トピック: 4-2 いるかの歌
あたしは、
今さっきのことは3人には、黙っていた。
だって、ほんとうに、
まったく説明のしようがなかったから、
木陰でハンモックに揺られていたスティーヴンの
「オカエリ、Akiraサン、」
その横でチェスの手を止めてロランとJJが
「よう、どこまで行ってたの?」
あたしの顔を覗き込む。
「うん、i went to the あっちの端。楽しかったよ」
それからあたしたちは帰り支度をして、
また一本道を壁のない家に向かった。
「次はスピナー・ドルフィンを見に行こう!」
シエスタの前、ちょっと遅めの昼食で、
ぽんっ、
ロランがスティーヴンの肩を叩いた。
ヴィヴィッドな濃いピンクのブーゲンビリアが
午後の太陽に照らされて、
白い塀からこぼれていた。
その日の「海で遊んだあとのお昼ごはん!」は、こんなだった。
ハワイの太陽に火照った体にわかめとたまねぎのひんやりミソスープに
少しジンジャーをおろして添えて。
おなかにやさしい茹でた春のブロッコリーと甘いにんじん、
キャベツのサラダ、梅干しとレモン、タヒニ、のドレッシング。
アラメとにんじん、とろとろたまねぎの炒め煮。
それからお豆腐のステーキ、
ソイソースとガーリックのソースがけ。
そして圧力鍋のブラウンライスに香ばしいすり胡麻をかけて。
そして次の日、
その朝もスティーヴンは「I feel fine!」ってGoサインだったから、
「アロハーカカヒアカー!
オハヨウ!オハヨウ!グーーーッドモーニンッ、ハワイ!
What a beautiful day!」
昨日の店のおじさんにアロハー。
今日もあたしたち、海に出るの。
だって、とっても楽しいんだもん!
なんて、
JJとスティーヴン、
ロランとあたし、
二艘のボートで海へ出た。
あたしたちの他には誰もいないベイの真ん中の、
吸い込まれそうなほど澄んだ濃紺の中。
それからしばらく、静かに、あたしたちは待っていた。
「Hey, look!」
あっち!
JJが指差した水平線の西のほうから、
水面を数頭の尾びれが
こちらに近づいて来るのが見えた。
「サメかも、ね?」
「・・・えっ?!」
あたしはちょっとぎょっとして、
ロランはいたずらっぽくペコちゃんみたいに目をクルクルさせる。
ねえ、脅かさないでくれる?
家に戻ってからロランがこっそり教えてくれたんだけど、
本当にこのベイにはサメもやって来るんだって。
500mほど向こうに
300mに近くなって
200mまで近づいて
100mでぐるぐるる
3頭のイルカが、
ザァッ、
バナナみたいなカーブを描いて水面から飛び上がった。
「拍手!ほら、みんな拍手!」
ロランが両手をパンパンッ、
「イルカはね、
こうして人が歓びを表すとうれしがって
もっと派手なパフォーマンスをしてくれるんだよ。
ほら、拍手、拍手!」
その言葉にあたしたちは思いっきり大げさに、
そう、思いっきりアメリカンになりきって、手を叩く。
ヒューヒュー!
ブラボー!
ワァ〜オ!
それが彼らのこの世の勤めみたいにまるでプロフェッショナルな心得で、
笑顔いっぱい「Let’s ショータイム!」
空に向かって飛び出す。
ヒューヒュー!
ブラボー!
あたしたちはまた力いっぱい口笛を吹いた。
数頭が並んでボートの下をすーっといたずらっぽくくぐり抜け、
またすーっと、弓なりの滑らかな体にとびっきりの笑顔で近づいて来る。
全部で20頭ぐらいかもしれない。
「Hey Steven!
イルカといっしょに泳げよ、パワーをもらって来いよ!
セラピーのひとつだからさ」
ウィンクするロランにスティーヴンはちょっとためらって、
それから「All righty!」よし、それじゃあ、静かに水に体を沈める。
だったらあたしも!
