トピック: 7-1 静かな日々

その年の秋は穏やかにやって来た。
黒谷の墓地から遠くぐるりとこの街を囲む山々、
真如堂の参道も朱色やレモン色のもみじのカーペット。

夏からの強い薬の副作用で
すっかりピリピリしたスティーヴンとの生活は、
あたしにはわからないことだらけだった。
食事の時、一度も口を開いてくれなかったり、
なのに誰かさんとの電話ではオーバーなほど楽しげだったり。
一度なんて、あんまりにも心が通わなくって、
あたし、短い家出をしたんだ。
なのに一晩明けて帰って来たあたしを待ってたのは
「おれの晩飯は!?」だったなんて、
あたし、もう悲しくてしょうがなかったよ。
あたしってなんなのって、
考え込んじゃって、ちっともよくなかった。
それで「そりゃあ、行って来るべきだね、no doubt about it!」
もうとっくにヴィ・パッサナを終えたロランに背中を押され、
メタル色の巨大な塗り壁、Kyoto Station。

淡い桜色の嵐山、
浴衣でそっと手をつないでたそがれの宵山、
叡山電車に揺られ紅葉、手もかじかむ終い弘法の賑わい。
そんなほっこりした空気を見事に裏切った
ざわめきの中に「ぷいっ!」
と、吐き出された乗車券を手に中央口改札を抜ける。
そこだけが昭和の鉄道みたいなゼロ番線、
カタコト、カタコト、
心地よい、レールの音。
山陰線園部行きが
ひっそりと、
あたしを乗せて走り出し北西へ一時間。
11月の澄んだ山の空気で冷たい窓。
先月の天神さんで買ったネパールのざっくり毛糸帽、
猫みたいな△△のついた、
を少しの着替えが入ったかばんから取り出して
むぎゅっと頭の上に乗せた。

宿舎は、
園部駅からさらにローカル線のバスに乗り換えて
それからしばらく歩いたところ、
山道の奥に、
冬色の木々の中にあった。
2階建てのマッチ箱みたいな、
林にとけ込んだ大きなログハウス。
林の中のユースホステルみたいだった。

その日からの2週間近くを、
朝と昼は玄米、とりどりのお野菜、お豆腐、
夜は季節のくだもの一つ、
とろけるように熟れた柿だったり、
白雪姫の真っ赤なりんごだったり、
それとお番茶一杯だけだったんだけど、
あたしの「ココロのオーソージ」にはそれがぴったりだった。

飾りひとつないよく磨かれたその林の大きな家は
銭湯みたいに玄関で右と左、男と女に別れていた。
寝起きをする一階には
茶色い木の床の大きな明るい部屋、
そして廊下を挟んで
学校のトイレみたいな洗面所と風呂場、
それだけだった。

あたしが割り当てられた大部屋には、
きちんと畳まれた清潔な寝具、
お布団と枕だけが人数分置かれていた。
「窓際の、端っこ、よく眠れるから」
まだ誰もいない部屋で、
ロランの言葉通り、
いちばん奥の角の布団の横に鞄を置いた。

ゔぃ=明晰に
ぱっさな=見る

じっと、
自分の内に沸き上がって来るいろいろなこと、
観察しよう。
朝も夜もない薄暗い空間で、
毎日10時間、
どこかが痒くなっても足がしびれて痛くなっても
目を閉じて座ってじっとその感覚の変化を、
鼻から吐いては吸っての呼吸を感じながら、
それが過ぎ去るのを体内を通して見ていくだけ。

読まない、書かない、話さない、聴かない
秋の丹波のお山での静かな時間。
いろんな国からこの林へとやって来た人たちは、
誰も一言も交わすことなく、
誰とも目を合わせることもなく、
誰とも触れることなく、
自分のことだけをした。
その静けさはまるで、
まったく言葉を交わさない、音のない修道院のようだった。