Elephant Stories

サンクチュアリに住むゾウたちの物語

Flora

映画『幸運なゾウ』にドキュメントされたフローラ

フローラ。1982年ジンバブエ生まれの雌のゾウ。体高2メートル60センチ、好物はヨーグルトとパイナップル以外はなんでも。2004年3月3日よりサンクチュアリの住人。

ライブカメラが捉えたスパーリングするタンジとフローラ(右)2013.1.3 野生のアフリカゾウは群れの仲間とこうしてスパーリングして育つ。

 

フローラは2歳のとき、暮らしていたジンバブエで、家族が群れごと間引きされたため(おそらくゾウが増えすぎたという理由で*)、孤児になりました。そしてゾウ商人の手に渡り、アメリカの南カリフォルニアに売られました。アメリカに来てすぐにデイビッド・ボールディング(ブロードウェイのプロデューサー)によって買われ、ボールディングの長年の夢だったサーカス設立にともない、舞台の主役となりました。サーカスはフローラ・サーカスと名づけられ、1986年、サウスカロライナでフローラはデビューします。フローラはすぐにサーカスの人気者となり、以降18年近く、テントで芸をする暮らしをつづけます。それに加えて、ピーウィー・ハーマンの映画『大サーカス・ピーウィー』(1988年)にも出演しました。

映画『大サーカース・ピーウィー』 に出演(出場場面は1:52 - 3:15)

あるときボールディングは気づきます。サーカスで長く働くうちにフローラは大人になり、今では芸をすることにあきてきたのではないか。2001年、ボールディングはフローラの引退について考えはじめます。フローラが働くことなく、安心して暮らせる場所がどこかにないだろうか。それを探している間、フローラはフロリダのマイアミ動物園に一時的に預けられます。ボールディングはアフリカの野生にもどすことを考えますが、いろいろ調べた結果、それは難しいことだとわかりました。

 

一方、テネシーのエレファント・サンクチュアリでは、アフリカゾウのための施設を計画していました。それまではアジアゾウのみを受け入れていました。ジョージア州のチーハウ・ワイルド・アニマルパークのディレクターから、2頭のゾウを引き受けてくれないかという依頼がきたことがきっかけで、アフリカゾウの施設に着手することが決まったのです。チーハウは動物園の予算の削減や計画の変更により、ゾウの展示をやめることを決めていました。最初は引き受けるつもりがなかったサンクチュアリですが、申し出を断れば、ゾウたちは行き場をなくすとわかりました。タンジとズラを招き入れたのは、フローラがサンクチュアリに来る少し前のことでした。

 

サンクチュアリが新たに購入したアフリカゾウのためのエリアは、以前の持ち主によって植えられた松の林と、100種近い原生林に囲まれた300エーカーの土地でした。草木生い茂るこの土地が、最初のアフリカゾウ2頭のための暮らす場所となりました。サンクチュアリは計画を拡大し、フローラもここに住めるようにします。そして2004年3月3日、マイアミからの旅を終えて、フローラが到着しました。サンクチュアリ12番目の住人です。フローラは持ち主のボールディングや映画製作者、支援者たちとともにやって来ました。一緒に来たのはフローラのよく知る人々でしたから、フローラは始終穏やかででした。いよいよトレイラーの後ろのドアが開けられると、まわりを観察しながらボールディングにエスコートされ、堂々とした歩きぶりでスロープを降りてきました。そして自分の新たな家を点検しました。フローラの姿、立ち居振る舞いの美しさに、そこにいた人々は息を飲みました。

 

フローラの到着は祝典そのものでしたが、この日はまた、フローラの誕生日でもありました。地元のサンクチュアリの支援者、デビー・ホワイトヘッドがバースデーケーキを提案し、デビーの親友のチェリー・バレンタインがその費用を負担したいと申し出ました。デビーは、つぶしたバナナともみがらとピーナツバターでケーキをつくり、キーウィーとイチゴとぶどうで美しく飾りました。フローラはケーキの匂いをゆっくり嗅いだあと、急ぐことなく、一口ずつ味わいながら、優雅に食べました。

 

一足先に住人となったタンジとズラが小屋に入っていくと、フローラがそれにつづきました。フローラは3頭の中でいちばん若いゾウでしたが、頭を高くかがげ、自信にあふれた様子を見せました。するとタンジは、いつもズラにしているように、それをすぐに受け入れました。フローラがリーダーであることをタンジが忘れないかぎり、この2頭はうまくやっていけそうでした。

 

ズラ(左)とフローラ、最初の出会い

一方ズラとフローラの関係は、スリル満点のものでした。ズラは自分の強さや敏捷さを見せようとしました。ズラは柵にのしかかり、フローラの方に向かっていきました。フローラに近づくために、タンジを押しのけ、ゴムマットの床の上で足を前へ後ろへと動かして、誰がいちばん偉いかを見せつけようとしました。ズラはタンジとの間に築いた地位を、なんとか守ろうとしたのです。ズラは優位に立とうとしたのですが、、、フローラはそれに賛成しませんでした。

