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スタンリー・セイディーtop
Bruce Duffie インタビューシリーズ(3)

音楽家と音楽業界を後押ししたスペシャリストたち

This project is created by courtesy of Bruce Duffle.

Musicologist

Stanley Sadie

スタンリー・セイディ
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ニューグローヴ世界音楽大事典*』初版の主幹編集者をつとめたイギリスの音楽学者、評論家、編集者。『ニューグローヴ』は音楽と音楽家に関する百科事典で、ドイツ語の『音楽の歴史と現在』とともに、西洋の音楽について扱った最大の参考文献の一つとされる。現在は『Oxford Music Online』の中に『Grove Music Online』として電子版がある。セイディは他に、『楽器事典』(全3巻 1984年)、『アメリカ音楽事典』(全4巻 1986年)、『新グローヴオペラ事典』(全4巻 1992年)などの編集の指揮もとっている。詳細

インタビュー 1992年10月29日、シカゴ(滞在先のホテル)にて

(書き起こし:2009年、ブルース・ダフィー)

 

どの分野にも優れた解説者というものがいます。音楽に限っても、たくさんの分野があり、そのどれもがそれぞれ評者リストを持っています。一般的な法則として、ここで言わせてほしいのは、順位付け(人は何かと言うとこれを主張しますが)には法外な損失と大きな無駄があるということです。そうは言っても、主要マーケットで高く評価された出版物を書いている人たちには、学術誌がそうであるように、確かな重みがあると思わないわけにいきません。それと同じように、本というものは、権威や地位によって、信頼や名誉を与えられるカテゴリーに分類されるように見えます。

 

これらのことを踏まえて言いますが、英語で書かれた最も大きな、最も信頼性のある音楽百科事典の監修者のための特別なポジションがあります。スタンリー・セイディ、「ニューグローヴ世界音楽大事典」の編集者がその人です。彼の名前はどの巻の背表紙にも刻まれており、あらゆる賞賛の声が、そびえ立つ偉業とともに浴びせられています。

 

この膨大な量の任務につく前に、セイディは『ロンドン・タイムズ』の評論家でした。同時にいくつかの本の著者でもあり、ヘンデル、モーツァルト、ベートーヴェンといったよく知られたテーマについて書いていました。わたしがこれを書くのは、あまり知られていない作曲家をその権限のもと、名をあげている唯一の本であることを示すためです。

 

1992年10月、シカゴで音楽批評家の大会があり、セイディはそれに出席するためにやって来ました。非常に多忙なスケジュールの合間をぬって、彼の滞在先のホテルで、わたしと話す時間を快く設けてくれました。これから読んでいただくものは、とても啓蒙的なおしゃべりになっています。

 

長年にわたり批評家であり、歴史家としての任務を請け負った人として、わたしたちの話題は、音楽という分野の一部始終をいろいろ話しました。それから初期の音楽百科事典のリメークの仕事へと話が進みました。それと四つの他の兄弟編集版が、音楽研究における最重要なものとして存在します。実際のところ、わたしたちが会った当時、彼がどのような仕事をしていたか、これを読んでいただければわかるでしょう。

 

彼の答えは、その考えを伝える上で、いつも率直にして綿密なものでした。以下がその時の会話です。

 

ブルース・ダフィー(以下BD):お時間をつくっていただいて、ありがとうございます。

 

スタンリー・セイディ(以下SS):ああ、こちらこそ。

 

BD:批評家の会議でこちらに?

 

SS:まあそうですね。明日の朝、公開討論会に出席する予定ですが、残念ながら、ずっといるわけじゃないんです。どうしようもなくてね、戻らなくてはいけないんで。

 

BD:音楽批評家であることを、あなたは気に入っていますか?

 

SS:そうね、「ロンドン・タイムズ*」で音楽批評家として、非常に長い間過ごしたからね。17年間もやっていたんです。答えはイエスだね、批評家であることを喜んでいますよ。

*ロンドン・タイムズ:1785年創刊の世界最古のイギリスの日刊新聞。

 

BD:音楽学者や研究者であることより、批評家の方が好ましい?

 

SS:この二つを違う分野だと思わないようにしてるんです。一方は音楽批評に学識を持ち込み、もう一方は学識に批評精神を持ち込むことができる。これは健全な混じり合いじゃないかな、と。自分を見るときに、そういう風にしなくちゃね。

 

BD:(笑) そうですね。

 

SS:そう感じるんですよ。学識には、評価的な思考が、批評的思考がね、あるべきだと思ってます。背景に批評精神がある学識ほど、強力なものになるね。

 

BD:ここアメリカでは、おそらく批評というものと、意見・見解とを同一視しています。

 

SS:そうですね。ある程度まではイギリスでもそうですが、向こうには学識を持つ、非常にしっかりした批評家集団があります。アンドリュー・ポーターは、長いことわたしの友だちであり同僚でした。彼の実績をご存知ですよね。

 

BD:もちろんです。

 

SS:彼以外にもいますよ。アンドリューの同僚でニック・ケニヨン、ジェレミー・ノーブルとかね。ジェレミーは「タイムズ」でのわたしの前任者で、最終的にアメリカに来て、音楽学者として、ニューヨークで教えてましたね。他にもタイムズ時代の同僚に、ウィリアム・マン、マーティン・クーパーがいます。彼らは本格的な学問書や批評を書く人たちです。ここアメリカとは同じ習慣ではないですけれど、そういうものでしょ。社会が違いますから。ロンドンとニューヨークでは、それぞれ違う伝統をもっていますし、アメリカの他の都市では、そこで働く人たちにとって、また違う環境がありますね。

 

BD:日刊紙に書く人は、週刊誌や月刊誌、学問的な記事を書く人とは違った視点をもつべきなのでしょうか。

 

