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小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

誘拐事件 ~ ネズミとの決闘 [18 - 19]

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18

 モーリスとアルトーはびっくりして暴れまくりました。覆いがかぶさっていて、息もできません。死んだネコも一緒でした。雨で濡れて汚れた毛皮、手足はまだ温かく柔らかです。明らかに、死んでから時間がたっていないのです。するとアルトーが羽をサッと一振り、足を蹴り上げて、クックッと鳴き、声を震わせて抵抗しました。が、時遅し、ひもが引かれたように、キャンバス地の覆いが二人のからだを締めつけました。少しして、二人は持ち上げられ、固い平らな板の上に落とされました。そしてグラグラと揺れたと思ったら、また持ち上げられ、遠くに運ばれ、穴のような場所にドサリと落とされました。

 

 モーリスはアルトーの胸の上に落ちたので、衝撃がやわらげられました。アルトーの肺から苦しそうな息が吐き出されました。目のまわりで星が舞ってます。ヒナのときにアルトーは、ランスでモーター・ビークル(エンジン付きの車)の会社の上の階の窓枠から落ちたことがあり、数十センチ下の窓枠に着地して、そこで飛べるようになるまでの間、両親に育てられました。そのときは終わり良ければ全てよしでした。アルトーは今度もそうなるかわかりませんでした。

 

 ネコの死骸がそばにあり、濡れた毛皮が安物のウールみたいに嫌な臭いを発していました。モーリスはびっくりするやら、腹が立つやら。少しすると、モーリスの胸の中で、激しい怒りの気持ちが湧いてきました。アルトーは頭をグラグラさせながらも正気をとりもどしましたが、モーリスは逆上しました。「これはどういうことだ!」 モーリスは大声をあげました。「よくもこんな風にしてくれたもんだ! 出してくれ、出してくれ!」

 

 アルトーは(この騒ぎの中でやっと目を覚まし)キャンバス地の覆いを羽で激しく打ちました。モーリスは覆いの折り目やシワになったところを登っていきました。そしてちょっと開いた口をみつけ、その端のところを引っ張りました。それから興奮気味に、そこを爪の手入れに使っているペンナイフで切り裂きました。「早く、アルトー!」とモーリス。「ここにきみのかぎ爪を入れて、思いっきり引っ張るんだ」

 

 アルトーはかぎ爪を開いた口のところに引っかけて、思い切り引っ張りました。モーリスはせっせとナイフを打ちこみました。ビリビリッと音をたてて、キャンバスの覆いはついに裂けました。そして二人はそこから抜け出すことができました。

 

 二人がいたのは薄暗い、ダンボール箱や木箱が積まれた部屋で、樹脂の臭いがいっぱいに満ち、モーリスはたちまちくしゃみをしました。「おだいじに~」とアルトー。

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 部屋には灯りがありましたが、小さな暗いぼんやりした明かりで、ものを見分けるのは難しいことでした。水のポコポコという音がモーリスの敏感な耳を捉えました。泉から水が湧き出るような、泡の音です。モーリスの足の下で、穏やかに揺れる動きがありました。いったい二人はどこにいるんでしょうか? すぐ近くにはうす汚れた壁がありました。二人の立っていた床は、ザラザラした目の粗い木の床でした。弱々しい光線が、頭の上のすき間から差し込み、チョコレートと描かれた箱を照らしています。モーリスは少し元気になりました。アルトーはうめき声をあげると、短いくちばしを、右の羽の端でとぎました。「ダナビット(まったくもう)、こんな気味の悪い部屋で最後をむかえるのか」とアルトー。

 

 本当にそうでした。シャクジョウソウの臭いが蔓延し、モーリスはゾッとしました。ひどく甘ったるい臭いです。それでもモーリスは、あたりを探ってみることにして、キャンバス地の覆いを後ろに引きました。たわんだ引き出しの上で揺れるように、部屋の床がグラグラと動きました。壁と天井がぶつかるところの近くに、なにか動くものがあります。積み上げた箱の上になにかコソコソと動くものが。非常にゆっくり微妙な動きで、それを見てモーリスは背中がゾッとしました。
 

 アルトーもそれ見て、甲高い声をあげました。「おいおい、大変なことになったぞ。あそこ、ネズミがいる、、、」

 

 

19

 

 ネズミです、たしかに。それもおおきなネズミ。おおきな体に機敏な足、積まれた箱の上をチョロチョロと走って壁をのぼっていきます。ピンクの毛のないしっぽに茶色のからだ、尖った口のまわりにはピンと張ったひげ。

 

 「ネズミがきらいなんだ」とアルトーがブツブツいいました。そして羽の先を折ってこぶしをつくりました。

 

 モーリスは呆然としています。あんな素早い走り方をする生きものを見たことがありませんでした。イタチのミルトンでさえあんな風ではありません。あっという間に、ネズミは積んである箱を越えて、床を走り、くしゃくしゃに弛んだキャンバス地の覆いのところまでやって来ました。

 

 大きな都市のふつうの市民ではありましたが、モーリス・ラヴェルは小さな町の英雄のようなガッツも持ち合わせていました。怖くて泣き叫ぶようなことはありません。目の前の挑戦に対して、モーリスは心の準備ができていました。

 

 「あいつの気をちらせておくれ」とアルトーにささやきました。「羽をバタつかせるんだ。踊るんだ。子守歌をうたうんだ。気をひいておくれ」

 

 そう言うと、モーリスはキャンバスのたるみの後ろに走りこみ、姿を消しました。

 

