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小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

インタビュー [ 39 ]

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39

 

 ロビーへ行く途中の、ガタガタいう古いエレベーターの中で、モーリスはこれからやろうとしていることの意味を考えました。これまでのキャリアの中で、新聞や雑誌から数え切れないほどのインタビューを受けてきました。そして自分は、知性や洞察力を見せる話し方を知っていると思ってきました。それが良いインタビューの要だと信じていました。つまり考え深く、ためになるように聞こえること。重要な意味をもたせる必要はなく、そう聞こえればいいのです。

 

 エレベーターを降りてロビーにやって来たモーリスは、拍手で迎えられました。男性たちがおじぎをし、女性たちは片膝を折って挨拶しました。ホテルの従業員は縁なしの制帽に手をやりました。副支配人がフロントデスクから出てきて、モーリスと握手し、豪華なロビーの片隅に案内しました。そこにはヒョロリとした人物がいてもそもそと立ち上がり、骨ばった大きな手を差し出しました。「ムッシュー・ラヴェル、クロード・レゴニエです。お会いできて本当に嬉しいです。来てくださってありがとうございます」

 

 「どういたしまして」とモーリス。ディズニー映画に登場するイカボードのように痩せた記者が、モーリスの頭上高くそびえていました。二人はすぐに席につき、モーリスはベルベットの錦織のソファに腰をおろしたので、胴長のモーリスは実際以上に背丈があるように見えました。もう夕方近かったのですが、モーリスはコーヒーと出来たてのクロワッサンを二つ注文しました。記者の方はビールを頼みました。

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 レゴニエはモーリスに信用してもらおうと、パリ・ソワールの記者であるという認証を見せました。そして本題に入る前に、社交辞令を言いました。

 

 「あなたはすごい冒険をされましたね」

 「そのとおり」

 「突然のパリからのご出発で、ミステリーが渦巻きました」

 「ああ、そうねだろうね。創作上の、そして個人的な落ち込みがあって、通常のやり方では抜け出ることができなかった。それで思い切った行動にでたわけです」

 「それでパリを発ったと?」

 「そのとおり」

 「ではどうやってパリから出たんでしょう?」

 

 「それは、、、」 ここでモーリスは言いよどみました。あのときの状態は、口にするには突拍子もなさすぎます。モーリスはアネットのことを明かしたくありませんでした。モーリスにしてくれたことについてもです。「簡単に言えば、気づいたときにはパリ南方にある村にいた、ということです」

 「なるほど」 レゴニエは聞いたことを細長いノートに書き取りました。「ではその田舎の村に着いたとき、どんなお気持ちでしたか?」

 「とっても気持ちが楽になったね。と同時に、混乱もしたし、迷子になった気分だった」

 「最初の何日間か、こんな決断をしたことを後悔しませんでした?」

 「まさにね、しましたよ。だけどすぐに、恐怖をはねのけるような楽しい、キラ星のような面々に会ったからね」

 「その中のひとつが、ナントに船が着いたとき、カルデロンのタラップから一緒に降りてきたハトでしょうか?」

 「そうです、そのとおり。アルトーという名前なんだ。世界で一番の友だちになったよ。彼は何回もわたしの命を救ってくれたんだ」

 「じゃあ、特別なひとですね」

 「そう、そのとおり」

 

 レゴニエは書いていたノートを見おろしました。「あなたはスペインに関するテーマやモチーフで作曲されてきましたよね?」

 「そのとおり」

 「しかしご自身は、まだスペインに行ったことがない」

 「そのとおりです」

 「パリを離れた理由の一つは、スペインに行くことで、初めて自分の足で国境を超えることだったんでしょうか」

 「そうです、それが最初の理由だったと思います」

 「で、いまもそう感じているんでしょうか?」

 

