Elephant Stories

サンクチュアリに住むゾウたちの物語

Jenny & Shirley

サーカス暮らしで傷を負った2頭のゾウ、20年後の再会

ジェニー。1972年スマトラ生まれの雌のゾウ。1996年9月11日よりサンクチュアリの住人。(2006年10月17日病死)

 

シャーリー。1948年スマトラ生まれの雌のゾウ。体高2メートル74センチ、好物はバナナ。1999年7月6日よりサンクチュアリの住人。

シャーリーとジェニー(1999年)

ジェニーはスマトラの森で生まれ、小さな頃に人間に捕らえられアメリカにやって来ました。次の冬、ジェニーはあるサーカスで過ごしますが、そこにはシャーリーという名のゾウがいました。一冬の出会いは、のちに大きな意味をもつことになります。サーカスで芸をする間、何度もジェニーはトレーナーの手から逃げ出しました。そして20歳のときホーソーン・コーポレーション(動物園やサーカスで働く動物を扱うエイジェント)によって、繁殖のために他の施設に送られます。そこで雄のゾウに左後ろ足を傷つけられますが、何の治療もしてもらえず、鎮痛剤を処方されただけでした。さらにその雄ゾウのところに何度も連れていかれ、交配をさせられます。雄ゾウから受けた暴力のため、ジェニーは足を引きずって歩くようになりました。

 

一方シャーリーは、ジェニーが生まれる20年近く前、5歳のときにスマトラの森で捕まえられました。アメリカに送られ、カーソン・アンド・バーンズ、ケリー・ミラー・サーカスの所有者ドリー・ミラーの手に渡ります。1958年、ケリー・ミラー・サーカスは、フィデル・カストロが掌握したキューバを旅します。シャーリーをはじめとするサーカス全体がカストロの軍隊の捕虜となり、数週間後にやっと解放されました。1963年にサーカスは船でノーバ・スコシア(カナダ東部の大西洋に面した州)を旅し、ヤーマス港に入港しますが、そこでエンジン室からの出火が起こります。それにより船は沈没し、2匹の動物が死にました。シャーリーは助かりはしましたが、背中と足にひどい火傷を負いました。火傷のせいでシャーリーは右耳の大部分を失い、背中や脇腹、足にも傷が残りました。

 

シャーリー

さてジェニーに話を戻します。雄のゾウから暴力を受けてから約1年後の1993年3月、ジェニーは繁殖のためのゾウとして「失格」の烙印を押されます。小さなサーカスに売られ、次の2年間アメリカじゅうを旅して過ごしました。他のゾウたちと食べものの奪い合いや、振動の多いトレーラーの中で体勢を保つことの連続で、すでにからだの弱っているジェニーに大きな負担がかかります。ついにトレイラーへの乗り降りができなくなるまで病状が悪化し、ジェニーは多くの時間をトレイラーの中にひとり残されることになりました。

 

1995年、ジェニーの所有者はラスベガス郊外にある小さな動物避難所に連れていきます。ジェニーはひどい体重の減少、怪我でつかえない後ろ足、慢性的な足の病気という不健康な状態でした。ジェニーの生活環境はここでも改善されませんでした。氷点下の気候にさらされ、不十分な設備のせいで夜はチェーンをかけられました。放置された足の怪我や関節の炎症のため、ジェニーは足に体重を乗せることが難しく、そうした状況に対しても獣医の治療を受けられませんでした。その頃、テレビ番組「トゥエンティ・トゥエンティ」で飼育環境にいるゾウがテーマとなり、ジェニーもその対象となりました。ジェニーが排便で立ち上がる姿が映され、痩せ衰えたからだや不十分な施設での暮らし、経験の少ない飼育員に世話をされている様子が取り上げられました。

 

テレビ番組への反響があったのでしょうか。驚いたことに1996年7月22日、ジェニーの所有者から、テネシーのサンクチュアリに連絡が入りました。ジェニーをサンクチュアリに預けたいという依頼でした。その年の9月11日、ジェニーは3番目の居住者としてサンクチュアリに到着しました。最初のうち少し調整が必要でしたが、すぐにジェニーはサンクチュアリの生活に慣れ、ここのゾウたちとも仲良くなりました。

ジェニーとかぼちゃ

さてシャーリーですが、彼女もルイス・ブラザーズ・サーカスで芸をしていた27歳のとき、他のゾウから攻撃を受けました。それで右の後ろ足を骨折。それが治ることはなく、結果足を引きずって歩くようになります。それでもなおそこで2年間、芸を続けますが、あるときロサンジェルスにあるルイジアナ・パーチェス・ガーデンズ & 動物園に売られます。もう芸をすることができないシャーリーは28歳で引退、そこから22年間、動物園の片隅で一人きりの生活を送ります。そして1999年、動物園はシャーリーを手放すことを決意し、テネシーのサンクチュアリへその身を預けます。

 

1999年7月6日、シャーリーはサンクチュアリの4番目の居住者となり、タラ、ジェニー、バーバラと暮らすようになりました。到着の日、シャーリーが小屋に入ると、タラがやって来ました。タラは、シャーリーが22年ぶりに目にするゾウでした。シャーリーとタラは互いの鼻をからみあわせて挨拶し、タラはシャーリーのからだの古傷を優しくなでて労わりました。

 