SS:批評家として、という意味で? 批評家というのは常に「誰が読むか、彼らはいつ読むか、読んだあとどうするか、自分に何を望んでいるか」ということを考えてる。それが仕事ですから。批評家は読者を満足させなくてはいけない。それをしないと、長くは続けられないんです。よっていつもこのことを考える必要があるわけで。確かに、その通り、違いはあると思いますよ。イギリスでは(当然ながら、わたしはアメリカのことよりイギリスのことの方をよく知っているので)、もし日曜版で批評を書いているのであれば、記事を書く前に深呼吸するといったね。いくつかの出来事を振り返って、自分の強調したい事項からストーリーを型作る。単に出来事にコメントするのではなく、もう少し深く掘り下げようとするかもしれない。しかし自分が日刊紙の批評家である場合は、一度に一つの出来事について書くし、それはレポートでもあり、批評でもあり、音楽家や音楽を紹介することでもあるわけで。

 

BD:つまりあなたの記事を読む人を、ある思考に導くといったことでしょうか。

 

SS:自分が誰に向かって書いているか、知る必要があると思いますね。運が良ければ、その通り、そうすると思う。その人たちが自分の言葉を読んで、どのような反応を示すか考えるわけです。書き手はいつも、読み手が磨かれることを望んでます。音楽の批評家は職業的なリスナーですよね、実は。誰よりも専門知識をもって音楽を聴いている人じゃないですか? 批評家の1番の目標は、読者のために新たな世界を開いてみせることでしょう。思いあがっているように聞こえるでしょうけど、人々の耳を開いて、もっと注意深く聴けるように、深い部分にまで触れることができるように、いつも心がける必要があると思うんです。

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BD:読者はあなたの言葉を受け取ります。彼らはあなたの考えに反応しているのか、それともあなたの感情にも触れているのか。

 

SS:そうねぇ、(笑)それは形而上学的*な問いでしょう。思考と感情の区別をするというね。どちらも少しずつあるね。もし感情があることを見せないなら、読者は読もうとしないでしょうね。でも全ては批評家の知力によって制御されるものではないかな、最終的には。熱中させることはとても重要だし、あるいはその反対をときどき見せることもね。非常に大切なことだと思いますね。読者はその批評家を知るようになるでしょ。彼らはあなたの見方に共感を持たないかもしれない。でも書き手がどういう人物なのか知るようになるでしょ。そしてどのような根拠から話をしているのか、どのような先入観の持ち主なのか、嫌いなものは何か、どんな音楽に熱狂するのか、どんな演奏にしびれるのか、といったね。とても重要なことで、彼らはそういうことを通してその書き手のイメージを持つわけです。音楽に反応する生きている人間だということをね、そうでなければその人に興味を持たないんじゃないでしょうか。

*形而上学的:哲学の一分野で、世界の根本的な成り立ちの理由(世界の根因)や、物や人間の存在の理由や意味など、感覚を超絶したものについて考える(竹田青嗣著『中学生からの哲学「超」入門』)学問。

 

BD:ちょっとネガティブな見方をしてみましょうか。わたしは普段こういう見方はしないんですけど、あなたがあまり好きになれない曲とか演奏家がいた場合、名前や曲名は言わなくていいですが、その作曲家なり演奏家を追い出すのはあなたの仕事の一部なんでしょうか。

 

SS:いいや、そうは考えないですよ。これは批評家の責任として、非常に難しく大変な問題ではあるけどね。それが才能のなさや見せかけのものであれば、たぶん問題だね。自分が信じることのためにそれを明らかにするのは、批評家の仕事でしょ。もしある人間の解釈が間違っていると考えて、自分の感じ方と合わないということなら、それはちょっと違う。それは意見だから。この二つには違いがあると思う。

 

BD:あなたはその違いをいつも区別しようとしているんでしょうか。

 

SS:人は意識することなく、自然に区別していると思うね。これは好きじゃないと言うことはできるが、それは能力が低いと言うのとは違うことだから。能力がないと言うのは別のことで、ときにそういうことも言わなくちゃならない。

 

BD:あなたが能力がないと感じている演奏が、非常に拍手喝采を受けているということはあったんでしょうか。

 

SS:ああ、ありますよ。そういうことは起きるものだね。わたしがまだ駆け出しの批評家だったとき、タイムズに初めて記事を書いたときだったけど、ウィグモア・ホールでピアノリサイタルがあって、そこはロンドンでデビューする演奏家にとって登竜門のような場所だった。まだ非常に若いスイス人がいて、名前は覚えているけれど言おうとは思わない。わたしは演奏後に、仲間の批評家にひどい演奏だったと言ったんだ。レビューで何か書くよりも、まったく触れない方がましというね。仲間の批評家は違う見方をしていて、それはかまわないんだが、彼は結局のところ家に帰ってから、レビューを書かないことにしたんだ。それでこっちに厄介がまわってきた! で、わたしはレビューを書き、それはかなり否定的なものになった。たぶん、公正ではあったと思う。その人間は技術がなかった、あるいは曲への洞察力がなかった。次の朝、その演奏家の母親からオフィスに電話があって、「あなたの批評でわたしの息子を自殺させるつもりか」と言ってきた。わたしの知るかぎり、その人間は自殺などしていないけれど、実際のところ悩ましい出来事だったね。

 

BD:その人はキャリアがまったくなかったのか、それともありきたりのものだったのか。

 

SS:それ以降、彼の名前を見たことがない。当時彼はロンドンに住んでいなかった、だから聞くことがなかったのかもしれない。演奏してはいただろうけど、ロンドンに戻ってこようとはしなかったね。

 

BD:でも彼がヨーロッパやアメリカでキャリアを築いたかどうか、わかるでしょう。

 

SS:いいや、彼はその先のキャリアを築くことはなかった。その先のキャリアを聞いたことがない。

 

BD:演奏家が批評を読んだときのアドバイスはありますか?

 

SS:一人の人間の見方にすぎないんだよ、うんざりすることはない。自分を信じなさい。学ぶことはあるかもしれないよ、とね。手紙をもらうこともよくあって、「有益な批評をありがとう。心に刻んでおきます」と言ってくる。こんなことを言ってくる手紙もある、「あなたは思い違いをしてる」とね。(笑) 手紙はもらうこともあれば、もらわないこともある。でもかなりの数の手紙が来るし、ときにわたしのところにやって来る人もいるね。あるいは友だちに役立った、と言っている人もいる。わたしに何か言うことができれば、あるいは違う見方を提案できれば、あるいはわたしの専門領域から何か助言できれば、彼らは学ぶことができると思う。そうなれば批評は、演奏家にとって有益なものになる。しかし批評家の役割は、演奏家を助けるためじゃない。批評家は聴衆の一員として思うところをしゃべる。音楽に対する責任が1番にきて、2番目に聴衆がくる。

 

BD:で、最後に演奏家がくる?

