トピック: 6-5 雨のシアトル

スティーヴンの電話越しのニュースに
あたしたちは歓喜した。
この二ヶ月でこれほど待ち望んだ言葉はなかった。
ノース・ショアのおじいさんの木にお別れを言って、
そしてようやく着いたシアトルは、
淡いエメラルド色の街なかを自転車の大学生が走り過ぎ、
アメリカ本土独特のあの甘ったるい珈琲の匂いがする、
穏やかに輝く静かな海だった。

ジャスティンは以前JJと同じ大学で講師をしていたから日本語も上手で、
ーふたりはとても仲が良かったー
JJはもちろんのこと、
スティーヴンを待つロランとあたしを笑顔でむかえてくれた。
はじめて会ったジャスティンは、

「あんたたちってば、ほんとーっに、
もう、やだ、ほら、ちょっとは笑いなさいよ!」

話し方や冗談が、
アーティストやゲイの街、キャピタル・ヒルだから、
それっぽくて、
そんなところが以前の、ハワイに向かう前のスティーヴンにとても似ていた。

Say Cheeeeese(ハイ、チィィィィーーズ)!
ロラン、ジャスティン、あたし。
Say Kimcheeee(ハイ、キムチィィィィー)!
JJ、ジャスティン、あたし。

戦場カメラマンみたいなマーロンがあの日、
オアフで撮ってくれたのとはまたちがった
口元だけが笑った二枚の写真。
あたしたちはシカゴからの連絡を待っていたんだけど、
島での生活でまるで油の切れたロボットみたいに
ガッチンガチンな、あたし。

「やーねえ、あんたたちってば、
まるでベトナム戦争の帰還兵たちみたいよぉ、
ほら、世界はまだこんなに明るいの。これで終りじゃないのよ!」

あたしたち3人、
ジャスティンが言う通り、
平和な日常の空気の中ではまるで場違いで、
スティーヴンみたいで
だけどもっとしなやかな、
ハリウッド映画のコメディアンみたいなそのちょびひげ笑顔に
あたしはどれだけほぐされたかわからない。

「あんたたちのことはJJからすべて聞いたわよ。
ほんと、大変ねえ。でもすごいわね、あなたたち。
ぼくにはそんな友人たちはいないよ。
スティーヴンにもぜひ会ってみたいな」

あたしはなにも特別なことなんてしてないよ。

その日の午後、
ジャスティンが出かけた後、
リビングで毎日のようにシカゴと話しているJJのそばで、
あたしとロランは一言も聞き逃さないように
じっと聞き耳を立てていた。

ねえねえ、それで?
 
ロランもあたしも、
先日の話の続きを知りたかった。
だけど、あたしたちの期待に反して、
受話器を置くJJは固く怒ったような顔をしている。
ロランもあたしも、
そして黙って次の言葉を待った。

「Unbelievable!」

どういうこと・・・?

「スティーヴンに米国の医療保険がないのを知って、
とんでもない治療代を吹っかけてたんだ。
しかも一括現金払い、それじゃなきゃ治療しないって言い出した。
そこでスティーヴンがそれじゃあ日本に帰って治療を受けるって言ったら・・・」

ロランがJJを見つめる。
ようやく射した太陽がまたあっという間に雨雲に覆われる。
シアトルはまた雨に濡れた。

「日本までの飛行には絶えられないだろうって、
そんな無茶をすれば機上で・・・」

気がつくと、あたしはベッドで目が覚めた。
枕が心地わるく湿っていて、
それは現実だった。