Elephant Stories

サンクチュアリに住むゾウたちの物語

デビー、クィーニー、ロティ、ミニー(2006年)

ビリーとロニー(2015年)

<コラム>

 

ホーソーンのサーカスからやって来た8頭のゾウたち [2]

デビー、ロニー、ロティ、ミニー(2006年)

2006年

2006年の1月31日から2月9日の間に、8頭のゾウが4回に分けて、特製のトレイラーに乗ってサンクチュアリーにやって来ました。この8頭(ミニー、ロティ、クィーニー、リズ、デビー、ロニー、ビリー、フリーダ)は何年間かホーソーンの同じゾウ舎で(1日の大半を鎖につながれて)暮らしたきた仲間で、初めてここで自由な交流ができるようになりました。最初の数週間、数ヶ月は隔離エリアの中を探索して過ごしました。仲間同志の友情が再確認された時期でした。ミニー、クィーニー、ロティは行動を共にするようになりました。デビーとロニーは分かち難い仲になりました。この5頭はすぐに、敷地内を遠くまで探索するようになりましたが、リズとフリーダのデュオはゾウ舎の近くで多くの時間を過ごしていました。

 

ビリーは当初、不安そうで他のゾウたち(中でもからだの大きなデビーやミニー)におずおずと接していました。そしてリズやフリーダと多くの時間を過ごしていました。ゾウたちは池や森、開けた草地を初めて長い時間かけて歩きまわり、それぞれの個性を発揮していました。サンクチュアリーのライブカメラの映像が、デビーとロニーが池で水浴びしているところや、ビリーがおもちゃのボールを蹴って遊んでいるところを捉えています。

2007年

デュラリー、デリー、ミスティー(2007年)

2007年にフィラデルフィア動物園からデュラリーがやって来て、デリーとミスティの仲間になりました。この3頭は一緒にいるところがよく目撃され、新たなミニ集団をつくりそうでした。

2008年

5年間、サンクチュアリーで仲間たちと過ごしたのち、デリーが2008年に死亡しました。62歳でした。ミスティとデュラリーは関係をさらに深め、いつも共に行動するようになります。2頭はデュラリーがいたゾウ舎のそばの池でよく泳いでいました。

ロニー、デビー、クィニー(2008年)

2009年

リズが結核菌の陽性反応を見せるようになりました。隔離と治療のため、他のゾウと別のエリアに移されました。この隔離地区は新しくできたもので、「フェーズ1」地区と呼ばれます。隔離エリアの二つの地区は、中間に緩衝エリアが廊下のように設けられていますが、ゾウたちは互いの姿を見たり、臭いを嗅いだり、声を聞いたりすることはできます。ゾウ舎もそれぞれ分かれています。

いっしょに昼寝するリズとフリーダ(2009年)

フリーダとビリーはリズとともに隔離エリアに移動することになります。再び別れ別れになってしまう苦痛を与えないためでした。新たに移ったところで、この3人組は関係をさらに深めていました。

2010年

ロティとミニー(雪の中で。2010年)

5月、テネシー州中部全域を洪水が襲いました。ところがミニーは、隔離エリアの、洪水でできた湖を楽しんでいるように見えました。

ロティが47歳の生涯を終えました。クィニーもロティもいなくなり、ミニーは仲間がいなくなりました。ミニーとデビーは、ロニーをまじえた3頭の中でどちらがリーダーになるかで競争し、ときに押し合いへし合いをしていました。3頭の平和のため、ミニーはデビーとロニーから離れたエリアで過ごすことができました。とはいえ互いの姿を見たり、フェンス越しに触れ合ったりはできます。サンクチュアリーのスタッフは、3頭が近くにいるとき、定期的に「デート」の時間を設けていました。これはゾウたちが遊びにあきたり、不安な様子を見せ始めたところで終了になりました。

 

2011年

 

2006年にビリーがやって来たとき、その足首(左前足)にはチェーンがぶら下がっていました。サーカスで働いていたとき、ゾウを拘束するために付けられていたものです。ホーソーンの6メートル四方のゾウ舎を出たあとも、チェーンはそのまま残されました。サンクチュアリーに着いて何年もの間、ビリーはチェーンを外されることを拒みつづけました。サンクチュアリーが管理体制をPCと呼ばれる「保護下のコンタクト」に切り替えると、世話係とゾウは常にフェンスなどの障壁で分けられ、ゾウは自分の意志で人と関わるかどうかの決定ができるようになりました。その結果、ビリーは人間への信頼度を高め、不安を減らしていきました。サンクチュアリーに来て5年たって、やっとビリーは世話係が足のチェーン(サーカス生活の最後の遺物)を外すことを許したのです。

 