 

SS:演奏家は入ってこない。演奏家はその外にいる。彼らは音楽に対する自分の考えを持つものだ。それはわたしの仕事じゃない。

 

BD:コンサートに行って、その翌日新聞でレビューを見たり、翌週に雑誌で読んだりする聴衆に、どんなアドバイスをしますか?

 

SS:そうだな、同じことをまた言うね。一人の人間の意見を聞いているんだよ、と。レビューは紙に印刷されたもので、石に刻まれた言葉じゃない。それに新聞というのは、次の日にはゴミを包んで捨てるのに使われたりする。(両者、笑) 腐ったキャベツとかフィッシュ・アンド・チップスとかと一緒に記事があるんだよ。

 

BD:いい気持ちはしないでしょ。

 

SS:儚いものだって思わされるね。これをずいぶんと長くやってきたわけで、17年にもなったんだ。その頃になって、もうこれ以上あまりやりたくないと思い始めたね。今でも書いているときは、楽しんでるよ。今では少ししか書かないけどね。タイムズをやめた後は、定期刊行物や月刊誌に少し書いていた。今も書くのは楽しいし、コンサートに行って批評を書く機会がないときは、ちょっと不満に思ったりするくらいだよ。

 

BD:そうなんですか? コンサートに行って、自分の感想を書かなくてもいいのは楽なのかと。

 

SS:ああ、それはそうだね、責任を負うという意味ではね。コンサートに行って、退屈な演奏で寝ててもいいし、注意をそらして聴いていても問題ないからね。自分にこう聞かなくても済む、「これについて、どう考える?」「何を記憶しておこうか?」「プログラムのうらや紙切れに、何と書きつけておこうか」とね。もちろんずっとリラックスして聴いていられる。でも何か言うチャンスがないし、自分の考えを深めていく刺激がない。わたしにとって、これがいいことだというのはわかってる。あなたにとってどうかはわからないけど。

 

BD:批評はほとんど書きませんよ。ラジオだけです。音楽をかけて、コンサートの宣伝もします。わたしは演奏家にインタビューをして、彼らに話す機会を与えることに喜びを感じているんです。でもコンサートに行くときは、自分の考えをまとめなくちゃいけないっていうのがないですから。リラックスして、ただ音楽に浸されていますよ。

 

SS:そうだね、うん。

 

BD:いつも演奏のいいところを見つけるんです。演奏全体に注意してなかった場合も、こう言えるんです。「ああ、真ん中あたりのバスーンのソロは良かったな」ってね。

 

SS:ああ、それはいいね!

 

BD:あなたがあらかじめ素晴らしいものになるとわかっている演奏会に行く場合、いいところを見つけるのは簡単なのか、難しいのか。

 

SS:実際のところ、批評を書くことで難しいことの一つは、賞賛できないものについてより、賞賛したいレビューを書くことなんだ。他の言語でも当てはまるかわからないけど、英語では、賞賛の言葉よりも、毒舌を放つための言葉の方が豊富だというのは確かだね。厳しい批評をしているときはあらゆることが言える、でも賛美の形容詞はとても少ないんだ。魅力ある演奏会、素晴らしいステージに行くときは、いつも大変なんだ。ときにそういう演奏会で、我を忘れてしまうことがあって、すると言葉の方がやってくる。ひらめきが与えられるわけだ。

 

BD:どうなんだろうと思うのは、もしあなたが何年も何年も楽しんできた演奏家であることがわかっていたら、あなたのものの見方は変わるのかどうかと。第1級のオーケストラと、音響的に素晴らしいホールだと熟知した指揮者による演奏だった場合ですね。

 

SS:そうだね、楽しみ、よく味わえるものはあるよ。もちろん楽しいしね。とてつもなくね。わたしがタイムズで批評家チームの一人だったとき、上司が自分の望む演奏会をわたしに指定してくると、わたしはよくそれ以外のものを選んでいた。ときに私たちは「この演奏会には君が行くのがいい、あっちにはわたしが行きたい」と言う。チームでは、素晴らしい演奏会は公平に分け合っていたから、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のような素晴らしい演奏が聞けたし、ワクワクさせられる作品と出会う機会はたくさんあったね。

 

BD:批評を書く予定のないコンサートにも常々行っておくことは、あなたの仕事上の責任の一つでしょうか。次のシーズンに批評をする際、それを参照するとか。

 

SS:批評家として駆け出しのころ、夜はコンサートに行くことに費やしていたよ、そうだね。しょっちゅう行っていた。1週間に5日、夜のコンサートに行って、もう1日も仕事に使ってると、家庭生活は得られない。まあ、夜だけじゃないけどね。

 

***

BD:生徒を教えたことはありますか?

 

SS:いいや、教えたことはないね。批評を書いて、編集して、記事の編集や大部の本などを編集してきた。少しだけ教えたことはあるけど、多くはない。音楽学校でしばらく教えていたね。音楽史を教えていたんだ。ちょっとしたレクチャーのあれこれで、教師というわけじゃない。

 

BD:自分の書いているものが、聴衆への授業になっているとは思いませんか。

 

SS:ああ確かにね、批評にはそういう部分があるね。あらゆる書きもの、価値ある書きものには、教訓的なものが含まれるからね。そのとおりだと思う。

 

BD:最近、私たちはあまりに多くのプロの演奏家を抱えすぎているということはないでしょうか?

 

SS:プロの音楽家として食べていけないだろう訓練を受けたたくさんの人がいるね。音楽学校はおそらく音楽家を生み出しすぎているかもしれない。アメリカではどうか知らないけれど、ロンドンでは当てはまるかな。音楽学校の規模を小さくすることをしてきたけれど、さらに大きくなって手に負えなくなってる。また音楽学校は、二流、三流クラスの生徒もたくさん生み出しているけれど、当然ながら、演奏家になるほどじゃない指導者もいる。優れた演奏家にはならないけれど、音楽を愛し続ける人々がいて、彼らは次世代の教育にとってはとても大事だ。音楽学校で訓練を受けた音楽教師は、社会の中で非常に重要な役割を担っている。その人たちは、音楽が生き続けられるよう、伝統に手を貸しているね。

 

BD:あなたがコンサートを聴きに行っていた期間は、音楽の伝統は保たれていましたか?

