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バレエは普通、劇場に行って生の舞台で見るもの。ドキュメンタリーのバレエ映画とかミュージカル映画とか、映画として撮ることを前提にした映像作品はあるが、舞台作品をそのまま映画にしたものはあまりないかもしれない。ところでテレビでバレエや芝居の舞台中継を見ると、どうしてかあまり面白くないと感じることが多い。それは何故なのか。今回、「ダンシング・チャップリン」を見ていてその理由の一旦に気づいた。「ダンシング・チャップリン」は舞台中継ではない。あらかじめ綿密に意図された映像作品なのだ。
「ダンシング・チャップリン」は、プランスの振付家ローラン・プティが、主演のルイジ・ボニーノのために振り付けたバレエ作品「チャップリンと踊ろう」を収録した映画だ。バレエの方は1991年に初演、以来チャップリン役のルイジは世界中の劇場でこのを作品を踊り続けてきたという。映画「ダンシング・チャップリン」は、そのバレエ作品からこの映画用に選んだ13の踊り(チャップリンの映画を題材にしている)と、映画のクランクインまでの稽古や製作の日々を追ったドキュメンタリーで構成されている。後者が第一幕「アプローチ」、前者が第二幕「バレエ」と名づけられている。「アプローチ」は映画のメイキングのようにも見えるが、作品の後ではなく前に置かれている。単なる舞台裏紹介、ということではないという意味なのだろう。また第一幕と第二幕の間には、劇場公演のときのように、「幕間」が5分間実際に置かれている。そのあたりの事情は、監督である周防正行の著書「周防正行のバレエ入門」(太田出版、2011年4月刊)に書かれているので、興味のある人は読んでみることをお勧めします。
この映画に関係している主要な四人、周防正行、ローラン・プティ、草刈民代、ルイジ・ボニーノにはこれまで特別に強い印象をもったことはなかった。周防正行の映画は「シコふんじゃった」「Shall We ダンス?」など見たことはあったけれど、映像作品としての魅力を強烈に感じたという覚えはない。ローラン・プティはテレビの舞台中継で「コッペリア」を見た覚えはあるけれど、ユニークさは感じたものの特に好きな振付家とは思わなかった。草刈民代は名前は知っていたけれど、踊りはほとんど見たことがなく、周防正行が撮ったテレビ・ドキュメンタリー(バレエ公演「ソワレ」の舞台裏)でどういう踊り手なのか初めて知ったくらいだ。そのとき彼女の見せたバレエダンサーとしての意志的な姿には好感をもった。こういうバレエダンサーは見たことないな、と。ルイジ・ボニーノを知ったのも、確かその「ソワレ」のドキュメンタリーだったと思う。
制作に関わったこの四人に特別な関心はなかったものの、出来上がった映画「ダンシング・チャップリン」を見てみれば、それはとても魅力にあふれた作品だった。何が素晴らしかったか。まず踊りそのものがよかった。プティのバレエは元々、わたしの知る「コッペリア」を見ても、とてもモダンで演劇的な要素が強く、他のバレエ団とはだいぶ違う印象だ。このプティの振り付けが、「ダンシング・チャップリン」では非常にうまくはまっていた。13の演目のうち、「黄金狂時代」「街の灯」「キッド」など11演目は撮影所に舞台を設置して撮っているが、2演目だけ緑の戸外で撮ったものがある。それは二つとも警官たちの踊りで、そこだけスカーンと明るい高原の緑地のようなところで撮影されているのだ。この踊りが最高に楽しかった。土や芝の上で踊るなんて、ダンサーも大変だったと思うが、踊り手の警官たちがドタバタアタフタと飛んだり跳ねたり、追いかけっこをしたり、ギッコンバッタンしたり、フィオレンツォ・カルビの音楽とあいまって、なんとも愉快でユニークな作品になっている。また「チャップリン」と聞いたときのイメージにもピッタリだ。チャップリンは出てこない踊りだけれど、チャップリンの感じを象徴的に表現している。
この警官たちの踊りを戸外で撮りたい、という周防監督のアイディアは、実は事前のプティとの打ち合わせのとき、プティからはっきりと拒絶されていた。「外で撮るなら、映画はつくらない」と。なぜ周防監督はこのシーンを外で撮りたかったのか。それは全演目を舞台設定の中で撮ってしまうと、舞台中継のようになってしまうから、ということだった。映画にはやはり映画の表現があるのだと。プティとの会談ではとりあえずその意見は引っ込めているが、周防監督はこの2シーンを野外で撮ってしまう。撮影所での「押さえ」カットを念のため撮っておくこともなく。
プティの振り付けはこの映画の中で、他にもいいものがたくさんあった。記憶では、「コッペリア」では女性役の人形と踊るコッペリウスのシーンがあったと思うが、作品「チャップリンと踊ろう」でも、黒子の男性ダンサーをうまく使って、不思議な舞台効果を出しているものがあった。「外套」は黒子ダンサーが操る外套とチャップリン、それに草刈民代の踊る女性、その三者のパドトロワ。外套がふわりと女性にまとわりついたり、すっと見えなくなったりする。また「空中のバリエーション」(「モダン・タイムス」が題材)では、白いチュチュを来たバレリーナ(草刈民代)が、黒子に支えられてふわりふわりと宙に舞う。
