幻覚、それともリアル?!

メヒス・ヘインサー  [エストニア] 短編小説集

レイモント・ククマー、愛の物語

Raimond Kukumaa’s Love Stories

メヒス・ヘインサー | Mehis Heinsaar

だいこくかずえ訳

Photo by Agnn Foon (CC BY 2.0)

1.

この世に生まれて、人は死ぬまでにいくつの恋物語を授けられるものなのか。ある者は初めて知った愛を貫きとおし、それで充分かもしれず、またもっとたくさんの愛をはぐくむ者もいる、、、

 

ここにレイモント・ククマーという人物がいる。生涯に6つの見事な愛の物語を授かった者だ。まずレイモントが、まるまると太った、賢い子であったことを言っておこう。天才的な子だったとまでは言わないが。生まれたときに、すでに体重が16.5キロあった。普通の赤んぼうの4倍以上の重さ、そしてどの子より大きな声で4回泣き声をあげた。見た目、まるまるとした肉のかたまりのようだった。どっちが頭でどっちが尻か、見極めるのに両親も苦労した。目がからだの中に埋もれてしまわないよう、皮膚のしわの間、両まぶた、そしてほっぺに、箱3つ分のマッチ棒が挟まれた。

 

両親は息子のことを気づかい、また親戚一同もからだの大きさだけでなく、知能の点でも問題があるのではと考えた。このような心配に反して、レイモントの人生最初の愛は、なんと、本を読むことに向けられた。

 

2.

これは本当のこと。3歳になるまでに、レイモントは読み書きができるようになった。4歳のときには、19世紀エストニアの作家、クロイツワルトの叙事詩『カレヴィポエク』や『エストニア民話集』を読んでいた。5歳の誕生日までには、批判的実在論にひそかに身を捧げるようになっていた。19世紀の作家エトアルト・ビルテの小説『寒い国へ』、20世紀の作家アルベルト・ウーストゥルントの『タレルマーの風』を読み、まだ幼いレイモントはエストニア人が体験してきた苦難の歴史を追体験し、心を痛めた。食べては読み、涙をぬぐい、汗をかき、食べ、読み、鼻をかみ、と読みつづけた。

 

何が一番おもしろかったかと言えば、読めば読むほど体重が減っていったこと。文学の世界はレイモントの壮大な愛の4.5キロ分を消費したのだ。しかし哲学の世界、ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』に没入しようというときになって、両親はABCを学ぶ教科書をもたせ、レイモントを学校に行かせることにした、、、

 

このような屈辱をうけたせいで、レイモントはすぐに読書への愛を失い、年齢そのままの平凡な子どもになって、ぼんやりと授業から授業をさまよった。

 

ここまでの膨大な知識によって、どんな学科のテストもいとも簡単に通り、同時にすべてに興味を失っていた。5年生のとき、トゥヌ・ククラネに出会う日までは。

 

3.

トゥヌ・ククラネはレイモントの正反対、やせっぽちのガリ勉で、分厚い眼鏡をかけ、すべての教科でクラスで一番になろうと必死になっていた。が、いまだ成功したことがなかった。将来性はあった。すごく太った人に対しても偏見がなく、友だちになろうとさえした。

 

そのおかげで、レイモント・ククマーはトゥヌの宿題を手伝い、小さな木のボートを作ってあげ、新しい切手シリーズをプレゼントし、読むべき本を紹介し、それを読み上げることさえしてあげた、、、

 

ひとことで言うなら、レイモント・ククマーはトゥヌ・ククラネにとって、世界でいちばん私心のなさと忠誠心を見せてくれる友となったのだ。レイモントはトゥヌに、自分の一番の秘密さえ打ち明けた。レイモントは自分の腕に穴をあけさせ、とろりとした滴る愛を、トゥヌの手のひらに注いだ。苺ジェリーのような味だった。トゥヌは喜んでそれをなめ、毎日それをほしがった。そうするうちに、トゥヌのからだはぷくぷくと膨らんでいった。品位を凋落させたのは、彼の強欲さゆえだったと思われる。しかしある日、レイモントは自分の私利私欲のない愛を、トゥヌのような空っぽの人間に無駄に垂れ流していたと気づいた。

 

二人の友情は2年半で終わりを迎えた。それが始まったときと同様、突然終わった。この間に、レイモント・ククマーは身長が16センチ高くなり、体重が14.4キロ増えた。しかし正確を期するなら、大いなる友情によって、そこから8キロと750グラムの愛が消費された。

 

それでもまだ、レイモントはとてもぷくぷくとしていた。

 

 

4.