 

SS:そう、そうだったね。変化が出てきたね。今、ロンドンでは移行がある。今はずいぶん慎重で考えの深い批評が少なくなっていて、日に日にね、ロンドンの新聞ではそうだね、これは良くないことだと思ってる。批評はとても健全な活動で、それによって、音楽は人々の心の前面に据えられる。批評によって、一定のところまで、レベルが保てるね。音楽の批評がなかった時代は、演奏基準が下がる傾向にあった。

 

BD:それは外からの刺激を受けないからでしょうか。

 

SS:充分な能力がない人は、聴衆の前での演奏をうまくしのげると感じるし、それを聴いて判断する人がいないわけで、公の場で演奏が充分でないと言う人がいなくなるからだよ。専門家はそれに当たるのが誰か、指摘する場を持っている。

 

BD:つまりその人たちは聴衆をバカにすると。

 

SS:そう、そういうことが起きやすいと思う。批評が不振だと、素人まがいの演奏がたくさん出てくるだろうね。

 

BD:ここのところ、批評家の数が多すぎませんか。

 

SS:いいや、そんなにいるかどうかわからない。それについてはよく知らないね。それぞれの都市や文化によって、状況は違うでしょう。シカゴでどうなのか、わたしは知らないけど。ここには二つの重要な日刊紙があるでしょ。

 

BD:ここでは四つの日刊紙があって、わたしは自動販売機を駆けまわって四つの新聞を手に入れますよ。ときに、まったく異なる四つのレビューを読むことになりますが。

 

SS:そうだね、それはいい娯楽になるね。ロンドンの中心的なホール(ロイヤル・フェスティバル・ホール)に支配人がいて、その人は月刊パンフレットの裏面に、ロンドンの各音楽評論家たちによる、それぞれの矛盾した発言を載せていたんだ。

 

BD:それは引き金になったんでしょうか。

 

SS:なったよ、うん。我々を激怒させたね、当然ながら、批評家が馬鹿みたいに見えるからね。しかし実際は、彼がやろうとしていたのは、批評の重要さを強調することだった。同じことに対して、個々の人間は非常に違う反応を見せるというね。ある人間にとって肉であるものが、他の人にとっては毒であるといったことだよ。

 

BD:批評家が良くないと言っていても、自分たちは楽しんでいいんだということを、聴衆に気づかせるとか?

 

SS:そうだね。

 

***

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全20巻のニューグローヴ世界音楽大事典

BD:あなたの一番のプロジェクト『グローヴ』(ニューグローヴ世界音楽大事典)について話しましょうか。1970年に編集に加わりましたか?

 

SS:そのとおり。

 

BD:それは改訂して新たな領域を加える決定の前ですか、後でしょうか。

 

SS:イギリスの『グローヴ』で出版しているものは、アメリカのものと同じではないね。イギリスでは、サー・ジョージ・グローヴが始めたときの原型、1954年には8巻*にまでなってるけれど、それとは違う『グローヴ』の領域があると思ってずっとやってきたんです。

*ウィキペディアによると第5版は全9巻となっている。これは付属の巻を含めてということのようだ。

 

BD:9巻(付属の巻も含めて)の『グローヴ』が、わたしの成長期に、何年にもわたってうちの書棚にあったのをよく覚えてるんですよ!

 

SS:そう、そうだね。1954年版はよくそう言われてるね、でもあれはプロの学者チームによって書かれたものじゃないし、多くの著者はイギリス人でね。

 

BD:行き当たりばったりに集められたとは言われてないですよね。

 

SS:いや、行き当たりばったりというわけじゃない。そう、実際のところ、ある面では確かに行き当たりばったり的なところもあった。かなり調べたけどね。でも顧問の学者たちを集めたチームによるものではなくて、時がたつにつれてそういうものが必要になってきた。1970年に第6版を始めたときまでに、エリック・ブロムやジョージ・グローヴがやっていたみたいに、一人の人間が何もかもやるわけにいかないことは明らかになっていた。わたしは一緒に働く人間のチームを、助言してくれる専門家たちを必要としてたね。わたしのところには中世研究家がいたし、2、3のルネッサンス学者もいた、楽器の専門家や音楽書誌に通じている専門家、といった人たちがいて、こういった領域の助言が得られた。すべてを見渡せる概論的なものを展開して、彼らと詳細について議論しつつ、それぞれの領域を網羅できるようにしたね。

 

BD:では即座に、すべて新しいやり方に持っていく決断を下したんですね。

 

SS:そうだね。決定というのは、まあ、鶏と卵みたいなものだね。プロジェクトのチーフ・ディレクターたちが、たくさんの人のところに行って、どのようなものにしたらいいか、アイディアを聞いてまわったんだ。それで彼らは、その人たちの見方がわたしの考えと一致することに気づいた。イギリス中心じゃないやり方、つまり英米のやり方ね。主たる書き手として英語話者を使い、もちろんドイツやフランス、スペインやその他の地域の書き手もね。つまり世界のあらゆる地域の書き手だ。それがわたしの考えの元であり、それによって扱う事項の範囲にしても著者にしても、インターナショナルなものにしていくわけだ。どうしても必要なことだったと思っている。たとえば、ポーランドにいるポーランド人の書き手に頼むことなしに、ポーランドの音楽を適切に伝えるのは難しいだろうね。

 

BD:どの時点で、これまでのものを修正したり拡張したりするのではなく、根本的にそれを解体して、新しいものをつくる、そしてそれが進化の過程でどのような形をとるか見る、という決定がなされたのでしょうか。

 

