小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

旅は道連れ ~ 初飛行 [ 40 - 41 ]

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40

 

 モーリスは作曲することと同じくらい機械が好きでした。ナントからフランス南西部への旅を決める段になって、飛行機で行ったら楽しいのではと思いました。週に3回、乗客と郵便を運ぶための民間航空が、ナントとボルドーの間を飛んでいました。その飛行機はボルドーからフランスの最終地点ビアリッツへ飛び、国境を超えてビルバオ、リスボン、西アフリカへと飛びます。ホテルの副コンセルジュが、電話で飛行機の予約をとってくれました。問題はアルトーをどうするか。住んでいたランスに戻ったほうがいいのでは、とアルトーは感じていました。「ずっと出たきりだったからね」 翌朝、モーリスとクレプスキュレール・ホテルの港を見おろすレストランで、二人揃ってカフェオレを何杯もおかわりしていたとき、アルトーがそう言いました。

 

 「尋ねたことがないけれど、ランスには家族がいるのかい?」とモーリス。

 夜の間に、カーキ色の上下は洗濯とアイロンがけがされ、それを着ていました。モーリスはこの朝、洗面所で長い時間かけて、顔を洗い、頬と顎のひげを剃りました。歯もピカピカで真っ白、柔らかな黒い髪(グレーの線がかなり目立っていました)が、さざ波のように波うっています。モーリスのリクエストで、ホテル側がスキンローションをもってきました。アーモンドとアプリコットの種から抽出したブレンドで、モーリスの乾いてカサカサした肌は、湿り気を取り戻すことができました。

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 「うーん、というわけじゃ」とアルトーが答えました。「ひとり妹がいるけれど、羽根枕商人とアラスから出ていってね。それが2年前、以来、妹には会ってない。ハトっていうのは、家族で暮らすってわけじゃないし。ひとたび飛べるようになったら、自分の道を行くんだ」

 

 「サン=ジャン=ド=リュズに一緒に行こう。わたしの母親がいるんだ、それから国境を超えてスペインに入るんだ。スペインからは、、、そうだな、まだわからない。世界というのはとてつもなく大きなものじゃないだろうか」

 

 「あー、モーリス、ぼくがじゃまするわけにはいかない。きみにはやるべきことがある。ぼくには、うん、ぼくはただの孤独なカウボーイさ、アリゾナやニューメキシコの広々とした沙漠を歩きまわるのが好きなんだ」

 

 アルトーが緑色の目にたまった涙を払いました。その朝、アルトーがステットソンの幅広の縁つき帽子を、つるんとした額に粋に傾けてホテルのロビーに入ってきたとき、そこにいた人々からざわめきが起こりました。革のベストは土がついて汚れていました。モーリスが洗濯代を出そうと言いましたが、アルトーは遠慮しました。アルトーは三文ウェスタン小説をたくさん読んでいて、カウボーイはフランス人などと違って一匹狼として生きるもの、一日中の馬乗りのせいでちょっと汚くて疲れているように見えるものだ、と理解していました。モーリスは人前に出るときは、身ぎれいにしている必要があると思っていましたが、他人にそれを押しつけるわけにはいきません。アルトーはモーリスの楽しい仲間であり、誠実な友でした。アルトーと別れるのは耐えがたいことです。

 

 「肩がまだ痛いんだ、だからここからビアリッツまで飛んでいけるとは思えない」とアルトーが不満げに言いました。

 

 「それについて、話したいことがある」

 「なに?」

 「ナントからビアリッツまで、飛行機で行こうと思ってるんだ。民間の飛行機会社で、週に何回か飛んでいる。今日の午後2時に飛ぶ便があるんだ。きみの分も予約をとりたい」

 「でも、、、そんなもの払えないよ」 アルトーが抵抗しました。

 「きみが払う必要はない。わたしのおごりだ」

 「えー、それは!」

 「楽しいだろうね」 モーリスがお得意の笑顔を浮かべました。

 「本物の飛行機に乗ったことはないんだ」

 「考えてみれば、わたしだってないよ」

 「ちゃんとしたパイロットとプロペラ付きエンジンの、本物の飛行機か!」

41

 

 モーリスとアルトーは2時間前に空港に着いていました。著名な作曲家が飛行機でどこかに行くという噂がたち、かなりの数の群衆が見物するために集まってきました。ラテコエール航空の飛行機でした。従業員は、モーリスの合成皮革の小型カバン(モーリスは恥ずかしくて顔を赤らめました。道端の商店で買った間に合せのものだったので)と、アルトーのサドルバッグ(いつも腰に巻きつけている)の向こうで動きまわっています。他にも乗客はいて、大会社の重役級の人々でしたが、誰ひとり二人に注意を払いませんでした。モーリスはセレブでしたし、すぐそばには質問を投げかけ、アセチレンのフラッシュをパチパチとたいて写真を撮るジャーナリストたちがいたのですが。モーリスはすべてがバカげていて、やり過ぎだと思いましたが、いつもどおり、礼儀正しく、大声をあげる記者たちから投げられる質問に、ちゃんと答えていました。

 