レイモント・ククマーが自然との一体感をはっきりと感じるようになったのは、それから2、3年たったあとのことだった。遠くの見知らぬ場所へとつづく道、明るい4月の光の中で輝く道端のニレの木、芽を出しはじめたリンゴの木、静まりかえった森の中の湖、ジャガイモの苦みのある香り、夏の終りのアッシュベリー。伸び放題の草におおわれた、牧草地に立つ奇妙な城みたいな古い大きな牛舎。こういったもののすべてが、レイモントには啓示のように感じられたのだ。

 

重いからだを引きずって、町の裏山の草地を登っていき、太陽のもとで裸になり、横たわる、、、白い肌の上をカタツムリが這いまわり、蝶やトンボがレイモントのぷくぷくした腹の上で休み、太陽をあびて光り輝く羽をパタパタ上下させる、フィンチやツグミは頭の上で跳ねまわった。レイモントの愛を乞う自然たちの時間、そしてレイモントは喜んで彼らのなすがままに任せた。この色鮮やかで豊潤な愛の熱狂は、レイモントの体重をかなり減らした。森や牧草地、草原ですっかり自然に身をまかせると、飛んできた鳥たちのすべてが、レイモントの愛のひとかけらを手にして去っていった。

 

こんな風な3年がつづいたあと、レイモントは自然との関係がまったくの浪費だと感じて、また太っちょの平凡な少年に戻っていった。

 

5.

高校を卒業したのち、レイモントはパイロットになろうと、ヌオ郡にある航空学校に入学することにした。緑の牧草地に寝転がっているとき、頭の上を飛行機が飛んでいくのをよく見ていた。そして雲の間を縫って飛びたいという気持ちが、4番目の愛の物語となった。入学に際して、唯一問題となったのが体重オーバーだった。しかしながら他の者をしのぐ技術的知識によって、入学審査委員会はとりあえずレイモントを入学させることにした。

 

レイモント・ククマーは、委員会のこの好意的な裁定が正しかったことを証明した。2学期には、レイモントはタルトゥの街を飛ぶことを許可された。レイモントは喜びに胸ふくらませた。エストニアを手のひらサイズで上から見ることができるのだ。レイモントは飛ぶことが楽しいというだけでなく、空という場所が自分の人生のすべてとなるかもしれないと思った。空を飛ぶことを、自分を待っている海の上を飛行することを想った。2、3年後、レイモント・ククマーはスタント・パイロットになった。レイモントはいともたやすく、続けざまに3つの難関テストをクリアし、エマヨェー川のアーチ橋の下を初めてK32機で通過した。つづいてパルヌ川、コイワ川、ダウガヴァ川の橋も攻略した。新たな招集への熱望が、レイモントをさらなる難しい技へと駆り立てていった。この太っちょの命知らずは、誰もやったことのない難しくて、危険なスタントをやった。そして可能性ギリギリのもっとも低い橋の下を猛スピードで通過した。

 

すぐにレイモント・ククマーはこの世界で最高水準のスタントの達人となり、世界的なエアロバティック・パイロットとして知られる、リトアニアのユルギス・カイリスさえ凌ぐほどになった。レイモントは、ドイツ、アメリカ、カナダ、韓国、中国、フィリッピンと、世界中のスタントショーやコンテストに招かれた。自分の風雨にさられた小さなK32で、ニューヨークや香港の狭い通りを飛んで急上昇し、目隠ししたままタルトゥからパリへ旅し、75の浮遊するパラシュートの輪の中を突き抜けて飛んだりした。レイモントの行くところどこでも、世界最強のスタントパイロットとして扱われた。

 

ところがあるとき(スタントパイロットにはいつか起きうることではあるが)、ダウガヴァ川の下を飛んでいたとき、左の翼が壊れ、レイモント・ククマーは13箇所骨折し、救急隊によって病院に運ばれた。この事故で、レイモントのパイロットのキャリアは終わりを迎えた。どんな誘いもお金も、レイモントの恐怖をなきものにし、再び飛ぶ意欲をもたせることはできなかったからだ。

 

6.