 今度はアルトーがびっくりする番です。アルトーはひとり、ネズミと対面していました。すぐさまアルトーはガンマンの構えでしゃがみ、ゆっくりと右の肩を落とし、慣れたやり方で、右の羽先を尻(ハトにとっての尻)の上で構えました。銃弾を差した架空のベルトに固定されていたのは、架空のピストルを入れた架空のホルスターでした。アルトーの羽の先が、パールハンドルのコルト44の取っ手をなでました。シカ革のジャケットの袖でフリンジが、風になびくように震えていました。
 

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 「さあ、こいよ、このクソねずみくんよ」とアルトーが言いました。「自分の銃をとってこいよ。きたないやり方で、このオレさまをやっつけたらどうだ。ネコとやるみたいにオレと遊ぶなよ。情け深く、とっととオレを殺せ。まったくこの、だからネズミはイヤなんだ!」

 

 大きなネズミは汚れた床を横切って、滑るように近づいてきました。取り乱していなければ、その姿にうっかり見とれてしまっていたかもしれません。

 

 その間、モーリスの方は、コソコソと動いていました。キャンバスの袋状のところから這い出て、大きな穀物袋を一瞬のうちに越え、もう一つ越え、用心深くネズミに目を当てながら動きました。モーリスのプランは、穀物袋の陰を利用して、ネズミの後ろにまわることでした。モーリスは木のデスクを連ねた台をよじ登りました。台の上からのぞくと、ネズミの脇にいることがわかりました。モーリスは静かに息を飲みました。それからすぐのこと。ネズミはアルトーから数十センチのところまでやって来ていました。アルトーはガンマンの敵をやっつける身振りをまだ続けていました。モーリスはポケットからナイフを取り出し、カチッと刃を開きました。それでは充分とは言えなかったのですが、もてる武器はそれだけでした。いよいよ行動に移るときがきました。勇気をかき集め、腹にぐっと力を入れて、モーリスは台の上からネズミの背中めがけて飛びつきました。

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 ネズミはキーキーと鳴いて脅してきました。ネズミの硬い毛をひとつかみすると、モーリスはペンナイフをもった右手をネズミの耳めがけて打ち下ろしました。馬がハエを振り払うように、ネズミはからだを震わせると、モーリスを床に振り落としました。床に落ちたと思ったとたん、ネズミが歯を見せてモーリスの胸の上に飛びかかってきました。アルトーは力のかぎりに、巻き上げた羽の先でネズミの顔をパンパンとたたき、投げとばしました。ネズミも、固いしっぽをムチのようにしならせてアルトーに向かっていきました。混乱状態のモーリスは、握っていたペンナイフで、ネズミの左の前足に刃を押し込みました。

 

 「アイ、イタ、イタタ!」 ネズミが悲鳴をあげました。

 

 アルトーの燃えたぎる血が沸騰しました。「やっつけろ、モーリス。つきさしてやれ!」 そう大声で叫びました。

 

 ネズミの後ろ足がモーリスの顔を強打し、目から火花が散ったとき、モーリスは一度引き抜いた刃を、もう一度突き刺そうとしました。

 

 「やめてくれ!」 ネズミがわめきました。「ああ、もう、やめて! たのむからやめてくれ、降参、降参」

 

 アルトーはあえぎあえぎ、そばを離れました。モーリスの頭の中では、火災警報のような音が鳴り響いていました。ネズミは後ろ足で、床の上を飛び跳ねていました。「あー、イタタ、いたいいたい!」

 

 とんがったネズミの顔は、不安げで当惑していました。「なんでこんなことを? こっちは攻撃なんかしてないのに。ただ様子を見に来ただけじゃないか。だって、ここはオレの家なんだからな。ネズミのやることをやっただけ。そんな物騒な刃物で、なぜオレを刺そうとする? 君は、君は意地の悪いやつだ」

 

 モーリスは自分の耳が信じられませんでした。アルトーは羽を動かしながら、ネズミのまわりをグルグル歩いていました。

 

 「君たち、オレを悪くとってるんだ。オレはネズミだ、たしかに、でもコンクリートの中でくちゃくちゃやってる意地の悪いやつらとは違うんだ。カワネズミだよ。流れの中をいくのが好きなんだ。まわりの空気を感じてね。イブって名前だ。君らの鼻をかじるなんてことはしないから。平和とたっぷりの昼寝がオレのすべてなんだ」

 

 ネズミは傷口を抑えていた後ろ足を引き離しました。もう血は出ていませんでしたが、薄暗い灯りの中でも傷ははっきりと見えました。「なんでこんなことをする? 痛いよ、ヒリヒリするよ」

 

 ネズミの悲しげな声に、モーリスは恥ずかしさで頭をたれました。「悪かった」とモーリス。「きみがぼくらを傷つけると思ったんだ」

 

 イブは顔を赤くして怒りを見せました。「オレがネズミだからかい? オレがネズミだからって悪いやつだと思ったってわけだな。いや、でもちがうんだよ。世界にはいろんなネズミがいるんだ、人間と同じさ。みんながみんな悪いネズミばかりじゃないんだ。優しい心のやつもいる。日が沈むのを見るのが好きなやつだっているんだ。君らは、悪いほうに飛びついた。怪我したところより、心の方が傷ついたよ。泣きたい気分だよ」

 

 そう言うと、ネズミはきびすを返し足を引きずって立ち去ろうとしました。ツヤツヤした茶色い脇腹を震わせ、大泣きしていました。

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