小さなラヴェルの
​小さな物語

作:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ

訳:だいこくかずえ

海賊船~三毛猫ムース [20 - 22]

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20

 

 モーリスはがく然としていました。先っぽに血のついた小さなペンナイフに目をやると、すぐにそれを放り投げました。自分の人生で、こんな無謀なふるまいをしたことはなかった。スペインへの旅は、悪夢となりました。タルと家にいたほうが良かったのです。憂うつな気分が去るのを待つべきだったのです。窓枠の上の気持ちのいい特等席に陣どって、鳥たちにエサをやり、リュクサンブール公園でペチュニアやパンジーの花が咲いて、お母さん連中や乳母たちがベビーカーを押して現れる日を、パリ14区の上空の青い空に白い雲がかかるのを楽しみにしていればよかったのです。

 

 「どうやって謝ったらいいのやら」とモーリスは口ごもりました。

 「いや、ちっとばかり待て」とアルトーは言い張りました。

 「きみは正しいよ」 モーリスはつづけました。「ぼくらはほんとに酷いことをした。すごく野蛮なことをしたね」

 

 アルトーは足を交互に踏み変えながらからだを揺らしました。「どうやってあいつが安全なやつだとわかっただろうか? やつはネズミなんだ、わかるよね? オレの考えでは疑う理由はいくらでもあった」

 

 イブは怒りをあらわに振り返りました。「きみら二人とも大バカものだ!」 トゲトゲしく言いました。「自分の目ン玉の色しか見てないんだ。どこに自分がいるかだって、わかってないようだな?」

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 そのときになって初めて、モーリスとアルトーは自分たちが投げ込まれた薄暗い部屋をじっくりと眺めました。そこは暗く汚く、陰気で寒々しい灯りが、積み重なった箱や木箱を、灰でおおうように照らしていました。

 

 「きみら、ここに来たくて来たんじゃないんだろう、それくらいわかるさ」とイブはきっぱりと言いました。「あの船長がきみらをここに連れてきたんだよな。いつもながらの悪いことを企んでね。あの男は小銭が手に入ると思えば、自分の子どもの笑顔さえうばいとるやつだ。きみらが何をしようとしていたか、考えた方がいいよ。船長は悪さをしようとして、死んだネコのわななんか仕掛けたのさ」

 

 「船長ってだれのこと?」とアルトー。

 

 「ジュール・ルフェーブル船長だよ。この船の持ち主で、監督で、海賊のボスさ。ロワール川の荷船、エドモンド・ドレイファスの船内に放り込まれたのさ。なんかに利用されるために、連れ込まれたんだ」

 

 「連れ込まれた?」とアルトー。

 「なんのために?」とモーリス。

 「わからないけど、あいつが何か企んでいるのはたしかだ。きみらがここに来る前に、おしゃべりしていたのを耳にしたよ。あいつはずる賢いやつだからな。あいつはきみが」と言ってモーリスを指さしました。「上流社会へのチケットだと考えてるんだよ。あいつはカフェでキミが歌っていたのを聞いて、珍しい熱帯の鳥みたいだと思ったんだ。儲けようと思って、その才能を手に入れようとした」

 

 モーリスは顔を曇らせました。「ほかに何を言っていた?」

 

 「なんでこんなにきみらに親切にしてるのか、まったくオレは」とイブはブツブツ言いました。「きみはぼくをナイフで殺そうとしたんだよ」

 

 「あれは間違いだった」とモーリスはその言葉を受けました。「悪かったね。パリを発ってからというもの、いろんなことが起きて。夕べなんか、2頭のホルスタインと一緒に寝たんだ。今朝は、起きたと思ったら、イタチに襲われてね。そのあと、頭のおかしい音楽プロモーターにさらわれて。きみを見たときは、すぐに一発やらなきゃだめだと思った」

 

 「それはわかった。だけどネズミだからといって悪く見ないでほしい。みんながみんな、ペストの運び屋だってことはないんだ。ひとたびぼくらのことを知ったら、親切で楽しいことが好きなやつだってわかるよ」

 

 アルトーがあきれたように目をクルリと返しました。

 「わかんないのか!」 イブがピシリと言いました。「その愚鈍なハト頭をクリアにしろって」

 「シンシのみなさん、シンシのみなさん、いいですか」 モーリスが声をあげました。「お願いだから。わたしは謝った、本心からね。学ぶべき教訓があって、それをわたしは学んだ。ありがとう」