SS:自分は編集者であるという認識上、それはいつも内在していたね。使いたいと思ったものは、何であれ自由に使うといったね。わたしのやり方は、もし何かをよくできると思えば、そうするという単純なものだ。もし第5版のある記事を非常に質が高いと感じれば、そして誰もそれ以上のものが書けないと思えば、それをもう一度載せるわけだ。私たちはたくさんの記事を再掲載してるよ。たとえば、ジェラルド・エイブラハム教授による記事ね。ロシア音楽の際立った研究者で、ロシア人作曲家のほとんどを書いているよ。彼はシューマンについても書いていて、その記事を使い続けてる。ただし更新材料も加えているけどね。たくさんの調査研究がその後なされたから、新たな作品リストや新しい文献を加える必要が出てきた。ただ大まかに言って、「この記事は最高のものだろうか? もしそうでないなら、再委託しよう」となるね。

 

BD:どこかで見たんですけど、第5版の3%くらいは第6版に収録されるとあなたが言ったと。

 

SS:それが慣例だったね。うまく収めたことはないんだけど。それはわたしがざっとした計算をしてある日決めた数値なんだ。以来、それが信条になってるよ。(笑) 実際そうなってるかわからないけど、だいたいそんなもんだと思うね。そこまで離れてはないはずだ。

 

BD:あなたが始めたとき、20巻にもなるとわかっていたんでしょうか。それともただ巨大な巻数になるだろうくらいだったのか。

 

SS:大きなものになることはわかっていたね。「20巻で分厚いのを目指そう」と最初に言っていたから。すぐに14巻にまでなって、進むにつれてそれが増えていった。サー・ジョージ・グローヴの事典で何が起きたか、知ってるでしょう。最初の巻が出て、実際それは分冊だったけど、タイトルに『2巻の音楽事典』ってあったんだ。第2巻が出ると『3巻の音楽事典』となって。さらに第3巻が出ると、『4巻の』とね。当時それは正しかった。だからこういうプロジェクトは大きくなっていくもので、そうなるもんだね、ごく最近のものについて言えば特に。『グローヴ』が巨大化していくことを気にしてなかった。納得いく大きさになるようしていたわけで、20巻になる必要があったわけだ。

 

BD:どうして20巻なんです? 24巻じゃなくて。

 

SS:ああ、いい質問だね。でも答えるのは難しいよ。ただ、一つ答えはあるね。もし24巻で作ろうとしたら、専門家ではない人のための事典としては、かなり詳細な内容になってしまう。この答えが正しいんじゃないかな。もし今、それをやろうとしたら、そこに追加をしようとしたら、もちろんある時期になったら考えることだろうけど、さらに2巻を加えたくなるだろうし、さらに3巻、4巻となるだろうね。のちにたくさんのことが起きているからだよ。すでにある素材の調査はしてきていて、あと新しい音楽についてもね。とは言え、他の形態に変える方法もあるかもしれない。今はわからないけれど。

 

BD:今、あなたは「専門家ではない人のための」と言いました。20巻の『グローヴ』は、どういう人向けなんでしょうか。

 

SS:図書館の利用者とかね、音楽事典から一定のレベルの情報を得たいと思っている人で、専門書にいくことはあまりないような。そういうものは、英語以外の言葉で書かれていたり、音楽関係の定期刊行物なんかにあったりするでしょ。専門家ではない人というのは、そういう意味だけど。専門家は『グローヴ』の参考文献一覧をまず見て、定期発行の文献や、催しものや行事の文献、学会報告書の中から専門家の記事や論文を見つける。こういうものは大きな図書館を除けば所蔵していないし、扱いづらいもので、多くのものが外国語だったりして、誰もが読めるものじゃない。だから(『グローヴ』は)一般の読者にとって見やすい事典として、正しいボリュームじゃないかと思ってるんだ。

 

BD:ある特定の話題やテーマのすべてが知りたい人のために、書かれているわけではない?

 

SS:すべてがそうでなければとは言ってないよ。あることについては、知りたいことのいくつかが書かれている項目もあるだろう。もっとかもしれない。ほとんど知りたいことが書かれているといった。(両者、笑) わたしにはわからないね。今はこれをやろうとすると、とても難しい。準備をしているときは、事典がどのように使用されるか、まったくわからない。たとえば、インド音楽に関する素晴らしい記事がある。インド音楽の専門家にとっては、不十分なものだろう。あなたやわたしにとっては、おそらく知りたい以上のことが書かれている。非常に大部の記事でね。素晴らしい記事で、プリンストン大学のハロルド・パワーズによるものなんだ。非常に詳細で、精緻な記事だよ。

 

BD:基本的に音楽学者のためのものではあるけれど、その人たちの専門領域のためのものではないと。

 

SS:少なくとも、そのテーマの中で、その人にとっての最新の情報である必要はある。そこで文献探索をすれば、インド音楽の学生は全体像を得られるだろう。でもその学生は、文献一覧を見て、それを探したいと思う。パワーズの書いた文を読んで、こう言うだろう。「この考えはどこから来たのだろう」とね。それで文献一覧に行って、さらに深い情報を得たくなる。そしてあることに関してパワーズと同じ見方をするか確かめるわけだ。それは考察になる。

 

BD:ではもしわたしが何かの専門家だとして、誰かが「あなたは何をされているのですか?」と言ったとき、「この分野についての『グローヴ』の記事を読んでほしい。そうすればわたしがやっていること、学んできたことがわかりますよ」と言えるわけですね。

 

SS:そう、そういうことだね。インド音楽について、もう一度取り上げてみよう。この記事は『グローヴ』の中で最大のものだ。非常に大部だ。とは言え、この事典の中に収まっている。どの項目にも詳細な論考はない。もし『ジュピター交響曲』についてちょっと知りたいとか、シターン*について少し読みたいとか、後期の交響曲作者について書かれているものを探しているなら、充分だ。しかし『ジュピター交響曲』のさらなる詳細やその背景を読みたい場合は、ヨハン・ネポムク・ダーフィト*のような専門家のものを読みたいだろう。あるいはその中の1楽章を分析した「フェストリフト(記念論文集)」とかね。わたしたちは読者に、この文献一覧を見て、その先に行ってもらいたい。

 

*シターン:水滴型の共鳴体を持つ撥弦楽器(弓などで弦をこすって音を出す楽器)で、10~12世紀にかけて中世フィドルから分かれたと考えられている。

*ヨハン・ネポムク・ダーフィト:オーストリアの作曲家。1895年~1977年。著書に『ジュピター交響曲』がある。『ジュピター交響曲』はモーツァルトの作曲した交響曲第41番を指す。

