Elephant Stories

サンクチュアリに住むゾウたちの物語

Misty

動物園から逃げ出したミスティ

ミスティ。1963年インド生まれの雌のゾウ。体高2メートル60センチ、好物はバナナ。2004年11月17日よりサンクチュアリの住人。 2016年4月13日病死。

ミスティは生後1年のころ、住んでいたインドで捕らえられ、アメリカに送られました。10歳までのことは記録に残っていませんが、いくつかのサーカスで働いていたと思われます。1970年代の初めに、ミスティは「ジェントル・ジャングル」という動物を訓練してテレビや映画、アミューズメントパークに貸し出す会社の創設者に買われました。1970代後半に、『サンフォード・アンド・サン』というテレビのコメディ番組の1話に出演しています。

 

1983年、ミスティはカリフォルニアのライオン・カントリー・サファリ(現在は閉園)で、芸をして働いていました。そこにいるとき、ミスティは足につけられたチェーンを壊し、公園から逃げ出しました。地元新聞によると、高速道路を閉鎖するなど混乱が起き、ヘリコプターが出動して逃げたミスティを捕らえようとしました。ミスティを捕まえようとしたサファリの職員が致命傷を負いました。その数週間前にも、ミスティはトレーナーを傷つけていました。ミスティは最終的に捉えられ、サファリに戻りました。当時の新聞には「凶暴なゾウのミスティが、飼育係を踏み潰して殺し、暴れて逃げ出した。これまでにも暴れた経歴があったミスティだが、処刑は免れた」と記事には書かれました。

 

1988年、ホーソーン・コーポレーション(動物園やサーカスで働く動物を扱うエイジェント)がミスティを買います。そこから16年間、ミスティはホーソーンの管理下で、サーカスに貸し出されて暮らしました。ホーソーンでは芸をしていないとき、ゾウたちはチェーンをつけられ、小屋の中に長時間閉じ込められていました。ホーソーンの創設者ジョン・クーネオは、「危険なゾウ」と悪名高かったミスティに、子どもたちを背に乗せて歩かせるイベントをさせていました。ジョーダン・ワールド・サーカスと旅をしていたとき、子どもを背に乗せたミスティが突然トレーナーを押し倒し、何度も何度も蹴り上げました。4日後、調査官が調べているとき、ミスティの左目に傷があるのを発見しました。

 

USDA(アメリカ合衆国農務省)が、動物福祉への違反行為で、ホーソーン・コーポレーションを起訴したことで、ミスティと仲間のロタがエレファント・サンクチュアリに送られることになります。2004年11月17日、ミスティはロタとともにサンクチュアリィに到着し、14番目の住人となりました。2ヶ月後、ロタは結核が進行して死亡します。ミスティも陽性反応があったため1年間治療を受け、その後、隔離エリア(Q エリア)から、仲間たちの住むアジアゾウのエリアに移されました。

 

ミスティはやがて、サンクチュアリの何頭かのゾウと親しい関係を結びます。ホーソーンからUSDAによって没収された最初のゾウ、デリーとサンクチュアリで再会し、さらに2007年にフィラデルフィア動物園からデュラリーがやって来ると、3頭は大の仲良しになります。3頭のお楽しみは、小屋のそばにある池で、一緒に水をかけあったり泳いだりすること。2008年にデリーが、2013年にデュラリーが死ぬと、ミスティはシャーリーやタラと時間を過ごすようになりました。

 
 

左からミスティ、シャーリー、タラ。アジアゾウのエリアで。

2014年5月5日のEleNoteから。

デュラリーが死んでから5ヶ月が過ぎた。5月1日は彼女のサンクチュアリでの7周年だった。デュラリーがいなくなってから、一番の仲良しだったミスティはこれからどうするのだろうと心配してきた。この2頭はデュラリーが来てから、いつも一緒にいる仲だった。デュラリーがいなくなってから、タラとシャーリーがミスティを慰める日々がつづいていた。時間がたつにつれ、この3頭は関係を深めていき、その変化をわたしたちに見せてくれた。

 

アジアゾウのエリア担当のニコルから。

デュラリーが死んでから、シャーリーとタラは多くの時間をミスティと過ごすようになりました。食べたり、眠ったり、一緒にブラブラしたり。シャーリーが眠っているミスティのそばに立ち、頭を鼻でなでているのを何回か見ました。寒い季節、ゾウたちが小屋で過ごそうとするとき、タラとミスティは「小屋仲間」となって、頭を寄せ合い、干し草を分け合っていました。