ジェニーはこの間、小屋の外にいたのですが、中に入ってくるとシャーリーに目をとめました。そして突然、シャーリーの方へと向かっていきました。そばにいたスコット(サンクチュアリーの創設者の一人)が、フェンスの仕切りの一部を上にあげましたが、ジェニーは満足せずゲートにからだをバンバンと当て、フェンスをよじ登ってシャーリーのところに行こうとしました。するとシャーリーの方もジェニーに気づき、同じように興奮した様子で近づいてくると、フェンスにのしかかってジェニーの方に行こうとしました。

 

ゾウは突出した記憶力をもち、家族や仲間の鳴き声や臭いを長い年月を経たあとでもよく覚えています。この2頭は遠い昔に出会った互いのことを、25年たっても忘れていませんでした。2頭が同じサーカスにいた一冬、足を骨折していたシャーリーは、子ゾウたちのいる小屋で回復期を過ごしました。ジェニーはまだ赤んぼうで、シャーリーは自分の子のようにジェニーの世話をしました。

 

ジェニーとシャーリーの衝撃的な再会を、ナショナル・ジオグラフィックが記録し、そのドキュメンタリー 『The Urban Elephant』はエミー賞を受賞しました。

​The Urban Elephant: Shirley's Story(12:42)

0:00~5:00 ルイジアナ・パーチェス動物園の飼育係りソロモン・ジェームズと最後の時間を過ごすシャーリー。

5:00 トレイラーに乗ってテネシーへ。

5:47 サンクチュアリーに到着。創設者の一人キャロル・バックレーが迎える。

6:13 タラとシャーリーの出会い。

8:53 ジェニーとの再会シーン。

再会から7年間、ジェニーとシャーリーはかけがえのない時を過ごしました。いつも共に行動して関係を深め、分かち難い仲になりました。それは母と娘のようだったといいます。ジェニーは甘ったれなところがあり、草地でシャーリーが寝ているとそこに自分が寝たいと大声をあげ、するとシャーリーはすぐに脇によけてわがままを聞いてやったといいます。シャーリーはたとえジェニーが眠っているときも、見守るようにしてかたわらに立ち、自分の鼻で優しくジェニーの顔をなでていたそうです。

 

2006年10月17日、ジェニーは体調を崩し、シャーリーをはじめとする仲間のゾウたちやサンクチュアリの世話係たちに見守られて死にました。

 

ジェニーは死ぬ前の2年間、体重を減らしつづけており、少しずつとはいえ、それがからだに大きな負担を与えていました。様々な検査を繰り返しましたが、はっきりとした診断は出ませんでした。ときどき見せるからだの不快さには、痛み止めが施されました。最後の3ヶ月間はさらに衰弱を見せましたが、敷地の中を歩きまわることをやめようとはしませんでした。暮らしてきた丘や草原をシャーリーと並んで歩き、景色を眺め、自然界の音に耳をかたむけ、木や草の匂いを嗅いでいました。 

 

最後の一週間、ジェニーはいつもの食事や活動ができなくなりました。最後の時を過ごすためジェニーが選んだのは、美しい森に囲まれた湿地帯でした。静かにそこに横たわると、ときが来るのを待ちました。母親代わりのシャーリーが、昼も夜も、見守るようにそばについていました。ジェニーがからだの向きを変えるために起き上がろうとすれば、その手助けをしました。姉妹のようだったタラとバニーもそばにいました。この2頭はジェニーにいま起きていることを理解しているように見えました。死の前日、仲間たちの魂を揺さぶるようなコーラスにジェニーは同調し、それをキャロルとスコットが見守りました。このゾウたちの歌声は、死を迎えつつあるジェニーにとっての重要なプロセスで、そこにいるすべての者を引き入れる力がありました。喜びに満ちた歌声は3時間つづきました。その晩、ジェニーはシャーリー、タラやバニー、世話係たちに囲まれて最後の時を過ごします。

 

2006年10月17日午後6時35分、ジェニーの息がゆっくりと浅くなりました。鼻から深いしゃがれ声を吐き出すと、タラとバニーが急いでやって来ました。シャーリーはジェニーの死が間近なのを感じて、辛そうにその場を離れました。ジェニーは息を吐き出すたび、深く響く音を鳴らしました。苦しみや痛みはなく、静かで落ち着いた様子で、さよならを仲間たちに伝えているようでした。その晩、タラとバニーはジェニーのかたわらで過ごしました。バニーの方は次の日もそこに留まり、ジェニーを見守りつづけました。

 

ジェニーの死後、シャーリーはタラやウィンキー、シシーと過ごすところが見られるようになりました。

散歩するシャーリー(2016年)

 

シャーリーはいま、アジアゾウ居住区の全域を歩きまわり、仲間のゾウたちと交流しています。シャーリーはゆっくりと足を引きずるようにして歩きますが、敷地内のかなりの範囲を探索しています。泥池を歩き、うねる丘を横切っていきます。タラとともに「オークの木の草原」や「タートル・ポンド」「レフト・フィールド」を歩いてまわり、小屋から1キロ半以上離れた湖を歩いて渡ったりもします。シャーリーはサンクチュアリで一番年上のゾウで、北米で3番目に古株のアジアゾウです。シャーリーの目印は、千切れた右耳と曲がった右後ろ足。サンクチュアリのライブカメラElecamでもその姿は毎日のように捉えられており、からだの特徴から簡単に見分けることができます。古傷の曲がった右後ろ足のリハビリとして、スタッフが設計したフットレスト付き特製トレーニング・ウォールが作られ、シャーリーの足の手入れや治療に役立っています。

 

シャーリーは今年(2017年)69回目の誕生日を迎えました。サンクチュアリーに来て18年目の夏をいま過ごしています。

シャーリー、ジェニー(前)、バニー、タラ(2002年春)