 

BD:つまり説明はあるけれど、真面目な分析はないと。

 

SS:たったの20巻では済まないね、真面目な分析があったら、200巻になってしまうよ。

 

BD:もし「あらゆる項目の徹底した知識がほしいんだ。500巻のものを頼む、それがいい」と言われたら、却下したんでしょうか。

 

SS:そうね、わたしの生きてる間には無理でしょ。できないと思うよ。実際のところできないね。こういった仕事は時間がすごくかかる、精緻なものだからね。今つくってるオペラ事典は、完成まで1年以上かかってる。このオペラ事典は、『グローヴ』でやったより、さらに精緻に作っていて、事実関係を逐一、細部まで検証している。オペラはテーマとして、他の世界の音楽全体と比べて(『グローヴ』が扱っているものより)完結型だから、より精細なものにすることができる。そして縦軸の要素と同様、横軸の要素も組み入れられる。『グローヴ』のような事典は、話題ごとに書かれた記事でできている。これを縦軸とすると、各項目の交差する関係性は見えてこない。相互参照はできるとしても、縦構造を見て、水平的な見方からの結論を引き出すことはできない。オペラ事典では、水平的視野も得られていると思う。

 

BD:なるほど。それで織物になるわけですね。

 

SS:織物になるね。もっと丈夫で強いものになるね。そういった意味で、我々の作った事典の中で最高のものだと思ってる。私たちはこれ以外に二つ大きな事典をやってる。3巻の『楽器事典』は、西洋楽器とともに非西洋の楽器もたくさん扱っていて、その製作者やどのように使われているかにも触れている。そして4巻の『アメリカ音楽事典』をやったね。

 

BD:ええ、そうですね。わたしはあれをいつも参照してるんですよ。

 

SS:それは嬉しいね。素晴らしいことだ。それから2巻の『ジャズ事典』がある。わたし自身は、一般的な助言を除いて、これに関わらなかったけどね。

 

BD:『アメリカ音楽事典』がなぜサイズが違うのか、興味があります。20巻の『グローヴ』はとてもいいとして、わたしはこっちの4巻の大きなサイズを持ってるんです。

 

SS:ああ、そうだね。それはね、一般論として、アメリカ人が大きい本が好きだからだよ!(両者、笑) それで大きな型でやることにした。

 

BD:24巻の同じサイズのものが書棚にあったら美しかったんじゃないかと、思ってたんです。

 

SS:そうだろうね、確かに。すべての事典をまったく同じサイズにするのは、ある意味、見栄えがいいだろうね。オペラ事典も少し大きいサイズになってるよ。イラストレーションの入り方が少し違うんだ。『オペラ事典』にとっては、そのイラストレーションが大事なのでね。少しだけ背が高いんだ。

 

BD:では『アメリカ音楽事典』のサイズと同じ?

 

SS:その中間だね。こっちは少し幅も狭いし。(笑) あなたの書棚がきれいに揃わなくて、もうしわけないけど。

 

BD:いえ、書棚がきちっとしてるかはこだわらないですけど、すべてが一式になってるのも、見た目がいいかと。

 

SS:そう、確かにね、そうだろうね。実際のところ、事典の一つを企画しているときは、「この事典に何がふさわしいか」ということでやる。そういう風にやってきたね。オペラ事典では、アメリカの事典でやったように、書体もこれ用に選んだしね。アメリカの事典では、少し装飾的な書体を使ってる。これはギャラモンと呼ばれてる書体で、古くからある歴史的なものだ。それに対して20巻の事典や楽器事典では、タイムズ・ローマンという書体で、これは標準的なもので、読みやすく、幅の狭い書体だね。タイムズを使うと、他の書体よりも1ページにより多くの言葉が入る。情報を密に伝える場合に適している。オペラの場合は、ここでも少し違う見栄えにしている。もう少し優美になってる。オペラというのは、優美な芸術なわけで、やや単調なタイムズのような書体ではなく、それにマッチするものにしたかった。

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ニューグローヴオペラ事典(タイトル下にEdited by Stanley Sadieの文字が見える) 

BD:オペラ事典は何巻あるのでしょう。

 

SS:4巻だね。4巻の大部の事典だよ。

 

BD:もう出ているのでしょうか?

 

SS:もう出る寸前だね。12月に出ることになっている。ニューヨークで12月3日に発売開始で、これを買う人たちは、ちょうどクリスマスに手にできる。まあ寸前になるけど。今もまだ印刷の途上なんだ。数分前に、わたしがファックスを送るのを見たと思うけど。あれは第4巻の終わりの方の素材でね、今日のフライトの機中で書いたものだ。今朝ロンドンを発ったとき、Tの項の最終校正をしていた。今晩までにVまで行って、明日はZとなるだろう。大きなチームでの仕事なんだ。

 

BD:どれくらいが『グローヴ』からのもので、どれくらいがまったく新しいものなんでしょう。

 

SS:大部分はまったく新しいものだね。最初のところで、それぞれのオペラに関する記事があって、それが2000近い数だ。短いものもあれば、非常に長いものもある。すべて新たな依頼で書かれたものなんだ。作曲家についての新しい記事もある。2000から3000の作曲家だ。今ここで正確な数は言えないけど。

 

BD:オペラのすべてを収録しようとしたのでしょうか。それとも選択(ある種のオペラは好まれないので、収録しないのか。演じられることがないのに、入れる必要があるかなど)をしたのか。

 