ビリー、リズ、フリーダの3人組は、少し離れていただけであっても、再会のとき喜びの声を発します。フリーダが昼寝しているとき、ビリーとリズがそれを見守っているところをスタッフがよく目にしています。サーカスや動物園で働いてきたゾウによく見られるように、フリーダも骨髄炎や足皮膚炎などの慢性の脚の症状や関節痛を抱えていました。脚や関節に起因する合併症は、飼育環境にいるゾウにとって、主要な死因となります。

2013年

フリーダ、ビリー、リズ(2013年)

隔離エリア内のフェーズ1地区の拡大により、リズ、ビリー、フリーダはゾウ舎の裏にある丘陵地を散策できるようになりました。「先導者」のニックネームどおり、フリーダが先頭をきって探検に出ていきます。

フリーダ、リズ、ビリーが山を探索

ロニーとミニー(2013年)

デビーとロニーとミニーは活発に遊び、ロニーとミニーの間では押し合いへし合いしてふざけることもよくあります。

 

2014年

 

アジアゾウ居住区では、ミスティが、昨年末に50歳で死んだデュラリーのいない新年を迎えました。冬の間ずっと、世話係はタラとシャーリーがミスティといっしょにいるところを目撃しています。

シャーリーとミスティ(2014年)

横になっているミスティのそばにシャーリーが立ち、眠るミスティの頭に鼻をそっと乗せているところが見られました。

ミスティ(2014年)

2014年の晩春、ライブカメラの映像は、ミスティがハイランド・レイクまで1キロ半の遠出をし、湖で泳ぐ姿を捉えました。ミスティにとって初めての冒険です。

ミスティは夏と秋の間、アジアゾウ居住区の遠いところまで、タラとシャーリーといっしょに散策していました。さらには他のゾウたちが行かない場所、彼女だけが知る場所を見つけ出していました。

フリーダ、ビリー、リズ(2014年)

2015年

 

サンクチュアリーでの9年間の暮らしののち、フリーダが2015年の初めに49歳でなくなりました。それに続いてこの年の後半、リズも58歳で死亡。どちらも飼育環境にいるゾウがかかる骨髄炎、関節炎、結核などの慢性の病気や症状に苦しめられてきました。リズが死んだのち、ロニーがフェンス越しに、Q エリアにいるビリーの頭や背中を鼻でなでているところが目撃されました。それに気づいた世話係が、ビリーとロニーが絆を結べるよう、定期的な「デート」を始めました。

湖のそばでミスティ(2015年)

この年の春早く、ミスティは遠く離れた(前年初めて行った)湖に戻り、夏の間と秋の初めをここでたくさん過ごしていました。サンクチュアリーのスタッフみんなが、ミスティの冒険に目を見張りました。

ロニー、デビー、ミニー(2015年)

2015年の夏の終わり、リズが死んで間もないころ、ミニーとデビーとロニーはまた「デート」の時間を過ごしました。その日の終わりになっても、3頭は離れることなく交流をつづけていました。それでその日のデートは夜通しのものになりました。そして次の日も、次の夜も、次の週も、次の月もとつづきました。

 

2016年

デビー、ロニー、ミニー

2016年は、ビリー(この年54歳)、デビー(同45歳)、ミニー(同50歳)ロニー(同50歳)にとってサンクチュアリー10年目の年です。そしてミスティ(同52歳)にとっては12年目となります。サンクチュアリーで過ごした年月の間に、彼らは昔からの友情を再確認し、新たな親密さを深めてきました。デビーとミニーとロニーは今や仲良し3人組で、多くの時間を共に過ごしています。ビリーとロニーは定期的なデートをつづけ、世話係たちはこの二者が関係を深めていくのに胸をワクワクさせています。このようにして、ゾウたちは彼らの様々な行動を通して、世話をする者たちに教えてくれることがあり、よそで暮らすゾウたちも含め、どのように生活環境を向上させればいいかの知識を与えてくれます。

 

サンクチュアリーに住むゾウたちは、3重鼻洗浄検査と血清テストを定期的に受けています。結核菌反応を示したゾウはみな適切な治療を受けます。野生の環境にいるゾウの仲間たちと同じように、ここのゾウたちもある季節が来ると、自分たちの好きな場所をきまって訪れています。春には、ミスティは湖のそばに、タラやシャーリーとそこで会うためにまた戻っていくでしょう。野生のゾウたちがそうであるように、ここのゾウたちもなくした仲間のことを思って暮らします。クィニー、デリー、ロティ、ロタ、フリーダ、リズ。何十年にもわたり、芸をし、旅をし、暗い小屋に囲われていたゾウたちに、サンクチュアリーはまったく違う、新しい生活を提供しています。

 

サンクチュアリーは何千人もの支援者にささえられて、ここまで27頭のゾウたちに最後のすみかを提供してきました。その人々の支援なくして、サンクチュアリーを健全に維持することは難しかったと思われます。

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