レイモント・ククマーは、この怪我から回復するまでに、多大な損失をこうむった。生きる望みまで失いかねないようにも見えた。同時に、スタントをやっている間に、レイモントの容姿は大きく変化した。飛ぶことへの情熱によって、さらには怪我による病院生活で、レイモントの体重はかなり減った。今や彫りの深いハンサムな若者となったレイモントは、肥満からすっかり解放され、脂肪の間に埋まっていたブタのように小さな目は、緑の輝く瞳となって人々を見つめはじめ、眉もくちびるもギリシア神話の神々のように完璧な見映えとなった。レイモントのからだはスラリとして、アスリートのようだった。

 

ありがたくもこのような変化のせいで、レイモント・ククマーはモデルとしてファッションを売る店に雇われることになった。そこにいる様々な年齢層の女性たちが、レイモントのまわりに集ってきた。女たちはレイモントのまわりでペチャクチャしゃべり、パーティやデートに誘った。そしてついに、魚屋で店長として働いているある官能的な女性が、原始の母の情熱で、レイモントのやわらかな心を勝ちとった。二人の愛は暴風雨のような激しさで、昼も夜も笑ったり喧嘩したりと忙しく風向きが変わり、くちびるは情熱が放つ炎で裂けるほどだった。二人がセックスをしていないときは、その女性はレイモントにジェラシーを向け、ペチャクチャとしゃべりつづけ、一人になって何か考える時間を少しも与えなかった。レイモントは自分のすべてを彼女に捧げたが、魚屋の店長にとって、それでは充分でなかった。燃えさかる欲望の破壊力が、レイモントの中に残っていたわずかな愛をも粉砕してしまった。もっと穏やかなペースであれば、何十年ももったであろう愛の資源は、レイモントの中からすっかり吐き出された。

 

レイモントと魚屋の店長の恋物語は、1年半ほどで終わった。このように痩せて生っ白い男は、あのパワフルな女性とは合わなかったのだろう、と人々は噂した。ついに魚屋の店長はレイモントにこう言い放った。「ちょっと、あたしの大事なレイモントさま、あなたのみなぎる力と情熱はどこに消えちゃったの?」 レイモントは返す言葉もなく、ただ肩をすくめるだけ。レイモントの中にあった情熱は死に絶えた。そのような男は使いみちがない、、、

 

魚屋の女が去ったあと、レイモント・ククマーはモデルの仕事も解雇された。顔の良さで客にアピールし、服を売っていたので、もぬけの殻のような今の顔では使いようがなかった。

 

7.

そんなこんなのうちに、レイモント・ククマーの魂は、秋に咲くか弱い花のように、新たな愛を咲かせた。しかしそれは、存在しない無価値な愛だった。この新たに見つけた孤独で空っぽの感情は、これまでの愛の物語とはまったく違うものだった。薄っぺらいコートを着て、夜の街角をさまよっていると、道をゆく人々はレイモントの痩けた顔やその風貌に、過ぎし日の嵐の名残りを見るのだった。ある者はレイモントの情熱が、人生の中でいかに押しつぶされたか、ティーカップに浮かぶ一切れのレモンのようにすっかり養分を吐き出されてしまったかを見て、通り過ぎていった。レイモントは誰もいない道端で、風に打たれ、取り残された。レイモントはそんな自分をある意味楽しんでいた。

 

2、3ヶ月たって、レイモントはさらに痩せ細った。痩せて薄っぺらになった。店でソーセージとパンを買うとき、レイモントはぼんやりしていて何度も列に並び直すことがあった。街なかでは、誰ひとりレイモントに注意をはらう者はいなかった。誰か気づく人がいたときは、あれは幽霊かそれとも、、、とじっとその姿を見つめた。レイモントは、突然この世に姿を現した悲しい物語の主人公のようだった。青白い顔、ほとんど透明にみえる大きな目を見開き、どこに行ったらいいものか思案していた。ときにレイモントは、めそめそと泣く子どもの仮面をかぶっていた。見知らぬ街で母親とはぐれた子ども、手をとって家まで連れていってくれる保護者をなくした子ども。それから2、3週間たって、レイモント・ククマーは、人々の前から姿を消した。レイモントが街角に立っていても、崩れ落ちそうなしっくい壁か、誰かが置き忘れた壊れた窓ガラスと見なされた。レイモントが1クローンを恵んでもらおうと誰かに声をかけても、その声はビニール袋のカサコソいう音か、屋根から滴る雨のしずくと聞き間違えられた。

 

こんな風にレイモント・ククマーは、姿の見えない男となって、郊外の街や公園をうろついた。そしてある夕べ、風がレイモントを吹き飛ばし、紙切れのように巻き上げると、木のてっぺんや茂みの上を転がしていき、どことも知れぬ場所へと連れ去った。