 モーリスはベルベットのソファの上で、もぞもぞしました。レゴニエから発せられる質問は、率直で公正なものでしたが、まとまりのつかないモーリスの精神の中心部を直撃しそうでした。すべての作品が生まれる、そしてモーリス自身、よく知らない領域でした。

 

 「そうです」とモーリスは答えました。「基本的に同じように感じてると思います。しかしここまでのように、旅の途上で、非常に大変な経験をしたので、そうだとはっきりは言えません」

 

 「ナントを離れたら、スペインに行かれるんでしょうか?」

 「わたしの母の故郷、スペイン国境から数キロの、サン=ジャン=ド=リュズを訪ねて母に会うことが目的です。母の村に行くのは久しぶりなんです。母がとても恋しいですよ。世界で一番わたしに優しい人ですから。母と少しの間、過ごす必要があると感じてます」

 

 クロード・レゴニエの目は、温かな感情にあふれていました。モーリスはその茶色い目にうっとりしました。記者というのは、まるで自分が取材している目の前の人が何をしゃべるか、それだけが関心事といった表情をつくることができました。レゴニエは第一級の聞き手でした。パリ・ソワールの主要な特派員だけのことはありました。モーリスは気をつけた方がよさそうです。

 

 「どれくらいお母さんに会ってないのでしょうか?」

 「2年です」

 「お母さんがあなたの音楽に影響を与えたことをどう思われますか?」

 「想像するかぎり、あらゆる意味において影響を受けました。母親はわたしの女神でありインスピレーションの元です。母親のことを考えずに、作曲をしたことがありません」

 

 これで充分だろう、モーリスは小さくつぶやきました。イタリア人と違って、通常フランス人は母親との関係に、愛憎半ばするものをもっています。しかしながら、ここにいるフランス人二人に、それは当てはまりませんでした。どちらも母親を心から崇拝していました。

 

 「あなたがこれから見つけるかもしれないものに、驚くでしょうか?」

 「どこで?」

 「スペインでです」

 「驚くとは?」

 「懸念であったり、心配であったり、ためらいであったり」

 「おそらく。そういう気持ちを告白しないことには、正直とは言えないでしょうね」

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 モーリスはそこで止めました。雄弁すぎたと感じました。「人は女神と何をします? その人と寝ますか? 養いますか? 散歩に連れ出しますか? 健康状態を尋ねますか? いいですか、わたしの場合は違うと思います。ただひと目見ること、サッと手を握ること、それで充分なのです。よくはわかりませんが」

 

 モーリスは口をつぐみました。質問に動揺する自分を感じました。いまの状況について、あまりに深く考えさせられたからです。モーリスの返答はあいまいなものになっていきました。フランスにおいて、それは忌み嫌われることでした。モーリスが達成したいことは、何をする場合も、明晰さと簡潔さでした。

 

 「あなたはそうは、、、」 レゴニエは言いかけてやめました。

 「ん? 作曲家は女神にそこまで近づいてはならないのです。少しだけです」

 

 レゴニエは犬が何かの音に耳を傾けるときのように、頭をかしげました。「すいません、どういう意味でしょう」

 「わたしにもはっきりとは、、、」とモーリス。「でも、少し説明する必要はありますね。人は、、、寝るといったこと、まあそう呼んでもいいでしょう、女神とね。そういう大胆なことはしてはいけない。そのような近しい関係は、創作の過程でいかに想像力を発揮させるべきかを見誤ります。わたしの作品は、多くの批評家も賛成するでしょうが、感覚による生産物であり、美学的に適正であるかしっかり確認することで、バランスやハーモニーを見つけます。女神とあまりに深い関係を持ちすぎると、それを打ち壊すことになります。女神と寝るというようなことがどういうことなのか、わたしは知る必要がありません。わたしが必要としているのは、そのような体験の中にある危機を察することです。わたしが一番恐れるのは、インスピレーションを奪うものです。使いつくされること。枯れること。そして退屈」

 

 モーリスはそこで口をつぐみました。インタビューは終わりました。

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