エンターテインメント産業で働いてきたゾウは、何かを自分で選択する経験が少なく、広い土地を探索することにも慣れていません。ミスティも同じで、サンクチュアリに来てから、世話係たちが信頼関係を築きながら、少しずつ敷地の中の森や草原を探索するよう誘導してきました。

タラとミスティ。

シャーリーとミスティ

一方、天気がいいとシャーリーは遠くまで探索に行きますが、小屋のそばにいるミスティのところにしばしば戻ってきましたた。サンクチュアリのスタッフは、ミスティがタラとシャーリーの遠足についていけばなあと願っていたそうです。

 

アジアゾウのエリア担当のニコルから。

ある朝、敷地をまわっていると、北門のそばでゾウが一頭眠っていた。そこはシャーリーがよく行く場所だったから、シャーリーに違いないと思った。でもシャーリーもタラも、小屋のそばをうろついていたのだ。ということはあれはミスティだったのだ。ひとりで北門まで歩いていったということだ。画期的な出来事。ミスティにご褒美のおやつを持っていくことにした。どれだけわたしたちが嬉しく思っているか伝えたいと思ったのだ。

 

シャーリーやタラと仲良くなると、ミスティは2000エーカーを超えるアジアゾウのエリアをより遠くまで探索するようになります。以前には行かなかったところにミスティがいるのを、世話係たちが発見しています。2014年6月11日には、ミスティが1キロ半先にある湖まで行って、水を浴びたあとに、岸辺で昼寝をしているのが目撃されました。その後も湖をしばしば訪れ、そこはスタッフから「ミスティの隠れ家」「ミスティの泥浴び場」などと呼ばれるようになりました。

 

ある日のミスティ(世話係ニコルのノートから)

日曜日の午後、ミスティに干し草をあげに行ったとき、森から一匹のシカが出てきて、じっとわたしのことを見つめてきた。少しして、シカはわたしの園内用オフロード車に食べものはないかと見に来た。それからミスティのいる草地の方へと歩いていき、彼女の夕飯をチェックした。ミスティは分けてあげるつもりがないようで、シカに向かって鼻を一振り。それで万事休すだった。

​ミスティと赤い小屋

世話係が気づいたミスティの行動パターン。

「ミスティは以前のように一箇所に朝から晩までとどまってはいません。彼女の行動パターンはとても面白いんです。ミスティは湖をGPSポイントのように使ってます。どこか別の場所まで遠出するときは、いつも一旦ここに戻ってから出発します」 

ミスティとシャーリーが触れ合って交流

右後ろ足が曲がって地面から浮いている方がシャーリー(サーカスで働いていた27歳のとき、他のゾウから攻撃を受けて怪我を負った)

ゾウにとって互いのからだに触れ合うのは、コミュニケーションや社会化のプロセスとして重要な方法。相手の尻尾を引っ張ったり、鼻と鼻をからみ合わせたりして互いのことを知っていく。また優れた嗅覚をつかって、相手の情報をキャッチもする。ミスティが昼寝をしているとき、シャーリーがそばに立って、自分の鼻でミスティの鼻をなでているところがしばしば観察されている。このような行動から、大人のゾウたちが、触れ合うことで複雑な関係性を築いていく過程を目にすることができる。

ゾウたちのお隣りさんたち YouTube: Elephant Neighbors, Part 2  

サンクチュアリはゾウたちだけの住処ではない。コヨーテ、シカ、七面鳥と様々な野生動物が共存して暮らしている。ミスティが湖のそばで昼寝していると、コヨーテがミスティの様子をうかがいにやってきた。(コヨーテの登場はスタート1分後くらい)

慢性の足の痛みや関節炎は、飼育環境で長く暮らしてきたゾウたちによく見られる病気です。ミスティもサンクチュアリ到着時からその症状を見せており、治療を受けてきました。2016年に入って、ミスティは具合の悪さを見せるようになり、食欲をなくしていきました。2016年4月13日、ミスティは人道的な配慮から安楽死を施されます。世話係たちに見守られ、ミスティは静かに死を迎えました。そばにはタラとシャーリーがいました。