 

 それでイブは少し怒りをしずめました。イブはひげを震えさせて、モーリスから顔をそむけました。そして芝居がかったため息をつくと、その波動がピンクの足のつま先まで伝わりました。

 

 「船長が何をしようとしてるのか、見つけださなくては」とモーリス。「どうしたらいいかな?」

 「ついてきなよ」

 

 そう言ってイブは2人を倉庫の隅のほうへと導くと、荷物や箱の積み重なったところをチョロチョロと走り、穴のところまで行きました。そこでゴムでできているかのように、からだをその穴に押し込みました。アルトーのふくらんだ羽には、その穴は小さすぎました。アルトーはブーブー言いながらも、耳あてつきの毛皮のキャップをとって、なんとか頭を穴に突きいれました。

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 「きみはここで待っていて」 モーリスは言いました。この24時間に起きたことによって、モーリスの声には説得力が増していました。アルトーはキャンバス地の覆いの方にパタパタと戻ると、チョコレートと書かれた箱の破れたところを悲しげに突つきはじめました。ネコの死体が板張りの床の上にゾロリとありました。

 

 イブはモーリスを狭い通路へと導きました。パイプたばこの匂いがモーリスの鼻を刺激しました。この匂いをモーリスは知っていました。カメルーンの葉っぱを混ぜたもので、自分のパイプでときどき吸っていました。船長はたばこに関してはいい趣味をもっている、とモーリスは判断しました。

 

 ネズミのイブは仕切り格子の前で立ち止まりました。格子の角度のせいで、モーリスは向こう側の部屋がよく見えませんでした。でもテーブルにいる二人の男の背中と肩は判別がつきました。二人の声が格子をとおして切れ切れに聞こえてきました。

 

 「……あのハトを処分して…….ハーバートが……パイにすれば…..」

 「……あの小さなやつが誰かは…….作曲家で……新聞で見たこと…..」

 「……ヴェルだろ、有名な音楽家……..サロンでご婦人たちを楽しませて…..」

 「あんなに小さくて、たいした声の……..どうやったらあんな声量が….」

 「….ったことか。あいつを脅して歌わせて……そういうことで….」

 「……家族に? 喉もとにナイフを…母親なら….カナリアみたいに歌う…..それで」

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 格子のうしろでモーリスは恐怖にかられて震えていました。

 「聞こえたかい?」 イブがささやきました。

 「ここから逃げ出さなくちゃ!」

 「ルフェーブルはきみの残る人生を計画してるんだよ」

 「あの悪党めが。ごろつきだ。クソ野郎」

 「あいつはそういうやつさ、それ以上だ。オレはこの船で5年やってきた。もっと話をしてやろうか。きみとあのハトにわなを仕掛けるために、自分のネコを犠牲にしたんだよ」

 「飼いネコを!」

 「そうさ。フランソワはオレの友だちじゃない、いいかな。でもまあ、そこそこのやつだ。ただ救いようのないくらい不精なネコだった、エサのやりすぎで、甘やかされて。オレが乗ってきたばかりのときは、こっちに向かってシューシュー言ってたな。あとはオレの居場所を避けてた。船の後部にもう1匹ネズミがいたんだけど、幽霊みたいなやつでめったに姿を見せない。オレたち3人で、この船を好きなだけ分け合ってたのさ」

 「ルフェーブルはおとりに自分のネコを殺したってことかい?」

 「そのとおり。あいつはいいやつとは言えない」

 

 そののちエドモンド・ドレイファスの船底の真ん中で、フランソワの冷たい、固くなったからだのまわりに集まったとき、イブは言いました。「ルフェーブルは見た目より頭は悪い。なんできみが隠れ場所を見つけられるようなところに、放り込むんだ? ハトが隠れるのは難しいと知っている、でもあいつが手に入れたいのはハトじゃない。きみを追ってるんだ」

 

 「ハトじゃなくて」とアルトーがムッとして言いました。「アルトーだ。あ、る、とーだよ」

 

