トピック: 5-3 嫉妬

もう30代も半ばなのに、
誰からも気にかけてもらえない
やせっぽっちの少女のようなシンディーだった。

スティーヴンがあの島のお椀の街に流れ着くもっと前。
スティーヴンは自転車で欧州を旅をして、
ウィーンでシンディーに出会った。
その後スティーヴンが吉田山の一軒家を借りると、
シンディーも大陸を越えてやって来て、
吉田山にしばらく滞在するほど親しい友だち関係が続いていた。
そのシンディーにスティーヴンの家で何度か会ったことがあったあたしは、
どうにも彼女が苦手だった。
陰(yin)と陽(yang)なら陰(yin)、
そんなネガティヴなエネルギーを感じてしまうからかもしれない。

そのシンディーが突然島へやって来た。
「だって、今のスティーヴンにはわたしが必要なのよ」
シンディーのその言葉にスティーヴンもくすぐられたものの、
ウィーンの人らしいスノッブさにロランが口をへの字に曲げた。
「わたしの部屋はどこ?」
だけどJJとロランの部屋に空きはなかったし、
あたしだってシンディーとベッドを共用するなんて、
とても耐えられそうもなかった。
そこで階段横の踊り場にソファーを運び、
つい立でシンディーの寝泊まりできる空間を仕切った。
”スティーヴンだけ”にしか打ち解けないシンディーがいることで、
この家の中を流れる風が変わりはじめた。
「ちょっと散歩に行って来るわ」
”壁ができてしまった家”から毎日ふたりで出て行く姿は、
まるで”密会”みたいだった。
そしてキッチンでも優しげに小声で、そして儚げに、
これはこうしてああして、
スティーヴンはこれが好きなの嫌いなの、
シンディーにそういわれればいわれるほど、
あたしはカタツムリみたいにやる気がなくなったり、
絞りたてのにんじんジュースをしこたま飲ませたら
シンディー、あなたトイレから出て来れないんだから、なんて
意地悪で醜いあたしがあたしを乗っ取ったり、
恋人のようにスティーヴンに腕を巻きつけてくすくす笑うのを見て、
部屋の隅でいじけている子供のように
なんだかとってもおもしろくなかった。
「one kitchen one woman.
一つのキッチンに女ふたりはいらないね。
ほら、キッチンから聴こえて来る
君のナイフやまな板の音楽が変わったよ」
ロランがこっそりあたしに耳打ちした。
そう、つまりあたしは、
シンディーの存在に嫉妬しはじめたってことだ。
それも、とってもね。
たとえ彼女の言ったこと、
「まだわからないことに悲観しないこと」にそうだなって思えても、
そんなこと、素直に認められないあたし。

珍しくその日はシンディーが用意した昼食が終ったあとで、
スティーヴンがあたしたちに話があるといい出した。

「実は、来週の始めにでもここを出てようとJJと話してた」

そんなに急に?
病院が見つかったの?
どこに?

驚いて目を丸くしているあたしをちらり、シンディーが見た。
凍るような”陰(yin)”のエネルギーを全身から放出した、
でも儚げな少女のふりをしたシンディーが。
スティーヴンが続けた。

「JJたち3人はシアトルに行き、そこでおれからの連絡を待ってほしい」

え?
おれからの、
連絡・・・って?

「おれは、
JJが探し当てたシカゴの癌専門クリニックへ行く。
ああ、・・・シンディーとね」

シンディー?
一緒に行くのは・・・あたし、じゃないの・・・?!

いきなり後ろからかぶせられたビニール袋で窒息寸前のあたし。
じたばたできないように椅子に手足も縛られて、
それならいっそ銃で撃ち殺してほしい!
これもあるがまま逆らわずに受け止めろっていうの?!
だけどあらかじめこの決定を知っていたJJはなにも言わず、
そしてロランはやっぱりいつものように黙って頷いた。
それからスティーヴンとシンディーのふたりは
また海辺の密会へと家を出て行った。
あたしはなにも言わず、
なにも言えず、なにも見たくなくて、
玄関のドアが閉まるのを背中で聞いた。