 「どこへ行くんです?」

 「なぜ行くんですか?」

 「そこに着いたら、何をするんでしょう」

 「これから行く場所は、以前に行ったことがあるんですか? そこが気にいるかわかってるんでしょうか?」

 「そこに着いたら、また帰りたくなりますか?」

 「もし戻るとして、どれくらいそこにいますか?」

 「あー、それはそうと、いま、何を作ってるんでしょうか?」

 

 飛行機は一基エンジンの高翼単葉機で、長い機体には四角い窓があり、ひとたび空を飛べば、外の風景がよく見えました。降着装置の車輪が、ピカピカした金属の中心部のまわりを囲っていました。飛行機はフランスと西アフリカ間を2年間運行していて、乗客を乗せたり、郵便物を運ぶことに関して、信頼のおける輸送手段であることを証明してきました。動力は、飛行機の尖った頭部に搭載された600馬力イスパノ・スイザエンジン1基によるもの。飛行スピードは時速125マイル(200キロ)。航続距離は2000マイル(3200キロ)以下。乗務員は3人いました。いくつ郵便物の袋を積むかによりますが、乗客12人程度を乗せることができました。狭い通路で分けられた、コンパクトな革のシートが2列並んでいました。

 

 大物重役たちが、ひざの上に書類カバンを乗せて、シートベルトを巻きつけました。重役たちは自国随一の作曲家と乗り合わせて、舞い上がっていました。明日かあさってに、同僚の役員室で自慢しようっていうのでは? 影響力という点では、誰ひとりこの成功した作曲家ほどの力をもっている人はいません。

 

 モーリスは後部の昇降口をとおって、車輪の上の左舷の前座席にすわりました。アルトーの方はと言えば、大きくてかさばるフカフカした羽とカウボーイばりの服一式が邪魔して、席にからだを押し込むのに苦労していました。

 

 「あー! これは困った」 細い口ひげに手入れの行き届いた爪の小うるさそうな客室係が、声をあげました。

 

 確かにその通りでした。アルトーは狭苦しい革のシートにうまく収まりません。カウボーイハットを差し引いても、ツヤツヤした頭は天井にぶつかりました。「あー、あー、もう」 客室係はブツブツ言いました。こんな大問題に出会ったことがなかったのです。

 

 運よく、飛行機後部の上部に、小さなハッチがありました。整備士がそのハッチを開けました。通路の両側にある二つの椅子も取り払いました。アルトーは膨らんだからだを床の上に落ち着かせました。そしていつもの耳あてつきの毛皮のキャップを頭にかぶり、色つきゴーグルをして、ハッチから頭を突き出しました。「モーリス! こりゃ面白いぞ」と声をかけました。

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 パイロットが前方でエンジン速度をあげました。プロペラからの逆風でアルトーの顔は強く吹きつけられました。「だいじょうぶかい、アルトー?」 モーリスが大声で聞きました。

 

 「ウーーーー、、、ウーーー」

 

 飛行機は滑走路を、人がつま先立って跳んでいくように飛び出し、空中にフラフラと舞い上がりました。機体が上昇し、流れる白い雲に届くと、4000フィート(1200メートル)の高さで水平飛行に入りました。逆風の勢いがあまりに強くて、アルトーの視界が遮られました。毛皮の帽子をかぶっていても、アルトーは頭が氷の塊になったように感じました。ときどき客室係がやって来て、アルトーの羽をグイと引いて、コーヒーなど飲みものを提供しました。アルトーは精神の集中ができませんでした。迷うことなく飛ぶためにもっているセンサーが、混乱をきたしていました。機体から頭を出してすわっているのは、なんとも落ち着きません。それでコニャックを頼むことにしました。グラスを羽先でつかみ、ぐらぐらするグラスの口にストローを突っ込んで、くちばしからストローを垂らして飲みました。1杯、もう1杯、そして3杯目。黄色いゴーグルをとおした視界が、飛躍的によくなりました。飛行機の脇を跳んでいくハトの群れを見たと思いました。ハトたちはうなずき、羽を振り、クークーと声をかけていきました。アルトーの家族だったのでしょうか。ママとパパと、あまり評判のよくない放蕩娘の妹(とはいえアルトーの大事な?)。アルトーは挨拶を返すことができませんでした。ハッチから羽を突き出すことができないからです。大声を出して呼んでみましたが、すぐに飛行機の先頭部のエンジン音でかき消されました。アルトーは、ロープや鎖で縛られ、水樽に投げこまれたり、氷の中に埋められたりして、逃げられそうもないマジシャンのハリー・フーディーニのような気分でした。

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 飛行機はガタガタと揺れながら空を飛んでいきました。モーリスはこの飛行体験に心奪われていました。青く輝くビスケー湾や海岸線を縁どる茶色い干潟を眼下に見ながら、タバコを次から次へと吸っていました。モーリスの父親はエンジニアでした。設計をしたり建物をつくって、それを社会で活かすという情熱は、作曲家の息子に受け継がれていました。モーリスは麦畑でコンバインを見れば、近くに寄って行ってあちこち調べたくなります。パリのターミナル駅で、列車を出たり入ったりさせている蒸気エンジンにも、尽きない興味を寄せていました。すべての部品が噛み合い、調和しているところは、モーリスを惹きつけてやみません。様々な楽器から多種多様な音を出し、ピッタリ調和した音楽を生み出すのと同じように。「ここにはどれだけたくさん音楽が溢れていることか!」とモーリスはつぶやいたものです。