全体として、プティの振り付けは舞台効果というものをよく意識して創られているように見える。人と小道具の関係性もそうだが、人と人の関係性やその動きの効果にも、面白い見え方が工夫されている。いわゆるクラシックバレエの動きからはみだす振りも多いように感じた。正統派クラシックバレエを強く求める人には、もしかしたら見たいポイントがずれているように感じるかもしれない。
プティの振り付けに加えて、ダンサーたちの踊りがよかったことも大きい。プティの振り付け、演出をよく理解して踊っているように見えた。チャップリンを演じたルイジ・ボニーノの表現力は中でも素晴らしかった。バレエにおける表現というものを改めて考えさせられた。バレエは踊りであり、高度な身体能力とそこから生まれる美を追求するもの、と8割がた思っていたが、バレエの表現には「演じる」という重要な側面があり、そこに観る者はより深いものを感じとることができる。振付家や演出家がその作品に込めたものを見ることができる。
この作品は映画なので、カメラがダンサーの近くに寄ることも多く、表情の細かな変化まで、観るものは感じとることができる。踊り手もカメラを意識して演じていたと想像する。ルイジはどの作品でも素晴らしかったが、「街の灯」の演技は感動的といってもいいものだった。ダンサーがここまで深い表現をするものなのかと、かなり驚かされた。草刈民代のダンス、演技も、作品をよく理解してよりよい表現を目指しているように見え、好感がもてた。知性や理解力の高さが、バレエに素晴らしい輝きを与えていた。「空中のバリエーション」と「外套」で黒子をやったリエンツ・チャンも、高いレベルのダンサーだと感じた。
振り付けが素晴らしく、ダンサーたちも最高。これが舞台なら、ほぼそれで作品の出来はきまりだろう。だがこれは映画だ。いかに撮影し、いかに編集、構成するかでその仕上がりは随分ちがってくるはず。周防監督がこの映画を高いレベルにまで引き上げられたのには、いくつかの理由があると思う。「周防正行のバレエ入門」によれば、映画「Shall We ダンス?」の後に、主演の草刈民代と結婚したことで、かなりの数のバレエ作品を見てきたと言う。十年以上、実際の舞台でバレエを観てきたことで、目が養われてきたことは間違いない。また「ソワレ」に関するドキュメンタリーなど、バレエをテーマにした作品を創ってきてもいる。それも経験として蓄積されているだろう。また普段の生活の中で、バレエダンサーの妻から話を聞くことで、バレエ周辺の事情に詳しくもなっているはずだ。つまりバレエに関する知識や経験を豊富に、それもかなりレベルの高いところで得てきているのだ。そういう映画監督が撮ったバレエ映画が、素晴らしいものになっていたとしても驚くことはない。またこの映画の撮影を最後にバレーリーナを引退した、草刈民代への想いもあったかもしれない。
映画「ダンシング・チャップリン」は、振り付け、ダンサー、映画監督、このすべてがうまくはまっていい作品になった。映画を見ていると、題材になっているチャップリンの映画をもう一度見てみたくなる。チャップリンがやっていたことは、こういうことだったのか、と目を開かれる想いもある。元々プティがチャップリンのバレエを創ろうと思ったのは、ルイジ・ボニーノの存在があってのことらしい。そして草刈民代はこれまで、たくさんのプティの作品をプティ自らの指導を受けて踊ってきたダンサーだ。プティ作品をよく理解している。そしてその草刈民代をダンサーとして尊敬してやまない監督が映画を撮った。
この文章の最初に、舞台中継を収録した映像作品はどこか面白くないが、それには理由がある、と書いた。それは中継録画の場合は、主なカメラの視点が客席からのものになることと関係している。カメラが演者の近くに寄ることもあるかもしれないが、基本は舞台正面から捉えたもの。単眼的なのだ。ところが映像作品というのは、視点の複眼的なところにこそ魅力がある。寄って間近に表情を見せたり、横から、真上から、後ろから対象を捉えたり、あるいはぐっと引いて撮ることでシーンの意味を変え、表現を深める。たとえば人が何かを見ているところを映し、それから風景を見せれば、その人間がそれを見ているという表現にもなるのが映像だ。周防監督は、基本を正面からのアングルに置きながらも(それはバレエが正面から見ることを前提に振り付けられているため)、映画的な手法を随所にちりばめて適度な変化をもたらしている。映画監督のプロとしての技能と、バレエを深く知り愛する人間の知性が、この映画の質を上げている。
「ダンシング・チャップリン」はそういう関係者たちの幸せな連携と結合によって生まれた、稀にみる美しい映画だと思った。
ダンシング・チャップリン公式ウェブサイト:
http://www.dancing-chaplin.jp/index.html
(演目解説のところを見ると、主な演目が写真入りで説明されている)
*映画のクランクインは2009年7月。
*ローラン・プティは映画公開後の2011年7月、ジュネーブにて87歳で亡くなる。
2011年12月2日(金)16:00
大黒和恵・editor@happano.org
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