SS:それが歴史的に重要であれば、収録したね。例えば『マスネ』というオペラは少し風変わりだ、と人は言うかもしれない。我々は『マスネ』にかなりのページを割いた。ロンドンのオペラ・マガジンの編集者、ロドニー・ミルンズが書いた非常に感動的な素晴らしい記事なんだ。この記事を読んで、わたしはこの作品を聞きたくてたまらなくなったね。こういう聞きたくなるような記事が、わたしは大好きだね。我々はこうは言わない。「これは質の悪いオペラだ、これについて書くのはよそう」とね。オペラ作品を数えたら5万曲くらいが作曲されている。だから選ばなければならない。我々はいい選択をしたと思っている。それぞれの領域で、アドバイザーに助けてもらってきた。たとえばヴァージニア州で作業している女性は、18世紀後半のイタリアオペラの主幹アドバイザーだった。彼女は当時、イタリアオペラにおいて何が新しいかったかをよく把握していたね。そしてニコロ・ヨンメッリ、フランチェスコ・ビアンキ、ガエターノ・アンドレオジといった作曲家のいくつかのオペラを提案してきた。シカゴ・リリック・オペラで毎晩聞かれているような作品ではないんだ。

 

BD:ヨンメッリの序曲は知ってますよ。この3人くらいは知ってますが。

 

SS:ヨンメッリは非常に面白い人物だね。重要な作曲家だと思う。彼についてはとても長い記事になってる。ヨンメッリは芸術度の高い、非常に重要な人物だ。

 

BD:この中のどれかが、台本になって演じられるのを望みますか?

 

SS:望むね。そう、もちろん望んでいる。このビアンキのオペラについての記事を読めば、あれやこれやと、スタイルにおいて様々な展開をみせた最初のオペラなんだ。いくつかの理由で、歴史的に重要なオペラであると書かれている。歴史的な重要性の理由についても書かれている。オペラに関する記事の多くで、我々は筋立てを書いている。ごく簡単な記述のときもあれば、充分な量の記述のときもある。それから音楽についての記述があり、いつ、どこで演じられたかについての背景も説明する。また重要性が高いときは、作品の歴史的背景や構成についても伝える。

 

BD:そのようになっていることに満足でしょうか?

 

SS:関わることが、非常に心踊る楽しい経験だったね。これを見て、「ゾクゾクするね!」と言う日々もあれば、「あー、もうちょっと違う風に、もっと良くできていたら」と思う日々もある。でも、そうだね、我々はみんなとても満足しているよ。この仕事にとてもワクワクしている。また言うけれど、我々の仕事の中で、最高の事典だと思っている。織り込んだことの一つは、台本と台本の作者についての論考をかなり入れたことだね。オペラの文学的要素は非常に重要なんだ。ある部分では、音楽よりも重要な扱いになっている。18世紀にはオペラハウスに行くとき、脚本家の名前は知っていても、作曲家の名前があがらないことすらあった。劇場に入ると、プログラムを買う、それはちょっとした脚本だ。脚本は作品に形を与え、どういう作品か伝えるのに非常に重要だ。中でも音楽スタイルが均一だった時代にはね。だから脚本や台本作家ついての記事に重きをおいているんだ。

 

BD:レコーディングやビデオの普及についても書かれているのでしょうか。

 

SS:ディスコグラフィーなどのリストは入れてこなかった。というのはディスコグラフィーを入れようとしても、たいてい事典が印刷される前に、古い情報になってしまうからね。別のジャンル(我々が競おうと思わない)に、それに合った作品があるだろう。レコーディングがあることは、記事の中で伝えてきてはいる。歌い手や指揮者についての多くの記事があって、そこでは彼らの仕事の成果として、レコーディングのことに言及されている。「驚くべきレコーディング」といったね。オペラのレコーディングについての記事、映画やビデオになったオペラについての記事、こういったものはメトの全放送の責任者であるブライアン・ラージによって書かれている。彼は昔からの友人で、昔からの同僚でもある。

 

BD:ではあなたはどんなときも、できる限り、適切な素材に当たってきたと。

 

SS:昔の『グローヴ』のルールに従ってきたね。最適な人に当たれ、と。

 

BD:で、『グローヴ・オペラ事典*』が間もなく出るわけですね。20巻のグローヴは出てからどれくらいになるんでしょう。

*日本語版では『新グローヴオペラ事典』の名になっている。

 

SS:12年だね。

 

BD:12年たって、今の位置から見て、変わらず満足なのでしょうか。

 

SS:おおむね、イエスだね。状況が変わっていく中でものを見るとき、違うことができるとは思う。他の記事より良くない記事があると言ってるわけじゃない。もしこの先の版にアドバイスをするなら、再依頼しようとするものは何か、新たな依頼をしたいものは何か、何はそうしなくていいか、どのテーマの領域で見直しが必要か、どのテーマの領域は今も新しさを保っているかを考えたいね。

 

BD:補足巻(別巻)を加えることを考えたことはあるんでしょうか。

 

SS:ないね、別巻を作ろうとは思わないだろうね。補足巻を作るのは現実的ではない。やるとしたら、いずれ新らしい版(修正版)をつくるだろうね。

 

BD:それは『グローヴ7版』とか『グローヴ6.5版』とかになります?

 

SS:書誌学的に言えば、『グローヴ7版』だろうけど、『グローヴ6版修正版』になるね。『グローヴ4版』は『グローヴ3版』の修正版で、『グローヴ2版』は『グローヴ1版』の修正版だから、たくさんの前例があることになる。大変な修正になるだろうね。あなたがその質問をしてきたのは面白いね。ルネッサンス初期のアドバイザー主幹の男に、『グローヴ』の準備をしていた最初の頃、こう言ったんだ。「もし『グローヴ』を修正していたら、どれくらい変えようとしたと思う?」「あー、まったく違ってるだろうね」と彼は答えた。「我々はほぼすべてを書き直したいんですよ!」「本当に? 試しに1巻分を見てはどうだろう、それについて報告書をもらって」 それで私は彼に報告書を依頼した。彼はこう言ったよ。「私は大げさに言ったんだ。多分記事の60%はそのまま掲載できるのでは。ところどころ、ちょっとした訂正を加えたり、参考文献を付け加えればね。15%以上、書き改める必要はないだろう」 これは事典の多くに当てはまると思うけど。

 

BD:あなたの作ってきた事典が、そのように持ちこたえるものであって、安心したのではないでしょうか。

 

SS:そう、それを聞いて嬉しかったね。取り掛かるときに、どこまでという境界線を引けるのがわかったことは、とても良かったね。何をやるべきかの明確な境界があるのはね。もう一度やり直したいとは思わないよ。10年分だからね! 自分の人生において、適切な時間ではなかったかもしれないね。とはいえ、頼まれればやると言うだろうけど。(笑)