 「そのとおりだ」とイブは片目をつぶってウィンクしました。「ルフェーブルはきみをパイにしようとしている、と聞いたよ。どう思うかい、ミスターお羽根」

 アルトーは驚いて黄色い目を見開きました。「ぼくはすごくいい声をもってる」とあえぐように言いました。「モーリスとぼくはデュエットで歌えるんだ」

 

 「ここから逃げ出さなくちゃ」 モーリスはいらだっていました。「いつまでもグズグズしてると、万事休すだ」

 「抜け出す道はある」とイブ。

 「どうやって?」

 「水際のすぐ上にある2枚の板の間にすき間があって、ナントの波止場にエドモンド・ドレイファスが停泊してるときはいつも、オレの家族が使ってる。天井の跳ね上げ戸は封印されてる。他の部屋に通じるドアもない。もしそのすき間からハトを押し出す方法があれば、、、」

 「あいつら生きたままでぼくを連れていくことはできない!」 アルトーが首の後ろの毛を逆立てて言い張りました。「映画の『西部への勝利』で、ウィリアム・ハートは、アリゾナ山脈の頂上にある砦でアパッチに囲まれて、、、」

 「あいつらはきみを生きたまま連れ出しはしない。なんとかきみを縮ませる方法を見つけないかぎり、殺される」

 「ぼくは太っちゃいない!」 アルトーが怒りました。

 「いやいやいや、、、でもそのフワフワした服を着てるだろ」

 「きみを置いてはいかないよ、アルトー」 モーリスはその繊細な右手を胸において約束しました。「きみはあのイタチから救ってくれた。今度はわたしがきみをルフェーブルから助ける番だ」

 

 「早くしたほうがよさそうだな」とイブ。「だれかここにやって来るぞ」

 

 頭の上でドシドシと歩く音が聞こえてきました。ドシンドシンと足音が響き、顔をあげたモーリス、アルトー、イブの上にホコリが舞い降りてきました。

 

 

 

21

 

 「はやく、こっちに来て!」 イブが言いました。

 尻尾を前に後ろにと振りながら、チョロチョロと走っていきました。遮断壁のそばのオレンジの木箱が積み重なった山の後ろには、小さな穴がありました。いざとなれば、からだを半分に縮めることのできるモーリスとネズミにとっては完璧な穴でしたが、羽がかさばるアルトーには不向きでした。

 

 「くそったれ!」 モーリスが悪態をつきました。(本当にこう言ったのです)

 

 「きびしい決断をしなきゃならないな」 イブが哲学的な目つきで言いました。「少しの間ならハトを隠すことはできる。でもルフェーブルに見つかるまで、たいした時間はかからない。あいつは自分のキャビンにもう1匹ネコを飼っている。ムースって名の本物の殺し屋だ。だれもが警戒してるやつだ」

 

 「なんてことだ、モーリス」 アルトーがため息をつきました。「きみたち行ってくれよ。ぼくのことは気にしなくていい。いい人生を送ったからな。きみはスペインへ行く方法を見つけなきゃ。だからぼくは邪魔したくないんだ」

 

 「スペインだって?」 イブが言いました。

 「そうだよ、まだ行ったことがないんだ、だから、すごく行きたいんだ」

 「オレはあそこにいたことがある」とイブが言いました。「船倉にいたころ、ビルバオの港に停泊したことがある。きれいなところでね。美しい山があって、おいしいワインもある。女性たちは外国人を警戒している。でもまあなんとか打ち解けてくるらしいけど、、、」

 

 「ルフェーブル!」 という声。「あいつらがいないぞ。覆いの中はからっぽだ!」

 「そんなことだろうよ! おれのキャビンに連れてくるべきだったな。あのチビは小さいからピーナッツの殻にでも隠れられる」

 

 「行って、モーリス、行くんだ!」 アルトーが強く言いました。

 エドモンド・ドレイファスの船体にある穴から、川の魚臭い湿り気が滲み出てきました。ツンとくる臭いが、モーリスの小さなからだを震わせました。穴から素早く飛び出して、頭から川の流れに突っ込む。そうすればモーリスは自由の身でした。

 

 しかし運のないことに、モーリスは泳ぎを知りませんでしたし、逃げるためのボートを用意するにも間に合いません。オレンジの木箱の反対側で、さっきの声が大きく響きました。イブが手をふって急げと言っています。

 

