幻覚、それともリアル?!

メヒス・ヘインサー  [エストニア] 短編小説集

夢のつづき | Continuation of a Dream

メヒス・ヘインサー | Mehis Heinsaar

だいこくかずえ訳

Photo by Alan(CC BY-NC 2.0)

フェリックスの夢はとつぜん、目覚まし時計の音で遮られた。いい気持ちだったのにと思いながら、いやいや目を開けた。起こされたことに当惑しつつも、心に愛のようなものがあるのを感じた。でも誰への愛だろうか、、、フェリックスはせっかくのところを邪魔した目覚まし時計を苛だたしげに見つめた。こんなもの全く必要ないのだ、1ヶ月以上、仕事からあぶれているのだから。

 

運よく、フェリックスは夢の一部を思い出すことができた。

 

自分は街にいて、中央駅に向かって歩いていた。夕方だった。そのときの様子がぼんやり、暖かく、親しみの感情とともに浮かんできた。あたりに人はあまりいなくて、シュネリ池のあたりは、うら寂しい静けさにじっとり包まれていた。歩いていると、公園の芝にある水たまりが目をとらえた。ゆっくりと、大きな段ボールの箱が水たまりから立ち上がってきた。四角い箱でサイズは1立方メートルくらい。水たまりの上3メートルくらいまでそれが浮き上がると、箱は十字形に展開され、10秒ほどそこで止まっていた。そしてまたゆっくりと水の中に戻っていった。フェリックスは深い信仰心にとらえられた。どれくらいの深さがあるのか見ようと、ゆっくりと水たまりに近づいたが、底にはただ草が見えるだけで、2、3センチの深さしかなかった、、、これはいったいどういうことだ?

 

フェリックスは公園から中央鉄道駅(実際には10年以上前にそこからなくなっていた)にある古いミルク・パーラーに向かって歩いていった。ミルク・パーラーは薄暗くさびれ、嫌な臭いがした。でもフェリックスはそこが好きだった。ミルク入りのコーヒーとパイを2、3個買った。ひとり静かに温かなコーヒーをすすり、遠くから聞こえてくるボサノバに耳を傾けていると、後ろから誰かが近づいてくるのを感じた。一瞬ののち、自分の髪を見知らぬ女性の顔がなでるのを感じて、激しい欲望にとらえられた。その姿を目にしたわけでもないのに、フェリックスは恋に落ちてしまった、、、

 

そこで目が覚めた。

 

今となってみると、昨夜目覚まし時計をセットした覚えがなかった。それなのに目覚ましは鳴り、自分は夢から引き戻された。

 

フェリックスは空想にふけるのをやめた。

 

部屋は夜のあいだに冷えこんでいた。窓のむこうでは11月がぽっかりと口をあけていた。フェンスの支柱や、周囲の家の屋根、木々の上には霜が降りていた。フェリックスはベッドから飛び起きると、すばやく服を着た。手持ちの金を数えたが、たいした額ではなかった。スープ缶ひとつ分くらいの金額。

 

小さな狭苦しいアパートを出ようと、靴ひもを結んでいると、強烈な欲望に捉えられた。自分の背後に立ち、髪に顔を押しつけていった夢の中の見知らぬ人。その謎の女性を見つけたいという思いから、再びフェリックスはベッドへ潜りこんだ。服を着たままで、毛布を頭まで引き上げ、目をぎゅっと閉じ、同じ夢の中で目覚めたいと願った。

 

そして不思議なことに、それができた、、、

 

フェリックスは自分が中央鉄道駅に立っているのに気づいた。プラットフォームの上だった。霧がたちこめ、暖かかったが、朝になっていた。フェリックスはどこか遠くから着いたばかりの人のように、手にスーツケースをもっていた。しかしこれからどこへ行ったものかわからなかった。それで内なる感性を信じることにした。ヴァナ・カラマヤ通りをブラブラとくだっていくと、何かに押されるような感覚があり、すぐに左に曲がった。通りで行き違った人々は、フェリックスを恐れているのか当惑を見せ、目をそらした。フェリックスは石炭の臭いのする、狭い裏道をさまよった。いくつもの家を見ながら、フェリックスは自分がどこに向かっているのか確信した。そして袋小路になっている小さな通りに入ると、高いフェンスに囲まれた庭の中に入っていった。そしてびっくりして立ちどまった。

 

そこには背の高いほっそりとした女性が、紺色のサマードレスを着て裸足で立っていた。フェリックスはすぐに彼女が誰かわかった。それはパーラーで自分の後ろに立っていたあの見知らぬ人だった。疑いの余地はない、、、

 

その人は乳白色の肌に、並外れて大きな黒い目と挑発的な赤いくちびるをもっていた。荒れ放題の茂みのような髪が頭をおおっていた。女は笑みを浮かべてフェンスに寄りかかっていた。ドレスのボタンは胸元から腹のところまで開いていて、白い胸の盛り上がりを露わにしていた。彼女の正面に、立っていた(あるいは浮いていた)のは、銀色のウロコの大きなコイだった。ゆっくりと魚はヒレを動かし、女は魚と親しげに会話しているように見えた。フェリックスを目にすると、女はたじろいて、銀色の魚は驚いて材木の山の後ろに隠れた。

 

しかし女の方は、すぐにそこから立ち直った。

 

「なんで戻ってきたわけ?」 女は思いのほか穏やかな声で尋ねた。「自分に関係ないことに、なんで頭をつっこむのよ?」

 

困惑と嫉妬心に捉えられたフェリックスは、弁解の言葉が出ない。

 

「あの続きがどうなるのか、知りたいと思っただけで、、、きみが誰なのか、どんな人だったか思い出したかった、、、そしてきみに言いたいと、ぼくがどう、、、」

 

「やめてちょうだい。あなたの時間はもう終わり、わかってるでしょ。他の人たちがあなたを恐がっているって気づいたんじゃない。あなたは死んだ人間なの、ここでは。わかる? 死んでるの! 行きなさい、すぐにここから出ていって。ここにいてはダメなの!」

 

「だけどきみはぼくに触れて、それで、、、」

 

「それはさっきのこと、今は違うの。あなたはここの人じゃないの。言ってることがわかる?」

 

材木の山の後ろから口笛が小さく誘うように吹かれた。女のルビーのようなくちびるから、子どものような笑みが漏れ、招かざる客であるフェリックスにそれ以上何も言わずに、材木の山の後ろに姿を消した。

 

当惑と屈辱と妬みに襲われ、フェリックスは女の後を追ったが、材木の後ろには誰もいなかった。すっかり頭にきて、フェリックスは空を向いて、大声で叫んだ、、、

 

そこで目が覚めた。

 

フェリックスの頭は混乱の極み。自分がどんな夢を見ていたか思い出せなかった。ただ心の底に何か重いものが横たわっていた。10時20分だった。服は着かけのまま、片足だけくつ下をはき、もう片方は汗ばんだ手に握られていた。どういうことだ、とフェリックスは思った。夢の中で何があったのか、必死で思い出そうとしたが、叶わぬことに思えた。誰かにパンと強く頭をたたかれたような気分だった。手で顔をこすって目を覚まし、ベッドから出て、コートを着てくつをはいた。そして家から外に出ていった。

 

雪がパラパラと降っていた。カラスが木のてっぺんに止まっていた。ピリッとした空気と雲の間から顔を出した太陽光線が、フェリックスの憂鬱な気分をはらいのけた。街の中心部に向かって、フェリックスは軽快に足を踏み出した。