 

BD:分娩中の女性に、「お子さんは、もう一人要りますか?」と尋ねるようなことではないかと。

 

SS:「もう結構!」と言うね。(笑い続ける)

 

BD:では大部の『グローヴ』があって、4巻の小さな『グローヴ』があると。

 

SS:そうね、この小さなシリーズがきわめて大きなものになっているね。このオペラものについて、我々はこう言っていた。「そうです、3巻のオペラ事典です。3巻の適度な分量以上のものにはなりません」

 

BD:ところが大部の4巻のものになってしまった。

 

SS:当初はこう言っていたよ。「オペラは大きなテーマだから、量を制限するのは難しい。もし本格的な研究者の要望に応えようとするなら(そうする必要があった)、そしてオペラファンの興味を満足させようとするなら(その要望も満たさなければならない)、3巻に収めるのは非常に難しいだろう」 これは4巻ではあるけれど、『グローヴ』の6巻半分の内容が詰まっている、と言えるんだ。

 

***

 

BD:音楽は今、どこに向かっているんでしょうか。

 

SS:その質問への答えはわからないよ! そういう質問に答えられるに足る批評家じゃないんだ。あなたはどう思うの?

 

BD:わたしは混乱状態になっていくのではと。そしてみんなそれぞれに、あらゆる種類の道を追おうとする。

 

SS:多様化だね。そう言うことは確かに可能だね。わたしが60年代、70年代に批評をしていたときと比べて、確かに多様化の道を辿っている。昔は誰もが音楽はある方向に進んでいると感じてた。以前は明らかな傾向というのがあって、それが今は壊れたね。このことは、もっと大きな社会状況や環境とも関係している。あらゆることとと関係してて、たとえば非西洋の音楽への興味とかね。イギリスでははっきりその傾向がある。アメリカではもっとそうじゃないかな。ポピュラー音楽の影響が、クラシック音楽へ入ってきてもいるね。

 

BD:私たちが知るようなクラシック音楽の聴衆は、このまま存続するのか、それとも消滅していくのか、どう思います?

 

SS:消滅することはないよ。毎日買われていくCDの数を考えてみてほしい。グラモフォンのクラシック音楽の売り上げは、変わらず素晴らしい。オペラハウスは満杯だ。世界の多くの都市で、現在、オペラの人気は大変なものだ。

 

BD:哲学的な質問をさせてください。音楽の目的とは何でしょう。

 

SS:そうね、とても難しい質問だね。生物学者とか進化論者と議論したいような種類のことじゃないかな。この質問をよくしてくる友人がいて、彼は音楽は、感情や情動に目を向けるとき、集団的な重要性があると感じてる。音楽がもつ、進化論的な目的は何か、そう聞いているのかな。いくつかあるとわたしは思うね。コミュニティーを一つにすること、ある意味で集団を強化するといった。コンサートに行けば、そこで2、3千人の人々と仲間意識を持ち合う。そういったものだね。答えは実際のところ、よくわからない。他にもいくかあるんじゃないかと思うよ。

 

BD:音楽において、芸術とエンターテインメントのバランスといったものはあるんでしょうか?

 

SS:エンターテインメントについて話そうか。ヤナーチェクのオペラ『死者の家より』とか、登場人物がみんな殺されたり、世界の終わりが来たりするような、ワーグナーのオペラ『神々の黄昏』みたいなものに行くとする。こういう作品はある意味、深い失望を味わう。あるいは『リヤ王』のような悲劇に行く(これはいい例になる)、そして我々はそれを楽しむ。しかしそこにあるのは悲劇だ。笑わせてくれるようなものじゃない。「エンターテインメント」とはおかしな言葉だね。わたしたちは、いろいろな違うやり方で楽しみをもつことが可能だ。こういった作品が与えてくれる精神の栄養によって、私たちは楽しみを持つわけだ。人は「エンターテインメント・ミュージック」と言う用語を[ interhauptensmusik ](ちょっとした軽い音楽)の訳語として使う。しかし実際のところ、『神々の黄昏』はエンターテインメントでもあるんだ。しかし一方で、喜劇よりも悲劇とか真面目な演目の方が重要だ、と言う主張もない。フィガロやフォルスタッフ、(ニュルンベルクの)マイスタージンガーのようなオペラは、喜劇的な部分があってなお、重要な作品であると言える、そういう風に見えるね。

 

BD:シカゴに来てくださって感謝しています。また、わたしとこのように時間を過ごしていただいて、ありがとうございます。

 

SS:とても楽しかったですよ。ありがとう。

スタンリー・セイディー バイオ

スタンリー・セイディ(1930~2005年)

ロンドン生まれ。1964年より『ロンドン・タイムズ』で音楽批評を始めた。第一級のモーツァルト研究者であり、その他の音楽領域でも幅広い学識の持ち主であることから、『ニューグローヴ世界音楽大事典』の編集者として招かれた。編集にあたってセイディは、テーマに最も適した書き手を選ぶことに専心し、そのために世界各地を広く旅した。それにより彼以前の音楽事典と比べて、はるかに国際性の高いものに仕上がったとされている。現場に出て仕事をするタイプで、数多くの記事に目をとおして監督し、また自らも多くの寄稿をしている。『ニューグローヴ』の編集主幹を努めながら、ときに『ファイナンシャル・タイムズ』などでも長文の音楽記事を書き、その博識を披露していた。

*『ニューグローヴ世界音楽大事典』初版は1980年に、『Grove’s Dictionary of Music and Musicians』の第6版として、名前を「ニューグローヴ」に変えて出版された。旧グローヴは19世紀に、イギリスの音楽評論家のジョージ・グローヴによって編集され、マクミラン社によって第5版まで出版された。

 

日本語版『ニューグローヴ世界音楽大事典』は、1993年より全20巻が、順次、講談社(文献社)より出版されている。監修が柴田南雄、遠山一行で、その後『新グローヴオペラ事典事典』も日本語版が出されている。日本語版『ニューグローヴ』は音楽大学の図書館などで学生に頻繁に活用され、ある大学ではすでに第3世代になっていると聞いている。

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