トピック: 4-3 白い日

4月11日。
この日は朝から、ひどく冷たい土砂降りの雨だった。
その数日前、あの小雨の降り出した真如堂で

「i am going to stay with you」

一緒にいるよ、って、あたしはそうスティーヴンに伝えた。
ちっとも迷わなかった。
A lucky man, I am then, デスネ。そうスティーヴンが笑って、
あたしはそのあとでちょっと、こっそり、一人で泣いた。

フロントガラスに打ち付ける大きく激しい雨粒が、
あたしの心臓にぐさりぐさり、突き刺さるようだった。
あたしたち3人、
JJ,スティーヴン、あたし、
を乗せたグリーンのミニクーパーは今出川通りを西に、
御所手前のF病院へ向かった。
広い吹き抜け、診察室前の廊下の長椅子、
たくさんのポーカーフェイスたちが、
静かに名前を呼ばれるのを待っていた。
その長い廊下のどこからも話し声なんて聞こえて来なかった。
みんな、不気味なくらい、誰もそこにいないふりをしていた。

実は、
あたしはその大きな病院のこと、あまり覚えていない。
ただ、どこもかしこも真っ白だったこと、
でも、それが夢だったのか現実だったのか、
ぼんやりと曖昧な、無機質に白いだけの、そんなイメージ。

「スティーブンさん、どうぞ」

看護婦さんに名前を呼ばれて、
スティーヴンのあとにあたし、JJが、入る。
なんなんだこいつらは、と言いたげに、
医師が黒ぶちの眼鏡をきゅっと持ち上げた。
診察室の壁のライトに映し出された、
輪切りスキャンのスティーヴンの体内のそれ。
医師の、冷たい英語。

「えーっと、 I do ノット belieブ you アー still アライブ。
えー、You should haブ been えー、dead by ナウ」

突然のパンチを食らってスティーヴンは言葉を失い、
あたしは黒ぶちを無言で呆然と見つめ、
JJは「えっ?もう一度お願いします」冷静を保っていた。
黒ぶちはあたしたちの誰を見ることもなく、独り言のように続ける。
JJがまた質問をして、
スティーヴンは黙って二人の会話を聞いている。

「えーっと、えっ? キモセラピ?
はははっ、えー、ノー Chan、ユー will die.
えー、手術? ノォーノォー、インpossiブルッ.
ハウ ロン ユー ハブ?
そーお、っですねぇ、えー、っと、
あと1ヶ月か2ヶ月、長くて3ヶ月、
あ、
ワン or ツー moア mon.
Stage フォー、
えーっと、っ末期です。
too late,ええ、手遅れですよ?
ジャス、フォーゲット、
もう手遅れですから、
それじゃ、いいです、っね?
GooBye?」

そのあとのことは、あたしは知らない。
機会仕掛けみたいなその医師と診察室を、
その次の瞬間思わず飛び出したから。
診察室前の精神病棟みたいに白一色のトイレに駆け込むと、
あたしは洗面台に突っ伏した。
遠い夏の日に大好きだった祖母が他界してからはじめて、
あんなに大声で、泣いた。
きっとそれは廊下まで響いていたんだと思う、けど、
きっと誰も知らないふりをしていたにちがいない、から。

白い病院から吉田山に戻ると、
その日あたしはそのまま吉田山で、
JJもスティーヴンも、誰も眠らなかった肌寒い夜が明けて、
あたしはのっそり暗い茶の間の掘りごたつから這い出すと、
ふらふら、腫れぼったい目のまま
ひとり真如堂へと向かった。

東の壁沿いの細い坂の、
桜のつぼみの上に降り積もった雪。
春はもうすぐそこまでだというのに
ふーっと吐いた息がそのまま凍りつきそう。
霧のように細い冷たい雨が、雪に変わった。
春なのに、
桜の花はもうすぐほころぶというのに、
雪の狂い咲き。

真如堂のお堂の横を墓地へと、歩いた。
誰もいない、静かな朝の墓地、
瑞々しい花、枯れた色のない花。
真新しい墓碑、名前すら消えてしまった古びて苔むした墓碑。

1ヶ月って、
手遅れって、
あのスティーヴンが?

気がつくとあたしは、賑やかな通りにいた。
カップルや買い物客で溢れる
いつもの三条と四条の間の河原町通りの、
街のざわめき
いつもの日常

どうもおおきに、またおこしやす、
あははははっ、そんでなぁ、
ちょっと待ってぇなぁ、キャハハハッ、
うわ、これめっちゃ美味しいやんっ、
ねー、なにしてはんのぉ?早よしよしー

高らかな笑い声が、車のクラクションが、
信号の変わる音が、店員の声が、
スピーカーのポップミュージックが、

あ、危ないなぁ、なにしてんねんなぁー

置いてきぼりの観客席。
はらはら白い花びら雪。
濡れた通りの真ん中で
あたしだけが取り残されて、ストップモーション。
すべてがあたしとはまるで関係なく、
カラカラ、勝手に回り続ける。

「Life is like a movie, isn’t it?」

真如堂でのスティーヴンの声がこだまして、
まるで
映画の中のワンシーンのようだった。