 「わたしにはできないよ、アルトー」 モーリスは苦しそうに声をあげました。

 「知り合って間もないけど、きみを放っては行けないよ。友だちだからね。モーリス・ラヴェルは友だちを見捨てたりしないんだ」

 「スクラドゥ、聞こえるか?」 ルフェーブルが呼んでいます。「ムースを檻から出せ。あいつは猟犬なみの鼻をもってる。あのチビを追えるものがいるとすれば、ムースしかいない」

 

 モーリスは青くなりました。アルトーは羽の先っぽでくちばしを叩きました。イブは鋭い牙をむき出し、キーキーと声をあげました。

 

 薄暗い部屋は不吉な静寂につつまれました。聞こえるのは、ロワールの波が船体に当たって砕ける音だけ。モーリスはスペインのこと、母親の優しい笑み、自分がいなくなった場合、タルのこの先の生活のための準備をしてきたかどうか、束の間に考えました。

 

 クスクスいう忍び笑いが湿った空気の中を流れていきました。包囲された3人が見上げると、その足元にアルジェリアの農園から届いたオレンジの詰まった木箱が崩れ落ちてきました。輝く黄色いオレンジの玉が、木箱と壁の間の狭い通路を転がってきました。

 

 「わーっ、あああ、見ろよ!」

 

 もう一つの木箱がつづいて音をたてて開き、さらなるオレンジがこぼれてきました。一つのオレンジが、アルトーが避けようとする前に胸に突進してきました。もう一つのオレンジが、ボーリングのピンを倒すように、モーリスを跳ねとばしました。

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 イブの筋張った尻尾が、ラジオのアンテナみたいに突っ立ちました。三毛猫の斑のある髭面が、木箱の一番上から顔をのぞかせました。哀れで、悲しげな救いようのない顔です。

 

 ピストンエンジンのようなゴロゴロという音が湿った部屋を満たしました。オレンジは床を転げつづけています。

 

 「ようこそ、みなさん」 声がささやきました。「今日はどんなご気分で?」

 さっきのネコが木箱の一番上によじ登り、閉じ込められた3人組を見おろしていました。「なんと悲しい。なんて哀れな。なんとも言いようのないみじめさ。おまえらの窮地を救う道があったらと思うよ」

 「もういいぞ、ムース!」 木箱の後ろから声が響きました。「いい子だ。ここからはオレがやる」

 

 

22

 

 オレンジの木箱の上からのぞいた顔は、ゾッとするものがありました。ジュール・ルフェーブル船長は40代後半の男、凶暴で、犯罪に手を染める大悪党、その生涯は腐った行為に満ちていました。川に沿って町から町へと、荷船を走らせる正規の仕事に加えて、密輸をすることで悪名高い男でした。警察はこの男が何を企んでいるか知ってはいましたが、証拠をつかむことができませんでした。ずる賢く、捉えにくい男でした。誰が有能で、それにいくらかかるか、知っていました。法律書を隈なく調べて策略を練り、抜け道を探してくれる狡猾な弁護士チームに依頼料を払っていたのです。

 

 ルフェーブルは汚い手で、飼い猫の耳をなでまわしました。「いい子だね、ムースよ」 ルフェーブルの低くガラガラした声が響きました。「おまえは俺が頼めば、干し草から小さなブヨだって見つけ出せるな」

 

 ムースのまだら顔には何の表情もありません。このネコは心に氷の塊でもあるんだろう、とモーリスは確信しました。

 

 ムースの今にも飛びかかりそうな顔が、オレンジの木箱の上から現れると、イブがびっくりするような素早さで身を隠しました。「言ったとおりだろう!」 アルトーがまわりを見まわしてささやきました。「あいつらは何するかわかったもんじゃない!」

 

 「もこもこした鳥と愉快で楽しい小さな男か」とルフェーブルはケタケタ笑いました。その歯は割れて尖っていました。その舌はヌルヌルしたナメクジみたいでした。無精髭がたるんだ頬に影をつけていました。ワインと、金色の葉っぱを巻いたタバコの臭いをプンプンさせていました。

 

 「で、わたしのお気に入りさんよ。きっちりした協定を結ぶ前に、あれこれ話すことがあるな。チビさんよ、おまえが誰かわかってるんだ。おまえに働いてほしいってわけだ、すぐにでもな」

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