流で嵐があったに違いなく、黒い木の枝が川の中で浮き沈みして、流れを遮っていました。自分のからだのことを気づかいながらも、モーリスの心の中には温かなものがありました。自分の音楽に、人々がよい反応を見せてくれたことは、モーリスを喜ばせました。自分の声の良さにではなく(それについては自分では判断できないので)、自分の頭脳から生まれた曲に対しての喜びでした。
 
 モーリスがもう一度空を飛ぼうと提案しようとしたとき、アルトーが木から垂れ下がっているものに気づいて顔をゆがめました。「ほら、あれ、いったいぜんたいなんだとおもう?」 ゆっくりと用心深く、二人は、何かでおおわれて屋根のようになっているリンデンの木の枝に近づきました。首にひもを巻きつけられたネコの死骸が、木の枝からぶら下がっていました。

 

 モーリスの目が驚きでふくらみました。「なんてひどいことを」
 ネコの死体が垂れ下がる枝の下で、二人はどうしたものかと考えました。するとシューという音とともに、その枝の屋根がネコともども、幕が降りるように、二人の頭の上に落ちてきました。そして二人は闇におおわれました。

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