オオカミの生き方 | ウィリアム・J・ロング

Photo by Ralf Κλενγελ(CC BY-NC 2.0)

リーダーは雌オオカミ

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 たとえばパックと呼ばれるオオカミの集団における統治について、私たちは読み物から得た知識から、リーダーは常に体の大きなオスで、他に勝る強靭さや勇気を持ち、挑戦を仕掛けてくる他のオオカミを殺したり、傷つけたり、追いやったりすることでその地位を獲得している、という見方を往々にして持っている。しかし事実はこうだ。力のある熟練したオスは、通常、単独で狩りに出るところが見られている。また思いやりのあるところをしばしば見せ、自分の連れ合いに対してちょっとした怯えさえ見せる。連れ合いに子がいるときは、巣穴のまわりを歩きまわるが、そばには決して近づかない。メスが子どもたちに授乳しているとき、または子に与える食べものが手に入らないときは、このオスがそれを支給する。冬に仲間が集合するとき、そこに入ったり、狩りの助けをすることもあるが、群れをリードしようとしたり、他のオオカミを支配しようとしたりはしない。

 

 集団内にたとえ権力者がいた場合も、そのオオカミは母オオカミによって常に支配されている。母親は力はないが、オスよりずっと賢く、子どもを育てた経験から、リーダーシップの取り方を知っている。さらには、生まれたばかり、あるいは成長過程にある子どものオオカミは、ひとりで世界を生きる方法の大部分を、母親を真似することで学んでいる。そしてその後も、メスのリーダーに従うという習慣が残る。その結果、どんな雄オオカミにとっても、自分の集団をつくる試みは成功しない。それは彼には支配をする素養などないからであり、また彼に従う素養をもったオオカミなど見つけることができないからだ。

 

 北部の野生オオカミの群れは、冬の間のみ出会えるもので、二世代または三世代の家族を形成し、その中心はいつも雌オオカミとその子どもたちである。子どもたちは春に生まれる。その年の冬に子どもたちを見れば、まだものを知らず、陽気に跳ねまわり、好奇心に満ちあふれていて、犬のように目の前を走っていくものや逃げ去るものを追いかけていく。狩りについては、子犬と同じようにヘマをやり、それでも夏から秋にかけては、野ウサギや小さな獲物なら手にしている。どこにでもいるモリアカネズミを捉えるときは、日々の練習の成果によって、キツネ並みの能力を発揮する。冬が来て、雪に閉じ込められると、オオカミは水を得ようとするシカを狩って暮らす。子オオカミたちは、大きな獲物を得るスキルはないので、雌オオカミがいないと腹をすかせたままになることもある。母親が殺されたりすれば、子オオカミは罠猟師にとって、たやすく捕らえられるものになる。しかし母親が一緒であれば、どんな罠も毒入りの餌も慎重に扱われる。

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 雌オオカミは子オオカミの群れを監視する。彼女が権限を発動するとき、その意志は法であり、厳しく妥協がない。子オオカミの管理、支配は生まれて最初の年は絶対的であり、疑問の余地はない。

 

 まだ年端のいかないオオカミの子どもたちが、巣穴の外で遊んでいるところを見るのは、他にない喜びだ。子犬のように元気いっぱいに走りまわっているが、母親がちょっとでも合図を送れば、すぐにそれに従う。彼女は子どもたちの遊びや取っ組み合いに参加したりせず、そばで彼らとその周辺を見守っている。

 

 子オオカミが狩りをするようになると、珍しい光景を目にすることがある。一生に一度くらいの感じだ。雌オオカミが子オオカミのバカげた行動を見て、呼び戻すことがあるが、そういうとき唸り声をあげたり、耳を立てたりせず、無言の警告を発するのだ。

 

 5、6匹の子オオカミが、開けたところに出て行き、荒地や凍った湖を渡っていく。その中のお腹を減らした、あるいは探究心の強い子が、森で動くものを見てあとを追いかけていく。しかし誰かに呼ばれたかのように、キョロキョロして立ち止まっては振り返るのでスピードが出ない。その群れから少し離れたところで、この無頓着者を、雌オオカミが厳しい目つきで見つめている。子オオカミはその場を退散しても、雌オオカミに監視されていることに気づいている。あるいは(人間には解読不可能な)メッセージを受け取っている。そしてすぐさまくるりと向きを変え、群れの方に楽しげな足取りで従順に戻ってくる。というようなことが見てとれる。

 

 もしその動くものが人やムースではなく、適した獲物であれば、雌オオカミはそれを追い、子オオカミたちも列になってそれにつづく。そして母親の鋭い鳴き声で、子どもたちは前に飛び出し、狩りは終わりを迎える。母親に従い、それを真似ることで、子どもたちは狩りの方法を学ぶ。学ぶのは速さや強さといったものではなく、常に必要とされる慎重さや抜け目のなさといったものだ。