フローラ、タンジ、ズラの出会い

サンクチュアリの世話係たちは、2日間かけてじょじょに3頭の関係を近づけていきました。そして最終的に、3頭を合流させました。300エーカーの敷地があるので、もし互いが離れていたくなれば、それも可能です。予想したとおり、タンジはフローラの優位を喜んで認め、仲良くなりました。ズラの方は、自分の優位を主張しつづけていました。2、3日して、ズラはタンジとフローラに近づいていきました。フローラが自分の優位を見せつけると、ズラは小屋に引き返し、ゴムマットの床でつまずいて腰をおとしました。ズラはここまでの生涯ずっと、関節の弱さに悩まされてきました。そしてこのつまずきで、片足をひどく痛めてしまいました。この出来事で、ズラとフローラの関係の進化はペースを落としました。

 

ズラは足の治療している間、他の2頭から離されました。そしてその間に、フローラとタンジは関係をさらに深めました。やがてズラはフローラに対し、敬意をもって従うという態度を見せるようになります。崇めているわけでも、へつらっているわけでもなく、賢くも強い者に対して、その地位を認めるそぶりを見せているのです。2頭の関係が深まっていけば、リーダーシップというのは、力の強さや支配力で表すのではなく、知恵や賢さによって示すものと、ズラはフローラに見せようとするでしょう。フローラと平和的共存をしようとした選択は、ズラが余裕を見せた振る舞いでした。タンジはフローラとズラの間に立って、仲介役をつとめていました。

フローラとタンジは関係を深めていった

フローラは体躯も立派で、自信にみちあふれ、大変な探検好きです。フローラとタンジはアフリカゾウのエリアの自然の中をめいっぱい探索して歩きます。草を食べたり、ときに木を倒してみせたり、泥の中を転げまわったりして、いっしょにあちこちに行きます。世話係のグレッグはあるとき、フローラがある1本の木に特別関心を寄せていることに気づきました。その木のところを通るときは、必ず一つき二つきしていくと言うのです。そしてある日、フローラが散々鼻や牙で木を突いていると、やってきたタンジもそれに加わり、松の木はとうとう倒されました。そしてさらに別の木へと走っていって、それにも挑戦。アフリカゾウはこんな風にはしゃぐのが大好きで、アジアゾウとはそこが少し違います。

ついに木を倒したフローラ

砂浴びをするフローラとタンジ(虫や日射しから皮膚を守るためにやっている)

フローラとタンジは2、3年のうちに互いの愛情を深めていき、長い鼻をからませたり、突きあいをしたり、なであったりするようになりました。タンジはフローラを遊びに誘い、互いのつながりをより強くしようとする行動を見せました。フローラとタンジは、新たに加わってくるアフリカゾウたちに対しても、同じように仲間意識を高めようとします。

2011年6月、ロスアンジェルスのクロスオーバー・フィルムは、孤児となったアフリカゾウのフローラがサーカスのスターとなり、サンクチュアリにやって来るまでの話を『幸運なゾウ(One Lucky Elephant)』というドキュメンタリー映画としてリリースしました。この映画はリサ・リーマン監督による作品で、、フローラの持ち主だったデイビッド・ボールディングやエレファント・サンクチュアリの創設者キャロル・バックレーが出演しています。

『幸運なゾウ(One Lucky Elephant)』(ここに登場するヒゲの太った男性が元々のフローラの持ち主デイビッド・ボールディング。キャロル・バックレーと同様、自分の所有するゾウをショーで長年使ったのち、ゾウにとっての幸せについて深く考えるようになった)

*ゾウの間引き:1980年代から1990年代にかけて、アフリカのナショナルパークなどで大掛かりな間引きが行われました。南アフリカのクルーガー国立公園では、間引き後8000頭にまで数を減らしました。残されたゾウの多くは赤ちゃんや幼少のゾウたちで、まだ社会性を身につける前の段階で孤児となりました。1994年に間引きは終了しましたが、当時母親や家母長を失い、生き方を学ぶことができなかったゾウたちは、心理的なトラウマを含め、行動における障害が今も残っており、さらにはその子どもへの影響も出ていることが学者たちの調査でわかっています。

 

フローラの故郷ジンバブエでも間引きの長い歴史があり、植生への影響の有無に関わらず間引きが行われ、1960年から1991年の間に46,775頭が殺されているという調査もあります。(本文に戻る

 

Elephant SanctuaryサイトのElecam(African Habitat)でフローラの姿を見ることができます。

サイト内にあるELECAMをクリックすると、リアルタイムのライブ映像ページにいきます。テネシー州ホーヘンウォルドの日本との時差は14時間(夏時間)。日本時間の朝7時がサンクチュアリの前日午後5時、日本時間夜9時がサンクチュアリの同日朝7時となります。