「そら行った!」
ロランがあたしの背中をポーンと押した。
そしてJJが、続いてロランが、
イルカを驚かさないように、飛び込んだ。
ああ、深い、サファイア色の世界。
静かな、青いゼリーに包まれて、
ゆるやかに迷い子の木の葉みたいに沈んでゆくあたし。
髪がふわふわゆらゆら、
あたしのこころみたいに揺れて揺れて揺れる。
ドック、ドック、ドック、
駆け巡る血の、
心臓の、
ヤシの木の、音。
あたしの意識。
キリキリキリキリ
イルカの歌。
その他にはなにも聴こえて来ない、
なにもない。
ずっといつまでもこうして沈んでいたい。
キリキリキリキリ
誰もの病,痛み、を癒してくれる。
スティーヴンの生はきっと回復する。
あたしたち4人のその願いはきっと叶えられる、
そう歌声に感じた。
あたしは青い柔らかなゼリーに横たわったまま、
海面からさし込むきらきら揺れる光を見つめる。
かわいそうなクック。
誰も気づいてやれない。
あんなにも怯えて、あんなにも途方に暮れているのに。
あなた、もう行かなくっちゃ。
ここにいちゃ、いけない。
いつまでもそんなに悲しい姿でここにいちゃだめ。
もう行かなくちゃ。
イルカの歌、あなたにも届いたでしょう?
蒼く、じっと、
クックがあたしを見ている。
悲しみに満ちた目で。
WHeRE tO? I Do NoT KnOW......
YOU, SPeAk tO mE, sPeAK up......
ああ、
クック、知ってるでしょう、
あなた、もう200年ほども前に肉体を失ったの。
そう、ここで。ねえ、覚えてるでしょう?
さあもう行かなくっちゃ。
クック、いつまでもそんな風に隠れてないで、
次の世界へ行って!
彼は苦しそうに、
首を傾げる。
tHe wOrLD,
THE WORLD AFTeR, ...........AFTER LifE...?
haVe I bEeN......been
............................................DEAD?
キリキリキリキリ
oh, NO...........!
キリキリキリキリ
「Hey Akira, 」
遠くから誰かがあたしを呼んだ。
ボートの上からスティーヴンが不思議そうにあたしの顔を覗き込んでいる。
JJとロランは向こうのボートでイルカにマハロー、またね。
「What’s doing?」
「ああ、nothing・・・、ホント、nothing」
「Are you ホントニ? 」
「うん、I am fine, デショ?」
スティーヴンの手をとり、ボートに上がると、
あたしはあの碑のほうへ振り返った。
碑は白い光に包まれている。
二度と、クックの姿を見ることはない、と思った。
もうあそこへはあたし、二度と行かない。
誰もあの碑のそばは行っちゃいけない。
茂みにも行っちゃいけない。
この世の肉体を持つ者が入り込んではいけない域なんだ。
庭のヤシの木は知ってる。
イルカたちも海も空も風も、
こころで生きているもの、
自然と一緒に生きているものはみんな、知っている。
だってあたり前のことだもの。
知らないのは多くの人間、
愚かな生き物、だけ。
その次の日の夜遅く、
おなかに大きな爆弾を抱えているなんて
もう忘れてしまいそうだったスティーヴンの様態が急変した。
彼の腹部でフットボールほどにも成長した異物が、
彼の内蔵を押し上げ、持っていた鎮痛剤も頼りにはできなかった。
この島の日々があまりにも嘘みたいに穏やかで、
本当はそれをとても怖がっていたあたしは、
黒い石のバスルームで、
水びたしの空を見つめていた。
イルカは約束してくれたんじゃないの?
クックはまだここにいるの?
白い碑へはもう行かないっていったじゃない?
イルカの歌は聴こえなかった。
キーン、シャラララ、
エンジェルがなって、
ヤシの木が暖かい島の夜風に揺れた。
ああ、涙って、海の味だったんだね。